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四〇話 奴隷、魔界を歩む


「ここが魔界?」

「そうじゃ。おそらくあの魔法は、空間魔法(エリアマジック)。空間の裂け目を作って、人間界からもうひとつの世界であるこの魔界へ(わらわ)たちを飛ばしおった」

「そうなのか……いや。ちょっと待て」

「なんじゃススク殿? なにかあったのか」

「おまえライリーだよな?」


 口調が変わっていて、猫背で丸まっていた視線が今はピンと胸を張っている。

 堂々としているが威圧感はなく、むしろ神秘的で後光がわずかに見える気がする。


 発される雰囲気がさっきまでの陰気な様子の彼女とは別物だった。


「魔界に来たとならば緊急事態じゃ。仕方ないが、正体を明かすことにしんぜよう」

 

 スチャ


 眼鏡を外した途端、ガーネットのような黄金の瞳が煌びやかに輝く。隠れていた輪郭も見えるようになり、その容姿は人並外れた美女だとはっきりする。

 そしてその顔に、俺は()()があった。


「妾はライラ・フーリーン。冒険者ギルド支部長兼アイスブランドの公女である」


 なるほど。

 どおりで見覚えあるわけだ。


 記憶の彼女とは年が離れているが、大統領である父親譲りの黄金眼は一度見たら忘れはしない。


「そ、そうか。公女様だったのですか。ならば辺境の民である自分も知っているはずです」


 しかしアンフェアであるが、俺は自分の正体はバレないよう反応を表に出さないようにする。

 事情があるとはいえ、公女が知ってしまえばなんらかの行動に移さなければならないだろう。こんなわけもわからない危険らしい場所で混乱するのは避けたい。


「わざわざ敬語を使わなくてよいぞススク殿。さっきまでの通りでいい。そのほうがそちも変に固くならなくてよいであろう」

「ありがとう。ところでここが魔界というのは本当か?」

「おそらくのう。とはいえ妾も風説でしか知らないため、ひょっとしたら違う可能性もあるが。しかしだとしても、まずは妾が元の場所へ帰る方法を見つけなければいかん」

「とりあえずここに滞在している人間へ話を聞こう。ほら、ちょうどあそこから馬が通ってくるみたいだし」

「……マスター違います。あの馬に乗っているのは人じゃありません。それに馬自体も普通の馬ではありません」


 カチャカチャカチャ


 骨が四足でこちらに走ってきている。それ奇怪な生き物に跨っているのはそれぞれの手に武器を持つ狼たち。

 

「グンギャラグメナァアア」


 彼らはコボルト(狼狩人)。乗り物があることからコボルトライダーズ(狼狩騎人)だ。

 狼たちは狂ったような鳴き声をあげながら俺たちへ全速力で向かってくる。このまま轢き殺す気だな。


 ザッ


 戦闘態勢を取る俺より前に、ライラが構える。


「民は下がっておれ。ここは妾に任せるとよい」


 ライリーの時と違って自信満々の態度。

 噂の正体不明の魔物ならともかくCランク程度ならこのまま任せてもいいと思えた。それにいつまでかはともかく、ここからしばらく道中を共にする仲間だ。どんな能力を有しているのか知っておいたほうがいいだろう。


 言われた通り、俺は手を出さないことにした。


 さてアイスブランドの公女の実力とはどれほどのものなのか?


「光よ。妾たちを守りたまえ!」


 光盾(ライトガード)


 初級の光魔法だ。光の壁によって身を守る防御魔法。


 キラキラと輝く壁にコボルトライダースがぶつかった途端、


 パリィン!

 

 あっけなく砕け散った。


「キャァアアア!」

「危なっ!?」


 踏み潰れそうになったところをなんとか引っ張り出して回避する。


 安全を確認したところで、俺はライラに顔を向ける。


「た、助かったのじゃ。感謝する」

「いやいいけど。さっきはどうした? いくらコボルト相手とはいえ、あんな魔法じゃあいつらを止められないことは分かってただろう。少し間違ってたら死んでたぞ。そんなことになるくらいなら舐めずに最初から全力を出したほうがいい」

「……これが今の妾の全力じゃ」

「そ、そうなのか?」

「そうじゃ。ギルド長として黒い噂の多かった鴉目団に潜入するため、妾は【公女】を捨てて【僧侶】にジョブを変えたのじゃ。今の妾はレベル3のただの僧侶よ」


 予想外の答えが返ってきた。

 どうして公女が偽名まで使って、あんなこき使われていたのかの説明がされる。

 

 確かにそれなら納得はいく……納得はいくが……


「だったら人に任せろよ!」

「妾は公女。いざという時はこの身を盾にしてでも、民を守ればならぬ! さあ離すがいい。今度こそはあの者たちの攻撃を止めてみようぞ!」


 ウオー!

