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私はあなたと恋をする  作者: 白菊備前
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「またTwitter?」

「うん。今DMでやり取りしてて男を引っ掛けてるんだ」

「趣味悪いなあ」

「今度星見る約束した」

「ふっ!よくやるわ!ちゃんとやらんとストーカーされるんじゃね?」

「その前に切るわ」

体育館上部の観客席に散らばった荷物の中、短い体操ズボンと短い半袖を着た2人の男子高校生が談笑している。

「いつ始めたアカウントなんだっけ?ていうかスマホ買ったの高校になってからだろ?」

「そうそう。んで、クラスの友達からTwitter勧められてさ。やってみたらそいつにいきなりフォロワーの乞食RTかけて貰えていきなりフォロワーがブワッと増えてさ」

「うん」

「そっから楽しくて。最初よく分からんから丁寧語でツイート繰り返してたら男から女だと思われてて。訂正するのも面倒だからそのまま行ってたらこいつが引っかかった」

「ええ…。それは訂正したほうがいいんじゃね?」

「いや、面倒だし」

嘘だ。そんなに面倒ではない。訂正しなかったのは心のどこかで広く認知されている偽りの自分に酔っているからだ。性別が誤認されていようが別に気にしない。それに女を演じられる自分にも自分が演じている女にも愛着が湧いてきたところなのだ。

「ふーん…。まあこの部活でフォロワー数□千人行ってるやつお前しかいないしな。俺なんか数十人程度しかおらんしよくその世界は分からんわ」

「ふっ」

「まあいいや。そういえばこの前の数学の課題……、ん?あれ先生呼んでね?」

「ほんとだ」

「…今日勝てるかなあ」

「さあ。俺はバレー始めて間もねえし。まあ今日のとこそんな強くねえし勝てるんじゃね?」

「はは。じゃあ引き続き速攻しっかり頼むわ」

「このまま試合出れたらな」

スマホをエナメル製のショルダーバッグに仕舞った後、タオルで身体の汗を拭き私とチームキャプテンの彼は下フロアのコートに向かう。

この日は部活の練習試合だった。朝から夕方まで通しで試合、試合、試合。

月の土日は殆ど部活で消費されていてゲームが大好きだった私はそれが本当に嫌だった。

練習試合の結果は覚えていない。試合が終わった後どう帰ったのか、彼と談笑しながら食べた昼食が母お手製の弁当だったのかコンビニのおにぎりだったのかウィダーだったのか、誰がその試合を仮病で休んだのかも覚えていない。

その試合に出たのかどうかすらも覚えていない私がでは何故、このしょうもないやりとりを覚えていたのか。理由は今も分からない。

ただその彼との談笑の記憶以外を覚えていたとしても、それはきっと良いものではなかったと思う。

人は嫌な記憶を優先的に忘れていくらしい。

多分これはそういう事なのだと思う。



私は弱かった。

というのも、私は特段運動神経が良い訳ではなかったからだ。

加えて、何を思ったのか中学ではバスケットボールをしていたのにも関わらず高校では男子バレーボール部に入部したからである。顧問の先生から怒られ凹んで帰るのは日常茶飯事だった。

「高校から始めてあんたはよくやってると思う。あの子も最初はこんなんだったし」

あの子、というのは私の妹の事だ。妹は小学生からバレーボールをしている。

才能もあるようで、中学進学ではスポーツ推薦を受けるようコーチから指南を受けるほどだ。

しかし、私は妹が美術系の進路に進みたいことを知っている。勉強ができない代わりに私の妹にはスポーツ、芸術のセンスがある。私が好きな漫画やゲームのキャラクターを、私より何倍も上手く描ける事を知っている。

彼女が小学生から独自に漫画を描き、それが面白い事を知っている。

「辛かったら言いなよ。辛い思いしてまで続ける必要はないんだから」

「…おう」

俯いていて気付かなかったが、車はいつの間にか大型スーパーの駐車場に泊まっていた。

部活を怪我を理由にズル休みして車で学校から家まで送って貰っていたのだ。

晩御飯買ってくる、と母親と父親が車から降りる。

「何がいい?」

「…何でもいい」

父は仕方なく笑うと車のドアを施錠した。


「俺って何なんだろう」

両親が見えなくなって小さく呟く。

勉強はできる方だった。だから県内有数のこの進学校に入学できた。成績も最初はトップだった。東大に入れと担任にけしかけられ、有志のセミナーにも参加した。その旨を伝えるとお世話になった塾の先生も喜んでいた。

