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第0話 大陸出征前夜

 中央歴103年3月20日 大章帝国主都 照京


 東大陸にその歴史と力を誇る大章帝国の都、照京。

 水路が縦横に張り巡らされ、赤い瓦屋根が連綿と続き、黄色いレンガや石垣が市街地を形作る。

 平底の舟が様々な荷物を積んで行き来しており、道路には馬車や牛車、徒歩の人々が大層賑やかに行き来している。

 路面は全てが灰色の角石を敷き詰められた舗装道であり、雨でも足下が汚れることは無い。

 碁盤の目状に仕切られて区分けされた街路と街区が隙間無く立てられた建物によって埋められ、時折設けられた水路と組み合わせた形の池を持った公園が息をつかせる。

 豪華絢爛な世界帝国大章の首府。

 しかしそこは今正に東からやって来た荒々しい軍兵によって踏みにじられようとしていた。


「皇帝陛下!」

「何事ですか、騒々しい。御前ですよ、落ち着いて話しなさい」


 紫紺の大章服を淡い青色の帯でまとめ、本来腰まである長い黒髪を男の管理と同じように結い上げ、金色の冠で留めた細身の年若い女性が落ち着いた声色で言う。

 肌色は淡く儚げな印象を与えるが、大きく切れ長の黒目や細いながらもくっきりとした眉、高い鼻梁に引き結ばれた赤い唇が意志の強さを表わしている。

未だ20代半ばに見えるこの女性こそが、東大陸において千五百年の歴史と軍事、経済、文化の強大さで並ぶものの無い大章帝国を率いる宰相。

 皇帝の姉でもある北王東香歌だ。


「こ、これは失礼を致しました。皇帝陛下、宰相東王殿下」


 慌てて謁見の間に入ってきた官吏が咎められたことに恐縮して拝跪すると、東香歌は傍らの皇帝座に座る弟でもある大章帝国皇帝の東嗣正に顔を向ける。

 まだ少年と言ってよい体付きではあるが、整った目鼻立ちに快活そうな笑みを浮かべる東嗣正。

 皇帝冠を頂いて黄色の大章服に身を包み、まだ身体に比して大きな皇帝座に就いている彼は、東香歌の視線を受けて小さく頷くと、感謝の思いを目で返してから言葉を発する。


「よい、報告せよ」


 皇帝の明朗な声に官吏は更に恐縮すると、報告のために口を開いた。


「はっ。皇帝陛下の成人の儀に参列する予定でありました東王東厳君の謀反です。既に宰相府を制圧し、主要な官庁を押さえた東王の手勢がここに向かっておりますっ」


 謀反を起こした東王東厳君は皇帝と東香歌の叔父に当たる人物であるが、皇帝の位に対する野心を隠そうともしていなかった人物だ。

 しかしこのような形での簒奪を目指す程頭が悪い人物ではないはずだった。

 武力での簒奪など、官吏や民人の支持が得られないのは火を見るより明らかであり、東厳君は野心こそ在れそのような下手を打つような人物ではないからである。

 それが油断に繋がったと言われればそれまでだが、東王は皇帝の成人の儀の参列に際して五千の兵を護衛として率いて照京に滞在している。


「南王と西王はどうしていますか?」


 同数の兵を持つ他の王達の動向について東香歌が問うと、官吏は顔を歪めてから言う。


「南王と西王は東王に荷担しております……」


 南王と西王も東王と同じく皇帝と東香歌の叔父に当たる。

 しかしこの2人には目立ったところがない凡庸な人物であり、皇帝の位を狙うような大それた真似は出来ないと東香歌が見切っていた者達だ。

皇帝位と言うより地位向上と大宮殿の財貨を狙った所行だろう。

 ただ、この混乱の中で東王に呼応して挙兵したとなれば、一万五千もの兵が照京で反乱に荷担したことになり、状況はかなり悪い。


 東香歌は一瞬頭が真っ白になるような衝撃を受けた。


 しかしこのまま手を拱いていては皇帝の命が危ないことは東香歌でなくとも容易に知れる。

 もちろん宰相として、皇姉として現政権を支えてきた自分の命は言うまでもない。


「禁衛軍を招集できますか?」

