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「聖女なら、さっき町の入り口で会ったけど……なにかあったのか?」
ヴァージルは小さく「ここにもいないか……」と呟いたあと、リアムに一枚の紙を差し出す。
「ライラがいなくなった。僕の魔法で感知できないようにしているみたいで、居場所がまったくわからないんだ。そして……ライラの部屋にこれが置いてあったんだよ」
ヴァージルから紙を受け取り、それを見た。
『ヴァージルへ
わたしは一足先に王都に帰ることにしました。そこでわたしは勇者を見つけたのは勘違いだったと報告します。だから、リアムに勇者にならなくてもいいのだと、伝えてください。魔王のことはわたし一人でなんとかするから、リアムは自分の目標に向けて頑張って欲しい。今まで振り回してごめんなさい。ヴァージルもしばらくお休みが取れるようにわたしの方から言っておくので、故郷でのんびりしてください。
ライラ』
手紙の内容を読んだリアムは愕然とした。
「おい、これって……」
「……本当にバカだよね、あの子。ここまでバカだとは思わなかったけど。それに無駄に魔法が使えるし」
苛立ちを堪えるように言ったヴァージルは、深く息を吐くとリアムに背を向けた。
「ジル、どこに行くんだ?」
「ここにいないってことは、もう町を出ているってことでしょ。一人で王都に帰るなんて無謀もいいとこだよ。十年前に似たようなことして、それで記憶を失くしているくせに」
「記憶を失くした……?」
聞き返したリアムに、ヴァージルは素っ気なく答える。
「前にデイミアンが言っていたでしょ、ライラがいなくなったことがあったって。その時、相当無理して魔法を使ったみたいで、戻ったあと三日間寝込んで、目が覚めたらここ数日の記憶が曖昧になっていた。無理して魔法を使った代償だね。その時に魔法石も失くしちゃったから、余計に魔法を使うのに力が必要だったんだろうね」
「……」
十年前の記憶がないのだとライラが言った時、裏切られた気分になった。だが、それは仕方のないことだった。
考えてみれば、王都に近いとはいえ、ここから王都までは結構離れている。子どもの魔力量でここまで飛んで来るというだけですごいことなのに、ライラは往復した。いくら聖女といえども、相当の無理が必要だったはずだ。
「僕はライラを探しに行くけど、リアムはどうする?」
そう問いかけたヴァージルの目は、どこか試すかのようだった。リアムはその問いに対し、口が勝手に動いていた。
「俺も行く」
リアムの答えにヴァージルはどこか満足そうな顔をする。
それに対し、答えた本人は自分から出た台詞に一瞬戸惑ったが、すぐに父親を見た。
「親父、俺──」
「皆まで言わなくともわかっている。町の連中にはオレから言っておくから、気にするな」
荷物はもうまとめてあるんだろ、と言う父にリアムは頷く。
「助かる。ジル、荷物持ってくるからちょっと待っててくれ」
「ん、わかった」
ひらひらと手を振ったヴァージルを見て、リアムは自分の部屋から荷物を持ち出す。早めに支度をしておいて正解だった。
ヴァージルの元に戻り、リアムたちが店を出ると、ケイトと出くわした。
「リアムたち、どうしたの?」
不思議そうなケイトに、リアムは素っ気なく答える。
「……もう町を出ることにしたんだ」
「え……? ま、待ってよ。出発は明日でしょ? それに、今夜はうちでお別れ会が……」
「悪い、急いでるから」
リアムはそう言ってヴァージルに行くぞと声をかけると、さらにケイトが呼び止めた。
「待って! またあの子がなんかしたの!?」
「……ケイトには関係ないだろ」
少しだけ苛立ち、そのせいで言葉も刺々しくなってしまう。だが、こうしている間にもライラは一人でいるのだ。いくら聖女といえども、一人でいるのは危険だ。
「かっ、関係あるわ! あたしはリアムの幼なじみだし、それにあたしは……」
「おまえの話を聞いている場合じゃないんだよ。もう行くから」
腕を掴んでいるケイトの手を払い除けて進むと、背後からケイトの叫び声が聞こえた。
「そんなにあの子が大事なの!?」
その台詞にリアムは足を止め、振り返る。そして、真顔で言い放つ。
「ああ──誰よりも大事だ。十年前からずっとな」
そう言うなりリアムは再び歩き出した。そのあとをヴァージルが続き、ニヤニヤとしながら話しかける。
「へえ? そうだったんだ? 十年前ってなんのこと?」
「……うるさい」
「もしかして、リアムが杖を作ろうとしていることに関係あるのかなぁ? ねえ、どうなの?」
「……」
こうなったヴァージルは無視をするのに限る。下手に答えると揚げ足取りになりかねない。
だんまりを決めたリアムを、ヴァージルはずっとニヤニヤとして見つめ、リアムはそれにとても居心地の悪い思いをするのだった。
◆ ◆ ◆
こっそりと町を抜け出したライラは、慎重に歩いていた。
ヴァージルの魔法に感知されないようにするのにも集中力が必要になる。
だが、かといって周囲の注意を疎かにすると、魔物の餌食になりかねない。魔王の復活が近づいているためか、近頃は魔物の動きが活発化しているため、余計に注意が必要だった。
「ヴァージル怒っているよね……あとですごい怒られそう……」
だけど、ああする以外になかった。ライラの説得では頑固なところのあるリアムは頷かないだろうし、幼なじみであるヴァージルに説得してもらった方がリアムも納得しやすいだろう。
リアムは自分の目標に向かって頑張って欲しい。そのためにライラも頑張ろうと決めた。
「わたし一人で魔王を倒す! 聖属性魔法が使えるようになったんだし、頑張ればなんとかなる!」
聖女だけで魔王を倒した事例はない。そもそも、魔王は勇者でないと倒せないというのが通説だ。
だが、それは聖属性魔法が確立する前の話だ。歴代の聖女たちが試行錯誤を重ねてきちんとした聖属性魔法が生み出された今ならば、勇者がいなくても魔王を倒せる可能性があるはずだ。ライラはその可能性に賭けている。
「頑張って魔法の特訓をすればきっと勝てる……リアムがいなくても、わたしは大丈夫」
繰り返して口に出すと、なんとかなる気がしてくる。
よしっ、と頬を叩いて気合いを入れ、一歩踏み出した時、左肩がズキンと痛み出した。
「いったぁ……! しまった、また発作が……!」
左肩を押さえて蹲る。いつもよりも酷い痛みで魔法も上手く使えそうにない。
(ヴァージルに居場所がバレちゃう……ううん、それよりも危険なのが……)
グルルルッと、獣の唸り声が聞こえる。どうやら、もう魔物たちが集まり出しているようだ。
肩の痛みはまだ引かない。だが、このままなにもしないわけにもいかない。なぜならライラは聖女で、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。
「諦めるわけにはいかない! やれることはやらないと!」
ライラは深呼吸をし、ポシェットから杖を取り出す。
痛みはまだある。だが、そんな泣き言を言っている場合ではない。
(集中! 集中して!)
