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第5話 第2次北宣府近郊の戦い 4

「みんな、よく働いてくれた!ありがとう」

「何の何の、若様のためなら北の馬武者など屁でもないわい」

「まずまずの出来でしたな」


 成光が力戦をねぎらって回ると、それに嬉しそうに応じる黒江家の兵達。

 やがて騎馬部隊が完全に引き上げ、中央と南の各部隊も互いに撤退し始めると、ようやく戦場に静寂が訪れた。


 瑞穂国軍の本隊は今回の戦が引き分けに終わったのを見届けて撤退を始めており、成光達地侍もそれに追従するべく準備を始めようと考えている。

 そこに各家の頭領達が集まって来た。

 皆地侍身分の者達だが、ある者は当主であったり、またある者は当主の子供や親戚だったりなどとその地位は様々であるが、いずれもこの大陸出征に命を懸けている者達だ。


「成光君」

「結希さん。無事でしたか」


 成光に声を掛けてきたのは、黒江家とは親戚の十河家の長女で、十河隊を率いる頭領の十河結希だった。

 それに続いて続々と頭領達が集まってくる。


「皆さん、ご無事で何よりです」

「おう、お主こそ大事ないか?」

「あの垣盾と大盾の陣は良かったの。敵が戸惑っておったわい」

「済まぬが真似をさせて貰ったぞ。お陰で被害らしい被害も無い」

「号令も確かなものじゃ、頼もしいの。頼りにさせて貰ったぞ」


 成光が声を掛けると、頭領達が相次いで成光を褒める。

 しばらくお互いの武功を讃え、軍忠状や感状の作成をどうするかなどと話し合っていた頭領達だったが、やがて少しずつ静かになっていく。

 そして、瑞穂軍本隊が撤退した方向でもある、名も無き城と半島の方角に目をやった。

 次いで、撤収している瑞穂軍本隊の様子を見る。


「それで、これからどうするかね?石鷲の大殿様は兵を退いてしまったが……」


 他の頭領より頭1つ大きい今泉忠綱が問い掛けると、頭領達は全員が唸り声を上げた。


「このまま本軍についていくのが筋であろうが、我らは嫌われておるからの」

「まさか置き捨てにはするまいが、妙な罪をなすり付けられても困る。撤退の責任を負わされるとかな、冤罪とは言えその様な不名誉、闕所(所領取り上げ)では済まんぞ」

「石鷲の大殿様ならわしらを嫌い抜い取る故、やるかも知れんが、栗須水軍将がおるから無理じゃろう」

「かと言って、このままわしらがいない状態であれこれ難癖を付けられて論功を決定されるのも困るわ。小なりと雖もわしらも真道の直臣じゃぞ?」

「……誰もそんな風には思うておらぬがの。はあ」

「建前は大事ぞ。同格であることを言い立てれば誰も反論できまい」


 次々に意見や感想、想像が出るが、結論が出ない。

 そこに、石鷲長誠から使わされた武者が馬で駆け込んできた。


「今泉忠綱殿はおられようか!?」

「うん?わしじゃが……」


 その呼び掛けに皆が振り向く中、名指しされた忠綱が戸惑いを若干見せながらも冷静に応じる。


「大陸征討軍総大将石鷲長誠からの書状であります。栗須弘盛殿から今泉殿へ渡すよう仰せ付かりました!」


 返事をした今泉忠綱の元に、素早く馬から下りた使者は駆け寄ってそう言上すると、鎧の懐から書状を取り出した。

 訝りながらも今泉忠綱がその賞状を開いて読み下すと、僅かに顔をしかめた。


「これは誠か?」

「はっ、最初石鷲長誠様は私に誰でも良いから地侍に手渡せと仰せでしたが、栗須様が今泉殿へ渡せば良いとお教え下されましたので」

「うむ、委細承知した」


 使者がそのまま控えの姿勢でいるのを余所に、今泉忠綱は手元の書状を頭領達に公開しながら口を開く。


「総大将石鷲長誠からの書状であるが、何とも、妙な事よ。我らは殿を仰せ付かった。そして、その中で最も功のある者に出征時に拠点とした城とその周辺1万石が与えられるそうだ。郡代の地位も授けるとある」


