漫才「落とし物」
漫才・コント35作目です。よろしくお願いいたします。
交番に市民が入っていく。
市民「あのおー。これ、拾ったんですけど」
警官「落とし物? なんだよ、めんどくせえなあ」
市民「お忙しいところ、すみません」
警官「他にも交番あるだろ、他所に持って行ってくれ」
市民「ここのすぐ前に落ちてたんですけど」
警官「ちっ、仕方ねえなあ」
市民「お願いします」
警官「なんで拾っちゃうかねえ」
市民「持ち主が困るかなって」
警官「置いてるだけかもしれないだろ」
市民「そういうこともあるかもしれませんが・・・」
警官「戻してこい」
市民「そのドアの前ですよ、いいんですか?」
警官「駅の向こう側の方がいいな。置いてきな」
市民「それはできません」
警官「わかったよ。じゃ、ここ置いて」
警官が机を指さす。
市民「はい」
市民が置く。
警官「まったくもう、何でもかんでも拾ってくるんじゃないよ」
市民「そんなこと言われても、歩いていたら落ちてるのが目に入っちゃったんですから」
警官「ちゃんと前向いて歩いてないだろ。余所見なんかしてっから、余計なものを見つけちゃうんだよ」
市民「すみません」
警官「見なかったことにしてやり過ごすっていう考えは浮かばなかったのか?」
市民「ほっとけない性分なんで」
警官「まあ、今日のところはしょうがない。受け付けておくから、帰っていいぞ」
市民「書類作らなくていいんですか?」
警官「あとでやるよ」
市民「拾い主のこととか、書かなきゃいけないでしょ。私を帰したらできませんよね」
警官「やけに詳しいな」
市民「ちゃんと手続きしてください」
警官「わかったよ」
落とし物に手をやる。
警官「なんだこれ? 服みたいだな」
市民「そのようなんですけど、ちょっと変わってますよね」
警官「かなりのだぼだぼだ」
市民「最近の流行なんでしょうか?」
警官「こんなのがはやるもんかよ」
市民「すみません、ファッションには疎いもんで」
警官「色だって白なんだか銀色なんだか、どっちなんだ?」
市民「どっちつかずですね」
警官「結構重いぞ」
市民「ヘルメットまでついてますね」
顔を見合わせる。
警官「これって、宇宙服じゃねえか?」
市民「宇宙服?」
警官「だぼだぼのつなぎに丸いヘルメット。テレビでしか見たことないけど、確かこんなかんじだったような」
市民「そうですよ。たしかに宇宙飛行士が着ているやつですよ」
警官「やっかいなものを拾ってきやがったなあ」
市民「すみません」
警官「やっぱり遠くに持って行って、落としなおしてこいよ」
市民「そんな無茶な」
警官「元々落ちていたものだろ。もう一回落として何が悪い」
市民「ここに届いたのも何かの縁ですから」
警官「そうだ、これ、あんたのものということにしよう。よく見てみろ、な、見覚えがあるよな。落とし主はあんただ。持って帰って寝巻に使いな」
市民「捕まっちゃいますよ」
警官「思い出した、これ落としたの俺だったわ。いやあ、拾ってくれてありがとう。じゃあ、そういうことで」
市民「それが通用するとお思いですか?」
警官「うーん、書類作るのが面倒なんだよなー」
市民「お仕事でしょ」
警官「鉄砲打ったり、パトカーを乗り回していればいいと思って警官になったんだよ。事務作業があるなんて、考えもしなかったんだ。いわば、だまし討ちに合ったようなものだな。被害者といってもいい」
市民「だったら、落とし主を見つけましょ。持ち主にこれを渡せれば書類は無しということにしましょう」
警官「宇宙飛行士が何人いるか知ってるのか?」
市民「百人くらいでしょうかね、よくわかりませんが」
警官「それをひとりひとり当たっていくのかよ。だいいち電話帳の職業欄に宇宙飛行士が載ってるか?」
