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第4話 第2次北宣府近郊の戦い 3

「騎馬は直ぐにここまでやって来ますぜ!ご決断を!」


 正兵衛の叫び声に、成光は歯を食い縛って答えない。

 もう手の届くような位置に近付く騎馬部隊を睨み据え、発砲の機を窺う。


「若!」

「まだだ正兵衛!まだだっ!」


 馬蹄の音が轟き、空中からだけではなく地面からも伝わる震動が身を震わせた。

 それこそ指呼の間に至るまで、成光は耐える。

 兵達も大盾や垣盾の上から鉄炮の筒先を覗かせたまま、歯を食い縛って恐怖に耐えている。

 陣としては一番最初に構築してしまったため、成光ら黒江家の小陣が最前列にあり、他の地侍達は黒江家に習うべく一挙手一投足を見守っているのだ。


 ここで無用の遠鉄砲を撃って、恥を晒すわけにはいかない。


 出来うる限り敵の騎馬を引きつけ、一斉射撃で相手の突進力を止めるのだ。


 馬蹄が迫る。

 待つ。


 馬の鼻面が見える。

 待つ。


 敵の歯の1本1本が見えるようになり、装備の細かい装飾が見える。

 待つ!


 馬の蹴立てる土塊の粒が見える。


くすべちゃれ!」


 成光が御国言葉丸出しで発砲を命じると、黒江家の陣営から雷鳴もかくやと言うほどの轟音が轟き、赤い閃光が真っ直ぐ騎馬部隊に伸びた。

 白煙がもうもうと上がり撃発音の余韻が残る中、周囲の地侍達の陣からも次々に発砲が起こる。

 熱く焼け、銃口から放たれた鉛弾は、武芸達者の地侍達が狙い澄まし、かつ騎馬部隊を限界まで引きつけた甲斐あって狙い過たずことごとくが命中する。


 一つ一つの陣に備えられた鉄炮は30から50だが、全体で見れば1000丁近い鉄砲から熱い鉛弾が一斉に放たれたのだ。

 騎馬部隊が壁に行き当たったかのように突進を止められ、倒れる馬体や兵が後続を巻き込んで倒し、更にその後続が地面に積み重なった味方に行き足を止められた。


「弓衆!放てっ。鉄砲組は下がって弾込め!」


 成光が号令するのと同時に、他の陣からも矢が放たれ、混乱している敵の騎馬部隊に突き刺さる。

 混乱に拍車が掛かり、落馬する者や逃げる者も出始めた。


「若!玉込済たまこめすみましたぜ!」


 正兵衛の報告を聞いた成光は、間髪入れずに命じる。


「撃て!」


 再び轟音が各陣から轟き、白煙と閃光が大盾と垣盾の間からほとばしる。


「弓衆は引き続き射続けよ!鉄炮衆は玉込!」


 おうという野太い返事が兵達から戻ったのを聞き、成光は敵の騎馬部隊を見る。

 各陣から2回目の射撃を受けたことで混乱は既に極致に達しており、行動がバラバラになっているのが見て取れた。

 そして、騎馬部隊の最大の持ち味である速度と突進力は既にに失われている。


「突撃!」


 垣盾と大盾で出来た陣の内、支持架のついていない大盾を前に蹴倒し、刀を抜き放ちつつ成光が短く叫ぶと先頭を切って走る。


「あっ、若!また先駆けしやがった!ええい、続け続け!」


 正兵衛が慌てて兵と共にその後追をうと、やはり機を同じくして刀槍を持った武者達が各小陣から飛び出して騎馬部隊に襲い掛かる。

 混乱している騎馬兵をあたるに幸いと刀で切り伏せ、槍で突き通し、馬を引き倒し、突き崩して兵を討ち取る地侍達。


 血煙と絶叫が上がり、獰猛な武士達の振う刀や槍が陽光にきらめく。

 騎馬部族はそれでも部隊を建て直そうと試みるが、あまりの激烈な突撃と瑞穂侍の強力な武技に押され、何時もの剽悍さを発揮できない。

 一際大柄で口ひげと顎髭を蓄えた威丈夫が周囲にわめき散らしているのを見て取った成光は、狙いを定めて駆け寄った。

 あれ程の猛撃を受けながら未だ馬上にいたその威丈夫に、成光は鋭く刀を振う。


「ぐうっ!?下郎っ!わしを……」

「知らぬっ!瑞穂国、地侍黒江成光!」


 膝部分の横側、鎧の隙間を切られて成光に気付き、怒りの口上を上げながら蛮刀を振うその50絡みの威丈夫。

 成光は一撃目をかいくぐってやり過ごすと、足に力が入らず体勢を崩した威丈夫の横顔を切りつけた。

ばっさりと布を叩くような音がし、威丈夫がうめき声を上げながら馬からずり落ちる。

 止めを刺そうと駆け寄った成光に、近くにいた若い騎兵が気付いた。

 そして威丈夫が馬から落ちているのを見て目を剥くと、凄まじい叫び声を上げながら馬を成光に向けて走らせ、馬上から蛮刀の斬撃を見舞う。


「おっとお!?」

「殺す!」


 余裕を持って躱した成光を見て目を怒らせた若い細身の騎兵は、更に目を怒らせて蛮刀を振るが、その手の甲を思い切り刀の峰で打ち据えて蛮刀を落させると、痛みに顔をしかめる若い騎兵の隙を突いて鐙を斬った。


