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【財政改革 会議】
「2人とも。マララークがどこにいるか知るか?」
深夜。
俺は葬式の片付けが終えてやっと一息ついた後、領主の執務室に来ていた。
執務室には呼び出していた忠臣が2人。
内政担当のジミーと領軍代表として護衛のフーザだ。
2人とも経緯は違うが今では俺の忠臣であり最も信頼する部下だ。
本当ならばもう1人、外交官のマララークがいるはずなのだが…。
「いや~俺は知りませんね。ジミーは?」
「…私も知りません。外せない仕事が入ったのでは?」
「きっとまたどっかで女口説いてんですよ。あの色男のことですから」
「…マララーク殿に限ってそのようなこと無いと思いますが」
この重要な会合のことは随分前から伝えてあった。
にもかかわらず欠席。
どうしたのだろうか?
忠臣のマララークの忠義を疑うことはないが、ただ疑問が残る。
時刻は深夜。
あまり長くマララークを待っていると明日の仕事に影響が出る。
仕方ない。マララーク抜きで進めよう。
「分かった。あいつには後で会議の結果を伝えるとしよう」
俺は溜息を1つ吐いて気分を切り換える。
フーザとジミーも俺の様子の変化に気づき表情を変えた。
「それでは事前に伝えていた通り、今より【シュヒトー領改革会議】を行う。領の今後を話し合う重要な会議だ。言わなくても分かるだろうが、ここで聞いたことを他言無用だ」
「まずは領内の内政報告から。ジミー」
「…はい。事前にお渡ししていた資料に重複しますが報告させていただきます。報告内容は、本年度の税収見込みと各街、農村、開拓村の現状、領内の問題についてです」
「…本年度のシュヒトー領の税収見込み額は50大魔銀貨。税収は去年に続き横這いです。これで5年前の大飢饉後3年続けてほぼ同額になります。内訳は70%が農業税、15%が商業税、10%が土地税、5%が関税です。どれも例年とほぼ同額です」
【ダンケルク大帝国】の貨幣には7種類がある。
半銅貨、銅貨(100円)。
半銀貨、銀貨(1万円)。
半金貨と金貨(100万円)、大魔銀貨(1億)だ。
それぞれ貨幣10枚で上位価値の貨幣と等価である。
相場を考えると。
地方の自作農が1月に稼ぐ額は半金貨2枚(20万)と言われている。
その額で4人家族を養うのがギリギリだ。
4人家族が余裕を持って生活するには年間金貨4枚(400万)以上が必要と言われている。
農家の収入と比べると50大魔銀貨(50億)という額は途方もない額に思えるかもしれない。
だが、領地持ち貴族からするとたったの50大魔銀貨だ。
領地貴族の税収というにはあまりにも少ない。
領の運営費や帝国政府への納税を覗けば、この1/5も手元には残らない。
準男爵の中でも、下から数えれた方が早い額だ。
最上位貴族である侯爵領など、毎年10000大魔銀貨(1兆)以上稼いでいるというのに。
「…次に各町村の発展状況を報告します。領内3つの街は発展打ち止めです。これ以上周囲に畑を広げることはできませんので農業面からの発展性は残念ながらありません。商業面でも、特産品の乏しいシュヒトー領を通る商人が少ないため残念ながら。村に関してもほぼ同様です。50年間の開拓により、シュヒトー領内の安全な土地はほぼ開拓されました。農業面での発展性は乏しいかと」
「…唯一発展可能性があるのは【キヒル大魔境】外縁部の3つの開拓村ですが…。…週に1度はゴブリンや狗人、殺人小兎の襲撃があり、開拓は困難を極めております。打開策を打たねば開拓は…失敗すると思われます…」
シュヒト-準男爵領は【キヒル大魔境】というモンスターの巣窟の一部を領内に抱えている。
魔境内には凶悪なモンスターが群雄割拠し、人間なんて弱い生物は捕食される。
奥地に進むほど魔物の強さが上がり、最奥には【S級のモンスター】がいるという噂すらある。
大陸に残る【3大魔境】の1つだ。
「開拓村の話は俺も酒場で聞きましたぜ。警備の手が足りないから開拓した畑がすぐ駄目になる。大魔境のすぐ近くの開拓村なのに、領主から金が降りてこないから【Dランク冒険者】パーティ2つを雇うので手一杯だ、って噂ですよ」