市民「そんなことしなくても、今現在宇宙に行っている人を当たってみればいいでしょ」
警官「それで済むのか?」
市民「たぶん衛星から落ちてきたものでしょうから」
警官「なんでそう決めつける」
市民「だって、地上でこれ着て歩いたりしないでしょ」
警官「俺だったら着るかも」
市民「今は真夏ですよ」
警官「だから暑くて脱いだんじゃないかな」
市民「着た時点で脱ぐに決まってます」
警官「暑くてたまらないか」
市民「そりゃそうですよ。やっぱり宇宙ですよ」
二人して上を見上げる。
警官「ちょっと問い合わせてみるか」
市民「そうしてください」
警官が電話帳をパラパラとめくって、電話器に手を伸ばす。
警官「もしもし? JAXAの落とし物係ですか? 衛星から宇宙服の落とし物の連絡入ってませんかね?」
警官「今のところないってよ」
市民「そうですか」
警官「はい、はい、なるほど、へー、わかりました、はい、お願いします」
警官が電話を切る。
市民「なんて言ってます?」
警官「NASAとか、各国の関係先にもあたってみるから待っててくれってさ」
市民「もしもですよ?」
警官「もしもなんだ?」
市民「持ち主がみつからなかったら、貰えたりするんですかね?」
警官「欲しいのか?」
市民「もちろん」
警官「規定では、貰えるのは三か月待ってからになるぞ。それは知っているよな」
市民「ええ」
警官「ただし今回はどうかなあ。物が物だからなあ。持ち主、現れるんじゃないのかなあ」
市民「ですよねえ」
警官「落とし主だって、必死に探していると思うぞ」
リーン
警官「はい、こちら宇宙服捜索本部ですが。ああ、そうですか、はい、わかりました、はい。ちょっと待ってください」
警官「残念だったな。持ち主が見つかったそうだ」
市民「そうですか」
警官「なくしてしまったことにするか? そうすれば渡さずに済むぞ」
市民「無理がありますよ。返しましょう」
警官「持ち主はひまわり10号にいたってさ」
市民「日本の衛星でしたか」
警官「干しているときに、太陽風で飛ばされちゃったんだって」
市民「宇宙服って、干したりするものなんでしょうか?」
警官「うっかりコーヒーをこぼしちゃったんだとさ。念のため名札を確認してほしいって言ってる」
市民「あったあった。茶色くにじんでいますけど、名札がちゃんとついてます」
警官「そこにこぼしちまったんだな」
市民「丗山と書かれています」
警官「確認しましたよー。丗山さんですね? ちなみに、ひまわりって、お天気衛星でしたよね。人なんか乗ってましたっけ? なるほど、修理に行ってるんですか。ほおー、晴れの予報を多めに出すように調整をね。サービス向上というわけですな、気象庁の努力には頭が下がりますなあ、ははは」
市民「どこに届ければいいのか聞いてください」
警官「そうだ、届ける途中でなくしたことにしようか」
市民「そんな度胸はありません」
警官「ちぇっ。届け先を教えてください。なるほど、今から紐を地上に垂らすんですね、そこにつなげばいいんですね」
市民「なるほど。引っ張り上げるわけですか」
警官「宇宙エレベーターの原理だな」
二人で空を見上げる。
市民「お、紐が来ました来ました」
警官「すげえ」
市民「かなり強力な洗濯ばさみがついています」
警官「一人で挟めるか?」
市民「よいしょ。なんとかできました」
警官「よし、引っ張っていいぞー」
警官が電話口で指示を出す。
市民「上がってく、上がってく」
二人で見守る。
警官「あ、俺も一緒に登ればよかったなあ、せっかく宇宙に行くチャンスだったのに」
市民「今度拾ったらそうしましょう」
警官「任せたぞ」
市民「はい」
警官「ちゃんと二着拾ってくれよな」
市民「はいはい」
読んでいただき、ありがとうございました。