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(2)二大叙事詩と詩人ホメーロス

 『イーリアス』『オデュッセイア』の成立は、紀元前八世紀ごろとされる。つまり、題材となった時代から暗黒時代を経て数世紀が経過しているわけで、ほとんど文書どころか文字も使われていなかった時代であるから、トロイアにまつわる物語は、すでに相当な時間を隔てた頃の神話伝説となっていたのであろう。ギリシアにて文書が使われ始めたのも同時期とされることから、長大な二大叙事詩は文字による筆記によってこそ成立できたとも考えられているが、口承という面を強調重視する立場からの反論もある。

 いずれにしても、トロイア戦争をめぐる叙事詩は、既に広く知られていた伝承を受けて作られたものであることは間違いないのであり、だからこそ、例えば『イーリアス』は特に戦争の原因とかギリシア勢やトロイアの状況の説明もなしに物語が始まるのであろう。言ってみれば、忠臣蔵についてあらすじを知っていることを前提に、特定の人物に関する挿話を物語るようなものであり、そこではわざわざ浅野内匠頭の事件という物語の前提について詳細に述べる必要がないのと同じである。

 こういった叙事詩という定まった形で語られる伝説は他にもあり、テーバイ(オイディープスの物語で知られる都市)の戦争についても、同じように「環」となる叙事詩が存在したという。しかしトロイア戦争に関するもののみが伝えられるのは、物語の規模や内容はもちろんのこと、ホメーロスの権威によるところが大きいらしい。前述の通り、叙事詩の環と言われながらもホメーロスの二編以外が早くに散逸したという事実も、そのことを示しているように思われる。

 二大叙事詩はホメーロスなる詩人の手によるものと伝えられるが、その実態については確たることが言えるわけでもない。歴史的な資料の欠如はもちろんのこと、作品そのものについても、その内容から、『オデュッセイア』は『イーリアス』よりも数十年時代を下ったものだとされる。このため、例えば『イーリアス』は詩人が若い時期の、『オデュッセイア』 は老年期の作品であるとか、後者は前者の作者の弟子による作品であるとか、あるいは別の流派の詩人によるものであるといったことまで言われている。ホメーロスその人に関する伝記的な物語も伝えられているが(『ホメーロス伝』、『ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ』)、その作品としての価値は別として、資料として参照するに足るものではないという。例えば『ホメーロス伝』では、ホメーロスはトロイア戦争の数十年後に生まれたとされているが、これは考古学的な事実には到底合致しない。トロイア戦争の歴史性と同じく、これからもホメーロスに関しては確たる証拠が見つかることは期待できないであろう。むしろ、「『イリアス』の詩人を育んだ口承詩の伝統の総体」(※1)をこそ、ホメロスと呼ぶべきなのかもしれない。

 古代ギリシアの叙事詩は、ホメーロスの(正確には二大叙事詩の、と言うべきであろうが)登場によって一つの完成形に達したのであろう。その権威によって『イーリアス』『オデュッセイア』を語る言葉が固定化していったこと、それが二大叙事詩の『成立』という出来事なのであろう。

 紀元前六世紀ごろには、アテナイで何らかの編集、テキストの集成が行われたとされる。いわゆる「ペイシストラトスの校訂」と呼ばれる出来事で、こういった時期から、厳密なテキストの継承が行われることになったと思われる。その後紀元前三~二世紀ごろにはアレキサンドリア図書館においてアリスタルコスやゼーノドトスらをはじめとする学者によって研究が行われ、伝わっていたテキストの真贋の吟味といった形で、現代にいたる叙事詩の形が確立していったのであろう。


※1 中務哲郎:京都大學文學部研究紀要, 32(1993), 155-183

「ホメロスにおけるアポストロペーについて」

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/73061/1/KJ00000077815.pdf

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