「…前当主様は、開拓資金の増加を頑なに認められませんでしたから…」
これも父上の失態の1つだ…。
父上は若い頃名誉欲しさに【キヒル大魔境】の開拓を30の領軍を率いて行ったらしい。
父上は元帝国騎士団隊長のお爺さまに育てられた騎士だ。
俺も父上の槍の腕を見たことがある。凄まじい槍捌きだった。
あれだけの腕があれば大魔境の開拓を志すのも無理ないだろうと思うほどだった。
しかし父上の腕を以てしても【キヒル大魔境】を正面から攻略することは叶わなかった。
30の領兵の半分を犠牲に父上は帰還。
開拓は完全に失敗した。
それ以来、父上は自分に自信を無くし、現状維持を志すようになった。
「…以上のことから現状のシュヒトー準男爵領の問題は、農業商業両面での発展性の無さであると考えます。【発展無くして、民は希望を持てません】。領内の治安の観点から考えても、領民に希望を持たせるために対策が必要だと思います」
ジミーは【領民の希望】という言葉を殊更強調して締めくくった。
流石俺の3忠臣の1人、有能なジミーだ。
領地経営の基礎を理解している。
領地経営で最も重要なのはーーー領民の心を掴むことだと俺は思っている。
領民の心さえ掴んでいれば領主が危機に陥った時でも領民が手助けをしてくれる。
金に困っていたら寄付を。
飢饉になっても領主を信じて飢餓に耐えてくれる。
ジミーはその、【領民の心】を掴もうとしているのだ。
「俺も同意見だ。抜本的な対策を打ち領内に活気を取り戻さなくてはならない。ジミー報告ご苦労。次はフーザ、領軍代表として領内の戦力把握の観点から報告を」
「はいよ。といっても俺はトロロの報告を読み上げるだけですから。質問とかされても困るんですけどね」
フーザが頭を掻きながら領兵隊長のトロロから渡された資料を読み上げていく。
「え~報告します。現状のシュヒトー領内の戦力は大きく分けて3つですね。1つは領軍60。2つ目は冒険者80。3つ目は非常事態下における徴兵民、最大100名って所ですかね。ただ徴兵民はあくまでただの農民ですから、戦力としては大して数えられませんよ。足手纏いになるかもしれませんし」
「平時の領軍と冒険者の活動内容は?」
「えっと…領軍は平時には軍事訓練と各街の門の警備、治安維持活動をやってるみたいです。普段は30が軍事訓練。20が門の警備。10が治安維持活動に従事。冒険者は主に冒険省ギルドから斡旋される魔境に関する納品依頼や討伐依頼に従事していますね」
「なるほど。報告ご苦労」
フーザは安心したように息を吐いた。
テーブルにもう用済みと資料を放り投げる。
俺は本格的な相談事項を話す前に脚を組み直し、一拍おいた。
「それでは、今後のシュヒトー領の改革の詳細を話す。指摘や意見があれば言え。どんな幼稚なものでも咎めない」
「了解です大将」
「…かしこまりました」
「俺もジミーが言っていたようにこの領に抜本的な改革が必要だと考えている。そのために【農業】、【商業】、【工業】に対して手を加えるつもりだ。合計4つ改革を行う」
「1つ目は農業改革だ。ここで俺は新しい農法を提案する。俺はこの農法を【放羊農法】と名付けるつもりだ」
俺は滔々と【放羊農法】の詳細を説明する。
【放羊農法】は4つの畑にそれぞれ小麦、大麦、コロ芋、ササ草を植え、毎年それぞれの畑に植えるのを順々に交代させて小麦の連作障害を防ぐ方法だ。
この【放羊農法】の一番の強みは休閑地を必要としないこと!
シュヒトー領に限らず帝国のどの小麦農家も毎年、半分の畑を休閑地に指定し何も植えない。
これは畑を痩せさせないためだ。
同じ畑に毎年小麦を植えると小麦の実りが悪くなってしまうことが知られている。その対策だ。
もし【放羊農法】を導入すれば農家は休閑地を設けず全ての畑を有効活用することができるようになる。
この恩恵は極めて大きい。
小麦大麦コロ芋は勿論食用。ササ草は羊を放牧させて食べさせて、糞を畑の肥料にする。
この【放羊農法】を導入すれば土地を痩せさせず、そして休ませず毎年使うことができる!
