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ご機嫌に朝食のメニューについて話してもムスッとしたままリアムは歩く。
一方的に話し続けていたライラは、町の外れの方に来ていることに気づき、リアムの服を掴んだ。
「ねえ、リアム」
「……なんだよ」
「町の外に行くの?」
「……違う」
「じゃあ、どこに──」
ライラがさらに質問をしようとすると「リアム!」と野太い声が聞こえて、なにかがすごい勢いで飛んできた。驚いて咄嗟に動けないでいるライラとは違い、リアムは冷静にそれを手でキャッチした。
「危ねーな! いきなり模擬剣を投げてくるなんて、ちょっと乱暴すぎるんじゃないか、師匠」
「師匠……?」
ぽかんとリアムを見つめると、豪快な笑い声がした。
「おぬしなら大丈夫だろう! 久しぶりだな、リアム。騎士になる覚悟ができたか?」
「だから、ならないって……」
はあ、とリアムは頭が痛そうに息を吐き、ちらりとライラを見た。それにライラは首を傾げると、再びため息を吐いた。
「なんで俺の周りにはこういうやつらばかりなんだか……」
よくわからないけれど、なんとなくバカにされた気がして、ライラはぎゅっと眉を寄せてリアムを睨んだあと、彼が師匠と呼んだ人物をじっと見る。
真っ白な髪は刈り上げられており、鋭い目に反して瞳の色は優しい榛色。モーガンよりも年齢は上に見えるが、ガッチリとした筋肉質な体型をしており、動きにもキレがあって若々しい印象だ。
ライラは彼を見て、首を傾げた。どこかで見たことがある気がする。だが、誰なのかを思い出せなくて、もやもやした。
「久しぶりに顔を見せたかと思えば女子連れ……まさか、リアム、その娘はおぬしの嫁か?」
ニヤニヤと笑いながら彼はリアムに問いかける。ライラはその言葉にかあっと顔を赤くして、両手で頬を挟む。
しかし、リアムはそんなライラとは対称的に冷めた目をしていた。
「んなわけねぇだろ。そんなことより師匠、稽古つけてくれ」
「なんだ、違うのか……だが、いいとも! 久しぶりにコテンパンにしてやる。腕は鈍ってなかろうな? もし鈍っていたら、騎士になれ」
「なんでだよ! 普通逆だろ!?」
「おぬしは普通ではないからこれでいいのだ。さあ、剣を構えろ」
ニヤリと不敵に笑った彼に、リアムはブツブツと文句を言いながらも模擬剣を構えて従う。なんだかんだ言いつつも、リアムはやっぱり人が好い。
そして、稽古と言うには激しすぎる打ち合いが始まった。
少し身の危険を感じたライラは二人から離れ、稽古を見守りながら、リアムが師匠と呼んだ人物をじっと見つめ、「あっ!」と叫んだ。
「あの人、デイミアン騎士団長だわ。確か数年前に退役したと聞いていたけれど、この町にいたんだ……」
ぽつりと呟いた独り言に対し、「そうだよ」と楽しそうに答える声が真上からして、ライラは顔をあげると、箒に乗って空を飛んでいるヴァージルがニコニコしながらリアムとデイミアンの稽古の様子を眺めていた。
「知っていたの、ヴァージル?」
「もちろんさ。僕、しょっちゅうこの町に帰っているし。一時期リアムと一緒に剣を習ったこともあるよ。まあ、しんどくて僕はすぐやめちゃったんだけど」
とん、と軽やかに降り立ちながら言ったヴァージルらしい台詞にライラは苦笑いをした。やめたと言って剣を投げたヴァージルの姿がありありと思い浮かぶ。
「ライラもデイミアン団長知ってるんだね」
「うん。退役するまでわたしの護衛をしてくれることが多かったから」
「へえ。騎士団長自らねえ……? まあ、聖女さまに万が一にもなにかあったらいけないもんね」
なにか含みのあるヴァージルの言葉にライラは目をつり上げた。しかし、文句を言うのはやめた。口ではヴァージルに勝てないからだ。
「魔法対決なら負けないんだけど……」
「『負けない』だけでしょ。そういう台詞は僕から一本でも取ってからいいなよ」
「む……」
反論しようと口を開きかけ、ぐっと堪える。ヴァージルの言うように、ライラは魔法対決で彼に負けたことはないが、勝ったこともなかった。
全属性の魔法が扱えるライラの方が有利なはずなのに、ヴァージルはライラに決して負けず、必ず引き分けに持ち込む。圧倒的な才覚で属性不利をも覆すのだ。普段のやる気のなさが信じられないくらいに、ヴァージルの魔法に関する才能は優れている。
「ああ……勝負あったみたいだね」
「えっ」
ハッとリアムたちの方を見ると、リアムが持っていた模擬剣が離れた場所に突き刺さっていた。リアムは肩で息をし、右腕を押さえて、片膝をついている。
「稽古は怠っていなかったようだな」
「……どこかのおっさんに、稽古を怠るなとうるさく言われていたもんでね」
「ほほう。そうか、いい人がいたものだなあ」
デイミアンは楽しそうに笑ったあと、ライラを見て目を見開いた。
「おや……聖女さまではないか!」
