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知恵者の領地経営  作者: 仰向けペンギン
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【退屈なギルド支部長 下】




「ーーーシュ、シュバルツ様!ようこそ冒険省組合(ギルド)へ!!!ど、どうぞこちらへ…」




な、なんでこうなった~~~!???




今僕の前には【シュヒトー準男爵家】の次期後継者、シュバルツ・マルク・シュヒトー様がいる!

いや次期後継者という言い方は正しくないだろう。

先日、前当主様の逝去が公表され今の当主の座は空。

現在領内の全権は嫡男であるシュバルツ様が握っている。

つまり現時点で領内の全権代理者。現当主と言ってもいいお方だ!

15歳という若さに侮りそうになるが、平民である私にとっては雲の上のお方っ!

そんなお方が応接室のソファに座り、冒険省(ギルド)1の美人受付嬢が煎れた紅茶を啜っている!


だからこそもう1度言おう!!



どうしてこうなった!???



普通領主が冒険省(ギルド)を尋ねる際は《先触れ》を出す。

先触れが『昼頃に○○について詳しく聞きたい。準備されたし』といった伝言を冒険省(ギルド)に伝える。

それを聞いて冒険省(ギルド)が受け入れ準備をする。

万全の準備を敷いて応接室で領主様をお迎えするんだ。

それが普通。



ーーーそれなのに今日は先触れが無かったよ!???



受け入れ体勢を整えるどころか、紅茶の一杯を煎れるので精一杯。

茶菓子の用意すらできていない!

なにより僕たちの動揺をよそにシュバルツ様は呑気に紅茶を啜っている!



なんだこの状況は!?



阿呆なのか!?

この方は馬鹿なのか!?

先触れを出すことも知らないのか!?


噂では優秀な配下を何人も持つ聡明な美少年だったが…。

15の美少年という所はあっているが…他は怪しくなってきたぞ……。


「シュ、シュバルツ様、お初にお目にかかります。私は本冒険省(ギルド)支部の支部長を任されているチャーチルと申します。こちらは副支部長のダグド。よ、よろしくお願いいたします…」

「ああ。頼む」


僕とダグドが頭を下げるとシュバルツ様は紅茶から口を離してポツリと呟いた。

そして困惑する僕を置いてまた紅茶を飲み始めた…。


な、何か用事があって冒険省(ギルド)に来たのではないのか…?

なぜのんびり紅茶を飲んでいる?


よ、読めない…。

この方が何を考えているのか全く分からない…。


「あ、あの…本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」


警戒MAX!!

どこに地雷があるか分からない。

慎重に言葉を選んで尋ねた。


「先日から領の全権を任された。領内のモンスター退治を担う冒険省(ギルド)に1度挨拶をしなければと思ってな。これからもモンスターの脅威から領を守ってくれ」

「も、勿論でございます!全力でモンスター討伐するようことをお約束します!」


な、なんだ…。

ただ世間話をしに来たのか。

僕はシュバルツ様の労いの言葉を聞いて安堵する。


どうせ貴族様の道楽。暇潰しだろう。

なら適当にシュバルツ様を煽てて気分よくなって貰おう。

そして時間を稼ぐんだ。

小一時間すれば飽きて帰るに違いない。



「ーーーそれと、挨拶の他に支部長に相談があって来た」

「そ、相談でございますか?」



シュバルツ様の目が変わった。

脚を組み直し、やや前傾姿勢に。

その鋭い目は僕を睨みつけている…。


威圧感。

ゴクリッ…。


冷や汗が止まらない。何を言い出されるのか…。

胸中穏やかでない僕を置いてシュバルツ様が口を開いた。



「実は1月後の正式な領主就任後にーーー100人規模の【キヒル大魔境】の開拓計画を予定している。支部長には領内の冒険者に開拓へ参加するよう呼びかけてほしい。協力してくれるか?」



「ーーーだ、大魔境の開拓ですか!?そ、それは……」



ーーークソッ!!!



想定していた最悪の相談の1つだ!

だから貴族の坊ちゃんは嫌いなんだ!


貴族の子弟は周囲から煽てられて育つ。

常に領民に傅かれ、特別扱いをされる。

結果傲慢に成長し過度な自信を持つことが多い。


そんな貴族坊ちゃんの典型例が、《英雄思考》だ。

自分なら他の人に出来ないことができる!英雄にもなれる!!!


そんな根拠のない自信で前人未踏の魔境の開拓に挑戦したがる子弟は多い。

まさしく目の前の次期準男爵様もそうなのだろう!!


「……詳細な計画を聞いてから答えさせてください」


僕はシュバルツ様の提案を断る理由を探す。

計画を聞いて、適当な理由をでっち上げよう。


こんな阿呆と共倒れはごめんだっ!!!



「計画を話すことはできない。外部に漏れると困る情報がある」


「ーーーそ、それは!詳細な情報も無く冒険者(ぶか)を死地に送れとっ!?」



僕はあまりの理不尽に思わず声をあげてしまった。


冒険者の依頼には危険が付き纏う。

依頼中にモンスターの襲撃が予想されるからだ。

だからこそ冒険者の依頼には多くの情報が必要だ。

予想される魔物の種類や数、周辺地理など様々な情報を集めてモンスターに対策する。


それを目の前の男は完全に無視しようとしているんだ!