これまで領内でやや栽培されていたオリーブを捨てることになるが、それ以上の利益がある。
まさしく領内の食糧事情が一変する。
「あ~!あれですね!5,6年前から若が熱心に取り組んでた奴!」
「…6年前からシュバルツ様より【放羊農法】について相談を受けておりました。前当主様に内密に領内各地で実証実験も済ませてあります。過去4年間で連作障害は確認されず、小麦の収穫量は休閑地法とほぼ同じ。実際には小麦以外にも大麦、コロ芋、羊も同時に育てていますので、可食物の収穫量は3倍に増えております。まさに革命的農法です」
「3倍…それはとんでもねぇな…。俺でも分かるぜ…」
ジミーが挙げた具体的な数字にフーザが眼を丸くしていた。
当然だ。
同じ土地から3倍の可食物が収穫できるということは、今より3倍の人口を養えると言うこと。
軍人のフーザに分かりやすく言えば3倍の軍隊を養えるとも言える。
まさしく革新的農法だ。
ただ問題があるとすれば、【ササ草】の生育にシュヒトー領を流れる水が必須であることだ。
3年前、帝都でササ草を育てようとした時に枯れてしまったのだ。
何度もチャレンジしたが、領内の水を使用しないとササ草は育たなかった。
元からササ草はシュヒトー領近辺の植物だ。
なぜ領内の水を使わないと枯れてしまうのか?
原因の想像はつくが……領内に【放羊農法】を導入する分には問題ないので敢えて指摘しない。
「まだ1つ目だ。他にも3つ改革が残っている」
「…ここからは私も聞いておりませんので興味があります」
ジミーが眼鏡の位置を正して俺を見つめてきた。
俺は微笑みながら口を開く。
「2つ目の改革は商業改革だ。端的に言うと商業税を撤廃する」
「なっ!…本気ですか?」
内政官のジミーは驚愕に眼を丸くし軍人のフーザは事の大きさが分からず首を傾げていた。
「俺は商いについてよく分からねぇんですけど。商業税ってどこにもあるもんですよね?そんなの無くして良いんですか?」
「2人の懸念は分かる。だが俺は問題ないと考えている。本来商業税はない方が経済を活発化させ市場には良い。帝国では一部商業都市を除いて商業税の課税は義務じゃないしな。だが、どの領も商業税撤廃をしない。なぜか分かるかジミー?」
「…その税収が膨大だからです」
若干の熟慮の後ジミーが答えた。
流石ジミー。正解だ。
「ああ。商業税無しには領内の運営に支障をきたす貴族領が多いからだ。だがシュヒトー領は商業税が税収の15%しかない。これはシュヒトー領の商業の弱さを露呈しているが…今は好都合だ。それにシュヒトー家が保有する農地は広いから領主の収入にも問題ない。俺には商業税を無くすデメリットが少ない。やらない手はない」
「…なるほど。…一度持ち帰り商業税撤廃後の税収の試算してから意見を述べてもいいでしょうか?」
「もちろんだ。問題ないと思うが懸念があれば報告しろ」
概ね問題ないことに気づいたのだろう。
金勘定の不安だけ残してジミーは頷いた。
「3つ目は工業改革だ。とはいえ、これは改革と言うほどのことではないな。ちょっとした提案だ。領都や街の手の空いた娘や女を工場で働かせる。織物の工場だ。キヒル大魔境固有の魔物、【紅蜘蛛】の蜘蛛糸で生地を作らせて、これをシュヒトー領の名産とする。名前は【紅織】。試作品がこれだ」
俺は執務机の引き出しにしまっていた、紅色の織物を取り出す。
紅蜘蛛の糸を使って知り合いに織らせた【紅織】の試作品第1号だ。