 今泉忠綱の言葉を聞き、石鷲長誠からの書状を見てその内容が真実である事を理解した地侍の頭領達がざわめく。


殿しんがりとな?しかし、最早その役目は果たされたのではないか?」

「敵が撤退を完了するまでは居残らねばなるまい」

「もしや殿を役目にしての置き捨てか?この地で郡代などと名ばかりではないか」

「ううむ、これは……判断が難しいの」

「難しくはあるまい。単に我らは捨て石にされただけじゃ」

「撤退時の殿も命じられておる……わしら地侍は完全に貧乏クジぞ?」

「しかし此度の大戦で功成した者など、1人しかおらぬではないか」


 口々に言い交わす頭領達だったが、やがてその視線は忠綱が発した最後の言葉によって1つにまとまり始める。


「ふむ、そうか。そうであったな」

「うむ、頼もしき大将になろうぞ」

「そうやんなあ、若いが親父殿はあの曲者やしのう。期待は出来ようのう」


 義武が成光の肩を叩きながら言うと、棟梁達がうんうんと頷いた。 


「これは……その、ええっと」


 みんなからの視線を受けて戸惑う成光。

 十河結希がにっこりと微笑みながら横に立ってその肩に手を置く。


「分かってるでしょう?」


 その言葉は正に今この場にいる頭領達の台詞を代弁していた。

じっと自分を見つめてくるむさ苦しい視線に、とうとう成光が折れた。


「くっそ、分かりましたよっ、仕方ない。瑞穂の地侍衆!生きて瑞穂群島へ帰る為、この黒江成光に指揮権を預けて貰いたい!」

「うむ、この今泉忠綱、鍛えし武芸をもって役立とう」

「おうさ、わいら鈴木義武衆はしたごうちゃろ」

「十河結希、共に参ります」

「小童めがよう言いおったわ!寒河江義弘は従うぞ!」

「頼もしき大将じゃ。清水元通賛同致す!」

「入江孝行も賛同致す。気張るがよい」

「有馬博右衛門も賛同致す!」


 地侍の物頭達が次々に賛同したことで、地侍衆2千の指揮権は割りとあっさり黒江成光のものとなった。


「ではこの書状は成光殿へ渡そう」

「やった、成光君。これで大名様です」


 結希のはやす声に苦笑を浮かべつつ、忠綱から書状を受け取る成光に、棟梁達が賛同と祝意を示すべく、身に付けた鎧を叩いて音を出す。

 そこへ、北王の先触れの使者が現れた。


「北王殿下の御成である!控えよ!」


 続いて直ぐに現れた北王と護衛の兵達に、慌てて成光達地侍の頭領衆は下がって跪く。


「堅苦しい辞儀は必要ありません。この隊の将は誰ですか?直答で構いません」

「北王殿下は直答で構わぬとの仰せだ」


 北王、東香歌直々の下問を受け、武官が言う。


「はっ、なれば先程この隊の将に選出されました黒江成光と申します」


 それを受けて成光が答えると、北王東香歌は優雅な仕草で笑みを浮かべて頷くと、ゆっくり口を開く。


「黒江成光……殿ですか、覚えました。先程の戦い振りは実に見事なものでした。歩兵で騎馬を退けるのは至難の業と聞いています。しかしお陰で我々は左翼が敗走したにも関わらず持ち堪え、優勢な大軍の敵を退けて引き分けに持ち込むことが出来ました。些少ではありますが褒美を用意しましたので納めて下さい」


