三九話 奴隷、依頼人と出会う
「ススク殿。昨日はありがとうございました」
小声だが、静かにきっちり深々と頭を下げるライリー。
「いいよ気にするな。俺がムカついたから殴っただけのことだから」
「いえいえ。自分は困っていたところをしっかりススク殿に助けてもらいました。薄々分かっていましたが、まさかあそこまでひどい人たちだったなんて……」
憧れだった鴉目団の本性を知って、ライリーはガッカリしていた。
正直、俺も冒険者に少なからず似たような思いを寄せた身だ。その頂点にいる連中がまさかあんなやつらだったとは。昨日の怒りとは別に、悲しさがひっそりと湧いてくる。
「ススク殿には迷惑をかけました。ですからこのライリー、この件についてはギルドに正しく報告したいと思います」
「そっか。でもまあクビは決定だろうな」
「絶対にそんなことはさせません! 自分の誇りにかけましても絶対にススク殿を冒険者に任命させます!」
気持ちはありがたいが、試験官はあいつらだ。
協力するどころかまさか喧嘩してしまうなんて。過程はどうあれ失格というには充分な要因だった。
ライリーはそれでも今回の件は俺は悪くない。冒険者になってほしいと強く勧めてくる。
(ん?)
ジロジロ
俺は眼鏡が特徴的なライリーの顔を改めて見る。
「え、えーと。どうしたでありますか? ハッ。朝のパンが頬に付いてるとか!?」
「いや。ライリーおまえさ、俺と昔どこかで会った?」
「え……えぇっ!? 急にいったいなにを言い出すでありますかススク殿!?」
「すまない。どこかで見た気がして」
「いえいえ。自分とススク殿は昨日が初対面だと思うであります」
真顔で否定される。
そうだったか。まあ俺の記憶のほうにある姿とは雰囲気が近いだけで、中身も見た目もそこまで酷似していない。
とはいえ本当に知り合いだとしても、今の俺はロビーナの作った仮面を被ってるから分からないだろうな。
本当にこの仮面はすごい。伸縮性と吸着に優れたガムスネークの皮を使っているのだが、装着すると完全に他人の顔となって鏡で自分を確認しても別人にしか見えない。この見た目で俺が元王子だと判断できる人間は絶対にいないと断言していいほどだ。
「そうか。悪い勘違いした」
「そういうこともあるであります。ではススク殿、自分は呼ばれたのでこれで」
前方にいた鴉目団の四人の元へ向かうライリー。彼らは到着を確認すると、新たな荷物を預け――なかった、それどころか武器などの緊急時に備えて手元に置いておいたほうがいいものは自分で持つように回収する。
こんな調子で昨日までの悪辣な態度とは全然様子が違っていた。
(なにか変な物でも食ったのかってくらい変わり具合だ。食べたのは同じロビーナの料理だからそんなはずはないんだが)
薄気味悪さを感じながら遠巻きに見ていると、
「ススク。あいつは絶対に殺す」
「ライリーはしばらくいいわ。今はあいつだけ狙う」
と、ブツブツ呟いていた。
どうやらライリーに対しての敵愾心が俺一人に向けられただけらしい。
まあそれならそれでいいや。冒険者になれなかったら二度と会わないような連中だ。いくらでも嫌いになられようが構わなかった。
森を出ると、村へ到着した。
のどかな場所で、まさしく平和といったところだ。
ガチャッ
リーダーであるバスターが依頼人の家から老人と一緒に出てきた。
「わははは。そうですか。これはいいクエストになりそうですね」
「それはよかった。報酬を村総出で用意させて正解でした」
「みんなに紹介しよう。今回の依頼人のハプルゥさんだ。挨拶しろ」
「おはようございます。よろしくお願いしますハプルゥさん」
「いやいや。お願いするのはこちらのほうです」
物腰柔らかな態度のハプルゥ。農作の土汚れが少し残るズボンを履いていて、この穏やかな村らしい住人だった。
「今回の仕事では、ハプルゥさんは同行する。依頼人に傷一つ付けぬように護衛しろよ」
「お手数をおかけしてすみません。ですがこの目で退治されたのを確認しろ、と村長から言い渡されてまして」
「そんなの当然ですよ。身内の恥でありますが、冒険者によって依頼に失敗したのを隠して報酬だけもらってトンズラなんてする不埒な輩もいます。しかしおれたち鴉目団はそんな悪人たちとは違いますよ。依頼人が満足いくよう確実に依頼をこなします」
隣にいるバスターも、ハプルゥの雰囲気にあてられたのか物凄くニコニコしている。
依頼人に対してはこんな態度なのか?