「おお!こいつは綺麗だ!艶があって赤色がよく栄えてる!それに強度もすげぇ!女が好きそうだな!」
「…確かにこれが量産できれば立派な名産となるでしょう。遂にシュヒトー領の名産品が…。感慨深いです」
フーザとジミーが【紅織】を手に取り、上から横から斜めから覗いた。
光に照らして、匂いを嗅いで、引っ張って強度を試す。
振り回すフーザに対してジミーは領発足以来の名産品の誕生にジーンと感動していた。
【紅織】は紅蜘蛛の赤色の蜘蛛糸を材料にする以上、赤色の織物にしか使えない。
だが今代皇帝陛下は赤色を好んでいる。
さらに帝国全体としても赤の織物は重宝されている。
特に皇帝陛下のお膝元の帝都や帝領、情熱を重んじる南部、東部貴族領で好まれるはずだ。
紅蜘蛛はシュヒトー領内の大魔境にしか生息していないから独占できるしな。
「4つ目の改革についてだが俺はこの改革に一番力を注ぐ予定だ。俺はーーー《鉄鉱山》を開拓する」
「はぁ!?鉄鉱山!?本気ですか!?」
「ああ。マジだ」
「そ、そんなのどこに??」
「…《キヒル大山脈》、ですね」
「流石ジミーだ。既に冒険者に依頼して鉱床も発見してある。鉄鉱床の場所はここだ」
俺は執務机の壁に飾られていた領内の地図の一点を指す。
【キヒル大山脈】の北端。
大魔境に囲まれた未開の鉱床だ。
「へぇ~。こんなとこに《鉄鉱山》が…。キヒル大魔境内部とはいえ、都合良く浅い場所にあったもんですね」
「ああ。魔境深部にあれば諦めざるを得なかった。だがシュヒトー領は天運に恵まれていた」
鉱床のある場所は運良くキヒル大魔境の浅い場所だった。
大魔境内と言えど、浅層部ならば常識的なモンスターしか潜んでいない。
十分冒険者と領兵で対処可能だ。
「…ですが浅層部とはいえ【キヒル大魔境】を開拓するとなれば莫大な予算と人手が必要です。人手は領民を雇ったり奴隷を買い集めるなどありますが、護衛の冒険者はどうしますか?キヒル大魔境のモンスターに対峙するには相応の実力を持った者でないとなりません」
眉間に皺を寄せ険しい顔をするジミー。
鉄鉱山開発による恩恵と魔境の危険さ。
メリットとデメリットを測りかねているんだろう。
「金はシュヒトー家の貯蓄を全て放出して充てる。それだけの価値がある改革だ。鉄を産出する体制さえ整えられれば、3年もあれば元手も回収できる。護衛は訓練中の領軍30と依頼を受ける冒険者を頼ろう」
【ダンケルク大帝国】の南部一帯に鉄鉱山はない。まさしく皆無だ。
帝国北部に眼を向けると有名な鉄鉱山が多数あるが南部にはない。
これまで帝国南部で鉄製品を必要とすると、態々帝国北部や外国から輸入する必要があった。
当然輸送距離に比例して多額の輸送費がかかっていた。
だがもしこのシュヒトー領での鉄鉱山開発に成功すれば、帝国南部にも鉄鉱山ができることになる。
輸送費のかからないシュヒトー領の鉄製品が出回れば帝国南部の鉄製品生産を一手に請け負うことは明白。
そうなれば莫大な利益を得られるのも自明だ。
領内の景気は伯爵領並みに盛り上がるだろう。
「……ですが、都合良く冒険者が集まるでしょうか…」
ジミーも鉄鉱山開発のメリットに気づき反対よりも開発に際する課題の打開案を探り始めた。
そしてーーージミーの懸念は既に解決している。
「断言しよう。間違いなく集まる」
「…根拠はどこに?」
ジミーは意味が分からないと戸惑っていた。
だが、その根拠は実はもう説明してある。
