8
リアムのところから戻ったライラは、荷物をまとめることにした。
明日にはこの町を出る。そのように王都の方にも連絡をしており、ようやく見つかった勇者をもてなすために、今頃バタバタしているのだろう。
半月もいなかったこの町だが、ライラはここの温かい雰囲気がとても好きで気に入っていた。デイミアンが退役してこの町に越してきたのもわかるような気がする。
またこの町に来たいな、と考えながら、部屋を片付ける。もともと荷物をそれほど持ち込んでいたわけでもないため、荷造りはあっという間に終わった。
最後に町を歩こうと思いつき、ライラはぶらりと歩き出す。
町を歩けば、すっかり親しくなった町の人たちが声をかけてくれる。ここの町の人たちはライラのことを聖女だと知りながら、特別扱いをすることもなく、普通に接してくれるのがありがたかった。
「明日で帰っちまうんだねえ……寂しくなるなあ」
「えへへっ、ありがとう。また来るね」
「おう、いつでも待ってるぜ、ライラちゃん」
「リアムをよろしく頼むよ」
「ちゃぁんとリアムを捕まえておくんだよ」
「うん」
温かい街の人たちの言葉を嬉しく思いながら、ライラは罪悪感でいっぱいになった。
ライラさえ来なければ、リアムは自分の目標を達成することができた。勇者はいないと困るから、いずれはリアムも自分が勇者だと申告したかもしれないが、それでもそれはまだ先だったはずだ。
あの時、ライラが発作を起こさなければ、リアムは明日もまだこの温かい町にいられたはずなのに。
ライラは町の入り口付近まで来て、足を止めた。
この辺りでライラはリアムと出会ったのだ。あの時のことを今でも鮮明に思い出せる。
やっと会えた──そう、嬉しく思ったことを。
「ここにいたのか」
背後から声が聞こえて、ライラは振り向くと、そこにはリアムが立っていた。まるで、あの時と同じように。
「リアム……」
「町の皆に挨拶でもしてたのか?」
「うーん……そんなところかな。この町の景色を見るのは見納めかなと思って」
「大袈裟だな……また来ればいいだろ」
呆れたように言うリアムに、ライラは曖昧な笑みを浮かべた。
すると、リアムが眉を寄せる。
「……なあ。なんで、そんな顔してるんだよ」
「そんな顔って?」
「辛いのを我慢している顔」
リアムの言葉にライラは目を見開く。そして、にこっと笑う。
「この町とお別れするのが辛いからかなあ?」
そう言ったライラに、リアムはさらに眉間の皺を深くした。
「誤魔化すなよ」
「誤魔化してなんて……」
ないよ、と言う前にリアムに強く腕を掴まれ、ライラは顔を顰めた。
「リ、リアム……? ちょっと痛いんだけど……」
「……んでだよ」
「え?」
リアムの言葉が聞き取れずに聞き返すと、リアムと目が合う。その瞳に宿る強い光に、ライラは目を逸らせなくなった。
「なんであんたがそんな顔をするんだよ! 俺が勇者になることを一番望んでたのはあんただろう!? なのに、なんであんたがそんな辛そうな顔をするんだよ!?」
「ぁ……」
リアムの言葉に、ライラは咄嗟に返せなかった。
確かに、リアムの言う通りだ。ライラが辛い顔をするのはおかしい。
「……ごめんなさい……」
顔を俯かせて謝ったライラに、リアムはなにかを言おうとして、口を閉ざした。そしてなにも言わずに立ち去る。
それをライラはぼんやりと見送っていると、「本当に迷惑だわ」とつっけんどんな声がかけられる。
声のした方を見ると、ケイトがギロリとライラを睨んでいた。
「リアムは勇者になることなんて望んでいなかった。あんたが来たから、勇者になるしかなくなってしまった……あんたさえいなければ、リアムはこの町で幸せに暮らしていけたのよ」
「……」
黙り込んだライラにケイトは鼻白む。
「なにも言い返せないわけ? あんたのリアムへの想いって所詮はその程度だったのね」
そう言い捨ててケイトは去っていく。
ライラはぎゅっと手を強く握りしめる。
「わたしは……わた、しは……リアムが、好き」
だからこそ、リアムには笑っていて欲しい。リアムが笑うその隣には、ライラの居場所はない。なぜなら、ライラは聖女で、魔王を倒さなければならないから。
「リアムの幸せは……」
ライラは顔をあげた。
決めた。そうだ、最初からこうすれば良かったのだ。
ライラは決意をその瞳に宿し、自分の部屋に向かって駆け出した。
◆ ◆ ◆
『わあっ、すごい! これ、あなたが作ったの?』
