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三四話 奴隷、王都を脱出する


「どういうつもりだ」

「言った通りですパルタ元王子。マリィベルは王子の亡命に助力いたします」


 突然の心変わりに、動揺を隠せない。


 カランカラン

 しかしマリィベルはナイフを落とすと、次は俺へ小瓶を渡してきた。


「また毒か?」

「いえ。暗部秘伝の毒を解毒する唯一の薬です」

「いきなりそんなもの渡してきて信じられるかよ。おいススク。そんなもの捨てちまえ」

「ロビーナ頼む」

「ゴクゴク。まずいですが体に異常はありません」

「じゃあ俺も……本当にまずいな」


 ゴーレムと人間の身体は大いに違うだろうが、マリィベルが今ここで俺を殺すメリットはない。

 一応の毒味はさせてから飲み干すと、胸の痛みが薄くなっていくように感じる。


「生きてる。ということは……」

「ああ。マリィベルは本気で俺たちを逃がすつもりなんだ」

「すぐには治りきらないと思います。注意してください。まだ足りないのならば、武器を持てぬよう両腕の健を切りましょうか?」

「そこまでしなくていい」


 眉一つ動かさず、平然と残酷なことを言ってのけるマリィベル。どうやら彼女の本性は俺が長年思っていたものとは真逆なようだった。


「理由を聞かせてもらっていいか?」

「できるかぎり急ぎたいのですが、仕方ありませんね」

「教えてもらえなきゃ、背中からおまえに切られる心配のほうが大きい」

「……パルタ様とクラッス様の対談。全てお聞かせもらいました」


 マリィベルは俺の影にずっと潜んでいた。

 ならば従者たちが全員出払ったため、唯一、俺たちの話を聞いていた人間ということになる。


「そこで確信したのです。クラッス・リキニウスはロマニスタの玉座に相応しくない人間だと」

「俺だって向いてない」

「そうだとして貴方様はそれを自分で理解している。そんな王道を理解しているパルタ様だからこそクラッスに代わる次のロマニスタの王を見つけてきて欲しいのです」

「なんだって?」


 無理に決まってるだろ。そんなこと。


 とんでもなく難題を押し付けようとしてくるマリィベル。

 俺は躊躇なく否定する。


「ふざけるな! できるわけないだろ。俺は自分が明日生きるかを考えるだけで精一杯だ」

「今はそれでよろしいと思います。わたくしの妄言を叶える必要はパルタ様にありません。ただパルタ様の「生きたい」という目的と合致はするかと」


 確かに俺が処刑から逃れるには、この提案に口先だけでも賛成するしかないが。

 

「だけど次の王といったところで、処刑が終わったらクラッスは戦争を仕掛けるつもりだ。そんな状態で軽々しく謀反からの交代なんて許されるわけがないぞ」

「そのことについては問題がありません。戦争をするには絶対に時間がかかります」

「なんでそんなことが分かる? 理由もないだろうに」

「理由ならあります。あまりに複雑なことなので今は言えませんが、断言してもいいです。戦争は一年先二年先いや下手をしたらもっと先になる可能性は充分にあります」


 はっきり説明してほしいが、マリィベルはさっきから急ぎたいのが伝わってくる。

 そもそも亡命したら俺がロマニスタになにかしてやる義理はないんだ。無駄に口論になっても仕方ないし、ここはうんと頷くことにした。


「悪いが、俺は自分が生きることしかしばらくは考えないからな」

「パルタ様のお心のままに」


 跪いて頭を下げるマリィベル。

 その姿は俺に忠誠を誓っているようだった。


 カンカンカン


 外から聞こえる金属音。ゾロゾロと足の音が聞こえる。


「見張りが倒れているぞー」

「脱獄だー! 逃げた三名を捕まえろー!」 


 サッと立ち上がるマリィベル。鋭利な真剣のような表情となる。


「できれば、こうなる前に逃げたかったのですが」

「まあ大丈夫だろ」

「そうだな。コイツがあれば」


 キュポ


 袋の中から取り出したボトルの蓋を抜く。その直後、建物の上に飛空船が現れた。


「よーし乗りこめー!」

「これが噂の飛ぶ船……」


 俺たちは独居房に兵士たちが集まってくる前に飛空船に入った。


 ビュウウン


 そして一気に飛び去っていった。


「こんな船初めて乗りました。凄い」

「ははは。ネオバーソロミュ号の性能はこんなものじゃないぞー」

「勝手に名前決めるなよ」

「いいだろ? ぼくが船長だ」


 バキィン

 

「なに!?」

「うわぁあああ」


 急に態勢を崩す船。床が斜めになったことで、俺たちは壁へ転がり落ちる。


「どうなってる船長!?」

「ぼくのせいじゃないぼくのせいじゃないよー」

「あれは!」


 窓から外を確認するマリィベル。

 つられて俺たちも見ると、なんと魔物に乗っている人間が浮かんでいた。


「なんだあいつらは?」

竜騎兵(ドラゴナイト)です。帝国の天馬兵(ペガサスナイト)を参考に提案された最新の兵士たちです」

「こんなのなかっただろ! だいたいワイバーン(劣竜)とはいえ竜なんて! 人間を乗せるにはペガサスみたいに温厚で人間に親しみを持ってくれる種でないと無理なはずだ」

「先日、パルタ様も見た愛玩の輪です。あの首輪によって強制的に魔物を従わせているのです」


 他の魔物は人間と共存した話はあるが、竜だけは絶対にその類はなかった。

 