「ーーー俺がこれまでに挙げた4つの改革は全て繋がっている。農業改革は鉱山開拓に人手を取られても食料生産を維持するため。商業改革は商人にとってシュヒトー領が魅力的な商圏だとアピールするため。これは他領の商人を呼び寄せるためだ。他領の商人が来ると護衛も付いてくる。その護衛は誰だ?」
「…冒険者です」
ジミーは俺の意図に気づいたのだろう。
信じられないと眼を丸く開き唖然と俺を見つめていた。
「シュヒトー領に来た冒険者は魅力的な依頼があればそれを受ける。【キヒル大魔境】の開拓計画。参加すれば生涯子供に自慢できる壮大な計画だ。それがあれば依頼料次第で引き受けるだろう。ただし計画には年単位の時間を要する。嫁や娘を家に残して計画に参加できない者もいるだろうな。そこで第3の改革の紅織工場だ。自分の嫁や娘が就職できる織物工場があればどうだ?移住者に支度金を与える制度もあればどうだ?家族ごとシュヒトー領に引っ越し、開拓計画に協力する熟年冒険者がいても可笑しくないだろう?」
「…流石シュバルツ様です。利益のある3つの改革をさらに巨大な改革にも利用してしまう。計略家とはまさにシュバルツ様のことです」
ジミーは感嘆の溜息を漏らした。
優秀なジミーからの称賛は嬉しいものだ。
数年掛けて考えた甲斐がある。
「はぁ~。恐れ入りました、流石シュバルツ様だ。そこまで見通しているなんて」
フーザも俺の説明を聞き終えてやっと理解したようだ。
何度も首を縦に振り、頻りに「おぉ」と感嘆を漏らしていた。
「何年もかけて練った策だ。ここまで読めて当然。時間があればジミーもできただろう」
「…私にはとてもとても」
「らしいですよ?シュバルツ様」
謙遜するジミーをフーザがからかう。
返す言葉もないジミーは溜息をつくだけだった。
よほど俺の策を読み切れなかったのが悔しかったのだろう。
「それでは、意見はないか?俺も推考を重ねた策だ。問題ないと思うが」
俺が最後に念のため尋ねると、身体を縮めていたジミーが手を挙げた。
「…この改革案に一切問題はないと思います。ただ……強いて問題を挙げるとすれば、この計画案が壮大すぎることです」
「名主共の妨害が予想されるということか?」
予想していたジミーの指摘を俺は言い当てる。
ここで言っている名主共とは、この土地が領土併合される50年以上前からこの領地で地主として地元に影響力を持つ守銭奴共だ。
愚王の支配していた小国時代から大地主であることから分かるように、奴らは自分達が特権階級であると疑わない。
貴族でもないのに自分らが全てにおいて優先されると思っている愚者共だ。
頭は働かないのに小賢しさと金はあるから領主でも気軽に手を加えられない。
シュヒトー準男爵領創立以来、50年間この領を蝕んできた癌。
領主が大きな計画を企てていると知ったら嫉妬を感じて邪魔してくるだろう。
「あ~。確かにあの狸共ならやりかねませんね。自分たちの利益以外考えられない銭ゲバ狸ですから」
「…間違いなく何かしてくるでしょう。そこはどうしますか?」
「その件に関してはもう手を打ってある。安心しろ。計画に手は出させない」
「1月後の領主襲名式でこの改革案を正式に発表する予定だ。フーザ、ジミー、各所に根回しの用意を。特にジミーは今のうちからバレない程度に鉱山開拓に必要な物資を集めておけ」
「あいよ!」
「…かしこまりました」
夜も更ける。
さて、俺の最後の忠臣、外交官のマララークはどこで何をしているのか?