綺麗な石を磨いて、それを紐で通しただけの、子どもでもできるもの。そんな大したことのない物に、彼女は目をキラキラとさせてリアムを見つめた。
それがこそばゆくて、嬉しくて。まあな、なんて格好つけて返事をすると、彼女は無邪気にすごいすごいと喜ぶ。
彼女──リラとの出会いは、町の外にある小さな森の中でだった。森の中には綺麗な石がたくさんあり、それを拾って磨くのがその頃のリアムが好きだった遊びだった。
魔物が出るからあまり外に出るなと言われていたが、綺麗な石は森の中にしかない。それに、リアムは幼いながらに火の魔法は粗方使えるようになっていて、この近辺にいる魔物程度なら倒せる自信があった。
だからリアムは一番仲のいいヴァージルにも内緒で町を抜け出し、森の中で石を探した。
その日もリアムは石を探しに森に入った。しかし、中々良い石が見つからずにイライラしていると、上の方から「きゃぁぁあぁ!」と悲鳴が聞こえて、なんだろうと顔をあげた途端、リアムはドンッとなにかに当たってそのままひっくり返った。
全身に痛みが走り、起き上がろうとしたが、なにかがリアムの上に乗っているためにそれも叶わない。
なにが乗っているのかと少し視線を横に向けると、そこにはリアムと歳の変わらない女の子がいた。
女の子はパチリと目を開くと、「ご、ごめんなさい!」と慌てて飛び退いた。
リアムが体を起こすと、女の子が「大丈夫?」と手を差し伸べ、その手を取って立ち上がる。
「本当にごめんなさい! 風魔法を使って空を飛んでいたんだけど、途中で魔力が切れちゃって……」
風魔法で空を飛べるものだろうかと疑問に思ったが、とりあえず突っ込むのはやめて、女の子を見つめた。
さらさらとした亜麻色の髪を二つに結い、見たことのないような紫色の瞳をした、町では見かけない可愛い女の子。
なぜだかその女の子に胸が高鳴り、リアムはそわそわする。
「……おれは大丈夫だけど、あんたこそ怪我とかしてないのか」
素っ気なく答えたリアムに、女の子は目を丸くしたあと、にこっと嬉しそうに笑った。
「あなたに怪我がなくてよかった! わたしも平気! 心配してくれてありがとう!」
「べ、別にそんなんじゃ……」
顔を赤くして視線を逸らしたリアムに女の子はニコニコとする。
「わたしはしばらく魔法が使えなくて家に帰れないの。だから、よかったらこの森を案内してくれる?」
「……この森を?」
「うん! わたし、森の中を歩くのは初めてなの。ちょっとした冒険みたいで楽しそう! あなたはこの森に詳しそうだし、案内してくれたら嬉しいな」
わくわくした様子の彼女に、リアムは案内するくらいならと頷くと、また彼女はすごく嬉しそうに笑う。そんな彼女の笑顔を見て、またリアムの心臓が暴れ出した。
空から降ってきた彼女は、リラと名乗った。彼女は小さなことにも興味を示し、あれはなに、これはなに、とひっきりなしにリアムに尋ねた。そしてそれに答えるたびに「リアムは物知りだねえ」と感心されるので、悪い気はしなかった。
だから、リアムはリラにとっておきの場所を教えてあげることにした。リアムのお気に入りの、大きな木のある場所。そこは一面野花が咲き誇る綺麗な花畑でもあった。
それを見たリラは大はしゃぎをし、なぜかリアムは彼女と追いかけっこをすることになった。
町ではそんな子どもみたいな遊びはしないなんて言っているくせに、リラと追いかけっこをするのは悪くなかった。
「リアム、捕まえたー!」
ぎゅっとリラに手を掴まれ、リアムが足を止めると、じゃりんとなにかが落ちる音がした。
二人でその音の正体を探すと、リラが声をあげた。
「あっ! これじゃない?」
「あぁ……それか」
どうやら持ってきていた石の一つを落としたらしい。これと似た色の石を探そうと思っていたのだ。
「おれが前に見つけた石だ」
「わあっ、すごい! これあなたが作ったの? なんだか普通の石よりも形とか色が綺麗だし、ペンダントになってる!」
「……まあな。うち、鍛冶屋だから」
「へえ! そうなんだ!」
キラキラと目を輝かせたリラはなにかを思い出したような顔をし、白いローブに隠れていたペンダントを外した。
「あのね、これ、わたしの大事な石なの」
「へえ……綺麗な石だな」
その石は光の加減によって様々な色に変わる不思議な石だった。マジマジとその石を眺めていると、リラはニコニコとしながらリアムの手を掴み、その石を乗せた。
リアムが首を傾げると、リラは興奮したように頬を赤く染めてリアムを見た。