 苦しみから早く逃れたい必死な形相のワイバーンに長槍を持った兵士たちが跨っている。


「ヒャッハアアア! 竜騎隊隊長ファイア様参上! 一番槍はもらうぜ!」


 竜の腹を蹴り、加速させる。

 高速の空中突進が船の羽を貫通した。


 グワァアアアン


 勢いに弾かれて、船体が一回転する。


「うぐっ」

「オエエエエ」

「マスター背中さすりますね」

「どうにか……できないのか……ブラックハート?」

「どうにかってこんなのもう普通の船でもやったことないのに。うわっ。なんか出た」


 アリーがボタンを押しまくってると、飛空船の後方を映した光景がモニターに広がる。


 ワイバーンたちが息を深く吸って、ブレスの準備をしていた。


「この数はマズいぞ!」

「分かってる! 分かってるよ! ああもう。こうなったら男は度胸!」

「あの方、女性では?」

「元男だ」


 誤解を招く言い方になってしまったが仕方がない。

 アリーが思いっきり舵を回すと、なんと船はグルングルンと大きく螺旋回転を描いて進む。


 飛行ではおよそ考えられない軌道にライバーンたちの標準は狂い、放たれた複数のブレスは外れていく。


「よっしゃ! なんとかなった!」

「しかし空いた距離が詰められています。やはり竜騎兵たちを対処しなければ、いつか必ず追いつかれます」

「対処といってもあんな数いくら俺でも無理だぞ。鉄球が届かない距離からブレスは吐かれるし」

「……ピコーン!」

「うわっ。急に光ってどうした!?」

「チャージがなされました。マスター、島呑みを倒した後にロボが放ったエネルギー波を覚えていますでしょうか?」


 覚えているもなにも欠け続けている月を見る度に思い出す。

 

「ああ。あれか……って、まさかまた使えるようになったのか?」

「はい。1%分ですが」

「たったそれだけか。でも、なにもしないよりはマシか。よし。一発決めてこい!」

「ラジャー」


 船のハッチを開いて、ロビーナは竜騎兵たちへ姿を晒す。

 損傷によって速度の落ちた船に対して、竜の軍団はグングンと迫ってきてもうまもなくの距離にまで接近してきていた。


「女か。魔法で迎撃するつもりか」

「どうします隊長?」

「ヒャッハアアア。関係ねえ。どれだけ強大な魔法だろうが竜の鎧を貫けやしねえ! 全軍突撃!」

ロボビーム(ロビーナズ・ビーム)

「――」


 ドガァアアアン!


 ロビーナの口から生えた光の柱は瞬く間に竜騎兵たちを飲み込んでいった。


 ……牽制にでもなればと思っていたけど、まさかの全滅かよ。


 ロビーナは人には攻撃できないため、直接当たってはいない。なのに周囲に起こった熱風によってワイバーンたちをまとめて吹き飛ばしてしまった。


 ガクガクガクガク

 なぜか痙攣して倒れているロビーナ。


「マ、マ、マ」

「お母様を呼んでいらっしゃるのかしら?」

「いや普通にマスター()のことだろうから。どうしたロビーナ?」

「……全エネルギーを消耗したため、スリープモードに入ります」

「眠ったか」

 

 ス―スーと心配する必要がないほど気分が良さそうに睡眠するロビーナ。

 どうやらあの光の柱を出現させるには、かなり体力が必要らしい。まあしばらく寝てなかったし、たまには世話を任せて寝るといい。


「敵はもういないな」

「どうやら。そうみたいだ」


 さすがに飛ぶ船には追っ手も出せないのか、王都を離れてもそれらしき集団はいなかった。

 地上でも騒ぎらしいことはなにも起きていない。


 あまりに()()()()()()()()()()気もするが、俺たちはクラッスの魔の手から逃げ切ったのだった。


「――ありがとう。マリィベル」

「パルタ様その手は?」

「握手だ。感謝と……新しい仲間としておまえを出迎えたい」

「よろしいのですか? わたくしは貴方様を裏切って」

「終わったことだ」


 色々と言いたい気持ちはなくもない。

 だけどそれ以上に、自分の命を失いかねないのに俺を助けてくれたことへのお礼が言いたかった。


「これからは王子と従者ではなく、対等な仲間同士として一緒にやっていきたい」

「そ、そんなわたくし如きが王子と対等なんて」

「いいんだ……それに俺自身は昔からおまえとはそんなの関係のない仲のつもりだった」

「承知しました。パルタ様……じゃなくてパル、ルタ、パスタしゃま!」

「あははは。マリィベル、おまえはほんと昔から面白いやつだな」

 

 今まで氷のような表情を保っていたはずが、羞恥で崩れていた。

 俺は幼馴染の懐かしい顔に笑いながら、自分から手を握りにいく。


「……()()にいいですか?」

「いいけど。でも別に最後じゃ」

「クラッスではなく貴方様を信じたのは、きっと貴方様が王になればわたくしたち暗部の存在をなくしてくれると思えたからです」

「だから俺は王にはならないって」

「――()()。貴方様の父が望んだような誰もが武器を持たない平和なロマニスタを築けることを、わたくしは願っています」

「いつも言ってるが、俺は陛下じゃないっての」


 ぺチン……グチャ


「えっ?」


 子供の頃のやり取りみたいに軽く肩を叩く。

 その直後、マリィべルの姿はスライムのように溶けて最後に残った影が空中へ飛散した。


 同じ光景をどこかで見かけたような……そうだ……村で襲撃者が披露した技の一つ……


 ワァアアア

 突然、地上で森の一部から炎があがる。その中で響くロマニスタ兵士たちの悲鳴。黒い影が彼らの中を俊敏に駆け抜けていく。






「……へいか……またお会いしましょう……」

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