「あっ!?」


 怪我をした威丈夫の上へ落ちる若い騎兵の胸元を成光が刀を横に振って切ると、ぱっと血が飛び散った。

 周囲の騎馬兵達が怒りと悲嘆の叫び声を上げる中、成光は刀の血糊を振り飛ばして構えなおした。   

 女のような悲鳴を上げる若い騎兵に怪訝な顔を向けつつも、成光はそれ以上深追いをせずにうめく威丈夫と睨み付けてくる若い騎兵に言う。


「……運が良ければまた戦場で!」

 

 そこへ玉込の終わった鉄砲侍が駆け込んできた。


「引け!放て!」


 短い命令が相次いで発せられ、三度みたび火縄銃が火炎を伴って咆哮する。

 辛うじて抵抗の姿勢を示していた兵達がばたばたと討ち取られると同時に、再び喊声と共に瑞穂侍が刀槍をきらめかせて強烈な攻撃を仕掛ける。

 その猛烈な連続攻撃にとうとう精魂折られ、たまりかねた騎馬兵達が退却し始める。

 多数の犠牲を出し、全く北王本陣に打撃を与えられずに這々の体で退却する騎馬部隊。

 

 成光が見ていると、討ち漏らした威丈夫があの若い騎兵に馬の上へ引き上げられ、逃げるのが見えた。

 成光はそれを目で追いつつも全体の敵の動きを十分に観察してから、退却が偽装でない事を確かめ、配下の武者達に命じた。


「深追いするな!自陣に戻れ!」

 


 北王直卒の兵を率いて前に出てきた東香歌は、瑞穂国の地侍達の戦いを目の当たりにして軽い感動に包まれていた。

 少数の兵で優勢な北方の騎馬部族の突撃を跳ね返したその手際は見事と言う他無く、また色合い鮮やかな異国の武装にも目を引かれる。

 

 劣勢続きで負け続き。

 

 ようやく瑞穂の援軍が得られ、彼ら主体で戦った北元関の戦いを始めとする計3回の大戦も見事だったが、今回のように劣勢の中で士気高く敵を跳ね返したその武威に心が躍る。


「あの者らは?」

「あれは……南海の蛮族共の中でも身分の低い者達で、地侍と呼ばれております」


 自分の問いに嫌そうな声色で答える武官。

 しかしその武官を一瞥もせず、問いの際に少し弾んでしまった声を気にしつつ、東香歌は陣の中央で周囲や騎馬部族の動向を油断無く観察している黒江成光から目を離さないまま言う。


「南海の身分は分からないのですが、見事な働きぶり。功を賞さねばなりませんね」

「北王殿下、お戯れが過ぎますぞ?」


 窘めるような響きを持つ声色に、東香歌は不思議そうにその武官を見て問い掛ける。


「不思議ではありません。あの者達……ジサムライというのですか?彼らが北からの騎馬突撃を防いでくれたからこそ、今ここに私たちが何事も無く立って居られるのでしょう。違いますか?」


 それもそのはず、誰が見ても敵の迂回攻撃主体である騎馬部族の突撃を防ぎ止めるばかりか、多大な損害を与えて退却に追い込んだのだから、その武功は極めて大きい。

 それを理解している武官達であったが、それをなした者達が自分達の同僚や同胞ではなく、ましてや蛮族と蔑んできた南海の孤島に住まう者達で、しかもその中でも更に身分の低い者達である事から、素直に賞賛する気持ちになれないのだ。


「いえ、違いませんが……彼の者共は南海の瑞穂国の者です。しかも身分が低い。北王殿下が直接お会いになるような者達ではないのです」

「それはおかしいではありませんか。功を賞さねば他に示しが付きません。ましてや我々が援を乞い、その結果はるばる海を越えやって来た者達の一員なのですよ?」

「いや、それは……」


 反論の余地の無い言葉に武官達が顔をしかめつつ口々に再度身分違いや大章国人ではないことを理由に直接会うことを止めるよう説明するが、東香歌は首をゆっくりと左右に振る。


「この苦境にあって他国の者達が懸命に働いてくれたのです。ここは是非とも功績を大いに賞し、その労苦をねぎらって我が方の励みとしなければなりません」

「……分かりました。大章銭と兵糧、酒を用意させます」

「ありがとう、では向かいましょう」

「へっ?」


 成光らへの褒美を用意しようとした武官が、東香歌の言葉に間抜けな返事を返す。

 周囲の武官達も東香歌の言葉に呆気にとられているが、その姿を気にした様子もなく東香歌は成光らの陣に向かってすいすいと歩き出した。


「お、お待ち下さいっ。まだ戦は終わっておりません!」

「南と中央の我が軍も劣勢ながら何とか持ち堪えた様子です。北の騎馬部族の突撃を防ぎ切った今、戦は一旦終わりではありませんか?」


 確かに戦は膠着状態に陥っており、引き分けの様相を呈している。

 瑞穂国軍も退いたとはいえまだ戦場に残っており、陣をしっかりと敷いている様子は不気味ですらある。


 それは恐らく敵側も同じ思いであろう。

 敵の本陣も動いておらず、恐らくこのままお互いに様子を見合って最後は徐々に撤収となるはずだ。

 それ程離れている場所でも無い地侍達の陣に赴いても、もう危険は無いと言える。


「それでも危のう御座います。褒美は我らから手渡します故、東王殿下はここでお待ち下され」

「いえ、待ちません。直ぐに向かいますから、褒美の品は準備出来次第持参して下さい」


 武官は引き留めようとするが、東香歌は意に介さずに歩き続ける。

 慌てて護衛の兵達が付き従い、武官も仕方なく褒美の品を準備するよう配下の兵に言いつけて東香歌の後を追うのだった。

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