「この石は杖を作るのに必要な石でね、その杖をリアムに作って欲しいの! 鍛冶屋さんならできるよね?」
期待した眼差しを向けるリラにリアムは応えようと、「当たり前だろ」と答える。
父が杖を作っているところを見たことはないが、父ならばなんでも作れるはずだ、とリアムは思い込んだ。
「じゃあ、約束しよう」
「お、おう。約束する」
「わたしね、王都のお城に住んでいるから、できたら教えて欲しいな。そうしたら取りに行くから」
「わかった」
「ふふっ! これでまたリアムに会えるね」
嬉しそうに笑ったリラはふわりと浮かぶ。
「あ、おい……」
「そろそろ帰らないと、怒られちゃうから。じゃあ、またね、リアム!」
そう言ってリラは手を振り、あっという間にいなくなった。
それをリアムはぽかんとして見送り、夢だったのではと思ったが、手の中にある不思議な石が先ほどのできごとが現実であったことを示していた。
その日以来、リアムはリラの杖を作るために、父との約束を果たそうと頑張ってきたのだ。
あの時リラと名乗った少女が実は聖女で、ライラという名であること、再会した彼女がリアムのことをまったく覚えていなかったなど、いろいろとムカつく出来事はあったが、それでもあの日の約束を果たすことだけを考えてリアムは日々努力を重ねた。
その約束を果たすための第一歩を踏み出せるはずなのに、気分があがらないのはどうしてなのか。
「勇者が浮かない顔なんてしてんじゃねえよ」
ライラと別れて店に戻ると、モーガンが呆れた顔をしてリアムを見た。
「親父……」
「できたんだろ、自信作。見せてみろ」
「ああ……うん」
リアムはモーガンの言葉にハッとし、先ほど完成したばかりの剣を取り出し、モーガンに見せる。
「これが俺の自信作だ」
正直にいって、とても緊張していた。
自信作とはいえ、これが父のお眼鏡にかなうかどうかはわからない。
それでも、今のリアムにできる最大限の技術を駆使して造った剣だ。合格にしろ不合格にしろ、後悔はない。
モーガンは鋭い目付きでじっと剣を眺める。そしてリアムに目を向けると、眉間に皺を寄せた。
「リアム、おまえ──」
だめだったか、とリアムは拳を握る。後悔はないが、やっぱり悔しい。
どんな叱責でも受けようと身構えたリアムに、モーガンは手を振りかざす。
殴られる──そう思ったが、モーガンの手はリアムの肩に乗っただけだった。
「──いい物造ったじゃねえか!」
「へ……?」
ぽかんとすると、モーガンはくしゃっとした笑みを浮かべ、バシバシとリアムの背中を叩く。
「これはいい剣だ。魔法とも相性が良さそうだし、勇者にお誂え向きな代物だな」
「親父……」
「それに……愛も感じる」
「はっ……!?」
思わず顔を赤くしたリアムにモーガンはニヤリと笑う。
「大事な子を守りたいっていう想いが伝わってくる。もう、おまえに教えることはなにもねえ。約束通り、彫金師を紹介してやる」
モーガンはポケットから紙を一枚取り出し、リアムに渡す。
「ここに書いてある店を訪ねな。オレの紹介だといえばわかるようにしてある。それで、お嬢ちゃんの杖を作ってやんな」
「……ありがとう」
「おまえの執念深さにはオレも驚いてんだ。誰に似たんだか……」
そう言って苦笑いを浮かべたモーガンは、優しい目をしてリアムを見た。
「ちゃんとお嬢ちゃんを守って、二人揃って帰ってくるんだぞ」
「ああ……必ず帰ってくる」
親子の約束を交わし、リアムはずっと身につけていた石を服の上から触る。
あとは王都にいって、彫金師に刻印の刻み方を教わるだけだ。そうすれば、きっとライラも魔力が制御できないという悩みから解放されるはずだ。
(……いや、その前にあいつに謝らないと……八つ当たりしちまったし……)
先ほどのライラとのやり取りを思い出し、ため息が漏れそうになる。どうしてあんなことを言ってしまったのか、自分でもよくわからない。
だが、浮かない顔をしているライラに苛立ったのは確かだ。
あんなに勇者になれと言っていたくせに、勇者になると言った途端にあの態度だ。腹を立つなという方が難しい。
勇者になると言えば、喜ぶかと思ったのに、なぜか暗い顔をする。いったいなにが不満なのだろう。
「──リアム!!」
いつになく切羽詰まった様子のヴァージルが店に飛び込んできて、リアムは目を見開く。
「そんなに慌ててどうしたんだ、ジル?」
「ライラを見なかった!?」




