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第8話 名も無き城砦攻防戦2

「蹴倒せ」


 成光がごく普通の声色で命じるのに合わせ、兵達が大盾や垣盾を蹴押す。

 大盾や垣盾は縄で括られており、落ちること無く引き上げられるが、その外側に積み上げられていた石塊は押し出されて一気に山肌を滑り落ちる。

 砦の壁に手を掛けて登ろうとしていた兵諸共、急な山肌を石塊が転げ落ちた。

 密集していた兵達は、為す術無く石塊諸共転げ落ちる兵に巻き込まれ、斜面から落下する。


 悲鳴があちこちで上がり、血飛沫と泥土が舞い上がる斜面。


 山肌には潰れた兵達がへばり付き、残りの者達は角の無い石塊と一緒に斜面を弾みながら転げ降り、山裾で指揮を執っていた荘禎高のいる陣営まで達して待機していた兵達の中に突っ込んだ。

 再び上がる悲鳴。

 斜面から土煙が去ると、そこには累々と倒れ伏した大章兵達の姿。

 前線の陣営の中も惨憺たる有様で、荘禎高自身も飛び込んできた石塊が割れた時に飛び散った石片で大怪我をしている。


「うぐっ……」


 うめき声を上げる荘禎高だったが、既に副官や周囲の兵達は死体となっており、彼を助け起こす者はいない。

 それを砦の見張り台に上って見る成光。


「指揮が乱れていますね。忠綱殿、御願いできますか?」

「うむ、任せたまえ……今泉衆、出るぞ」

「結希姉さん、直ぐに弓矢の援護を御願いします」

「分かったわ」


 成光の依頼に軽く応じ、今泉忠綱は長い深緑色の槍を侍臣から受け取ると、配下の兵達に声を掛ける。

 同じく成光の依頼を受けた十河結希は、配下の弓衆達に手を上げて合図を出すと弓射を開始した。

 十河衆による鋭い弓射攻撃が行われる中、100名あまりの今泉衆が城門を使わず一気に急斜面を駆け下り、混乱に混乱を重ねている犀慶将軍の先陣へ一気に襲い掛かった。


 いきなり始まった弓射攻撃で再び混乱を深める先陣の中へ、僅か100名あまりとは言え一騎当千の猛者揃いの今泉衆が忠綱を先頭にして飛び込んだ。

 士気高い猛者達が混乱して統制を失っている陣を猛烈に斬り立てると、たちまちあちこちから絶叫と悲鳴が上がり、血飛沫が上がり始める。


 忠綱が槍を振う度に敵兵の身体の一部が斬り飛ばされ、血煙が舞う。

 突撃などという表現が生やさしい猛攻に遭い、荘禎高率いる犀慶軍の先陣はたちまち壊乱し始める。

 今泉忠綱は武芸達者の稀代の者、そう賞されて早20年が過ぎた。

 しかし未だに自分は一介の地侍に過ぎない。

 刀槍の術を極め、近隣での戦に負けを知らず、真道家の侵攻軍を何度も退け大損害を与え、その真道家配下の武芸達者を何人も討ち取ってきた。


 それでも自分は先祖伝来の所領から出られない。

 小なりと言えど武家の棟梁としての責任もあるし、先祖伝来の所領を守らなければならないし、領民の生活や兵達の給料も維持しないといけない。

 もっと大きな舞台で自分の武芸を大いに振いたい、見せたい、いや魅せたい。


 その想いが年々強くなってきている。

 それは年齢を重ねて身体の好不調が如実に表れ、またかつて簡単に出来たことがし難くなりつつある辛い現実を目の当たりにし始めたからかも知れない。

 身体はまだ動く、そして、武芸は未だ磨き続けることが出来ている。

 自分はまだまだやれる、そう思っていたが、真道家の瑞穂国再統一が忠綱の思いに冷水を浴びせた。


 最早瑞穂国内で戦は起こりえない時代となったからだ。

 最早、自分が武芸を魅せる場が瑞穂国内に用意されることは無いのだ。

 そうした忸怩たる思いを隠し、弟子や兵の育成に傾注する中、大陸出征が起こった。

 家督を息子に譲り、自分に付いて来る古兵のみを率いて大陸出征に参加を申し入れたのは、ある意味最後の望みであった。


 その望みも今の今まで叶えられることは無く、石鷲長誠に邪険にされ続け、あまつさえ見世物としての武芸披露を強いられた。

 何たる屈辱!

 ただそれも今この時のための我慢と思えば許せる。

 黒江成光は自分の使いどころを誤らなかったようで、今泉忠綱は今勇躍している。

 鍛え上げた技と力を存分に発揮し、軽装の大章兵を大槍の柄で叩き、刃先で突き、けら首で打つ。


 自らが得た武芸の力を此の大陸で遺憾なく発揮し、瑞穂国で鍛えられし武芸とその体現者たる自分の、そして配下の者達の武名を轟かせる。


 それが今泉忠綱の戦場に立つ理由だ。

 そして、その戦場に自分が支えるに値する、良き将が立った。

 自分達の武名と共に、その将たる者の名をこの大陸に鳴らすべし。

 時折強力任せに振り回して槍の刃で周囲に血の雨を降らせながら、忠綱は咆哮した。


「我こそは瑞穂国壱之刀槍術の巧者なるぞ!腕に覚えありし者は大いに掛かりて来よ!」






 5000あまりの兵を擁していたはずの犀慶将軍先陣が、あっという間に石塊と忠綱率いる猛者の突撃で突き崩され、壊滅状態に陥ってしまった。


「義武殿は手筈どおり」


 頃合をはかっていた成光が、その隣で面白く無なさそうに壊滅していく敵陣を見つめていた義武に声を掛ける。


「おう、承知や。まあちょっと行ってくらよ」


 にいいっと不適な笑みを浮かべた義武は、待ってましたと言わんばかりに見張り台から下りると、配下の銃兵達を率いて砦の背後から出て行った。

 その頼もしい後ろ姿を見送ると、成光は再び眼前の戦いに目を転じる。


 結希の弓衆の攻撃が混乱の薄い場所へ的確に集中され、一騎当千の今泉衆が当たるを幸いに敵陣を攪拌するかのような勢いで攻め立てていた。

 敵先陣は完全に指揮系統を失い、既に後方の兵達は敵の本陣に向かって逃げ始めてもいる状況を見て、成光は退却の合図を出すことにした。


「今泉殿を退かせるぞ!吹流しを出すんだ!」


 