「デイミアン、久しぶり!」
ライラがデイミアンに駆け寄ると、彼は目尻に皺を作って優しい笑みを浮かべた。
「大きくなられましたなあ。いやはや、こんなに小さかった聖女さまが、こんな立派に……感無量です」
「デイミアンは変わってないね。昔のままだわ」
ニコニコと会話をするライラとデイミアンに、リアムが怪訝そうな顔をする。
「あんたら、知り合いだったのか?」
「うん! デイミアンは幼い頃、護衛をしてくれることが多かったの」
「ライラさまはお転婆で、護衛するのも一苦労でしたなあ……いやはや、懐かしい。覚えておられますか。ライラさまが六つになったばかりの頃、王宮を抜け出してしまわれたことを」
「……そんなことあったっけ?」
「ええ、ありましたとも。皆、大慌てで王宮中を捜索してもライラさまは見つからず、結局、どこからともなくひょっこり帰って来られて……あの時のことを思い出すと今でもヒヤッとします」
「うーん……覚えてないなあ」
首を傾げながら必死に記憶を辿っても、その時のことは思い出せない。ライラはあまり記憶力が良くないのだ。十年も前のことはすっかり記憶から抜け落ちてしまっている。
思い出そうと努力をしていると、不意に横から強い視線を感じて向くと、リアムがいつになく真剣な顔でじっとライラを見ていた。
「なに? どうしたの、リアム?」
「……その時のこと、本当に覚えてないのか?」
ぼそりと、聞き取るのがやっとなくらいの声で言ったリアムを不思議に思いながら、ライラは頷く。
「うん。わたし、あまり記憶力が良い方ではなくて……十年より前のことを、ほとんど覚えていないの。……それがどうかした?」
「いや……よくもまあ、そんな騒ぎを起こしたのに忘れられるなと感心しただけだ」
フッといつものように意地悪くリアムは笑った。しかし、その笑みを浮かべる前に、とても悲しそうな顔をしていた。それは瞬きの間に消えてしまったから、ライラの見間違いかもしれないけれど。
「ヴァージルも久しいな」
「そうだね。一年ぶりくらいかな?」
「うむ、それくらいになるか。おぬしが聖女付きの魔法使いになったことは知っていたが……リアムとライラさまはどのようなご関係で? 二人揃って来られたようですが」
ライラとリアムを交互に見ながら尋ねたデイミアンに、ライラはニコッと笑ってリアムの腕に抱きついた。
「あのね! リアムはわたしの勇者なの!」
「だから、違うって言ってんだろ! 離せよ!」
「いや! 離さないもん!」
ムキになって腕にしがみつくライラに、リアムはとても嫌そうな顔をした。なんとか離そうとしても、ライラが必死にしがみついているため叶わず、諦めたように溜め息を溢した。
「……ほう、リアムが勇者……」
「信じられないよね。リアムの瞳の色は青だし、魔法だって火しか使えないのに。勇者の証がなに一つないのに、ライラはリアムが勇者だって言うんだよ」
補足するように言ったヴァージルに、デイミアンは「ふむ」と頷く。
それにライラは少し悲しくなった。
「デイミアンもわたしのことを信じてくれないの?」
「まあ、確かにリアムには勇者の特徴がなく、本人も否定していますからな。勇者じゃないと皆が言うのも頷けます。しかし……わしはライラさまのことを信じますぞ」
にっこりと笑ったデイミアンに、ライラは目を見開く。初めて肯定してもらえたのが嬉しくて、少し涙ぐんでしまう。
「はっ!? な、なに言ってんだよ師匠!?」
一方のリアムは、まさかの師匠の言葉に動揺しているようだった。そんなリアムをデイミアンはじっと見つめる。
「おぬしはわしが認めた剣の才能を持つ者だ。真剣に取り組めばわしを越えるのはあっという間だろう。勇者には剣の才能も備わると聞く。長年、いろんな奴らの剣の指導をしてきたが、リアムほどの才能を持った者を、わしは知らん。むしろ、おぬしが勇者だというライラさまの言葉を聞いて、なるほどと納得できたくらいだ」
「なっ……!」
信じられないという顔をしてリアムはデイミアンを見た。それにデイミアンはニヤリと笑い、ライラに顔を向ける。
「こんなところで立ち話もなんですし、わしの家においでくだされ。茶くらいは出します。リアムもヴァージルもついて来るといい」
「うん! お邪魔します!」
「お邪魔します」
「……」
元気に返事をしたライラと、気の抜けた声音で頷いたヴァージルに対し、リアムは不満そうな顔をした。しかし、家に向かって歩き出したデイミアンのあとに黙って続いたのを見て、ライラはニコニコとした。
そんなライラをリアムはギロリと睨み、「……なんだよ。文句あんのか」と八つ当たりのように言う。
「別になにも! リアムは素直じゃないなあなんて、まったく思っていないから!」
「……思ってんだろうが……」
剣呑な顔をするリアムにライラはえへっと笑ったあと、ヴァージルの影に隠れた。
「ちょっと……僕を盾にしないでくれる?」
