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【父の死から1月】
父上の葬式から1月が経った。
今日まで改革の根回しのために動いていた。
【放羊農法】の導入。商業税撤廃。【紅織】工場建設。鉄鉱山開発。
4つの大改革を並行して行うためには多くの根回しが必要だ。
ギルドへ人員拠出の依頼に、各村の村長へ新農法の説明。
領内商業組合に商業税撤廃の勧告。
工務商会には工場と鉱山開拓村の製作依頼。
領外からの商人と冒険者の往来が激しくなることが予想されるため、近隣領主への事情説明。
ここのところ身体が3つ、4つ欲しくなるような地獄のデスマーチを敢行していた…。
唯一の癒やしはマリーとの午後のティータイムだった。
愛しのマリーは消耗する俺を心配して毎日肩を揉んでくれるんだ!!!
天にも昇る至福と幽体離脱。
危うく天国の父上と母上に会いに行くところだった。
フーザが気づいて止めてくれなければ本当に逝っていただろう。
とはいえやっと根回しが終わった。
あとは3日後の領主就任演説で領民に改革を正式発表し行動に移すだけだ。
計画はもはや俺の手元を離れ進んでいる。
内務担当のジミーが才覚を発揮し俺の代わりに計画を進めている。
俺よりジミーの方が現状に詳しいほどだ。
もし改革の進捗状況が気になればジミーに聞けば良い。
俺は領主邸の裏にある大倉庫に来ていた。
大倉庫は農業税として徴収された小麦で一杯だ。
扉を抜けると小麦の良い香りが鼻腔を擽る。
大倉庫には先客、ジミーがいた。
コンコンッ。
半開きのドアをノックして俺がいることを知らせる。
ドアに背を向けて小麦を数えていたジミーは突然のノック音に身体を飛び跳ねて驚いた。
クルリと身体を翻し、俺に気づいた。
「…あ、シュバルツ様でしたか。いかがされましたか?」
小走りで俺に近づくジミー。
俺は片手を挙げてジミーの作業を邪魔したことを詫びる。
「ただの納税状況の視察だ。進捗度は?」
「…今日までに80%の小麦が納税されました。順調に各地から小麦が運び込まれています。今年も小麦はよく実りましたので態々脱税する輩はいないと思います」
脱税は大罪だ。
発覚すれば帝国法により片耳切断の刑に処される。
そのため、この帝国において片耳がない者は大罪人扱いだ。
つまり脱税が発覚すれば一生犯罪者として差別される人生が待っている。
そんな地獄への一歩を踏み出す人間がシュヒトー領の領民にはいないと信じている。
(そういえば、名主共は脱税していたな…。あいつらよく隠せてたもんだ…。)
「俺もそう思うが商業税撤廃でこの領を通る行商人が増えてきてる。青空市の品物も増えてるし、贅沢を覚える領民が今後増えていくはずだ。税に手を付けなければ首が回らない領民も出てくるかもしれない。警戒は怠るな」
【商業税撤廃】は他の改革に先んじて既に開始している。
商業税のないシュヒトー領の噂は既に帝国南部全域に広まっているらしい。
知り合いの商人に聞いた。
事実、少しずつだが領内に入ってくる商人の数が増えてきている。
今では1月前と比べて領を訪れる行商人の数が1.5倍に増えている。
それだけ商業税のない領は商人にとって楽園なのだろう。
これからも商人の数は増え、領内を通る嗜好品も増えていくはずだ。
金に目が眩み脱税を試みる領民が出ないとも限らない。
警戒しすぎということはない。
順調な税回収の進捗を聞いた後、本題に移る。
俺は懐から手紙を取り出しジミーに手渡した。
「それとさっき中央の《内務大臣閣下》から書状が届いた。『帝国南部の鉄需要を満たすために鉱山開発を目指すことはまさに帝国貴族の鏡。帝国政府を代表して鉱山開発を許可する』、だそうだ」
「…おめでとうございますシュバルツ様。これで北部貴族からの横槍を防ぐことができるでしょう」
ここでいう北部貴族とは、領内に鉄鉱山を持つ貴族連中のことだ。
帝国の鉄鉱山は帝国北部に集中している。
対して南部にはこれまで1つも無かった。
故に北部貴族は帝国内の鉄の供給に関して大きな発言権を持っていた。
そんな中で南部のシュヒトー領に鉄鉱山が生まれれば、北部貴族の影響力が薄れるのは明白だ。
自分達の発言力を保つため、鉱山開拓の邪魔をしてくるかもしれない。
それを防ぐために俺は秘密裏に帝国政府の保護を求めた。
帝国政府としても国内の鉄鉱山が増えれば軍備の安定供給がさらに保証される。
鉄の供給量も増え国力が増すから大歓迎のはずだ。
それに今の内務大臣は帝国南部寄りの考えをお持ちの伯爵閣下だ。
この鉄鉱山開拓は間違いなく帝国南部の発展に繋がる。
さらに手土産として皇帝陛下へ鉄産出の10%献上を約束したところ、帝印の押されたこの手紙が送られてきた。
