四一話 四天王、奴隷を知る
※今回の話はパルタ視点ではありません。
三体の魔物が相対している。
……
沈黙を保っているが、彼らの間に流れる空気は決して穏やかではない。むしろ火種さえあれば一気に部屋ごと燃えてしまいそうなくらいお互いへ激しい敵意を視線だけでぶつけている。
そんな中、ガラン、と重々しいはずの部屋の扉が軽快に開いた。
「どうもー。お久しぶりだねぇ元仲間のみなさん」
「6分52秒の遅刻だ。セイテンタイセイ」
新しく入ってきた猿の魔物に、角の生えた人型が注意をする。
「悪いねぇ。昨日、夜中に女の子たちと遊んでいて気持ちよく寝ちゃったらそのまま寝坊しちゃってたわ」
「相変わらず貴様はいい加減な……」
「でもキリンさんも細かすぎると思うぜぇ。秒単位での指摘なんて神経質も過ぎるぜぇ」
「貴様がてきとう過ぎるだけだ。自らは常識的な感性である」
「ウキャキャキャ。常識を持ってるならともかく、アンタがただの常識魔物なわけねえだろうが」
「本能しか持たぬ猿に言われたくはない」
「……アン? やるのか?」
「自らはなにもする気はないが、貴様が仕掛けてくるのなら別だな」
「おうおうおう。いいぜ。てめえの思い通り、その誘いに乗っかってやるよ。今日こそそのムカつく澄まし顔をグチャグチャのゴチャゴチャに――」
「――静かにせぬか。二体とも」
一触即発の雰囲気になるものの、その一声でセイテンタイセイもキリンも口を合せて閉じた。
四天王ほどの実力の持ち主でも動きを止めてしまう威厳あるその声の持ち主は――龍。
「魔王様の御前だ」
「固いねぇバハムートさんも。もういないってのにあの方は」
「……」
「はいはい。黙りますぅ」
ギロリ
龍種独特の縦長の瞳孔で睨まれたセイテンタイセイはその場で跪く。
四体の魔物たちが頭を下げて並ぶ。
その先には、空の玉座があった。
「魔王様。お久しゅうございます……貴方がいなくなった魔界、それをおれっちが魔物らしい暴力と欲望渦巻く世界に作り上げましょう。血みどろの荒れ果てた混沌へと」
最初に告げたのはセイテンタイセイ。
順にキリン、バハムートが口を開いていく。
「遵法の魔界。魔物たちがルールに則り、力ではなく規則で争い事の結果が決まる魔界を自らは望みます」
「人間へ復讐を。貴方様の命を奪った存在その家族子孫全てを根絶やしにし、世界そのものを滅ぼしましょう」
「……」
一番右に列する玉のような形をしている魔物だけはなにも申さなかった。
ザッ
魔物たちは立ち上がると、再びお互いへ敵意を丸出しにして剣吞な空気を作りだす。
「ふざけたことを」
「アンタが一番ふざけてるよぉ。なにが規則だ。そんなの管理する側からしたら楽なだけで、不自由でなにも楽しくねぇ」
「揃いも揃ってお主ら! 魔王様を殺した人間たちが憎くないのか!?」
「腹は立つ。しかしまず王がいなくなった時にすべきは世界の調停であろう」
「暗殺とはいえ、戦が始まった状態で負けたんだぁ。なんの文句がある? もし油断しての結果だったのならアイツが悪いに決まってんだろぉ」
理解できない相手にそれぞれ不満をぶつける三体。
「……」
シャカシャカ
球体の魔物だけ、扉から出ていった。
「あらま。バロールさん帰っちゃった」
「貴奴らは本当になにを考えているのか分からない……」
「食べない眠らないなにも言わない。でも戦いには参加する。変わってるねぇ魔鉄同盟は」
暴力の支配による混沌の魔界を望むカオス派の筆頭セイテンタイセイ。
規律を敷くことを理想とするロウ派の党首キリン。
人間界への復讐を決意するリベンジ派の魔王の右腕バハムート。
魔鉄製の魔物が集まった魔鉄同盟の代表バロール。
現在の魔界はこの四つの派閥に別れて、抗争を繰り返していた。
「せっかくいい土産があったのに勿体ないな~」
「貴様のことだからどうせろくでもないものだろう。出す前に自らも退去させてもらおう」
「え~言っちゃう? そんなこと言っちゃう? 後で後悔するなよぉ」
「……」
「本当になにも言わず帰るなよぉ! 分かった。それならもう見せちゃうわ」
パンパン
