シン・イソラ11 シン・犯人
「マテリアル&メソッド?」
脚本書きは首を捻った。
「父 正太夫の来歴と、正太郎の嫁探しの部分じゃん。加えて鳴釜神事。香央家は出て来るけど、別所則治なんて一言も触れられていないよ?」
「いや舞、違うって。片山クンはフィクションとしての『吉備津の釜』に書かれた人物の中に、史実では別所則治に相当する人物がいるって言ってるんだよ」
純子が勘の良いところを見せた。
「別所氏といったら兵庫県三木市あたりを領地にしていた戦国大名じゃん? 秀吉と竹中半兵衛が『三木の干殺し』で破った武将が別所長治だったよ」
「そう。別所長治は別所則治の子孫だよ」
修一が純子の発言を肯定した。
「で、長治時代には戦国大名にまで成り上がっていた別所氏なんだが、則治のときまでは赤松家家臣の中ではパッとした存在ではなかった」
「なのに、赤松政則から重用されるように”なる”んだね? ふむ、明白ではないか」
脚本書きは、あたかもトリックを見破った名探偵のように修一を指差した。
「フィクションでは、井沢家に香央家との縁談を持ち込んで来た人物。仲人さんだね。そしてノンフィクションの方だと、赤松家と細川家とを結びつけた人物だ。それが別所則治!」
「クックック、さすがは水口クンだ。よくぞこの謎を見破った」
芝居がかった拍手をする修一に
「いや、ここまでゴリゴリにヒントをぶつけられたら、鈍いアタシにだって解るって」
と脚本書きが照れて見せた。
「そうか。上田秋成は現代ミステリ同様に、冒頭部分に被害者から犯人まで、主要人物を全部登場させとるんかい! しかも『八つ墓村』みたいに怪談仕立てときたもんだ」
「で、どうなの片山クン。別所則治は、赤松家と細川家の婚姻を”仲介すること”で、推理小説の犯人役みたいな最大受益者となったのは確実なの? 確かにパッとしなかった武将の家が、結果的に戦国大名にまでノシ上がっているわけだけど」
と純子が解説を強請った。
「戦国時代なら例えば羽柴家みたいに、氏素性がハッキリしてなくても、超有能な家族が一人いれば一族全員が恩恵に与る例は珍しくはない。けれどそれには知勇兼備とか剛勇無双とか、かなりのハイスペックが必要だと思うんだけど」
「経歴を見ると、なかなかの人物みたいだよ」と修一。
「初めて日の当たる存在になったのは、赤松政則が山名政豊に大敗したとき。赤松政則は姫路に敗走するけど、股肱の臣である浦上則宗らに排斥されて、更に大阪方面にまで逃げ落ちている。赤松政則は生後7ヶ月で父を亡くし、浦上則宗に養育されていたから、則宗は政則の父代わりみたいな関係だね。年齢差が26歳ある」
「おおっと! じゃあ赤松政則が正太郎だとすると、父 正太夫に当たるのが浦上則宗なんだ」
脚本書きが説明途中で口を挿む。
「浦上則宗って下克上した佞臣ってイメージがあったから、赤松政則の父代わりって聞くとオドロキだわ」
「赤松勢が応仁の乱で、播磨・備前・美作の旧領を奪還できたのは、浦上則宗の力量が大きかったというから、知勇兼備で統率力も高い武将だったんだろう」
と修一が、嫌な顔もせずに脚本書きの感想に対応する。
「ところが回復した領土を、赤松政則が下手な戦闘指揮を行なったせいで、かなりの部分が山内氏に再度奪われた。不甲斐ないムスコに、父激怒ってところかな。正太夫は息子を幽閉したけど、浦上則宗は赤松政則を追い出した。対応法はちょっと違っているけど、自由行動を許したんだから、浦上則宗の方が甘い父親なのかもね」
そして「岸峰さんからの質問は、別所則治に関してだから、話を元に戻すよ」と念を押した。
「別所則治は、大阪に逃げちゃった赤松政則に付き従った部下の一人だったんだ」