グルリと魔物に囲まれているのを感じる。ならば、その魔物すべてを殲滅させるしかない。
(火の魔法はだめ。火事になってしまう……だから、それ以外の魔法で!)
ライラを囲んだ魔物たちが一斉にライラに襲いかかる。それをライラは杖を一振りする。
「切り裂け!」
風の刃が魔物たちを襲う。何体かは倒せたが、まだまだ魔物は減らない。
飛びかかってくる魔物から宙に浮かぶことで避け、ライラはさらに新たな杖を出して魔物たちに向ける。
「雷よ、射抜け!」
雷光が魔物たちに降り注ぐ。それでほとんどの魔物を仕留めたが、それを上回る数の魔物たちがまた新たに現れた。
ライラは杖を次々に変え、魔物たちを仕留めていくが、発作が続いている影響か、魔物の数は減らない。
とうとう杖は最後の一本になってしまう。これで魔法を使ったら最後。次からは魔法を制御することはできない。
発作も大分収まってきている。あと少し耐えれば、魔物の数がこんなふうに増えることはなくなるはずだ。ならば、発作が収まるまで魔物たちから逃げて、発作が収まったところで魔物たちを一斉に仕留めるべきだ。
しかし、発作が起きている間、ライラは魔物たちから身を隠すことは叶わない。数えきれないほどの魔物たちに囲まれた中で逃げ切ることは難しい。
(積み、ってことかな……ううん、まだ諦めるのは早い)
杖がなくても魔法を使うことはできる。ただ制御が難しく、使ったあとは魔力が枯渇状態になりしばらく動けなくなってしまう。つまり、ライラが魔法を使えるのは最大であと二回ということになる。
(あと二回で魔物をすべて仕留めるには……だめだ。発作のせいで、結構魔力が消耗していて考えがまとまらない……)
発作を収めるにも魔力が必要だ。そのため、ライラの体力も限界が近づいていた。
──もう、諦めてしまおうか。
そんな考えがふいに過ぎり、ライラは首を横に振る。
諦めるのはだめだ。さっき、リアムのために頑張ると決めたばかりなのに、それをこんな短時間で覆すわけにはいかない。
「なんとか……しなくちゃ」
──考えろ。この場を生き延びることだけを。
「……魔物たちはわたしを狙うから、自然と周りに集まってくる。なら、発作が収まるまでこの場を凌いで、収まったら杖なしで魔法を使って一気に片付ける……」
一気に片付けられなかった場合、ライラは魔物の餌になるだろう。リスクは高い。でも、これ以外に方法が思いつかないうえに、考えている時間もない。
「やるしか、ない……!」
ライラは最後の一本の杖を構え、一番強固な光の障壁を作る。
これでしばらくは耐えられる。あとは一秒でも早く発作が収まることを祈るだけだ。
魔物たちはライラ目掛けて突進を繰り返す。その猛攻に、次第に障壁にもヒビができる。
(あと少し……! お願いだから、あと少し保って……!)
祈るように杖を握る手の力を強める。
しかし、その祈りも虚しく、障壁はパリンッと音を立てて砕け散った。
「あ……!」
まだ発作は収まっていない。だが、一か八かで杖なしで魔法を使うしか、ライラに生き延びる術はない。
覚悟を決め、ライラは魔法を放とうとしたが、それよりも早く魔物たちがライラに襲いかかってきた。ほんの一瞬の迷いのせいで、魔法を発動するのが遅れてしまった。
(だめ、間に合わな──)
狼に似た魔物が大きな口と鋭い爪をライラに向けて振りかざす。その様子をライラは諦めに似た境地でただ見つめた。
ライラによくしてくれた人たちの顔が思い浮かび、最後に屈託のないリアムの笑顔が浮かんだ。
そういえば、一度もリアムに名前で呼ばれたことがなかったな、という現実逃避のような考えが浮かんだ瞬間。
「──ライラ、伏せろ!」