セイテンタイセイが拍手すると、どこからか一匹の魔物が部屋に現れた。
スンスン、と鼻を鳴らしながらセイテンタイセイに近づいてくる。
「セイ様セイ様。お呼びでしょうか」
「ブーちゃんお待たせ~。本当は労いながらお腹でも撫でてやりたいけど、生真面目なキリンくんが定時に帰っちゃう前に用意していたもの出して」
「セイ様のお役に立てるならそんなもの必要ありませんブヒ。キリン様、バハムート様どうぞ見てくだされ」
魔物は鏡を取り出した。
鏡のはずなのに対面する景色を反射せず、穴でも開いているかのように暗闇しか映らない。と思いきや、だんだんとどこか外の光景を枠いっぱいに広げた。
鏡に映っているのは、パルタたちだった。
「人間だと!?」
「人間が魔界に?」
驚く二体を前に、ニヤニヤといたずらの成功した子供のような笑みをするセイテンタイセイ。
「いや久しぶりだな。ここに人間が訪れるのも」
「しかし稀にはあることだ。空間の歪や、命知らずの馬鹿者が魔法を通じて現れたという話は聞く。とはいえその者たちも大抵は野良の魔物や戦に巻き込まれて命を落とす……こんなものが本当に自らたちに見せたかったのか」
「ウキキキ。そうだなぁ。ただの人間なら、わざわざ報告の必要なんてないなぁ。せいぜいバハムートの旦那に情報を売る程度かな」
セイテンタイセイは、トントンとライラの姿を指で叩く。
「見覚えないかなこいつ」
「?」
「……分かる。我には分かるぞ」
「知っているのかバハムート」
「フーリーンの者だな。この女」
「ご名答~」
「フーリーンだと!? かつてこの魔界に攻め入った人間たちの王の内の一人が!」
一変する部屋内の雰囲気。
ライラを見ながら、バハムートは顎を開いて牙を出す
「理由は分からぬ。しかしこの黄金の目は確実にフーリーンの者だ。絶対に忘れぬよう何度も何度も魔王様を殺した人間たちの姿は頭に刻み付けた」
「一発で正解したバハムートさんにボーナスチャンスのお知らせ……この男、多分トラキの一族」
「トラキの者まで!? 嘘だな。トラキの特徴である銀の髪が見受けられんぞ」
「たぶん仮面をしてる。発見したブーちゃんの話では、匂いが同じらしい」
「そうですブヒ。絶対にこいつトラキの子孫ブヒ」
「トリュフオークの話ならば、間違いないだろうな……貴様が嘘を吐かせていなかれば」
「さあて。どっちだろうねぇ? でもなんにせよ、おれっちの部下はもうこいつらを確保しにいったから」
その言葉を聞いて、バハムートの瞳が鈍色に輝く。
(不味いな)
キリンは現在の状況からこの後の展開を考え、自分にとっては悪い方向に転がっていると予測を出した。
(情報の真偽はどうあれバハムートの気性を考えれば、人間たちを殺しに向かう。しかも王族。決戦後、人間界へ攻め入るには最高の初手だろう。その条件であれば、すぐには殺さず捕まえるとなるだろうが)
久しぶりの人間相手。
下手をしたら派閥のリーダーであるにも関わず本人自ら足を伸ばしかねない。
(それが狙いなのだろう。今の魔界で最も戦力を有しているのはバハムート率いるリベンジ派。たとえ本人が行かずとも、実力として上位の魔物を手先として送るのは確実だ。セイテンタイセイはおそらくその分断している隙を狙って、戦力を削るつもりなのだ。勘が優れているのか単純な戦闘馬鹿のようで、戦略としての手を打ってくる)
部屋中に聞こえるようセイテンタイセイは得意げに声を張り上げる。
「これから月がまた四つ昇る頃――勝った派閥が今度こそ魔界の覇権を握る総力戦『最終魔界決戦』が開始する。その前座に相応しいだろう人間の王族狩りなんて」
「そうであるな。いいだろう。我々がやつらを頂き、血を絞り肉を抜き骨を粉々にし案山子にして人間界へ送りつけてやろう」
「聞いてるんだろうバロールさんよぉ! あんたも参加するんだろう!?」
「……」
シャカシャカシャカ
小型の蜘蛛のような魔物が扉の影になっていた部分から姿を現した。
(自らからすると人間たちについては正直どうでもいいが……)
自分たちはどうするか決めたキリンは、近くに配置していた部下に耳打ちした。