 東香歌の言葉を受け、武官達が大章銭が詰められた木箱と酒瓶、更には兵糧米を受け取る際に使用する交換手形を持って現れた。

 東香歌は手にしていた羽扇の陰から目録を取り出し、成光を呼ぶ。


「では、黒江殿。目録を交付しますからこちらへ……」

「はっ!」

「……!」


 顔を上げた黒江成光のなりを見た東香歌の顔が固まる。

 無骨ながらも洗練された瑞穂国の侍の礼儀作法で一旦頭を下げ、成光はゆっくりと片膝立ちのままにじり寄る。

 そして東香歌の目前まで近寄ると、再度ぐっと頭を下げてから僅かに顔を上げた。


 兜の目庇から覗く顔は、眉目秀麗とは言い難い。


 ただ戦塵に塗れていても強い目の輝きは消えず、それなりに整った顔立ちは親しみを感じさせる独特のものだ。

 厳しさと優しさが適度に混じり合った表情に東香歌はかつて大章大皇帝と称された祖父の面影を見る。

 一瞬、成光の顔と祖父の顔が混じり合ったかのように錯覚し、まじまじとその顔を見つめる東香歌に、周囲の武官や地侍達が訝しげな表情でその様子を見る。


「あの、失礼ながら北王殿下……どうなさいましたか?」


 成光の問い掛けに、はっと我に返った東香歌は、慌てて目録を差し出す。


「こ、こ、これをっ」


 どもりながら言う東香歌の顔は、羞恥かはたまた別の理由からか赤く染まっている。

 北王付の武官達だけでなく、地侍達もその様子に不審を隠せないが、唯一十河結希だけは何かに感づいたようで、険しい表情。


 目録を手渡す際に僅かに成光と手が触れた瞬間、ぱっと手を引く東香歌。


 成光は益々訳が分からず目録と続いて武官から手渡された手形を押し頂いたまま訝るが、顔を真っ赤にした東香歌からの説明はもちろん無い。

 そして、何故か従姉である結希の視線がきつい。


「はあ、どうも……有り難き幸せに存じます」


 何ともしまらない有様だったが、戸惑いながら言葉を返すと、成光は目録と手形を手にしたまま、ゆっくりと片膝立ちのまま下がる。

 その間じっと自分を見つめてくる北王は無言のままで、何を考えているのかよく分からない。


 最初の饒舌さは何だったのか。

 何にせよ、これで義理は1つ返せた。

 後は撤退を願い出て、名も無き城に入るのだ。


「では、我らはこれより本隊を追い、拠点に引き上げます」


 成光がそう言上すると、思い掛けない言葉が返ってきた。


「それは……困ります。今後も何とか助力を頂くわけにはいきませんか?」

「北王殿下!?何を仰いますか?」


 他ならぬ北王本人から、思い掛けない言葉を掛けられて驚く成光ら地侍衆よりも早く、側付の武官が驚きの声を上げた。


「瑞穂軍は既に撤退を始めております。しかもこちらの楊将軍部隊が崩れたからとは言えよりによって戦の最中に持ち場を離れたのですぞ!援軍でありながら、これは重大な背信行為と言えましょう!協力関係は最早これまで」

「それは今一度協議を持たねばなりません。我々の持つ軍兵は精々3万から良くて5万。瑞穂国の援軍なしに南王や西王、東王と戦えないのですから」


 北王の指摘に武官達が悔しげにうめく。

 それまでは北の騎馬部族との協力関係があったので、他の王に伍する兵力を集め得たのだが、それが崩れた今、瑞穂国の軍が退いてしまえば北王の兵力は一気に目減りしてしまう。

 しかし、大章国からすれば南海の蛮族と蔑む瑞穂国に決定権を委ねかねない事態は面白くない。


「私は反対です。最早瑞穂国との信頼関係は切れ申した。これ以上頼み事をするのは沽券に関わりましょう」

「それに、頼んだところで聞き入れるかどうかは別の話。あの動きを見ている限り、瑞穂軍に大陸に関与する意向はもう無いのではないか?」

「しかし北王殿下の仰るとおり兵の数で我らは著しい劣勢に立たされることになる。せめてどこかに駐留だけでもして貰わねば、敵勢力の遠慮の無い侵攻に晒される羽目になりかねん」


 武官達が口々に自分達の意見を述べ始め、思いがけず争論の場となってしまったことに成光らは驚くと共に戸惑う。

 成光達としても本隊から離れてしまった今の状態を何時までも続けるわけにいかないので、敢えて口を出すことにした。


「協議の意向は私から伝えられますが、我々は軍の意思決定に関わっていませんので、どうなるか分かりません。とりあえず本隊と合流したいので……ん?」

「……使えませんか?」

「ううむ」

「そうですな、このくらいであれば……あるいは」


 口を挟んだ途端、北王配下の武官達と東香歌が一斉に成光を見る。

 戸惑う成光と地侍達を余所に、東香歌は武官達に意味ありげな視線を向けた後、成光にゆっくりと話しかける。


「黒江成光殿に、我が方から今回の武功に報いるために位を授けたいと思うのですが」

「それはお断り致します。一時的な銭や米などの褒美の品については裁量次第と言われておりますが、御味方とは言え他国の官位官職を受けることは出来ません」


 即座に辞退する成光を好ましいものを見るような目で見つめ、東香歌は羽扇を口元に持ってきてから言葉を継ぐ。


「では、総大将の石鷲殿に書状を送ります」

「私がお持ちすることは出来ませんから、そちらで使者を立てて頂きたいです」


 雲ゆきが怪しくなり始めたことに気付いた成光が固い声で応じると、東香歌は笑みを浮かべたまま言う。


「そう冷たくしなくてもよいではありませんか。しかしながらその言は尤も。こちらで石鷲殿に使者を立てましょう……そうそう、位に付随してあなた方が拠点にしている場所の統治権も与えますから、そのつもりで」