「恐れながら、禁衛軍の本営は既に東王が押さえてしまいました。集められるのはこの大宮殿におります500程の僅かな禁兵だけでございます」


 東香歌の問いには官吏とは別に謁見の間に控えていた武官が答える。

 東香歌は一瞬形の良い眉を寄せ悩みの表情を見せたが、すぐに決断すると指示を出す。


「皇帝陛下、ここは無念ではありますがやむを得ません……我が北王領北宣府へ一旦逃れましょう。我が北王兵五千が照京北門前に駐留していますから、この兵を使いましょう」

「分かった、姉上の言うとおりにする」


 危機に至っても落ち着いて答える弟の姿に成長を見て取り、東香歌は僅かな笑顔を浮かべるが、一瞬後には厳しい表情で武官と官吏に告げる。


「官吏はすぐに伝國璽と大章全図を持って来なさい。武官は禁兵をすぐに集め、謁見の間の前で賊徒を防ぎ止めるのです」

「は、はいっ、直ちにっ」

「はっ!お任せ下さい」


 官吏が慌てて謁見の間を退出し、武官が近くの禁兵に指示を出すのを見てから東香歌は弟である皇帝に顔を向ける。

 皇帝東嗣正は一つ頷くと皇帝座から立ち上がって口を開く。


「では姉上、行きましょう」











数刻後、大章帝国首都照京、大宮殿謁見の間



 大章帝国皇帝の叔父に当たる東王東厳君は、鎧兜姿で皇帝座を腕組みのまま眺める。


「東厳君様」


 その後ろ姿に同じく鎧兜姿の威丈夫が声を掛けた。

 東厳君は腕組みをといて両手をそれぞれ腰に当てて向き直ると、機嫌余下げな声色で応じる。


「おう、武錻鋭か、どうだ?」 

「だめです。恐らく北宣府を目指して逃れたとは思うのですが……全く足取りがつかめません。郊外の北王兵も姿を消しました」

「ちっ、つくづく厄介な姪っ子だな……香歌め」


 申し訳なさそうに頭を下げる配下の将官である武錻鋭に一転して不満げな顔で言う東厳君に錻錻鋭が報告を続ける。


「それと……南王殿下と西王殿下の軍兵が宮殿内や都で乱暴狼藉をしております」

「くっそ、すぐに止めろ、何考えてやがるんだあの馬鹿どもはっ」


 指示を出してから吐き捨てる様に言う東厳君へ、武錻鋭は軽く頭を下げて応じた。


「既に阻止するように兵には命じましたが、何分合わせて1万の兵となります。こちらの倍にもなる兵を阻止するには相応の時間が掛かりますから、略奪や乱暴狼藉は完全に防げません」

「ふん、後で民人に対する補償はそれぞれの取り分からやらせてやる……手が足りないなら清鈴智の3000も呼び込め」

「宜しいのですか?北王の探索と追跡は如何しますか?」


 密かに隠していた兵を呼び込むように指示を出されたことに、武錻鋭は片眉を上げてその意図を問うと、東王は不機嫌そうに言う。


「仕方あるまい。ここの統治は我々がする事になる。今は既に取り逃がした皇帝や北王のことより都の安寧優先だ……香歌め、命拾いしたな」

「そう言えば照京の中に北王配下の兵はおりませんでしたな」


 武錻鋭の言葉に、東王はゆっくりと皇帝座に近付きながら言う。


「北王は五千の兵を郊外に待機させていただろう。最初は挙兵の障害が少なくなったと良い方に考えていたが、今思えば……忌々しいが、皇帝と北王はこれで取り逃がしてしまったな」


 言葉を終えると同時にどっかりと皇帝座に座る東王は、畏まる武錻鋭に言う。


「まあ、今はこれが手に入っただけでも良しとしよう」







中央歴103年4月18日 大章帝国北王領北宣府


 照京から遠く離れた北宣府の東香歌の元に、東王が着々と地盤を固めているとの知らせが入ってくる。

 商人達の行き来は今も辛うじてあるものの日ごとに先細り、東王が北王領を締め上げるために流通を制限し始めていることが実感として知れた。


 北王領も決して貧しい土地ではない。


 照京の置かれている中原から考えれば確かに地味は薄く、農作物の実りは少ないが、北王領の需要を満たすには十分であり、たとえ中原との流通を制限されても独立してやっていく事は可能だ。

