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シン・イソラ4 イソラ捕獲作戦

「おお、ようやく特撮怪獣映画っぽく成ってきた」

 脚本書きが満足そうに頷いた。

「して、二重密室作戦とは?」


「まず正太郎の部屋の外に、怨霊除けの御札を貼り巡らせるよね。これは『吉備津の釜』本編でも、行われている標準的な対怨霊防御作業だ。二重密室作戦では、同時に正太郎の部屋の中に小さな間仕切まじきり部屋をこしらえる。具体的には小学校の教室の壁にある、掃除用具入れみたいなカンジで良いかな。設置場所は彦六の部屋との境目さかいめの壁」

と純子はボールペンで略図を描いた。

「そして、この掃除用具入れには、内外に部屋の外壁同様、御札を貼ってセイフティ・スペースとする。まあパニックルームとかセーフルームと呼ばれる、家に侵入者があった時に住人が逃げ込む、ミニシェルターみたいなもんだね」


「うむ。読めた」と脚本書き。

「ミニシェルターが完成したら、怨霊が姿を消す昼間の内に隣人の彦六に頼んで、メインの要塞の扉か窓かどこか一ヶ所だけ、御札を剥がしてもらうんだね。その日の夜に怨霊は狂喜するだろう。『嬉しや、たっとい御札が剥がれておるわ!』とか」


「その通り」と、純子は舞とグータッチした。

「イソラが正太郎の部屋に誘い込まれたら、彦六は隙を見て剥がした御札を貼り直す。これでイソラは外に出られない。捕獲完了だ」


「ほいほい。イソラが正太郎の部屋の中で進退窮しんたいきわまったところで、彦六の部屋と正太郎のミニシェルターとを隔てている、板壁だか土壁だかに穴を開けるんだろ。それで二重密室からの脱出完了」

と脚本書きはドロボウの笑顔で応えた。

「それで正太郎は、自分の命をまとに張った篭脱かごぬ詐欺さぎに成功って寸法すんぽうだね。オヌシも相当のワルよのぅ」


 舞は「でもさ」と真顔に返って「閉じ込めたイソラの処遇しょぐうはどうするのさ?」と純子を詰めた。

「年月を経るほどに、建物も御札も傷んでくるよ? 未来永劫みらいえいごうメンテナンスを行ないつつ、怨霊のりを続けるワケにもいかんでしょう。『播磨の荒井に有名な怨霊小屋があるよ』なんてウワサが広まったら、憎き正太郎をゆるすまじって、備前からイソラの援軍が来ちゃう」


「そこはかり無し」と純子は自信満々に切り返した。

「無敵のイソラにも、活動限界が設定されているのだよ。正義の超人が三分間しか変身できないみたいなもんだ」


「なぁるほど!」

 脚本書きもコレには脱帽した。

「42日間+7日間の、最大49日間が活動限界か。三分間よりはだいぶ長いけど」


「そうなのよ」と純子はニンマリした。

「49日を越えてイソラが力尽きたら、後は正太郎のボロ長屋ごと火をかけて、おき上げしちゃえば良い。建物は再建すりゃいいんだからね。金ならある!」



 金ならある、と大言壮語たいげんそうごした純子だが「乗ってこないねぇ」と、パソコンモニターに見入ったままの相棒に不満を漏らした。

「片山クンは、鉄壁の捕獲作戦に何か不備でも見出みいだしたかね?」


「いや、大変興味深く拝聴しておりますよ」

と修一は涼し気に答えると、「ただ、これ見て」と読んでいた画面を相方に示した。

 表示されていたのは雨月物語 巻之三『吉備津の釜』の原文だった。


しょぱなは、嫉妬深い妻を持つとウンタラカンタラという、結婚についての世間話的導入部分。次の段落は井沢正太夫――正太郎の父だね――についての説明と、正太夫がグータラ息子に悩んで嫁探しを考える件。その次が婚礼の吉凶きっきょうを占う”釜鳴神事で、これは磯良の実家である香央家側での出来事なんだよ。つまり、ここまで正太郎は、この物語の主人公ではない。いや正太郎目線で話が進行しているのではない、と言った方が分かり易いかな」


「それで?」と純子は首を傾げた。

「はじめに物語の背景が説明されるのは、小説の通常運行手続きみたいなモノでしょう?」


「まあまあ」と脚本書きが両者の間を取り成した。

「推理小説だと一ページ目に死体を転がしておけ、だとか、冒険小説なら最初のツカミをぶちち込んで読者の気をけ、とか今ではウルサイみたいではあるけどね。でも『吉備津の釜』は短編だから、冒頭が物語の説明であっても読み通すのに手間はかからないとは思う。小論文で言うトコロの序論イントロダクションと、材料マテリアル方法メソッドみたいな感じかな」