修一の解説に、純子は「う~ん……」と腕組みすると
「それだと石橋山の戦いに負けて”しとどの窟”に隠れた頼朝サマ御一行みたいなモンじゃん? 頼朝が出世したら、皆エスカレーター式に引き上げられました、みたいな」
と不満気に応えた。
「父に叱られた息子に、優しく接してくれる叔父さんだよ。そりゃ、覚えも目出度くなるって」
まあまあ、修一は笑って「優しいだけじゃ、さすがにバカ息子でも恩には着ないよ。それから別所則治は赤松政則を将軍に謁見させ、幕府の威光で以て播磨に帰還を果たさせた。これに赤松政則は感謝し、播磨半国の守護代に彼を任命するんだ」と続けた。
「ドラ息子を勘当した父代わりの浦上則宗とも、赤松政則は隠居した前将軍 足利義政の口利きで和解。幕府との折衝には、たぶん別所則治が噛んでいるんだろう。そして赤松政則と浦上則宗が再びタッグを組んだことで、山名勢への反撃が始まる」
「軍功的にはどうだったの?」と脚本書きが探りを入れた。
「別所クンって、政治力は高そうだけど」
「軍才も有ったみたいだね。蔭木城の戦い・英賀の戦いなんかに従軍して、次々に山名勢を破っているから。そして姫路の坂本城から山名政豊を追い払ってるし。ま、別所クン一人の働きではないだろうけど」
「政治力があり軍才もある、と。シミュレーションゲームでも使い勝手が良さそうな武将だね。『播磨の嵐』とか『赤松の野望』とか有ったら活躍しそう」
純子は相棒の説明に笑うと
「ドラ息子が重用したくなるのも納得だわ」
とコメントした。
「そして今度は、ドラ息子に管領の姉を紹介するんだね。京都で活動している時に、細川政元からも『使えるヤツ』って評価されてたんだ」
「ヒトに恵まれていたんだな、赤松政則は」
脚本書きが嘆息する。
「な~んか、領国を守護代に食い荒らされるだけの、古いタイプの守護大名ってイメージだったけど。でも実態としては、白鼠の番頭さんたちが経営を必死に支えている老舗商店の御曹司だよ。これじゃあ」
「まあ、お二人の言う通り」と修一が同意し「で、赤松家と細川家を縁続きに持って行ったことで、別所則治の地位も揺るぎの無いものとなった。それまでは、長く赤松政則の近臣ではあったものの、赤松家全体の重臣としては新参だったから」と修一が続きを語り出す。
「浦上則宗とかと比べれば、頭角を現したのが遅かったから同じ守護代でも格下って感じだったんだろう」
「ヨメとして連れて来た”めし”と強く結びつくことによって、別所則治は赤松家内での発言力を強化したんだねぇ」
と純子が頷いた。
「細川管領家の威光がバックにあるわけだから」
「それまでは赤松政則の手足であった別所則治だが、”めし”に忠誠の重心を移していったってコトだ」
と脚本書きが想像する。
「まあ、そうせざるを得ないよ。”めし”の後ろに怪人 細川政元の目があると思えば」
「細川政元って単なる実力派管領っていうだけじゃなく、空を飛べるとか飯綱の呪法を操れるとか、当時は真面目に信じられていたんでしょう。味方のときは心強いけど、機嫌を損ねたら怖いよねぇ。空飛ぶ管領のウワサを、別所則治が信じてたどうかは知らないけど」と純子は笑った。
そして「別所則治が婚姻成立の受益者であることは分ったけど、赤松政則急死の後の彼の動きはどうなの?『実行犯』に相応しい怪しい動きは見せてるの?」
「赤松政則の急死後、赤松一族の幼童 義村が”小めし”と結婚して赤松宗家を継ぐことになるんだけれど、義村を養っていたのは浦上則宗だった。義村の後見人は浦上則宗なんだよ。別所則治も賛成してるけど」
「いや、それじゃ浦上則宗の方が実行犯っぽいじゃん」
脚本書きが異議を唱える。
