三七話 奴隷、A級冒険者たちに同行する
「この荷物も頼んだぞ新入り」
「ヒィ……ヒィ……もう足が……」
「返事はどうした!?」
「りょ、了解であります! バスター様!」
承諾した彼女は、バスターから大剣を放り投げられる。
ギシギシ
ただでさえ背中から大きくはみ出る荷物を持っているというのに、明らかにその重量物まで運ぶのは無茶だった。
「俺が持つよ」
「ススク殿。いえこれは己の仕事ですので。それにススク殿もかなり重いはずです」
「いいから。俺ならまだ大丈夫」
ヒョイッ、と俺は肩に括りつける。
すると前方から俺たちを横目で見ていたのか、バスターから舌打ちが出る。
「チッ。【奴隷】のクセにそんくらいで調子乗るんじゃねえぞ。おまえら、あの新人さんはどうやらたいそうな力自慢だそうだ。気を遣わず、装備以外は預けちまえ」
「じゃあこれお願いね~」
「プププ。重いだろうけどこっちの箱も全部頼むよ」
「予備の武器と防具でゴワす」
ドサドサドサ
既に背負っている以上の荷物が地面に落としながら渡された。
「いや、こんなの無理では?」
「いいよ。俺が全部持つ」
ギチッ、とリュックと縄から限界ギリギリの音が響く。
下手したら破けて崖から落ちてくな。
少しだけそんな風景が見たいと思ってしまったが、一時の我慢だと諦めて俺は気を付けて荷物を運んでいく。
バスターとその仲間である鴉目団たち。
実は、彼らの冒険に今回同行することになったのは理由があってのことだった。
時間を少し遡って――今朝。
「入会試験?」
「はい」
受け終えた依頼の報告と新たな依頼を探しにロビーナと二人でギルドに来たはずだった。
本当だったらブラックハートも一緒だったはずなのだが、どうやら冒険者ギルドが嫌いらしく独りでどこかへ出ていった。冒険が好きでも、ギルドという集団に所属して規律を守りながらするということはしたくないらしい。俺としては罪人になる海賊よりは全然いいと思うのだが、今は犯罪行為をしてない以上は強制するつもりはない。
話を戻すと、受付嬢に声をかけたところ、試験があるといきなり言われたのだ。
「いやいや。そんなのあるって聞いたことないんだけど」
「昔あったそうですが、今ではすっかりなくなった制度なのでそれは当然だと思われます」
「じゃあなんで今回だけあるんだ?」
「バスター様の進言です。A級冒険者として、その身をもって新人に冒険者としてのイロハを教えてあげたいと」
「うわぁ」
バスターといえば昨日出会ったあの嫌なやつか。
冒険者としては凄いのかもしれないけど、初対面であんな風に言われちゃいい印象を持つことはできなかった。
「すみません。断れたりなんかは……」
「不可能です。制度自体はまだ残っているので、もしキャンセルするというのでしたら失格として当ギルドでは依頼は受注できません」
「そんな気はしました」
「突然のことなので不満を持たれるのは仕方ないと思います。しかしバスター様という一流冒険者と一緒に冒険できるなんて、冒険者としては必ず将来の大きな財産になります。当ギルド内でもお金を払ってでも彼らに同行したいという方は山ほどいまして。かくいうわたしもその一人なのですが、それにつきましては一介の職員というよりむしろ一人の女性として憧れのバスター様と……いえいえ。そんなことはありません。ですが冒険者たるもの……」
早口で話を続ける受付嬢を聞き流して、俺はなにもない天井を嫌な気持ちを抱えたまま見上げた。
というわけで、現在、俺はバスターと一緒に首都の外に出ている。
「感謝感激雨あられであります~ススク殿」
この瓶底のような分厚いレンズをした眼鏡をかけた女はライリー。
鴉目団の新入りらしく、雑用を担当しているそうだ。
よほど目が悪いらしく、眼鏡の屈折でほとんど目の色が見えない。
「別にいいよ……それよりあんまり無理すんなよ。あんた」
「そんな無理だなんて。立派な冒険者になるため、これくらいでへばっているようでは駄目だとバスター様にも言われましたので」
「あいつのことはいいよ。あんたの分、少しこっちで持とうか?」
「いえいえ。他に役立たないので、これしきのこと。自分のような未熟者が、せっかくアイスブランド支部でもトップクラスのパーティーである鴉目団に入れてもらえたのでありますから」
首を激しく左右へ振って、必死に断るライリー。
だが水浴びの後のように顔面汗ダラダラで、ときおりふらついてはうめく姿は明らかに無理そのものにしか思えなかった。
それでも彼女は決して任された役割を譲らないどころか、手伝いさえ断って仲間たちに貢献しようとしていた。
(そもそもこういうのって、俺みたいな外部の人間より身内がなんとかすべきだろうが)
しかしバスター筆頭に鴉目団の連中はそれが当然とでも言いたげな様子で、ライリーにさらに仕事を押し付けようとする。
(今のあいつら、防具だけで他はなにも背負ってないぞ。いくら緊急事態には体を張る立場にせよ、少しくらい持ってやってもいいだろうが。だいたいこんなに必要なのかよ)
依頼はFランクの魔物退治だそうだが、そんなことにここまで武器や道具がいるのだろうか?
そこに関しちゃ俺は素人だから、あまりつっこめたものでもないが。
まあいい。
ライリーはともかく、俺に関してはこいつらと一緒なのは今回きりだ。彼女についても自身で納得している以上は、今日まで知り合いでもなかった俺がしゃしゃり出て関係をかき乱すことはない。
納得も理解もしてないが、俺は我慢して黙々と試験をこなすことにした。
夕方まで歩くと、夜は危険だと道の途中で野宿することとなった。
日が落ちるまでにテントを張って、夕食の準備をする。テントを張る作業については俺とライリーが、料理についてはロビーナが担当することとなった。
「あーあ。野宿かよ。本当だったら今日中に依頼人の家へ着くはずだったのに」
「プププ。足の遅い誰かさんに合わせてたからね」
「いったい誰のことかしらね?」
「はあ……」
わざとらしい嫌味の後、一斉に俺へ目線を合せてくる鴉目団。
悪口の言い方ひとつとってもめんどくさいなこいつら。
「はいはい。俺が悪うございました先輩方」
「なんだその態度は!? 奴隷でレベル1の雑魚のクセにおれたちに口答えか! 昨日だっていったいどんな卑怯な手を使っておれから依頼書を奪い取りやがった!」
「あれは元々俺に渡されたものなんで」
「言い訳するなでゴワス。男らしくないでゴワス」
「そうだぞ! だから荷物持ちもろくに出来ないんだよおまえは。いいか? 今回のことはきっちりギルドのほうへ報告して試験は落ちてもらう。二度とアイスブランド支部の敷居を跨ぐんじゃねえぞこのカスが!」
「まだ試験は終わってませんよ。それに今回の合格条件については、依頼の最後まで逃げたりせず同行し続けれいいと聞きましたが」
「うるせえ。おれが失格といったら失格なんだよ」
分かっていたことだが、どうやら最初から俺を追い出すため用意した試験だったか。
いくらこいつらになじられようが気にしないが、困ったことになったな。稼ぐにも名前を轟かすにも冒険者になるのが手っ取り早いのに、それができないとなるとどうすればいいのやら?
「……あの。発言よろしいでありますか?」
小柄な体を震わせながら、ライリーが挙手をした。それに対してバスターは獣が威嚇するように凄んで返す。
「あっ?」
「本日到着が遅れたのはススク殿の責任ではなく、自分のせいであります」




