シン・イソラ3 イソラ迎撃作戦(防衛ライン策定)
「で、第一防衛ラインはどこに構築する心算?」
純子が脚本書きに問い掛けた。
「イソラの出撃拠点は岡山市北区近辺で良いと思うんだけどね」
◆
正太郎と磯良が見合い結婚し、夫婦生活を送っていたのは岡山県北区庭瀬。
また磯良の実家は岡山県北区吉備津の吉備津神社だから、怨霊が出撃するのはどちらにしても岡山県北区で問題ないだろう。
磯良は美人でハイスペックな妻であったが、放蕩者の正太郎は、そんな”出来物の女房が煩わしく、家を空けては鞆の津(広島県福山市鞆)の色町に遊びに行き、遂には袖という遊女を身請けして妾宅に住まわせる。
妾宅は、鞆の浦近郊の里とされているから、広島県福山市のどこかになる。
遊郭で派手に遊ぶのも、遊女を身請けして妾宅に囲うのも、生半な出費では済まないから、正太郎の実家(井沢家)は単なる富農というより土豪と言ってよいのかもしれない。
これを知った正太郎の父、井沢正太夫(井沢家当主)は怒り、正太郎を(たぶん座敷牢に)幽閉する。
幽閉事件が起きた年代を考えると、1491年から数年後のことになるだろう。
史実では、赤松政則が細川政元の姉”めし”と結婚(再婚)した1493年から、赤松政則が従三位の官位を授けられた1496年の間くらいという事になるだろうか。
しかしキング・オブ・放蕩息子の正太郎は幽閉などに屈する事無く、井沢家への反抗を継続する。
貞淑な妻 磯良を誑かし座敷牢を抜けると、井沢家の金と磯良の実家の金を持って逐電。妾の袖を連れて京都へ向かって逃亡した。
磯良はショックのあまり寝込んでしまい、粥や薬も喉を通らなくなってしまった。
井沢家・吉備津神社(磯良の実家)の面々は、正太郎に激怒し憎んだ。
京へと向かった正太郎だが、播磨国 印南郡 荒井の里(兵庫県 高砂市 荒井)に立ち寄った。
袖の従弟で彦六という男が住んでいたからだ。
正太郎は一時的な滞在の予定であったが、「京都に行ったところで頼みになる人がいるというわけでもないのなら、ここで共に生活しましょう」という彦六の説得により、荒井で生活するのを決断する。
◆
「正太郎が住むのを決めた荒井って、岡山県北区からみれば姫路より先なんだよねぇ。明石よりは手前だけど」
脚本書きはスマホで地図を確認した。
「岡山駅から山陽新幹線を使えば、姫路駅下車。山陽電鉄に乗り換えて山陽姫路駅から荒井駅ってトコだね。荒井駅の一つ先が高砂駅か。結婚式で歌う『高砂や~』の高砂だね」
純子もふんふんとノートパソコンを操作して
「山陽新幹線 岡山から姫路間は88.6㎞。”こだま”で34分だね。山陽電鉄 姫路から荒井間は16.2㎞、時間にして29分だ。合わせて105㎞ってトコ」
と検索結果を示した。
「高砂の次が、加古川を渡って尾上の松駅。タイガースファンの人がよく使う『加古川のヒト、帰られへん』の加古川市に入るよ」
二人のやり取りを聞いていた修一が「播磨国は加古川を挿んで、西が印南郡、東が加古郡だったんだよ」と諦めたように口を開いた。
論文読み合わせは中止、と腹を決めたらしい。
「高砂は古くから製塩・漁業・物流で栄えていた港町だけど、荒井の方は度々水害に襲われる土地だったらしい。治水が進んでからは高砂に劣らず豊かになったみたいだけどね。『吉備津の釜』では――実際の1500年の荒井がどっちだったのかは別として――寂れた寒村のイメージだね」
