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知恵者の領地経営  作者: 仰向けペンギン
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【マリーの涙】



それにしても父上の逝った時期が悪かった。

季節は夏の始め。

黄金に実った小麦の収穫準備の時期だ。

小麦の収穫は領民を飢えさせないための最重要事項。

小麦は中央へ治める税でもある。

決して疎かにできない。

そんな時期に準男爵にすぎない父上の葬式があったなら、葬式に参加しない者がでるのも当然だ。



父上の葬儀は恙なく終わりを迎えた。

次期領主である俺が列席した方々に挨拶をし、後は司教様が葬儀を進行してくれた。


火葬も終われば残るは来賓からの挨拶。

俺の前に来るのは貴族の代理ばかりだ。

10人のうち7人が代理という有様。

生まれて50年の新興の準男爵の葬式よりも小麦の収穫の方が重要という気持ちは分かる。

俺も浅い関係の貴族の葬式ならそうする。


だが隣領の領主まで代理を送ってくるとは想定外だった。

隣領からなら往復で5日も馬車を走らせれば十分だ。

小麦の収穫に余裕を持って間に合うだろうに。

どれだけ人望がなかったのだ、父上…。


父上は自己肯定感が低くカリスマを感じさせない、槍の腕だけで領主の地位を認められたような人だった。

それでも武功により成り上がったシュヒトー準男爵家の跡取りとしては申し分なかった。

だが領地経営の観点から見るとやはり落第点だったのだろう。

葬式からもそれが窺えた。


葬式が終わると賓客はすぐに帰路についた。


こちらとしては貴族を歓待する金が節約できて好都合。

家族総出で参列いただいた方々を送り出した。









夕暮れ。

俺とマリーは共に屋敷の裏側に来ていた。

本当はゲスゲスも来る予定だったが体調が悪いらしい。

仕方なく俺とマリーの2人で来ていた。


屋敷の裏手にはシュヒトー家の墓石がある。

成人男性ほどの大きな墓石だ。

銅鏡のように耀く墓石の表面には3人の名前が刻まれている。


お爺さま。

お婆さま。

母上。


亡くなった家族の名前だ。


連れてきたフーザがノミと小型の(ハンマー)を取り出した。

器用に墓石に文字を彫っていく。


数分経って墓石に新しい名前が刻まれた。




ガシュト・マルク・シュヒトー。


亡くなった父上の名前だ。




俺は下がるフーザに代わり墓石の前に立つ。

小脇に抱えていた壺から火葬後に残った父上の灰を取り出し半分を墓石の周りに撒く。

残りの灰をマリーに渡す。


「……うん…」


マリーも壺から灰を取り出して墓の周囲に撒いた。


……これで父上はお爺さまたちの元まで逝けたはずだ。

3人が父上を温かく迎えてくれるだろう。

先に亡くなった母上に会いたがっていた父上も喜んでいるに違いない。


「……………」


顔を伏せて動かないマリー。




「マリー、もう泣いても良いんだぞ」




「ーーーお、お兄様……」


「もう周りには誰もいない。今日はよく耐えたな。流石俺のマリーだ」



俺は目元に大粒の涙を溜めるマリーの頭を撫でてやる。

一撫で毎にマリーの顔は崩れていった。

やがて破顔した。




「ーーーぇ~ん!!!お父様!おとうさまぁぁぁ!!!」




マリーの涙腺は崩壊し、墓前に泣き崩れた。

我慢していた分の涙が地面にシトシトと垂れていく。



今日の葬式中、マリーは泣くことを許されなかった。



シュヒトー準男爵家は武功により成り上がった武家だ。

武家の娘は父の葬式中とはいえ泣くことが許されない。

泣けば軟弱な娘を持つ武家とシュヒトー家が揶揄される。


俺はマリーのためならどんな嘲笑も我慢できる。

泣きたいなら泣いていいと前もってマリーに伝えていた。


でもマリー自身がそれを許さなかった。

葬式中は常に我慢していた。

瞳に涙を浮かべど、泣かなかった。

最後まで泣くのを我慢した。




ーーー全てはシュヒトー家のため。

ーーーひいては自分が愛する領民のため。


決して泣かないとマリーは俺に誓った。




ーーーマリーは本当に領民に優しい。




俺はシュヒトー家の墓石の横に目をやる。

そこにはシュヒトー家と比べて半分ほどの大きさの墓石があった。


これは5年前に帝国を襲った大飢饉で亡くなった領民の墓だ。


本来貴族家の墓の横に平民の墓があってはならない。

だがマリーが無理を言って父上に押し通したんだ。




今でも5年前のことは思い出せる。



餓死した者が俵のように広場に積まれている。

小枝のように痩せた死体に脂がかけられ、着火される。

轟々と立ち上がる火柱と黒煙。

人の燃える匂い。鼻を突き刺す刺激臭。


家族は火柱の前で慟哭する。

子供は亡き父親を探し。

父親は娘の死を嘆く。


死体を燃やすのは疫病対策だ。どれだけ悲しくても行わなければならない。


シュヒトー家は貴族の義務を忘れないためにその光景を見ていた。

父上。

俺。

ゲスゲス。

マリー。


ゲスゲスは顔を真っ青にしてすぐに(かわや)へ駆け込んだ。

随分前から戻ってきていない。


俺もあまりの悲惨な光景に眼を細めていた。


こんな凄惨な光景をマりーに見せるなんて父上は何を考えているのだ。

可愛いマリーに見せるものではない。

マリーの天使のような性格が変わってしまったらどうするんだ?

世界の損失だぞ。


俺はマリーの顔色を覗った。




マリーの瞳はーーー燃え盛る炎をただ見つめていた。




当時6歳のマリーは大きな虚ろな眼で人火を見ていた。



灰色の眼。

何もない、何も感じさせない瞳。

どこまでも虚ろな目。



マリーは虚ろな目のまま俺に言った。




『ーーーお兄様。みんな幸せな領を作ってください。……誰も苦しまない。…ユイちゃんみたいな子がもう生まれない、みんなが幸せな領を作ってください……』




ユイちゃんとはマりーが当時仲の良かった平民だ。

マリーと同い年の6歳で、飢饉により亡くなった領民の1人。



きっとあの死体の中にユイちゃんもいるのだろう。



もしかしたらマりーはあの死体の山にーーーユイちゃんを見つけてしまったのかもしれない。




『……分かった。それがマリー(おまえ)の望みなら』




あの日以来俺はマリーの願いを叶えるため行動し始めた。

・飢餓の撲滅。

・領内の治安安定。

・モンスター被害ゼロ。

マりーの願い【領民の幸せ】を目指し活動してきた。


活動の成果は芽吹きつつある。


最後のピース。

父上の死により【領内の全権】も手に入れた。


これで改革を進められる。

領民の幸せを勝ち取るために。




ーーーマりーの願いを叶えるために。




父上、安心してください。シュヒトー領は俺が継ぎます。

領民全員が幸せな領を作ってみせましょう。


どうか見守っていてください。


俺は泣き続けるマりーを抱きしめ、父上の眠る墓に誓った。






【次話 シュヒトー領改革会議 】








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