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(3)登場人物への呼びかけ:アポストロペー

「とはいえ、メネラオスよ、不死にして至福なる神々は、お前のことをお忘れではなかったぞ」

――イーリアス、第四歌


 『イーリアス』および『オデュッセイア』は、基本的には三人称で語られる。そんな中で、上のように突然語り手が作中人物へ呼びかける場面が現れる。これをアポストロペーと呼ぶ。「語りの対象を転じること」を元来意味するが、いつしか、登場人物への呼びかけについて表すようになっている。

 アポストロペーは二大叙事詩の両方において使われているが、その用法は全く異なる。『イーリアス』では多数の人物が対象となっており様々な形となっているのに対して、『オデュッセイア』ではただ一人にのみ、しかも文自体が全て同じである(「エウマイオスよ、おぬしはこう言ったな」)。

 『イーリアス』では、主に戦場の場面で見られる。そもそも物語の大部分が戦場で展開されるので当たり前ではあるが、特に『オデュッセイア』と比較してみると、様々な理由が考えられるように思われる。

 例えば、登場人物の数やそれぞれの果たす役割の大きさである。『イーリアス』ではアポストロペーの対象となっているのはメネラーオス、パトロクロス、アキレウス、メラニッポスといった人物で、アポローンに対しても使われる。メラニッポスはともかく、その他の人物に関しては、いずれも舞台設定や物語の展開において果たす役割は大きい。巻によって「パトロクロスの巻」「ディオメーデースの武勇」といった副題がつけられていることからも分かるように、アキレウスが主人公的存在とはいえ、決して独壇場というわけではない。むしろ前半はアキレウスが戦闘を拒否していることから、表には出てこず、時折陣屋での行動が描写される程度である。このため、必然的に多数のギリシア軍の武将たちの活躍の場面の方が量的にも内容的にも多くなってくる。ある程度短い場面においては、前面に出て活躍する人物が多いわけで、単純に描写の機会が頻繁に訪れ、したがってアポストロペーの対象にもなりやすいのであろう。

 一方『オデュッセイア』は、物語の視点となる人物がかなり限られ、オデュッセウスとテーレマコスくらいである。アポストロペーの対象となっているエウマイオスにしても、確かに主要な人物ではあるが、物語の設定上、オデュッセウスらとはあまりにも格の違う存在である。『イーリアス』で呼びかけられていた主役級の人物とは、全く同日には扱えまい。物語の大部分がオデュッセウスの冒険譚であり、ほとんど視点が固定されている。また、かなりの分量が「オデュッセウスが語っている」という場面設定となっているため、そこでアポストロペーを使うわけにもいかない。つまり、必然的な理由によって使うことができなかったと考えられる。

 アポストロペーの効果や起源については様々に論じられているが、中務哲郎の「登場人物に呼びかけるとき、聴衆のひとりを指差してこれに語りかけた」(※2)という意見は、極めて説得的であるように思われる。この点については詳述しないが、劇的効果を高めるために聴衆に呼びかけるという技法は、戦場の描写の続く『イーリアス』でこそ効果的、あるいは必要なもので、『オデュッセイア』のような一人の人物を追いかけるような物語では使いづらいのではなかろうか。こうした点も、二大叙事詩におけるアポストロペーの頻度の違いの原因となっているように思われる。


※2 (既出)中務哲郎:京都大學文學部研究紀要, 32(1993), 155-183

「ホメロスにおけるアポストロペーについて」

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