 犀慶将軍はあっという間に壊滅した先陣の様子を見て取り、次いで成された先陣壊滅の報告を聞いて怒り狂う。

 援護を出そうとした時には既に討って出てきた敵兵は城内に撤収してしまっていた。

 これでは清鈴智将軍の鼻を明かすどころか、命令違反を問われるだけでなく敗戦の汚名も被るはめになってしまう。


「気合いの足らぬ攻撃をしおって!最早勘弁ならぬわ!わし自らあの小砦の蛮族共を蹴散らしてくれる!わしの大矛を持てい!!」

「しょ、将軍!なりませんっ、敵は小勢と見えて意外に多いのかも知れませぬ」

「然様!ここは無理押しせず敵が侮り難きことが分かったことをもって良しとし、清鈴智将軍の依頼どおり平原まで退き、監視を継続致しましょう!」

「やかましい!このまま負けっぱなしでは面子が立たぬわ!」


 いきり立つ犀慶将軍を将官達が諫めるが、怒り心頭に発している当人は聞き入れることも無く、従卒が2人がかりで差し出してきた大矛を手にすると、押し止めようとする将官達を押しのけて陣の前へ出る。


「者共続け!蛮族共に思い知らせてくれる!!」

 





「来たで来たで、大したもんやで、成光の読み通りやのし。さすが曲者の息子やで」


 鈴木義武は砦とも城とも言えない奇妙な代物、自分達が籠もる拠り所を脇に眺めつつ、大章の将官達が多数揃う本陣の横で喜色を浮かべた。

 見ている間にも、大柄な大章の将軍と思しき者を先頭に、将官達が兵を従えて最前線へと向かっていく様子が見て取れる。


砦から出て程なく、尾根の突出した部分に着いた義武は、周辺に広く自分の配下の銃兵を散開させて潜ませていた。

 森になっているために見通しは非常に悪いが、そこは歴戦の兵士達。

 自分の思い通りの射線を確保して配置に就いている。


 その中でも一番見通しの良い尾根の天辺に、義武は大鉄炮と呼ばれる口径の大きな火縄銃を持って構えていた。

 近臣中の近臣2名を従え、尾根に陣取る義武。

 他の銃兵達も3名一組でめいめいの場所に隠れている。


「ほう、大者おおもんやな。あれやるで」


 義武は自分の声に頷く配下の2人を気配で感じ取り、すっと息を鎮めて狙いを付ける。

 義武は知らないが、彼が狙いを付けた者こそが東王軍でも猛将としてならした犀慶将軍その人であり、義武はその犀慶将軍の眉間に狙いを定める。


遠目にも周辺の将官に檄を飛ばし、兵を鼓舞して攻勢を建て直そうとしているのが分かる程目立つ犀慶将軍に、義武はこの軍の最高指揮官である確信を得た。

 照星を合わせて狙い澄ましたまま、引き金に置かれた義武の人差し指がゆっくりと絞られていく。

 パチンと発条が弾け、火皿に火縄が落ち、口薬に点火した。


 ずしんと手と肩に衝撃が伝わると同時に撃発音が轟き、閃光が吹き上がった白煙を衝いて伸びる。

 灼けた鉛弾は銃口から迸り出ると、義武の狙い通り真っ直ぐに飛ぶ。

 周囲に檄を飛ばしていた犀慶が、銃声に気付いたその直後、義武の方角を見たその眉間を鉛弾が突き抜けた。


 銃声の余韻が響く中、兜を突き抜けた鉛弾に伴い、後頭部から血の混じった脳漿を飛び散らせた犀慶将軍がゆっくりと大矛を取り落としながら仰向けに倒れていくのが目に入る。

 周囲の将官や兵が取り乱して犀慶に駆け寄るが、かっと目を見開いたまま、既に犀慶は事切れており、その様は一撃必殺、正に即死であった。


「月夜に霜の下りるが如く。我大章辺境にて武功を挙げんとす」


 地侍として蔑まれるのを良しとせず、義武は大陸に渡った。

 真道家に最後まで抗った者こそ瑞穂の武篇の者ではないか。

 そういった思いを強く持ち続けた義武と鈴木家。

 地侍衆が合議して降伏を決定した時も好待遇を受けることを想定していた。


 ところが現実は真逆だったのである。


 地位こそ真道家の直臣となったが、家臣や諸大名が義武ら地侍を見る目は厳しく蔑みを含んでいるものだった。

 地侍衆の中にはもっと早く降伏すべきであったと後悔する者もいると聞くが、義武はそうは思わない。


 武功が無いのであれば挙げれば良い、その為に大陸出征に参加したのに、石鷲長誠の元では良い配置に付けず、不遇をかこった。

 しかし石鷲長誠らは瑞穂国へ撤退しようとしており、最早地侍衆どころか自分を縛るものは何も無い。

 この大陸で鈴木鉄砲隊と義武自身の名を武功と共に高らかしめ、自分を見下した者達を見返してやる。


「幸いにも成光はよう出来た大将や。わいに大いに武功を挙げさせてくれるやろう」


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