冒険者の命がどうなってもいいのか!?

冒険省(ギルド)支部長として絶対に許せない!!!


「そうとも言える。だが次期準男爵である俺の提案だ。どうする?答えを聞こう」

「そ、それは……」


脅しだ…。

鋭い眼光が僕を捉えている。


シュバルツ様と後ろに控える護衛が放つ威圧感に圧倒されそうになる。



だけどーーー例え脅されても引けない!

それが冒険省(ギルド)支部長として冒険者の命を背負っている僕の責任だ!



「も、申し訳ありませんが!例え領主様の命といえど!なんの情報も無しに冒険者を死地に送ることはできません!私には冒険者を守る義務があります!つまり!答えは否でございます!!!」


「ーーーその通り!よく言いましたぞチャーチル支部長!」



後ろに控えていた副支部長のダグドも僕の肩を叩いて支えてくれた!

いつもは小うるさい爺だが、こういう時には頼りになる!

流石魔境に隣接するシュヒトー領で長く筆頭冒険者だった男だ。

僕にはないカリスマがある!


「もし領主様が協力を強制されるのであれば!我々シュヒトー領ギルドは全力を以て対抗します!!!」


僕は大きな声で宣言した!


そもそも領主が冒険省(ギルド)に命令する権限は限られている。

それは冒険省(ギルド)が領主ではなく皇帝陛下の組織だからだ。

冒険省(ギルド)は領主でなく帝国政府の命令で各支部の冒険者を統括し、帝国をモンスターの襲撃から守っている。

唯一領主に強制されるのは、【魔物の大侵攻(スタンピード)】時だけだ。


例え領主様でも平時に冒険省(ギルド)へ命令はできない。


とはいえ馬鹿領主がそれを理解できているか分からない。

だから怖いんだけどさ……。



『…………………』



僕は冷や汗を流しつつ、領主様を睨み続ける。

相手も僕のことを冷ややかな目で観察していた…・・・。


睨み合いが暫く続く。


先に体勢を崩したのはシュバルツ様だった。


「ーーー分かった。支部長の意見大変素晴らしいと思う。そして勘違いするな。俺がマリー(いもうと)の愛する領民に死地を強制するわけがない。俺は支部長に協力を求めただけだ。支部長が協力しなくてもかまわない」

「そ、それは魔境開拓に冒険者の派遣をしなくてもよいと…?」

「そうではない。支部長の協力はいらないということだ。冒険者が自主的に開拓依頼を受けようとしたら拒絶するな。あと、3ヶ月以内に数十人規模の冒険者がシュヒトー領へ移住しにくるはずだ。その受け入れ体勢を整えておけ」


す、数十人の冒険者の移住?

本当か?嘘じゃないよな?


目の前のシュバルツ様は冒険者の移住を確定事項として話している。


だが本部からそんな話は聞いていない。

あとで隣領の支部に手紙を出して話を聞かなければ……。


「そ、それは勿論。冒険省(ギルド)には冒険者の意思尊重と保護義務がありますから…。その移住話が本当であれば全力で取り組ませていただきます」

「それらさえ約束してくれれば問題ない」

「は、はぁ…。そうなのですか…」


シュバルツ様が再び優雅に紅茶を飲み始めた。

よくこの場で紅茶が飲めるな…。

さっきまで修羅場だったんだぞ…。


次期領主様は…肝が太いな。それに美男子。カリスマも感じられる。

背後には一目で実力者と分かる護衛を連れている。

臣下にも恵まれているんだろう。

所作の節々に気品と知性を感じられる。


まったくもってーーーちぐはぐだ。


外見から連想される優秀さと行動が噛み合っていない。

普通、愚者の所作は汚く鬼才の所作は美しいはずなのに。



もしかしてーーーここまでのシュバルツ様の無礼は全て演技だったり…?



その可能性に僕が思い至った瞬間、シュバルツ様が紅茶を飲み終えた。



「ーーー因みに今回の開拓にはクラン【白椿】が全面協力を約束している。どう思う?」


「ーーーし、【白椿】がですか!!??」



クラン【白椿】。

4年前に突如として帝国に誕生した少数精鋭の冒険者クラン。

帝国南部に活動拠点を持ち、数多くの高難度依頼を達成してきた。

単独クランでの【豚人将軍(オークジェネラル)討伐】や【青茨大蛇(ローズスネーク)討伐】など。

この4年間で挙げた功績は計り知れない!

疑いの余地なく帝国南部随一の若手クランだ!!!


【白椿】の特徴は、まさしく少数精鋭!

メンバーがたった18人で、他クランと違いメンバーを常時募集していない。

ーーーメンバー全員がC級以上の冒険者であり、その半分が【B級冒険者】であることだ!!


【B級冒険者】は冒険者の中でも上位1%にも満たない猛者!

一騎当千の強者で、1人で雑兵100人と渡り合えると言われている!