 それに加えて西方との交易路もある事から、必要なものは西方諸国か買い入れることも可能である。

 しかしながら先進的な工業製品、特に武器屋防具の類いはやはり中原の物品に一日の長があり、今から戦いとなるであろう事を考えれば、これを完全に押さえられてしまうのは痛いと言わざるを得ない。


 西方から武器防具を購入することも出来るが、大章の兵制に合わない物も多く、また兵の体格や武技に合う物を探す必要がある上に輸送費が上積みされてしまうので割高だ。

 北王領で得られる収入は当然中原に劣るため、中原を押さえた東王と軍備においてはこれから差が開く一方になってしまう。

 照京に残らせた間諜からの書状をてにしたまま、東香歌は溜息を吐く。


「これはもう……あの国をこの東大陸に引き込むほかありませんか。幸い近年政権が統一されたとの知らせも入っていましたし、上手くいけば味方に出来ましょう」


東香歌は再度溜息を吐いてから書状を机に置くと、巻紙を引き出して筆を執るのだった。









 中央歴103年7月5日 楠翠国香月郡香月村、大楠屋敷


 南北と東を山脈に囲まれた広大な平野の中央。

 平野の北の山脈に沿って瑞穂国でも有数の大河、大岐之川おおきのかわが東から西へと流れ、遠浅の海へと注いでおり、その河口の南岸には多数の船舶が停泊する湊がある。

 大岐之川の氾濫によって生み出された地味豊かな沖積平野である楠翠平野には、村落があちこちに存在し、中心地には一際規模の大きい国府がある。


 瑞穂国の中心地である京府けいふにほど近く、京府に続く大河の河口にあって、波穏やかな内海と大洋の両方に開けた楠翠国は、古来から水運や海運の中心地として栄えてきた。

 そして南方部族の血を引いた勇猛果敢で不屈の武者が育つ地でもあった。

 

 そんな楠翠国の国府の中心には、大きな城郭とも見紛うべき屋敷がどっしりと構えられている。

 深い水堀と分厚い土塀を巡らせて櫓を随所に設け、その上には弓を装備した軽装の武者が詰めて周囲を油断無く見渡している。

 古代豪族の時代から連綿と続く楠翠国守護家の梓弓氏の屋敷である。

 形はほぼ正方形で正門には両脇に櫓が設けられており、その正門をくぐると大きな広場に出る。

 正面には政庁と居住区を兼ねた母屋があり、入って左側に武者詰所と家人達の住まい、それに少し離れた場所に馬房があり、右側には武具や兵糧を集積している蔵が建ち並んでいた。


 戦乱の時代が120年続き、瑞穂国は北から南、西から東まで荒れ果てた。

 その中でかつての貴族や役人、はたまた在地の有力者が天下取りに名乗りを上げては潰れ、あるいは潰され、あるものは残り、そしてあるものは滅びた。


 そして天下を制したのは、採蕗国の守護代家であった真道長規。


 真道長規は採蕗国の守護家を滅ぼし、近隣諸国を瞬く間に平らげると、北先道や北平道の肥沃な大地を押さえ、その力をもって西進して京府に入府する。

 肥沃な大地を押さえた後は京府を押さえ、更にはその近隣の近坂を押さえて商業的経済力をも手中にした真道長規。

 北に南に東に西にと部将と呼ばれる高位家臣を派遣して全国を制覇したのだ。


 ここ楠翠国を中心に勢力を伸ばした梓弓氏もそうして勢力を拡大し、ついには朝廷を押さえて全国に号令を掛けた真道家の武威に屈して配下に収まった。

 真道長規に対し手強く戦い続け、その真道長規をして和睦に近い形での降伏にしか持って行けなかった梓弓氏の武名は高く、またその力を侮れないと見た真道家からは格別の厚遇を受けている。


