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シン・イソラ5 死体無き殺人事件

 井沢家と香央家の追手は八方に手を尽くし、ついに憎き正太郎の逃亡先を突き止めた。


 播磨国の高砂に近い、荒井と呼ばれる寒村のはずれである。

 遊女 袖の出身地であり、彦六という袖の従弟が住む場所であった。


 井沢の家に残された磯良が病死してから、早や二月ふたつきとうかという頃合ころあいである。


 追手が彦六のすまいに近付くと、異様なその姿が見て取れた。

 戸といわず窓といわず、建物すべてに御札がビッシリと張り巡らされていたのだ。


 怪しみながら踏み込むと、中には彦六が呆然と座り込んでいた。


「我々は井沢の家の者だ。ここに嫡子ちゃくし正太郎がかくまわれているであろう。隠し立てすれば容赦ようしゃはせぬぞ」


 追手が厳しく問い詰めると、彦六は「滅相めっそうもございませぬ」と頭を土間に擦り付けた。

「あな怖ろしや。正太郎さまは磯良さまに取り殺され、骨の一片も残ってはおりませぬ」


 そして彦六が取り出したのは、正太郎が消えたときに軒先のきさきに引っ掛かっていたという、男のまげであった。

「残されていたのは、これが全てでございます」



「こんなカンジかねぇ」

 脚本書きはスラスラと、彦六が追手にした説明を組み立てた。

「四十九日のが明けて、東の空が白んできたと喜び戸を開けたら、はからずもいまだ真夜中。と、同時に隣家りんか魂消たまげる声がおき、斧をつかんで駆け込んだが、人っ子ひとりりませぬ。ただ戸口にベタリと血しぶきが飛び、まげのきに引っ掛かっていたばかりで」


「追手は信じたかねぇ。男物の髷と乾いて黒くなった血しぶきの染み。そして一面に張り巡らされた御札。怪談としては雰囲気ふんいき満点だけど」

 純子は頭の後ろで手を組んだ。

「けれど片山クンから、これは死体無き殺人事件だ、と推理ジャンルに誘導されちゃったからね。いろいろ考えちゃうよ」


「うん」と脚本書きも頷く。「室町末期から戦国初期の時代の人でも――そりゃ迷信深い人は多かっただろうけど――合理的思考の人もいたはずだ。なにせ今現在より、刀剣を使った荒事あらごとには慣れていただろうからね。神仏もたたりもクソ喰らえ、みたいなサ!」

 そして「片山クンはどう考えているの?」とストレートに疑問を発した。

「当然、磯良の怨霊の仕業しわざという、超自然的解釈は抜きでね」


「可能性は二つかな? 超自然的な解釈を抜きにした場合」

 探偵は指を一本立てた。

「まず一つ目。彦六が追手をだまそうとしてるパターン」


「うむ。それは『死体無き殺人事件』と示唆しさされて、アタシにも分った」と純子。

「正太郎は、そのうち追手が荒井の里に目を付けるだろう、と気が付いていたから、袖と一緒に更に遠くへと逃げたんだね。そして協力者の彦六に、追手が来た時の後始末を頼んでいたんだ」


「ええ! 愛人の袖も死んでなかったってコト?」

 脚本書きは一瞬混乱したが

「ああ……彦六の証言が全部ウソなら、袖が磯良の生霊に殺されている必要は無いのか」

と即座に理解を示した。

「袖が埋葬されてる土饅頭どまんじゅうは、中身がカラッポの盛り土なんだ。まさか追手は、墓暴はかあばきまではしないだろうからね」


「そそ。正太郎の家の血の跡なんて、ニワトリとか魚の血を振り撒いておけばいい。科学捜査なんて無い時代だから、どんな動物の血液かなんて分からない」

 純子は舞の見解に頷くと「髷なんて、高砂くらいまで足を伸ばして、金に困った人から買えばいいんだ。金ならある!」と笑った。


「追手は正太郎の死を疑ったかもしれないが、そこから先は雲をつかむ様なハナシだからね。東国にでも高飛びされたら、追跡する手がかりも無い。まあイソラ様の祟りを土産話みやげばなしに備前に引き返したんだろう。あるいは、その後も探索を続けたが、収穫なしで撤収てっしゅうしたか」

 修一は淡々と純子の後ろを引き受けたが

「岸峰さんの推理は、岸峰さんらしく穏便おんびんなモノだけど、もっと陰惨いんさんな場合も有り得る」と加えた。


「本当は死体があって、土饅頭の下にちゃんと埋葬されていた場合。一体、あるいは二体の死体が」

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