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【退屈な冒険省支部長 上】
「―――はぁ~~~。毎日が同じことの繰り返し…。正直退屈だな~~~」
やぁみんな!!!
僕は【冒険省シュヒトー準男爵領支部】の支部長のチャーチル!
2年前からこの支部を任されている新任支部長さ!
僕は支部長室の執務机に頬ずりしつつ、仕事に励む。
今書いている書類は帝都の【冒険省本部】への報告資料。
今月もシュヒトー領支部に問題はありません!
ということを様々な数字を根拠に定量的に説明する。
とはいえこの報告資料を作るのも支部長に着任してから20回以上。
慣れたもんだよ。勝手に手が動いちゃうもん。
そしてこの資料の前に書いてたのは領主様への報告書。
領内の魔物の発生数や冒険者による討伐数、被害状況なんかが載ってる。
あれも20回以上書いているなぁ。
今月はどちらも特別に報告する事項がなかったから定型文だ。
だからこそ感じる退屈感…。
まさしくルーチンワーク…。
こんな繰り返し作業をするために帝国一の【帝都官僚学院】を卒業してギルドに入省したわけじゃないんだけどなぁ~…。
33歳で地方支部の支部長は立派な役職だけどさ…。まさかこんな辺境に送られるなんて…。
シュヒトー準男爵領は50年前の【ノルウェー小国連合】との戦争で生まれた新興領だ。
特産品も無く、少し農業が盛んなくらい。
領民も1000人いない。まさしく辺境の地。
領の特徴と言ったらーーーかの悪名高き【キヒル大魔境】に接していることくらいかな?
キヒル大魔境は【大陸三大魔境】の1つ。
巨木が犇めき、内部には多種多様なモンスターが生息している。
奥深くには世界最強のモンスター、【龍】がいるなんて言い伝えもあるくらいだ。
怖い怖い。
といっても、キヒル大魔境は魔力が豊富でモンスターにとっての楽園だ。
モンスターも態々楽園から出てこない。
実際僕が着任して以来、モンスターの大規模な襲来はないし。
むしろ大魔境の希少な薬草やモンスターの素材を目当てにやってくる高名な冒険者と知り合いになれてラッキー!とさえ思っているよ!
なにせ去年はかの《英雄》【Aランク冒険者】の【大鬼殺し】様ともお話できたのだ!!
人生で1度は会いたかった本物の英雄!
凄い迫力だったよ!!!
握手した手は5日間洗えなかったね!!!
さてさて。
ま、俺が言いたいのは結局ーーー退屈ってこと。
毎日同じことの繰り返しさ。
はぁ~。
「なんか面白いこと起きないかな~」
「ーーー今日もまた随分退屈しているようですな」
げ。また出た。
支部長室にノックもせず入ってきたのは副支部長のダグド。
老骨で嫌みな爺さんだ。
最近白くなり始めた顎髭を弄りながらズカズカと室内に上がり込んでくる。
執務室の中央のソファに許可してもないのに勝手に腰掛けた。
「いつもいつもノックせずに入ってきて…。お前は礼儀を知らないのか?僕はお前の上司だぞ?」
「はっはっはっ!元冒険者の私に礼儀なんて分かるわけないでしょう?支部長こそそろそろ諦めて頂きたい」
こいつ!減らず口を~!!
「この爺め~。少し強いからって調子乗りやがって!絶対いつかぶん殴ってやる!」
「なにをおっしゃられるやら。支部長のへろへろパンチが私に当たるはずがありません。深夜に鶏が鳴くほどありえませんな」
自信満々に笑うダグド。
まあ、こいつは腐っても元【B級冒険者】だ。
B級冒険者といえば実力者中の実力者。
G級~S級まで実力で分けられる全冒険者の中でも上位1%にも満たない強者だ。
引退したとは言え戦闘経験皆無の僕が勝てる相手じゃない。
だけどーーーそれは現時点の話だ!
「いつか吠え面かかせてやるから覚悟しとけ!」
僕はシュビッ!と万年筆をダグドに向けて宣言してやる。
ダグドは今44歳。
あと10年も経てば耄碌して動きも鈍るはずだ。
その頃に一発重い奴を食らわせてやる!
いつぶん殴るか詳細に宣言してないから10年後にぶん殴っても僕の勝ちさ!!!
「楽しみにしていますよ、へろへろ支部長」
ダグドはそう言うと徐ろにテーブルの上の書類を拾い上げた。
そしてふと何かを思い出したかのような顔をした。
「ーーーあぁそうだ。支部長にお聞きしたいことがあってきたんでした。話は変わりますが、今月の《小鬼》討伐数を覚えていますか?」
《冒険省》は小鬼討伐を常時依頼として掲げている。
だから小鬼を討伐した冒険者は討伐部位(小鬼の場合、鼻)を片手に報告にくる。
《冒険省》は討伐部位と交換で1半銀貨を与え、その討伐部位の数から領内の小鬼の数を推測する。
そして小鬼の急増が確認されれば討伐依頼を掲示したりもする。
「ああ。確か55体だったな。それがどうした?」
「いえ、先月に比べて10体も増えているなと」
「たまたまだろう。10体ぐらいの増加はあり得なくない」
先月の小鬼討伐数は45体。今年の平均は47体。
確かに先月よりも多いが討伐依頼を掲示するほどではないだろう。
「そう…ですな。なんとなく気になりまして…」
ダグドは顎髭を擦りながら呟いた。
まったく。爺の心配性にも困ったもんだ。
過度な心配はストレスに繋がる。
このくらいで狼狽えるべきじゃないだろ。もう耄碌し始めたのか?
僕は再びペンを走らせ、書類作りに専念する。
爺はまだ心配なのか書類を深く読み込んでいた。
バンッ!
「ーーーた、大変です!支部長!」
「だからなんで僕の部屋を訪れる奴はノックをしないんだ!?」
「支部長が舐められているからでしょうな」
「うっ!?」
ダグドの毒が予想以上にクリーンヒット!
僕は思わず胸を押さえる。
お、思い当たる節が…。
部下の受付嬢に紅茶を頼んでも、面倒だからとお茶を出されたこと…。
仕事終わりに1人で酒を飲んでいると、支部長なのにC級冒険者に奢られたこと…。
僕はこの支部の最高責任者なのに誰も僕を尊敬していない気がする…。
「ぐ、グハッ…」
僕は思わず執務机に倒れる。
も、もう駄目だ……。
ダグド……部屋の艶本だけはこっそり処理しておいてくれ……。
ガクリッ。
「ーーーそんな馬鹿なことやってる場合じゃないんです支部長!大変なんです!!!」
馬鹿とはなんだ馬鹿とは!?
それが上司に対する口の聞き方か!?
僕はドアの前で声を上げる支部の受付嬢に文句の1つでも言ってやろうと思ったが。
彼女の必死な顔を見て首を傾げる。
「どうしたんだ?魔境から《大鬼》でも出てきたか?」
「ーーーそれどころじゃありません!!!領主様がいらっしゃいました!!!」