今日話したことを再度マララークに対して説明しなければならないと思うと溜息が出た。
俺に2度手間を強要するとは。
しっかりとした理由がなければただではおかない。
妹から貰ったリボンがピョコリと揺れた。
場所は変わり同時刻深夜。
先代当主の葬式の当日の夜にも関わらず領都の一部屋で宴会騒ぎをする者共がいた。
男は酒を飲み、女は肌を露出する。
会場はまさに酒池肉林の言葉が相応しい。
贅の尽くした豪華な宴会。
その上座で2人のダルマが相対していた。
2人ともシュヒトー領では有名人物。領主一家の次男坊と領内の大地主のまとめ役だ。
どちらとも腹についた大きな脂肪揺らしていた。
『ーーーゲスゲスゲス、今日はご老公様方に紹介したい人物がおりまして』
『ほう、それは誰ぞや?ゲスゲス殿』
『はい。名をマララークと申します。元兄の部下でしたが、縁あって今は我輩に仕えておるのゲス』
『なんと。あ奴の部下を寝返らせたと。流石ゲスゲス殿。本来であれば準男爵領を背負っていたはずの器。次男でなく長男として生まれてさえいれば、後継者は間違いなくゲスゲス殿であったでしょうな』
ご老公と呼ばれたダルマは愉快そうに笑いコップの酒を飲み干した。
それに対してゲスゲスは首を捻った。
『なにをおっしゃるご老公。まるで我輩が次期準男爵ではないといった口ぶりではないか?』
『は?いや、それは流石に…。……先代準男爵様が正式に認めた、あ奴に後継者争いで分があるのは事実では…?』
明け透けな野心を語るゲスゲスに老公は戸惑う。
額の大粒の汗を拭う。
『ゲスゲスゲス。そのことを今日はそのことを話したかったのゲスよ。マララーク!入ってきなさい!』
『ーーー失礼いたします』
透き通る声と共に戸を開けて長身の男が入室する。
美青年。
まさしく麗人を見た男はこの世の者とは思えぬイケメンに眼を見開く。
彼を見た女は立ち眩みに襲われ、その場に倒れた。
『おおぉ!なんと優美な。華のある方だ』
『大丈夫か!?妻よ!?な!?娘まで!?どうして皆倒れるのだ!?』
『神よ…。天使は存在したのですね…』
騒がしい周囲を気にもとめず麗人はご老公の元まで近寄り頭を下げた。
『ご老公様。私め如き小僧がご老公様にお目通りすることをお許し頂き、ありがとうございます。お初にお目にかかります。私はマララーク。ゲスゲス様の忠実な部下でございます』
『ほ、ほう。そちがゲスゲス殿の言っていたマララークか。して、今日は何用か?』
ご老公は周囲の目を集める麗人に傅かれて悪い気がしない。
ニヤけ面をしつつ尋ねた。
『は。今日は私がゲスゲス殿にお渡ししたものをご老公にもお見せするために参りました。これを』
ご老公は麗人から差し出された封筒を受け取った。
『ほ、ほう。見てよいか?ゲスゲス殿』
『勿論でゲスよ。そのためにマララークを連れてきたのゲスから』
ご老公は封筒を開き中の手紙を読んだ。
『ーーーこ、これは先代領主の遺書か!?』
ご老公は手紙の内容に驚く。
手紙には先代シュヒトー準男爵の遺言が書かれていたからだ。
『そうゲスよ、ご老公!そしてその遺書には後継者として我輩を指名する一節がッ!!!今日はご老公に我輩が次期当主となるためのお力添えをお願いするために参った次第ゲス!』
『な、なんと…そのようなことに。……しかし我の一存でここで決めるわけには……』
ゲスゲスに頭を下げられ悩むご老公。
その様子にゲスゲスはニヤリと笑う。
『ご老公!今ご決断頂ければ、我輩が次期当主となった暁に名主様方の土地の農業税を二公八民にまで下げることをお約束するゲスよ!』
『な、なんと!?二公八民まで!?』
『はい!もし契約の履行に不信感があれば、書状を書くのも吝かではございません。いかがでしょうか?』
『ふ、ふむ~。も、もう少し何か…踏ん切る切欠さえあればな…』
流し目をゲスゲスに送るご老公。
察するゲスゲス。
以心伝心。
デブとデブが通じた瞬間だった。
『流石ご老公も商売上手ゲスな。我輩などでは到底かないません。……致し方ありません!人頭税も今の半分まで引き下げることを約束しましょう!さていかがでしょうか!?』
『素晴らしい!その豪胆さ、まさに次期準男爵の器!ゲスゲス殿の後ろ盾になることをお約束いたしましょうぞ!さぁ!早速書類の作成に取りかかりましょうぞ!』
飛び跳ねるご老公。
固い握手をゲスゲスとご老公は交わす。
ご老公が書類作成を命じるために退室した。
ご老公が消えた部屋でゲスゲスは黒い笑顔を浮かべる。
それは獣のような野蛮な笑みだった。
『兄上見ていてください…。これでもう終わりゲスよッ!!!』
夜も更ける。
【次話 退屈なギルド支部長 上】
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