「別所則治よりも、むしろ余ッ程」
「どうだかなぁ?」と純子。
「浦上則宗は、赤松政則が子供の時分から、手塩に掛けで面倒みてきたわけだから。愛憎半ばするところは有っても、殺しちゃえるかな?」
「史実がどうだったのかは歴史の闇の中だけど」と修一が、二人の美少女に割って入った。
「上田秋成は、別所則治が実行犯であるという見立てで『吉備津の釜』を書いている。なんてったって、妻が夫を呪い殺すハナシなんだからね。そこを忘れちゃいけない」
この意見に、純子は「そやそや。片山ハンの仰る通りやで」と、我が意を得たりという感じに胸を張った。
「浦上則宗は父親代わり。お嫁ハンの実家とは、なんも関係あらしまへん」
一方で脚本書きは「くぅぅ」と大袈裟に嘆いてみせた。
「その設定を忘れていたよ」
だが即座に「しかし」と続け「赤松義村が幼くして当主を継いだんなら、後見人の浦上則宗の一人勝ちじゃん? ”小めし”の地位は安泰だとしても、”めし”派の別所則治には旨味が少なかろう」
「仮にそのままの体制が続けばね」と修一。
「けれど浦上則宗に叛旗を翻す一派が現れた。赤松家の勝範を担いだ浦上村国だ。赤松家中は、赤松義村・浦上則宗VS赤松勝範・浦上村国で対立し1499年には内戦にまで発展する」
「おおっと! 1499年っていったら、宿敵 山名政豊が死んだ年だよ。仮称イザワショウタロウの暗躍が、ついに赤松家内で実ってたのかね。山名配下のショウタロウ、『遅かりしか!』と、さぞや悔しかろう」
脚本書きの発言を「ちょっと、舞」と純子が窘める。
「仮称ショウタロウのイソラ擬態の仮説は終わったハナシなの。今検討しているのは、別所クンの疑惑だよ」
修一は相棒に「うん」と同意すると
「赤松家内戦の中、別所則治は『ここは”めし”殿に家中を采配する権限を預けましょう。亡きお館様の奥方様なのですから』といった具合に”めし”派を立ち上げるんだ。調整・調停役としては適任に見えるよね。後ろには細川政元がいるんだから」
と説明を続けた。
「一見、穏当な落としどころに見えて、第三派閥としては中立と言うより、かなり義村・則宗側に寄っているよねぇ」
と純子が主張。
「”小めし”は赤松義村の正妻かつ”めし”の娘なんだから。”めし”殿が、勝範・村国派に肩入れする可能性は無いわけで」
「そういうこと」と修一も頷く。
「洞松院――”めし”のことだよ――を神輿に担ぐことで、別所則治は浦上則宗と並ぶ発言力を手中に収めた。しかも重臣筆頭の浦上則宗は1502年に死んでしまう」
「むむっ。則宗殺害にも別所クンの影?」
そう新疑惑を持ち出した脚本書きに
「浦上則宗 享年74歳だから、さすがに寿命なんじゃない? 当時としては長寿な方だろう」
と修一は答えた。
「赤松義村が若かったせいもあって赤松家中ではゴタゴタが絶えず、浦上則宗の後継者 村宗と、洞松院を表に立てた別所則治、加えて小野氏他の集団指導体制の形に移行し――あるいは分裂し――各派が戦国大名化していく。守護大名赤松家が完全に滅んだわけではないけど、『吉備津の釜』イントロ部分の『家をうしなひ国をほろぼして 天が下に笑ひを伝ふ』という状況が成立したわけだ」
「なるほどねぇ。赤松政則が他所で嫡男を生ませていたらというIFがあったら、家督相続はその男児を中心に別の状況を生み出しただろうから、別所則治の足場は史実より弱くなっていた可能性が高いのか」
と、脚本書きもようやく納得の色を見せた。
「けれど、空飛ぶ管領は、その男児が赤松家を継ぐのを快く思ったかねぇ。”小めし”の腹違いの弟だったら、二人を結婚させるわけにもいかないし。まあ、そんなIFは訪れなかったわけだけど。赤松政則は急死し、”小めし”は義村と政略結婚させられた。それが今に伝わる事実だ」