 失敗したはずなのに、少しもしおらしくすることなく勇ましく魔物たちへ立ち向かおうとする。

 

「心がけは立派だけどさ。悪いが、それは次の機会で」

「マスター。ライラ様はロボにお任せを」

「離せ―女―!」


 ロビーナに暴れるライラを抑えさせる。


 カチャカチャカチャ


 迫ってくるコボルトライダーズ。その勢いは凄まじく、既存の騎兵では太刀打ちもできないだろう。


 ビュン

 重りに付属している鎖はギュルギュルと巻きついて、上に乗っているコボルトたちをひとまとめにした。そのまま制御のきかなくなった骨の魔物は勝手に俺たちから逸れて、どっかへ行ってしまう。


「グンギャ! グンギャ!」

「色々あって腹が減ったところでちょうどよかった。ロビーナ。昼飯は狼鍋にするぞ」

「グギャー!」

「了解ですマスター」

「待て。そやつらを殺すな」

「ん? なんでだ?」

「さっきお主も言っていたであろう。ここに住む誰かに話を聞くべきだと」


 そうは言ったが、ここには人っ子一人すらどこにも姿が見当たらない。

 

 俺がライラの意図を測りかねていると、彼女は縛られたコボルトたちに近づく。そのまま子供に話しかけるように膝を落として目線を合わせる。


「尋ねたいことがある。もし答えてくれれば、なにもぜずに解放することを約束しよう」

「ギャメ」

「信じられないだと? ではなにもせずに、こいつらに食われるといい。犬の肉は堅いが、いいダシがとれると聞く。さぞ美味であろうな」 

「グンギャギャンギャ!」

「分かったな? まったく最初から素直に言うことを聞けばよいものを。この愚か者め」

「いや。なにしてるんだおまえ?」

「コボルトたちと話をな。どうやら命さえ助ければ、質問に答えてくれるそうだ」


 ライラは狂ってしまった。

 まるでままごとをしている少女が人形に話しかけるかのように魔物と会話している演技をする。


「そうか」

「ふむ。分かってくれたか」

「きみが公女というのも嘘なんだな?」

「……急になにを言っておる?」

「もう嘘を吐く必要なんてないんだよライリー。きみはバスターたちのパワハラで心が壊れてしまったんだね。だから自分と姿がよく似ている公女が本来の自分なんだという幻想にまで逃げ込んでしまったんだ」

「だーかーら! 妾はライラ・フーリーンでアイスブランドの公女で冒険者ギルド支部長じゃ! ライリーとこの眼鏡は身分を隠すためのアクセサリーじゃ」

「もういいんだ。もういいんだよ。ここがどこだか知らないけど、鴉目団のメンバーは近くにいないんだから」

「なにを勘違いしておるこの愚か者ー!」


 思いっきり俺を怒鳴りつけるライラ。彼女は自分の黄金の瞳を指さす。

 

「よいか? この眼を宿したフーリーンの者は代々、魔物と話せる力を持つのじゃ」

「マジか」

「マジじゃ。分かったのならば黙ってそこで見ておれ」


 そう言うと、ライラはまたコボルトたちと話を再開する。

 信じがたい光景が目の前で繰り広げられる。


「なるほど。では本当に空間の裂け目がどこにあるのか知らぬのじゃな」

「知らん(←魔物の言葉。ライラが通訳してくれている)」

「うーむ。困ったのう。魔界と人間界はそもそも別の世界じゃ。なんらかの方法で空間移動をしなければ、歩いているだけじゃいつまでも戻れん」

(エルダー)ならば知っているかも」

「長?」

「うん。魔界の長。一番長生きしている魔物で、この世で最も多くの知識を持つ」

「では長はどこに?」

「北のダンジョン跡。でもここからじゃ行けないかも」

「どういうことじゃ?」

「道中で、四天王たちの戦争がそろそろ始まるから」

「四天王!?」


 いきなり大声をあげるライラ。かなり驚いている様子で、思わず俺も声をかける。


「四天王ってのはそんなビックリするようなものなのか?」

「当然じゃ。しかしマズいぞ。もしあやつらに目を付けられたりなんてしたら」

「魔王様が死んでからみんな争ってる。今度の戦では全ての戦力をかけて決戦をするらしい。だからかなり気が立っていて警戒している」

「そうなのか。じゃあ戦うことになるかもしれないのか」

「……ススク。ギルドの中で決められた魔物の最高等級を知っておるな?」

「ああ。Sランクだろ」

「四天王たちの危険度は全員Sを超えている。魔王亡き今、彼らは魔界の最高戦力じゃ」

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