いやそれにしてもついさっきまでと様子が違い過ぎる。さっきなんか俺を睨んでから家に入っていったというのに、帰ってきたらこれというのはあまりにおかしい。
バスターの豹変に不気味さを覚えつつも、俺は自分の役割をこなそうと務める。
ザッザッ
討伐対象のいる山の中を歩く俺たち。
「おっとと」
「大丈夫か? じいさん」
「すみませんね。この老体にはどうもこの山は厳しくて。今では作物の収穫もすっかり村の若い者に任せていまして」
パプルゥが転びそうになったところを支える。
「そんな状態なのに村のためになんて。自分、尊敬するであります」
「ありがとう」
「マスター。荷物のほうは多少ロボに預けてください」
「頼む。俺はじいさんを連れていく」
「バスターさんもですが、冒険者の方々は本当にお優しいのですね」
その名を出されると、誉め言葉でも素直に受け取れなかった。
バスターが妙に張り切っているのは事実だから、パプルゥからするとそう見えるのも当然ではあったが。
「おい。新人」
そんなことを考えていると、前を歩いていたバスターが振り返って声をかけてきた。
「なんですか?」
「この先に討伐対象がいる。おまえたちが先にいって倒せ」
「いや。いくら相手が弱くても、みんなでやったほうが」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。これは入会試験だぞ。新人のおまえたちの実力を見なくてどうする?」
言われてみると、そりゃそうだ。
こればかりは正論だったため反論することなく従う。
「依頼人はおれたちが預かる。あとライリー、おまえもいけ」
「じ、自分もでありますか?」
「実力を確かめるいい機会だ。ヘマしたらうちから退団させる」
「そんな……」
「言い訳する前にさっさといってこい。出遅れたぞ。減点だ!」
「ひぃん。分かりましたであります」
俺、ロビーナ、ライリー。
三人で魔物退治をすることになった。
言われた通り、警戒しながら前方に進む。
「なんだか慣れているでありますな。お二方とも」
「まあね」
無人島時代のサバイバルを経験した身からすると、あの時は日常でこんなことをしていたため確かに言われた通り慣れてはいる。
最近、町ばかりで気が抜けていたが一度やる気になれば同じ感覚に戻れた。
ガタガタ
いた。
罠にかかっている魔物がもがいている。
(あいつだ。言われた特徴通り)
ブルホーン。
茶色の皮膚に大きな牙。Dランクの獣種の魔物だ。
しばらく餌にありつけてないのか、顔面にコケている部分がある。
最初は冒険者を呼ばずに自分たちで魔物を倒そうと罠を仕掛けていたらしいが、それに引っかかったのだろう。こうなると俺たちが呼ばれた意味もない気がしてくる。じゃあだからといってこの隙を逃して放置するには、もしも罠から抜け出されたらの可能性を考えたらしずらい。近くにいる村人は弱った老人のみ。彼に任せるのも酷であれば、他の村人を呼ぶのにもここまでかかった時間からすると一旦村に戻ってここまでまた来るのは翌日になってしまう。
俺が魔物に近づくと、ライリーは驚いた声をあげる
「えっ?」
「可哀想ではあるが、今しかないだろう。ロビーナなにかあった時のために一緒に来てくれ」
「了解です。マスター」
「ススク殿違うであります!」
「なにがだ?」
「今、その魔物に近づかないほうが――」
ドパァン
割れた水風船のように血しぶきをあげて破裂するブルホーン。血がかからないように抑えていた腕を外して視界を開けると、魔方陣が地面に広がっていた。
(これはいったいなんだ?)
声にする前に、魔法は起動して落とし穴のようなものが出現する。
底が全く見えない異様な穴に、俺たちは落ちていった。
その様子を木陰から伺っていたのは鴉目団とパプルゥ。
「ゲヒャヒャヒャ。引っかかりおったな元王子一行」
「生意気だからこんな目に遭うんだぞ新人。ライリーには少し悪いが、まあ足手纏いだったからいいか」
「ではさらばだ。そこから先に一度行けば、絶対に二度とこの世界には戻ってこれまい」
先程までとは打って変わって奇声をあげる老人。
彼が魔方陣に触れると、穴は消失してパルタたちの姿はどこにもなくなってしまった。
「ここはどこだ?」
さっきまで俺たちがいたはずの山とはまるで別の光景が目の前には広がっていた。
緑ひとつない荒廃した大地。
枯れきった木に炭のような石ころ。
黒い霧がかかっているような淀んだ空気。
まるでこの世の終わりとでもいうような場所で、俺はひとつの異変に気付いた。
「……月がある」
満月。
欠けたはずの月が、ここでは直っていた。
しかも二つある。
「どういうことなんだ? ここはどこなんだ?」
「――魔界」
口を開いたのはライリー。彼女はズレた眼鏡の隙間から、鋭い眼光を放つ。
「魔物たちの発生の地でありダンジョンを生み出す場所。いわば我たちのいる世界が光だとすると、ここは闇。人間界には生息しない魑魅魍魎どもが跋扈している人間にとって最も危険な空間だ」
四章『魔界編』開始