「どうしてそんな土地に、正太郎は腰を落ち着けたのかなぁ?」
と純子は首を傾げた。
「だって派手好き・遊び好きなんでしょう? せめて高砂に住むんだったら分からなくもないけど」
「お金は持ってるわけだしね」と舞も頷く。
「井沢家と磯良の実家から、大金を持ち逃げしてるんだもの」
「ああ、それは」と修一が薄く笑った。
「井沢家や香央家からの追手を警戒したんじゃないかな」
香央家というのは、磯良の実家 吉備津神社の神職一族だ。
土豪の井沢家に負けず劣らず、手足となる人員には事欠かないだろう。
「なるほどねぇ」と脚本書きが感嘆した。
「赤松領の播磨国で、備前の土豪のドラ息子が遊び倒していたら、一発で居場所がバレるか」
うんうんと純子も同意。
「京都に行かなかった理由も分かるよ。京都には赤松家関係者がウヨウヨしてた時期だっただろうからねぇ。赤松政則が従三位になるのが1496年だし。上手く京都まで逃げおおせても、簡単に捕まったんじゃないかな」
「だから彦六は『頼る人もいない都へ行くより、ここで暮らした方が良い』ってアドバイスしたんだろうね」
と修一。
「でも田舎は、新顔って案外目立つから。ホントに潜伏生活を送るつもりなら『木の葉を隠すなら森の中』で、大都会の中でヒッソリ生活する方が良かったのかも」
「ま、それはそれとして」と、脚本書きは脱線したブレインストーミングを軌道修正した。
「加古川を渡って東側なら、加古川を対イソラ最終防衛線に設定出来たのに。モッタイナイ!」
「加古川に高圧電流を流して足止めし、メーサー殺獣光線車で精密射撃ってか?」
と純子が鼻を鳴らす。
「それじゃあ『サンダ対ガイラ』の”L作戦”だよ。火矢と落とし穴だけの設定を忘れちゃイカン。火矢や松明投擲ぐらいじゃ、富士の裾野でヘドラを迎え撃ったパリピ同様、鎧袖一触で突破されちゃう。河を防衛線にするのは難しいんじゃない?」
うむむ、と舞は腕を組んだ。
「だとすると、やっぱり御札を使った要塞防御しかないのか。彦六の家って、粗末な家とされているけど、壁一枚を隔てて二軒が並んでいる、変な間取りなんだよねぇ」
「ま、そこは母屋と隠居間とか、実際に二軒長屋の構造で隣は空き部屋だったとか、いろいろ解釈は出来るでしょ。人影も疎らな寒村に、長屋みたいな集合住宅の需要が有ったかどうかは知らんけど」
純子は脚本書きに軽く返して
「でも家に魔除けの御札を貼り巡らすのに、正太郎は彦六の部屋にもチャンと工作を施したのかなあ?『ここにも御札が?!』ってイソラが周囲を徘徊してるとき、彦六の部屋にもズカズカ入って来られそう」
と唸った。
「イソラは、無差別攻撃を行わない正統派ストロングスタイルの怨霊だからね。部外者には安全なんだよ。『おっ、ここは別人の住居か! 踏み込んではマズイな』って遠慮したんじゃないかな?」
脚本書きは盟友に、上から目線で教えを垂れた。
「イソラに成る前の磯良さんは、気遣い細やかな出来た女性だったんだし。牡丹灯籠のお露さんなんて、邪魔な御札を剥がすのに、お金を払って人を雇ってる」
「ああ、そうだった」と純子は舞の解釈を受け入れた。
「だったらイソラを捕獲する方法が無くはない」
「捕獲?!」
脚本書きは純子の弁に驚いた。
「イソラにファロラクトンは効かないよ?」
「ファロラクトンってアナタ……。『キングコング対ゴジラ』のキングコング輸送作戦じゃないんだから」
純子は舞に苦笑で応じると、高らかに宣言した。
「名付けて『二重密室作戦』!」