「うん。まあお二人の言う通りなんだけど」

 修一は純子と舞の反論を肯定してから

「正太郎が座敷牢から脱走し、袖と一緒に荒井に逃げてからは、正太郎目線の物語が進行する」


「うん、それはそう成るよ。なんてったって正太郎が磯良の生霊と怨霊に恐怖するのが『吉備津の釜』の読ませ所なんだから」

と脚本書きが断言する。

戦慄せんりつすべき生霊いきりょうの出現! そして唸りを上げて飛来する紅蓮ぐれんの大怨霊イソラ! 瀬戸内海のある寒村は恐怖に包まれた。ジャジャジャジャーン!」


「ちょっと舞……」

 純子は盟友の脚本書きに頭を抱えた。

「それって『空の大怪獣ラドン』の予告編のパクリじゃん」


「オマージュと言ってよ。ワタシは東宝特撮をリスペクトしてるんだから」

 脚本書きがえつに入る。

「”紅蓮の大怨霊イソラ”という惹句じゃっくは、ラドン予告編にある”紅蓮の大怪獣ラドン”のパロディね!」


「イソラって、赤い着物とか着てたっけ?」と純子が妙なこだわりを見せる。

「なんとなく、死に装束しょうぞくの白の経帷子きょうかたびらのイメージなんだけど……」


「ふっふっふっ。『吉備津の釜』をよく読んでごらん」

 脚本書きは自信に満ちた様子で、盟友に語り掛けた。

「イソラの外見に、文中、具体的な言及げんきゅう皆無かいむなんだ。”怨霊イソラは誰の目にも触れていない”んだよ。だから彼女は叫び声と足音や気配けはい、それに障子紙しょうじがみ越しに射す『赤き光』としてしか描写されてない。また生霊時代の磯良には『故郷に残しし磯良なり』との説明はあり、顔は青白く手はせ細っていたとは書いてるけど、まだ死んでるわけじゃないから経帷子を着ているはずはない」


「ややや! ホントだ」

 純子は舞の指摘に納得した。

「なぜ私は、長屋の周囲を走り回ったり、屋根の上で仁王立ちするイソラが、死に装束だと勘違いしてたんだろ?」


「経帷子を着てるっていうイメージは、他の怪談映画・幽霊ドラマからの影響だろうね。例えば『四谷怪談』とか」

 舞は名探偵よろしく解釈を加えた。

「キミは実際に見ては――あるいは読んでは――いないものを、脳内で具象化ぐしょうかしちゃってるのさ。屋内で震えている正太郎や彦六と同じ目線だけなら、外のイソラが見えるはずがない。だけど追加で、第三者的な俯瞰ふかん目線を加えちゃってるんだよ。……なんというか……映画化したときに、ホントなら建物の中で怯えている正太郎のカットだけでいいのに、ドローンカメラとかクレーンカメラで、イソラの大暴れと建物の”引き”の映像をカットインさせちゃった感じ?」


「おー、さすが映研」と純子は脱帽した。

「原作を文字通りに映像化するならば、”絵”として見えるイソラは、ホントは”赤い光だけ”なんだから……だから”紅蓮の大怨霊”なのか。確かに”紅蓮の大怪獣”の単なるパクリとは言えないね」


「思い知ったか!」

 脚本書きは自慢気に純子に言い捨てると、まだ難しい顔をしている修一に

「でも片山クン、物語のパーツごとの目線に、何でそんなにこだわってるの? パートごとに語り手が替わるのなんて小説では珍しくもないでしょう? ヒッチコックの『トパーズ』なんて、物語の進行にともなって主人公そのものが入れ替わちゃうくらいだよ」

と問い掛けた。


 すると「そうなんだよ。主人公、もしくは語り手の入れ替わり。もしくは”更新”」と修一は満足顔で頷いた。

「水口さんの言う通りだ。悪人正太郎は、籠城してからは”主人公”を放棄して部屋の中にフェイドアウトしてしまうんだね。語り手は”隣人”彦六へと更新され、正太郎は壁越しに”隣人”と会話する声だけの存在となる。言ってみれば屋外を徘徊するイソラ同様、顔の見えない存在と化すんだ。そして『吉備津の釜』の最終的な語り手、すなわちクライマックスパートの主人公であり惨劇の目撃者・語りは彦六ただ一人なんだね。イソラと正太郎は共に『死体すら残さず』消滅してしまうし、近所に人は住んでいないわけだし」


「なにそれ……」

 純子が両手を握り締めた。

「なんだかゾワゾワする。クライマックスパートの語り部の、証言が”正しくなかったら”ってこと?」


「ぐうう……」

 一方で脚本書きはうなった。

「死体無き殺人事件の可能性があるってコトか。怨霊が起こしたものではなく、生身の人間が下手人の」

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