 しかしながら降伏は降伏。


 天下の覇権争いに名乗りを上げるまでに拡大した所領は楠翠国以外は全て取り上げられ、一時は200万石に達していた梓弓氏も今や50万石あまりの中堅大名に過ぎない。

 とはいえ既に戦乱の時代は終わり、瑞穂国には平和と安定がやって来るのはもう時間の問題。

 戦うべき敵が国内に無くなった今となっては、さして問題とはならないはずであった。







 畳詰めの上座に座った真道家の使者である石鷲長誠に、下座で使者を迎えたこの館の主である梓弓武盛あずさゆみたけもりは軽く頭を下げたまま眉をひそめる。

 というのも使者の読み上げた真道家当主であり、今や瑞穂国の執権となった真道長規からの命令である奉書とされるものの内容が突拍子のないものであったからだ。


「大陸出征ですと?」


奉書の内容を聞き終えて使者が口上を述べた後に姿勢を戻し、真っ直ぐと使者を見つめて言う梓弓武盛に、使者の長である石鷲長誠は得意げに頷いてから言う。


「如何にも、楠翠守護職の梓弓家には陸兵1000に水軍を出して頂きたい」

「……真道長規様は正気を保っておいでですかな?」


 無表情でそう返した武盛に、長誠は見る見るうちに顔面を紅潮させた。


「何をっ、無礼な!降り大名ずれがっ!!」

「い、石鷲殿、御平らかに願いたい」

「やかましいわ!わしに指図するでないわ、この端武者めがっ!おいっ、梓弓っ!そもそもお主が意義申し立てる出来るような立場にあると思うておるのか!弁えよ!!」


 使者の1人が慌てて激高した石鷲長誠を窘めるが、長誠の激昂と悪口は止まらず、罵詈雑言をわめき散らしている。

 しかし図らずも挑発した形になった武盛は涼しい顔で使者達の様子を眺める。

 石鷲長誠は真道家でも文治の家柄であり、戦場で武盛と直接相見えたことは無い。


 武盛の見るところ、長誠を窘めたのは石鷲家中でも武闘派で鳴らした源馬隆元であろうが、彼の者であれば幾度か戦場でぶつかったことがある。

 おそらくは武盛の武威を正しく知っているが故に長誠を諫めたのだろう。

 その源馬隆元も武盛が怒っていないことを見て取って、ほっと胸をなで下ろしているが、長誠の悪口雑言は止まらない。


「……!!分かったかこの愚か者が!」


 ようやく長口上が止まった事を見て取り、武盛は息も荒々しくこちらを睨み付けている長誠に対してゆっくりと口を開いた。


「一向に分かり申さぬ」

「な、何いぃっ!?」


 再び顔を怒りでどす黒く染めた長誠であったが、とっさに言葉が出てこないのを確認してから武盛は自分の言葉を続ける。


「大陸出征など百害あって一利無し、言葉も違えば風習も違う、人も違えば考え方も違うのですぞ。ましてや大陸はこの瑞穂とは比ぶべくもなく広く、果てなき大地が広がる。大陸を征服するなどと言うのであれば、この瑞穂国を空にする程の兵や物を費やしてようやく成るかどうかというもの。そしてそれ相応の手立てや計画がお有りになるのかどうか、遭っても成功などするはずも無し、ということです」

「何を言うか!此度は大陸にある大章の政変とそれに伴う混乱に乗じ、一方に味方してするものじゃ。味方が居るのだから大事はあるまいぞ」

「その考え方は危険ですぞ。いくら味方であるとは言え外つ国の者を完全に信用しきるのは得策とは言えませぬ。それに与する派閥が有利か不利か分かっているのですかな?」

「そ、それは……」

「そもそも、我が家への命令は真道長規様はご存知なことのか?」


 言い淀む石鷲長誠に畳みかけるように問い掛ける梓弓弘盛。


「こ、これは……そう、根回しじゃ!」

「根回しという言い回しではありませんでしたがな。根回しに過ぎぬのに、まるで命令であるかの如くの御振る舞い、しかも穏やかに話をせずわしに悪口雑言を放ったようですが、如何?」