でも今はなんだ。自問する。

ボーダーギリギリだったが妹もこの高校に進学してきた。勉強の苦手なあの妹がだ。今では女子バレーボール部に入部し先輩から可愛がられている。

更に私の唯一の取り柄だった勉強も成績の降下という形で失われかけていた。

両親は部活の所為だと言う。本当かはわからない。だがそんな事はどうでもいい。

実際問題私はお荷物だった。全ての点で、だ。

特進コースで受けていた英語、数学の授業もたった今日、コースの変更を打診された。

あの時の先生の怪訝な顔は忘れられない。

それでも尚、私は情けないプライドを守るためにコース残留を伝えたが正直、もう特進コースの授業、特に数学はついて行けていない。テストの点数による強制降格も時間の問題だ。

部活でお荷物になっているのは前述の通りである。私には優れた運動神経も無ければ他メンバーが中学で積んできた経験も無い。妹のようなセンスもありはしない。

俺は一体何がしたいんだ。

何の為に生きているんだ。

そう考えれば考える程深みに嵌っていく。

答えなんて出る訳がない。あの時の私は高校2年生である。思春期特有の悩みは、皮肉にも思春期真っ只中の当人達には絶対解けない。外からの援助が必要なのが通説である。

尊敬する恩師、友達、両親。外野から当人を観察する彼、彼女らに助けを求めるのが無難である。

だが私にはそういう事は出来なかったのだ。

「分けちゃえ」

そんな事を言った気がする。

夕日が赤かった。信じられない程赤い夕方だった。それまでの人生で見たことのなかったその夕日を車の窓枠から見て私はそんな事を言ったのである。言う事に決めた。



この日から私の中で何かが大きく変わった気がする。というのも、私の中で明瞭に記憶に残っている高校生活がこの出来事以降のものだからだ。言ってしまえばそれ以前、私は死んでいたのかもしれない。

或いは生きていなかったのか。

殻を破った、一皮剥けた、人が変わった、目の色が変わった…。世には人が対外的に大きく変化した事を肯定的に言い表す言葉が無数に存在する。事実、私はこの後、目の覚めるようで目眩く高校生活を謳歌する事となるのだが、一言に「あー、良い高校生活だった!」とは括れない私がいるのだ。

それは客観的に見れば間違いなく一般的水準の等身大な高校生活である。断言できる。私は普通だった。

普通の高校生だった。

普通に悩み、普通に成績が上下変動し、普通に部活で苦しい思いをし、引退試合ではベンチから同級生を応援する事になったがそれも一興だったと今では思う事ができる。

だが一点。

ここに文章を興したのは、それでも私の高校生活に「普通ではない」点があったと判断するからだ。

嫌いな人間にも好きな部分があったり尊敬できる部分があったりする。好きな人間にも嫌いな部分があったり辟易する部分があったりする。それがきっと「普通」にも然りだった、という事だ。

均して嫌い、が総じて嫌い、ではなく、均して好き、が総じて好き、と言う訳ではないのと同じように。

均して普通、は、総じて普通、ではないという事だ。

所詮普通の高校生に起きた出来事全てが普通という訳ではなかったのである。

更に、類は友を呼ぶが、友しか呼ばないとは言っていない。

普通が奇跡を呼ぶ事もあるのだ。

その少しの、普通ではなかった何かが小さな奇跡を起こし、その小さな奇跡がまた別の何かになり、やがては大きな普通を飲み込む事もあり得るのかもしれない。花咲か爺さんのようで、実に夢がある話だ。



さて、私がこれから話す事はあくまで私基準の「普通じゃなかった」出来事の一連だ。そもそも私が普通ではなかった場合、この「普通じゃなかった」出来事は根底から覆るだろうが、そんな事をいちいち言っていては1+1の答えを探す事さえままならなくなる。仮定の上に仮定を重ね嘘に嘘を重ねながら今、人間が生きているように、取り敢えずここでは私は「普通である」事にしてもらいたい。

前置きももういい加減聞き飽きただろう。

さあ、夢のある話をしようじゃないか。

夢みたいな本当の話をしようじゃないか。

この話が仮に嘘だったとしても何、心配する事も憤る事もない。

この世は所詮、仮定の上に仮定を重ね嘘の上に嘘を重ねた砂上の楼閣のようなものだ。

金では腹も性欲も抑えられないが、この紙切れが無ければ私達は腹も性欲も満たせない。そんな頓珍漢な世界に生きている。

そんな砂上の楼閣の上に立った見えないオブジェに踊るほど、君達は暇じゃ無いはずだ。

金が必要と言うのなら、金を稼ぎに行こうではないか。

これがオブジェというのなら、しっかり鑑賞しようではないか。

嘘も楽しまなければ損。私はそういう事を言いたい。


道案内は練習してきたので、お付き合い頂けると幸いである。

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