「……それに関しては私に何かをいう事は出来ません。それこそ協議をして下さい」


 東香歌の更なる爆弾投下に、成光は苦い顔でそう言うと、再度頭を1つ下げて辞去の言葉を小さく述べ、地侍達を引き連れて東香歌の前から下がる。

 その姿を見送り、東香歌は満足そうな笑みを浮かべてから周囲の武官を引き連れて自陣に戻り始める。

 途中、武官が東香歌にひっそりと話しかけた。


「北王殿下、あの若者を取り込むというのは良い考えですが、本人はなかなかに筋が通っておりますようで、見たところ簡単にはなびきますまい。瑞穂国に悪い印象を持たれるかもしれませんぞ」


 成光をある意味褒めたその武官の現に、東香歌は顔をほころばせる。

 周囲の武官がその様子を見て顔をしかめるが、気にした様子もなく東香歌は言う。


「大丈夫でしょう……彼らは地侍という下位の者達。厄介払いにこの地へ送られたとも思えます。おそらく瑞穂国は彼らをこの地に残す事自体に反対はしないでしょう。直ぐに書状をしたためますから、使者を選んでおいて下さい。彼らが本隊に合流する前に石鷲とやらに書状を届けねばなりません」

「彼らの居残りを先に決定させてしまうのですな?」


 我が意を得たりという風情で別の武官が応じると、それに頷きながら再び東香歌が口を開く。


「成光殿が言うとおり、彼ら地侍が意思決定に関われないというのは本当でしょう。蔑まれている上に厄介者扱いを受け、更には私たちからの依頼……位と官職の授与を知れば、石鷲殿は恐らく不快の念を抱くはず。その結果、彼らの意向に関係なく彼らをこの地に残すことにするでしょう」


 浅ましい政治的謀略だが、今の東香歌にとっては必要なことだ。

 少しでも、僅かな兵でも構わない。

 瑞穂国が未だ北王の側にあると示す勢力が、東大陸に僅かなりとも存在しているということが必要なのである。


「斯くて彼らは本隊に置き捨てられ、我らの礎となる。実に不憫ですな」


 武官が鼻を鳴らしながら言うと、東香歌は少し沈んだ様子で言う。


「仕方ありません。多少なりとも彼らの言う名無しの城に瑞穂兵が居残れば、敵勢力は瑞穂の援兵を恐れてあの地をまず落とさずにはおれなくなります。そうしなければ北宣府を包囲している隙に、瑞穂国から背後を突かれかねませんから」


 しかし、瑞穂国の思惑はどうあれ、彼ら地侍が最後まで残って戦い抜いたのは事実。

 劣勢になり、敢えなく撤退した瑞穂軍本隊に置き去りにされたとは言え、敵勢力の突破戦力であり、決戦戦力でもあった騎馬部族を追い返したのは特筆すべき功績であろう。


 今また同盟軍でありながら辞去の挨拶も述べないまま兵を退き、総撤退に移ろうとしている石鷲長誠らに比べ、男気と誠意を大いに示し、その存在感を高めた地侍達。

 彼らを罠にはめて居残るよう仕向けることになってしまうのは大変に心苦しいが、ここは情を捨てるべきところであろう。


「敵を引きつけて貰うのですな」


 武官の言葉に、東香歌は僅かに渋い表情を造り、頷きながら言う。


「彼らには負担を掛けた上で申し訳ありませんが……結果的にはそうなります。その間に私たちは北の部族を説得して再度こちら側へ付かせ、諸方と交渉を持って支援を得、大章国内の味方を増やすべく手を打たねばどうにもなりません。それが成し遂げられなければ、彼らの命運はさておき、私たち自身が明日の日を迎えることも出来なくなってしまうでしょう」


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