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四二話 奴隷、四天王の配下に襲われる


 魔界の長という魔物を探すため、現在、俺たちは北へ向かって移動していた。


「もう何時間歩いてるんだ? いったいいつになったらその魔物の長とやらに会える?」

「徒歩だと一年以上かかるそうだ」

「一年!? 嘘だろ!?」

「本当じゃろう?」

「そうですワン。でも迷子の心配はいらないワン。姉御たちのことは絶対コボルたちが案内するワン」


 なぜかコボルトたちはあのまま俺たちに同行してきていた。

 命を助けられた恩に報いたいということらしく、ライラはすっかりそれを信じて気を許している。だが俺は未だに警戒心を捨てていない。

 もし襲ってきたりしたら、今度はライラの言葉を待たずに殺すつもりだ。


「兄貴。お水ですワン」

「俺にくれるのか?」

「はいですワン。お疲れだったみたいなので、よかったら飲んで欲しいですワン」

「ありがとう」


 ゴクゴク

 ただの水だが、この荒んだ世界で乾いた咽を癒すのは嬉しかった。

 

 ……俺はまだおまえたちのことを敵だと思っておくからな。絶対に仲間と認めないからな。


 俺を兄貴と呼んで慕ってきてくれるコボルトたち。怖いはずの狼の顔が、慣れてくると愛犬のように思えてきてしまう。

 

「おまえたちのことなんて、まだ好きじゃないんだからな!」

「急に叫んでなんなのじゃ。怖っ」

「マスターのたまにする癖です。触れないでおくのが最善手です」

「もしちょっかいをかけると?」

「羞恥心で十分ほど地面を寝転がります。レベルが上がるたびに地面の陥没する深度が増しています」

「うーむ。反応は見てみたいが、面倒なことにもなりそうなので辞めておこう」


 俺を置いて二人で話すロビーナとライラ。

 

 へんっ。

 なんだ置いてきぼりにしやがって。

 

 まあ別にいいさ。俺にはコボルトたちがいるからな。


「兄貴。兄貴」

「んっ? 慌てているようだけどどうした?」

「大変だワン! あいつら危険だワン!」


 コボルトの指した方向へ視線を動かす。前にいた二人もコボルトに呼び止められて、同じ場所を見ていた。


 ザッ


 少し地面が盛り上がった高所にいるのは、二体の魔物。

 片方は緑の皮膚をした巨漢。おそらくトロールだが、普通のトロールとも違う形状をしている。もう片方はハート形の尻尾を伸ばす縦巻ロールの女だ。


「好き嫌い好き嫌い……」


 微動だにしないトロールの隣で、女魔物のほうはいきなり花びらをむしり始めた。


 おそらく呟いている内容からして花占いをしているのか?

 俺たちのほうを全く気にする素振りもなく花弁は一枚一枚地面に落ちていき、最後の一つとなった


「結果は、嫌い――」


 パァン

 紫の花束を勢いよく取り出す魔物女。さっきまで一枚ずつだったが馬鹿らしくなるくらい衝撃で花びらが宙を舞う。


 オホホホホ!

 

 花びらの雨を浴びながら頬に手の甲を当てて高笑いをする。


「しかし私様は好き嫌いなんて超越した存在――魔界令嬢エリザベートですわー! 人間界の公女であるフーリーン嬢を攫いに、優雅に華麗に美しく馳せ参じましたのー!」


 パチ……パチ……パチ……

 トロールのゆっくりとした拍手の音がなにもない魔界の大地で響いた。


 ……


 一呼吸間を置いてから、俺は話しかけた。


「オホホホ! オホホホホホホホホ!」

「あの、エリザベートさんでしたっけ?」

「ホホホホホ……ゲボッ、ゴホッゴホッ……なんでしょう? 人間の雄如きが声をかけないでくださいまし」


 高笑いの途中で息が切れてえずいた。

 仕方がないので、俺はロビーナに代弁させる。


「ロボから質問です。魔界貴族とはなんでしょうか?」

「オホホホホ。人間の香りがしない女性の形をした貴女の問いならば存分にお答えしますわー。魔界貴族とすなわち魔界を統べる上流社会の血族。高貴なる血を受け継いだ私様のような魔物のことですわー」

「そんなのあるのか?」

「いや。魔界貴族なんて知らないワン」

「えっ?」

「偉い魔物は四天王と魔王だけで、貴族なんて制度は魔界にないワン」

「じゃあ、あいつなんなんだよ?」

「言い難いけど……その……」


 ただの馬鹿ですワン。


「オホホホ。それでは会見はここまで。ブルースやっておしまいなさい」

「グワァー!」


 筋力鎧化(バルクアップ)

 雄叫びをあげた途端、トロールの身体がいきなり巨大化した。そのまま矢の如き猛速度で突っ込んでくる。


 ガシィッッッ!