これで鉄鉱山開拓は正式に帝国政府お墨付きの計画となったわけだ。
中小貴族からの横槍があったとしてもこの書状を見せれば顔を真っ青にして逃げ帰るに違いない。
なんなら本当に逆賊として帝国政府に報告しても良い。
まあ、そこまでやると逆恨みが予想されるからやらないが。
「必要物資の調達は順調か?」
「…はい。商業税撤廃がここでもうまく働いています。領内の商人の数はどんどん増えておりますので、一両日中に鉱山開発に必要な釘や木材などの物資は調達できるはずです」
まさしく順調。
順調と言えば先日、冒険省から鉱山開拓予定地の索敵結果の報告書が届いた。
開拓予定地近辺にはキヒル大魔境の名に相応しい種々のモンスターが生息していた。
《小鬼》や《狗人》、《豚人》を始め、キヒル大魔境の固有種である《紅蜘蛛》や《山大蠍》、《雑食飛蝗》などの低級モンスターから。
【緑大蛇】や【二首蜥蜴】といったC級モンスターも見つかっている。
だが幸運にも【B級モンスター】の姿は見つからなかったそうだ。
B級以上のモンスターは強さの桁が数段上がる。
そんなモンスターがいなくて一安心だ。
C級までのモンスターだけなら問題なく開拓は進められるだろう。
「…ただ、金の匂いを嗅ぎつけた商人共が口々にシュバルツ様への面会を求めております。中には商品の流れから魔境の開拓に感づいた切れ者もおります。流石に鉱山開発が目的であることは気づいていませんでしたが」
「重用する商人については俺に考えがある。もう少し商人には騒がせておけ。適当に餌を与えながらだ」
俺は倉庫の小麦を一掴み。
その香りを嗅ぐ。
今年も領民が汗水垂らして作ったこの小麦のお陰で俺と妹は生きることができる。
貰った分は領のために働かなければ。
「…あとは…一点気になることがございます」
「なんだ?」
ジミーの嫌な報告に片眉を上げる。
「…農業改革についてです。実は…【放羊農法】の導入に反対する領民が増えつつあります。保守的な考えが根付く農民が一定数いるのは仕方ないこととして放置していたのですが…周囲を扇動し【放羊農法】反対派を増やしているようなのです。数はまだ少数ですが、早いうちに手を打つ必要があると思います」
「……農業改革に反対か。簡単に黒幕の予想がつく」
俺は顔を顰めながら、名主共の顔を思い出す。
「…名主共の妨害です。特に老公が中心となり活動しているようです」
老公は名主共の代表。今年で65になる老害だ。
大方【放羊農法】の生産性に戦き、小麦や大麦の値崩れを懸念したのだろう。
大地主の老公にとって麦の値崩れは致命的だ。心配する気は分かる。
しかしそれは杞憂だ。
『放羊農法』は我が領の川の水を使わなければ育たないササ草を必要とする都合上、帝国全土で作物の値崩れを起こすほどの生産量には決して届かない。
自分の権力が失墜する可能性は徹底して排除したがる臆病者。
それが老公の正体だ。
とはいえ老公が領民を扇動しているとしてもそれ自体は違法行為でない。
強引に止めさせることもできるが、強制は領民の心が離れる原因になる。
老公としては俺の失態も望むところだろうから、強制は避けたい。
「ひとまず3日後の領主就任演説の原稿を修正する。放羊農法が飢餓の対策にも繋がることを領民に説明する。5年前の大飢饉を経験した領民は心揺さぶられるだろう。演説を聞いた後に領民がどう反応するか見てから対策を決める」
「…かしこまりました。今夜は徹夜で原稿修正ですか?」
「ああ。修正後のチェックを頼む」
「…明日は鉱山開拓村予定地の視察ですので出来るだけ早くお休みください。シュバルツ様が身体を壊されては元も子もありませんので」
ジミーの忠言に頷き、俺は大倉庫を離れた。
早朝。
昨日は結局ジミーの忠告を無視する形になってしまった。
原稿を仕上げるために徹夜してしまったのだ。
集中すると時間が経つのを忘れてしまう。
俺の悪い癖だ。
少し仮眠を取った後。
予定通りジミーの部下の代官助手の案内で、護衛のフーザを連れて馬車で鉱山開拓村予定地に向かった。
予定地には既に開拓村建設用の資材がいくつか置かれ、少人数ながら作業をする者もいた。
俺は彼らを労いつつ視察を続けていた。
ーーーそんな時。
突然、領都方面から全速力の早馬が駆け寄ってきた。
早馬に乗っているのは知り合いだ。
トロロの部下の領兵。
何度も顔を合わせたことがある。
彼は俺の真横で馬を止め、荒れた息を整えながら言った。
「ーーー反乱です!!!」
「領都にてゲスゲス殿率いる名主共が反乱を起こしました!領主邸が乗っ取られーーーマリー様が人質に取られています!!!」
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