彼らが18人でグループを作っているんだ。

クランとしての実力は2000の雑兵を簡単に超える!!!



シュバルツ様は証拠として、クラン【白椿】との契約書を広げた。


契約内容に【キヒル大魔境の開拓】と明記されている!

契約欄には【白椿】の押印にクラン代表のサインまである!本物だ!



【白椿】が開拓に参加してくれるならーーーこの開拓の成功率は格段に跳ね上がるぞっ!!!



「し、【白椿】の全面協力…。それなら低位のモンスターを他の冒険者が担当し、高位のモンスターを【白椿】に任せる形を取れる…。斥候は索敵の得意な冒険者に任せて【白椿】を休ませる。非常時には【白椿】も含めた全冒険者での攻勢に。……これなら……」


僕は頭をフル回転させる!

前人未踏のキヒル大魔境開拓に可能性が出てきたんだ!

三大魔境の1つのキヒル大魔境の開拓だぞ!?



ーーーこれで燃えない奴は男じゃない!!!



「ーーーりょ、領内の冒険者総出で協力すれば、大魔境の浅層なら開拓できるかと!!!」


僕は満面の笑顔でシュバルツ様に答える!

先ほどシュバルツ様が言った、数十人規模の冒険者の移住も事実ならさらに戦力が増える!

開拓はほぼ確実に成功するだろう!!


シュバルツ様は興奮のあまりテーブルに身を乗り出す僕に苦笑した。


「総出は困るな。開拓以外にも冒険者の力は必要だ。領軍の一部を貸そう」


シュバルツ様は立ち上がり護衛から帽子を受け取った。

帰り支度だ。


「さて。今日は有意義な話が出来た。君たちの上(冒険省本部)には俺から話を通しておく。恐らく1月以内に開拓への全面協力の許可が下りるはずだ。その時までに支部長殿の気が変わり、支部長殿自ら冒険者に開拓への参加を呼びかけるようになっていることを願っているよ」


願うまでもない!

僕はもうキヒル大魔境の開拓への協力を決めていた。

明日から冒険者へ参加を呼びかけるつもりだった。


領内の冒険者だけじゃない。

隣領の支部長にも連絡をして、冒険者をかき集めるつもりだ!


キヒル大魔境の開拓!燃えるじゃないか!?


「これは俺から支部長への個人的な友好の印だ。受け取れ」


身支度を済ませたシュバルツ様がテーブルに何かを置いた。

カードだ。

そのカードをよく見て僕は眼を見開く。


「ーーーこ、これは!?【花魁館】への優待カード!?」


【花魁館】は領内唯一の色町の最高級娼館だ!

領内で一番可愛い女子が集まる天国のような場所!

かくいう僕も最近は足繁く通っていた。


そしてこの優待カードは【花魁館】の女子を優先的に予約できるカードだ!

先約があっても割り込みでお気に入りの女子を指名できる!


ぼ、僕がここ数ヶ月方々に手を回しても手に入らなかったカードが目の前に!!!


僕は震える手で優待カードを手に取った!


「最近支部長殿にも好きな女子が出来たという噂を聞いた。領民の恋を応援するのは領主として当然だ。さて。俺はこれで失礼しよう」


リリーちゃん!これでいつでも会いにいけるよ!!!


僕はカードを懐に仕舞いシュバルツ準男爵閣下に深く深く頭を下げる!

僕の忠義はあなた様のものでございます!!!



男は所詮、性欲の奴隷!!!そんなもんだ!!!



「ーーー最後に。先触れを出さず来たこと謝罪しておこう。また会う時を楽しみにしているチャーチル殿」



やはりシュバルツ様は敢えて愚者を演じていたのだろう。

初めて会う僕の性格や野心を測るために。


策略家だ……。









「ーーーこれは参りましたな。支部長」


シュバルツ様が退室されて僕とダグドが応接室に残された。

僕は緊張から解放されてグダ~とソファに寝転がる。

天井を見上げながら開放感に浸る。


「ああ、完敗だ…。噂は本当だった。いやそれ以上か。……化け物だな」

「あのお方がいればこの領は安泰でしょうな。【白椿】まで手中に収めているとは」


あれで15歳なのだから手に負えないよ~……。


クラン【白椿】は1つの依頼主の元に留まらないと言われている。

どれだけ好待遇を約束されても長期間拘束されない。

噂では南部侯爵閣下に勧誘されても、帝国軍部に大隊長格で勧誘されても、全てを断ったという。


そんなクランが数年に及ぶと思われる開拓計画に全面的に協力するという。

これが意味するところは明白だ。


シュバルツ様はーーー【白椿】と極めて良好な関係を築いているのだろう。

一体どこでそんな繋がりを作ったのやら……。



恐らくシュバルツ様はこの大開拓計画のために周到な根回しをしている。

僕の所に来たのもその一環だ。


あの化け物領主様がこれからどんな輝かしい功績を残していくのか…。




「ーーーこれからは退屈と無縁の生活になりそうだ」




このシュヒトー準男爵領に着任してよかった。


今日初めて心からそう思った。






【次話 父の死から1月】





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