 狙われていたライラとの間に割り込んで、掌を掴み合って抑える。危なかった。単純な直線の軌道なはなずなのに、あまりの速さに俺以外の誰もが反応できていなかった。

 

 グググググ

 力も強い。お互い自分に有利な体勢を作ろうと相手を捻ろうとするが、力のせめぎ合って動けずにいた。


「あら? ブルースと互角なんて人間にしては随分と力がありますわね」

「ススク! そいつはSランクのトロールキングじゃ! 対抗しようとしなくていい。隙を作って逃げるぞ!」

「ガー!」


 トロールが突っ込んできて、押されそうになる。

 なんつう馬鹿力。他の能力はともかく、力だけならおそらく俺はこいつに負ける。こんな魔物がまだいたなんて。

 

(隙を作れだって? 簡単なようで無茶を言いやがる)


 でも……なんとかできそうだ。


 《トロールキングとの押し合いが継続時間が60秒を過ぎました》

 《レベルが38万7681上がります》


「おらぁああああ!」

「ガァアアア!?」


 レベル上昇によって俺のほうが下だった力の差が逆転したようだ。


 後退していくトロールキング。

 

 勝利を確信した瞬間、後ろにいたエリザベートが動いた。


「情けないですわねブルース。しかしこれは任務。失敗は許されませんこと。本来ならば使えない部下なんて見捨てていましたが、今回は助力して差し上げましょう」


 悪魔乳誘惑(パフパフですわー!)


 エリザベートは屈みこんで、俺と目線を合せてきた。


(なんのつもりか知らんが、このままトロールごと圧し潰しドレスで強調された谷間は実に深く……)


 ……ハッ。俺はいったい何を考えて。


「グワー!」

「こいつ、さらに力が強くなるだと!?」

「オホホホホ。違いますわ。貴方のほうが弱くなりましたの」

「どういうことだ!?」

「ススク。おそらくあの女魔物はサキュバスじゃ! 魅了することでステータスを減衰させてくる!」

「正解ですわー。さっきの私様の優雅なポーズを見た男たちは全員、攻撃が0になりますのー!」


 ふわっ

 まるで風船のように浮かされる俺の体。次の瞬間、グシャァン、と地面に叩きつけられた。


「がはっ」

「マスター!」


 攻撃以外のステータスはそのままらしく一発で肉体が粉々になるなんてことはなかった。だがそれでもこのトロールの力でされれば、その破壊力はかなりのものだった。


 全身の痺れで抵抗もできないまま第二撃を待つこととなる。

 

 こっちにロビーナが向かってくるが、確か今のあいつはエネルギーとやらが足りずにワイバーンたちを退けたあの光は放てない。ライラやコボルトにもこのトロールをどうこうする力なんてものはない。


(まさか終わったのか?)


 生きようとなんとか靄がかかったような頭を精一杯使う。

 が、その間にもどんどん俺は高く浮かぶ。とても間に合いそうではない。なにも思いつかぬまま、グングン近づいてくる地面を見続けるしかなかった。


 ゴロゴロ……ピシャァン!


 縦長の閃光が敵味方問わず俺たちの視界を包んだ。


(いかづち)じゃ」

「なんですって!? いや。まさかそんな……」


 エリザベートもトロールも俺たちから目線を切り、別の方向を見ていた。

 

 その先にいたのは、神々しい光を放つ四足の魔物。

 馬のようであるが、頭には雷のような軌跡を描いた大樹の枝に似た角が生えている。蒼い電流を周囲に輝かせながら、その魔物は俺たちを見つめている。


「貴方……い、いえ、あ、貴方様がどうしてここに!?」

「理由は後ほど伝えよう。それよりも、今は君たちにはその人間たちから離れてほしい」

「しかしこれはセイテンタイセイ様からの命令でして」

「逆らえば、それ相応の処置を取らねばならないな」

「そ、それは……」


 冷や汗で顔を真っ青にするエリザベート。

 現れた魔物の威圧感に完全に吞まれていた。


「自らと矛を交えたいのだな?」

「ブルース! 今回は撤退いたしますことよ! で、ではご機嫌よろしくいたしましてー……」


 エリザベートの言葉に従って、トロールは彼女と一緒に姿を消した。

 そのことを確認してから、雷の魔物は俺たちへ声をかけてきた。


「自らの名は麒麟(キリン)。魔界に法を築くため、貴様たちがこの世界から去るまで手を貸そうぞ」

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