◆
「フィクションの『吉備津の釜』と、歴史上の出来事とを比較することで、仮説とはいえトンデモナイ事件が浮かび上がってきたじゃないか!」
脚本書きは疲れも見せず、興奮した様子でメモを書き始めた。
「上田秋成は、どこでそんな事実を掴んだのかねぇ」
「上田秋成はガチの渉猟家だし、文人・数寄者の知人友人も多いから、古日記とか反古紙から掘り出したんじゃない? それこそ播磨とか備前あたりの僧侶の覚書とかをさ。もしかしたら備後鞆の浦あたりの商家からかもしれないけど」
応じる純子の方は、少々疲弊した様子。キャンディを頬張って、脳に糖分補給中だ。
「それなら、ちゃんとした文献として残しておいてくれたら良かったのに。怪談仕立てにして、分かるヤツには読めば解る、みたいなスタイルじゃなく」
脚本化は差し出されたキャンディを口の中で転がし
「赤松家の生き残りに遠慮したんじゃないの?」
と応じた。
「細々と命脈を保っていた赤松宗家は、関ヶ原で西軍に属して滅んだけれど、分家の有馬氏は東軍に回って国持ち大名になったんだよ。久留米21万石だ。そのほかにも数千石クラスの旗本になった者もいるし」
「そうは言っても、室町末期から戦国初期の出来事だからねぇ」と純子は息を吐いた。
「『仮名手本忠臣蔵』が、大石内蔵助を大星由良助、浅野内匠頭を塩治判官に置き換えないといけなかったのとは状況が違い過ぎるよ。忠臣蔵は事件が起きてから40年後くらいの上演。一方で『吉備津の釜』は1776年の作。赤松政則が死んでから280年も経ってるし」
純子は修一にもキャンディを勧めて「探偵さんは、どう考えてるの?」と水を向けた。
「考えナシってことはないよね?」
修一は受け取ったキャンディの包み紙を開けると
「従三位って地位が、別の女性を連想させるのを怖れたのかも」
と口に入れた。
「赤松政則が死んだのは従三位を授かって直ぐだし、妻の”めし”は洞松院の他に、局殿とも呼ばれていたみたいなんで。『赤松うばの局』とも呼ばれていたらしいし」
「局で従三位か……。おいおい! 春日局だよ」
腑に落ちた、という感じで、純子は口の中で溶け残った飴を飲み込んだ。
「将軍家光の乳母。従三位と春日局の名号を貰ったのち、最終的には従二位にまで上り詰めるけど、やっぱり春日局の名号が有名だし印象も強いよね」
それに、と純子は続けた。
「家光は将軍位継承レースにおいて、他の候補者に比べて実はあまりパッとしない人物であったとか、情緒に難があったとか、ネガティブな情報が多いよね。かなりブラックな手段を採ったという説だって無いわけじゃないし」
「その家光を激励していたのが、明智光秀の部下の娘なのに、異例の出世を果たした女性だよ」
脚本書きはガリガリとキャンディを噛み砕いた。
「赤松政則は将軍殺しの末裔で、片や春日局は主殺しの娘。上田秋成が、将軍家光の乳母に”当て擦り”をする心算が全く無かったとしても、誤読されたらヤバイのは間違いない。こりゃあ『単なるフィクションで、怨霊が大暴れする怪談ですよ』という体裁を崩すわけにはいかないね。仮に赤松政則殺しに関する、それらしい文献を発掘していたとしても、参考文献には上げられない。あくまで磯良事件と赤松政則の死亡事件は、全然別モノというスタイルを採っていなきゃ」
◆
「以上が僕の妄想だ。確たる証拠は何も無い」
探偵はそう告げると
「今日はもう、御仕舞いにしようか」
と二人の美少女を促した。
「いくらなんでも、これから論文の読み合わせをする余力は残ってないからね。また水口さんから時間を搾取されちゃったよ」
おしまい