「ヴァージルはわたしのお目付け役なんだから、盾になるのくらい当然よ」
「それ、全然関係ないし」
ヴァージル呆れた目をしながら箒に乗って宙に浮く。ライラの手が届かないくらいまでの高さで飛ぶ彼に、ライラはずるいと騒いだ。
「箒を使うなんてずるいわ! ちゃんと歩かないと真人間になれないのよ!」
「そういうのは、ちゃんとした真人間になってから言いなよ。そもそも、君はただ単に羨ましいだけなんでしょ」
「うっ……!」
図星を言い当てられ、ライラは胸を押さえてよろめいたふりをし、リアムに寄りかかろうとした。しかし、それをリアムはすっと避け、危うくライラは転びそうになった。
「ヴァージルもリアムも意地悪!」
ぷくっと頬を膨らませたライラをリアムは鼻で笑い、ヴァージルについては反応すらしなかった。
「ジルが羨ましいなら、あんたも箒を使えばいいじゃねえか」
意地の悪い笑みを浮かべながらリアムがそう言うと、ライラは俯き、ぼそりと呟く。
「…………えないんだもん……」
「は?」
聞き返したリアムに、ライラは顔をあげる。ライラはいつになく恥ずかしそうな顔をし、少し涙目になっていた。それにぎょっとしたリアムが助けを求めるようにヴァージルを見ると、彼はやれやれと言うように肩を竦めた。
「そこの聖女さまは、箒が使えないんだよ。細かい魔法を使うには補助がないとだめなんだって」
「そういえば、そんなこと言ってたな……」
リアムは朝のライラの言葉と、無惨に割れた杖の魔法石を思い出す。魔法石が壊れたくらいに強い魔力を制御するのは、リアムが思うよりもずっと大変なのだろう。
「……わたしは聖女としては落ちこぼれだから……歴代の聖女さまたちは息を吸うように魔法が使えていたのに……」
落ち込んだ様子で呟いたライラに、黙って話を聞いていたデイミアンが優しく肩に手を置く。
「わしはライラさまが一生懸命魔法の勉強をされていたことを知っております。魔法のことや歴代の聖女さまのことはわかりませんが、ライラが頑張っておられたことは、この老いぼれが証明しましょう」
「デイミアン……ありがとう」
表情を緩めたライラにデイミアンもにこりと笑う。その微笑ましい雰囲気に水を差すように、「僕は天才だけど」とヴァージルが言い出す。
「おい、ジル……」
水を差すなと注意しようとしたリアムを無視し、ヴァージルは言葉を続ける。
「僕が扱える属性の魔法はライラに絶対勝っている自信があるし、魔法勝負でも負ける気もしないけど、僕相手にここまで張り合うことができるのはライラだけだよ。天才である僕が認めているんだから、もっと自信持ちなよ」
「ヴァージル……」
覇気はないが、励ますために言ったヴァージルに、ライラは目を見開く。
「それに……君は歴代の聖女たちよりも魔力量が多いんだから、歴代の方たちと同じようにできるわけないでしょ。君に合う魔法石さえ見つかれば、歴代の聖女のように魔法が扱えるんだろうし、そんなに思い悩むことじゃないと思うけど。君らしくもない」
素っ気なくはあるが、ライラを慰めてくれているらしいヴァージルに、ライラは感動して目を潤ませる。
ヴァージルがライラ付きになって一年近くが経つが、ヴァージルはライラをバカにしたり、やる気がなかったり、ライラを放って寝ていたこともあるため、ライラのことを認めていないのではと思っていた。
しかし、どうやら彼なりにライラのことをちゃんと認めてくれていたらしい。それがライラはとても嬉しかった。
「ありがとう、ヴァージル」
ニコッと笑ってお礼を言うと、ヴァージルは照れ隠しをするようにフンッと顔を背けた。
それから少しして、デイミアンが住んでいる家に着き、ライラたちはお茶をご馳走になりながら、ライラがこの町を訪れた経緯をデイミアンに説明した。
「なるほど……勇者を探すために……そして、その勇者がリアムだと、ライラさまは感じられたと」
「うん、そうなの。今、一生懸命リアムを説得しているのよ」
「それは苦労なさっておるでしょうな。リアムは頑固ですから」
「うるせえ」
不貞腐れたように顔を反らすリアムを、デイミアンは呆れた顔をして見る。
「デイミアンがリアムの剣のお師匠さまだったのね」
「左様です。リアムは剣の道を進むべきだと、騎士になるように何度も言っているのですが、頷いてくれなくて、どうしたものかと頭を悩ませておりましてなあ」
「だから、俺は騎士にも勇者にもならないって言ってんだろ! 俺は親父の跡を継ぐって決めてるんだ」
「でも、勇者がいないと、魔王を倒せないわ。モーガンさんの跡を継ぐのは、魔王を倒してからでも……」
「それじゃあ意味がねえんだよ」
「え?」
きょとんとするライラに、リアムはしまったという顔をする。そして、「なんでもない」とふいっと顔を横に向ける。
そんなリアムに、デイミアンとヴァージルは呆れたような目を向け、互いに顔を見合わせて肩を竦めた。