「う、うぐ……」

「それでは長規様の書状などはないのですか?」

「……ない。根回しじゃからな」

「話になりませぬ」


 呆れ顔になる弘盛に源馬隆元は申し訳なさそうな顔で弘盛に視線を送り、石鷲長誠は怒りに顔を朱に染めて弘盛を睨み付けてくる。

 弘盛とて数カ国を切り取り、天下を目指した戦国大名の1人。

 おおよそ何かの利権に釣られたのだろう石鷲長誠は大陸出兵に向けて下準備を始めたが上手くいかず、参加者を無理矢理増やそうと試みたのだろう。

 しかし石鷲長誠は真道家の功臣だ。

 このまま無碍にする訳にも行かないだろう。

 梓弓弘盛は思案した風を装った後に口を開く。


「……石鷲殿の持ち来た話に同意する訳ではないが、大陸出征には利もあり申す」

「お、おう?」


 突然風向きが変わったことに動揺する石鷲長誠へ、弘盛は畳みかけるように言う。


「戦の世も終わりが見え、国中に侍共が余っておりまするが、此奴らをどうにか安定した職に就けなければ何をしでかすか分からぬという懸念がありまする。放っておけば動乱や謀反の温床ともなりましょう。この余った侍共を新たな地へ入れることが出来れば、つまりは新たな国を開けば宜しかろう……それには地侍共を投入するが良かろうと存ずる」

「ほ、ほほう?」

「もちろん当家も支援致しますし、かつて配下に入れておった地侍に話を通しましょう。このお話を石鷲殿の発案として長規様に話してみては如何でしょうか?」


 弘盛の話に長誠はそれまでの同様から立ち直り、そして頭を働かせる。

 確かに弘盛の話た剣は今後の真道家の課題になるだろう。

 余った武力や武力を持った人間があぶれるのは戦乱が終われば当然のこと、それを見越しての政策として大陸出征を献策すれば良い。


 真面目な開拓には金がかかる、瑞穂国を統一したばかりの真道家の力を削ぐようなことは出来ないから、ここは棄民策を執る。

 もちろん、棄民である事を察せられれば乗ってくる者などいなくなる。

 棄民である事をごまかすために大名衆も兵を出さなければならないだろうが、そこは切りの良いところで止めて引き上げれば良い。

 大陸に地侍を残して切っ掛けを与えれば、新たな戦場を求めて主無しの侍達は大陸へと勝手に渡るだろう。


 しかし長規には全てを話す訳にはいかない、あの仕えづらい主は身内には極めて優しいのだ。

 一旦自分の配下になった者達を見捨てるような策は許すまい。

 弘盛の献策どおり開拓を行うための出兵と言うことで長規には説明し、自分が総大将になって大陸に渡れば良かろう。

 後は地侍に罪でも被せて懲罰的な居残りを命じてしまえば策は成る。

 

 そして大陸に出征すれば、略奪は元より北王からの礼物も貰えるであろうし、大陸出征を主導した者として北王や大章との繋がりも出来る、その後は交易で便宜を図らせればよいのだ。

 瑞穂国側の交易も当然長誠が仕切ることになり、莫大な口利き料や運上が懐に転がり込むことだろうから、最初の狙いである長誠個人の経済的な利潤も得られる。

 真道家の兵や懐を痛めず治安悪化の原因である無頼共の棄民を果たし、更には長誠にも相当・・の利益がある良い策だ。

 最初は梓弓家を焚き付けて真道家を動かそうと考えていたが、それよりも余程巧く事が運ぶ策があったとは、と長誠はほくそ笑む。

 こうなったら逆に梓弓家を巻き込むのは不味い。

 真実が漏れても困るし、大陸出征で活躍されて得られる利益が目減りするのも巧くない。

 梓弓は外して地侍だけを巻き込もう。

 梓弓の後ろ盾の無い地侍など恐れる存在ではない。

 そこまで考えて笑みを自然に作る長誠に、弘盛が眉をひそめる。

 長い沈黙や表情の変化に訝しげな表情を向けてくる弘盛に気付き、長誠は慌てて笑顔を向けると口を開いた。


「これは梓弓楠翠守護殿には良き策を授けて頂いた。弘盛殿の献策ではあるが、お話どおり早速わしの発案として長規様に献策を致そうぞ。いや、今日はここまで来た甲斐があった」

「……それはようございました」


 弘盛は長誠の態度に不信感を抱きつつも、献策自体は自分の発案で行うと言うことなので、そう応じる他ないのだった。



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