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 リアムに追い出されたライラは不貞腐れながら街を歩いた。

 ここ、シュミートは鍛冶屋が多いためか、多くの冒険者や剣士たちが集い、とても活気のある町だ。王都からほど近いのも人が集まりやすい理由の一つだろう。


 ライラがこの町にやって来たのは今から一週間ほど前。偶然リアムに出会い、彼に一目惚れをした。それは彼の容姿が整っていたからというのもあるが、それ以上にその雰囲気に惹かれた。


 耳が見えるくらいに短く、陽の光に当てられて輝く金色の髪、切れ長の澄んだ青い瞳に目を奪われて、気づいたら告白をしていた。それ以来、ずっとこの街に居座っている。


 ライラは〝聖女〟だ。

 聖女とは、あらゆる魔法を使いこなし、膨大な魔力を持った女性のことをいう。


 通常は一属性、多くて三属性魔法しか扱えないが、聖女は六属性すべてを使える。そして、聖女にしか扱えない〝聖属性〟魔法を使い、魔王と呼ばれる邪悪な存在を倒す宿命を背負う。


 聖女には対になる存在がいる。それが〝勇者〟だ。勇者の特徴も聖女とほぼ同じで、聖女の男性バージョンと言って差し支えはない。


 勇者は聖属性魔法は使えないが、代わりに剣の扱いに長けており、聖女の聖属性魔法をその剣に宿して魔王を倒すのが勇者の宿命だ。聖女と勇者、どちらが欠けても魔王は倒せない。


 魔王は数百年に一度のサイクルで復活し、それに呼応するように勇者と聖女の特徴を備えた男女が現れるのが通例だった。


 だがしかし、当代は勇者が未だに見つかっていない。そのため、国は必死に勇者を探しているが、捜索は難航していた。


 聖女と勇者の特徴の一つに、瞳の色が〝紫〟であることがあげられる。紫色の瞳は勇者と聖女にしか現れず、国は瞳の色を頼りに勇者と聖女を見つけていた。だが、国中を捜しても勇者らしき存在は発見できなかった。


 そこで、当代の聖女であるライラにお鉢が回ってきた。勇者の対の存在である聖女ならば、勇者がどこにいるのかわかるのではないか──そんな根拠もない理由で。


 王宮の奥深くで育てられたライラは、外に出られるのならと喜んでその役目を担うことにした。それに、自分の対となる相手はどんな人物であるかという純粋な興味もあった。


 ライラは楽天的な性格で、勇者が見つからなかったらどうしようと思い悩むこともなく、気の向くままに足を向けた先で出会ったのが、リアムだった。


 リアムを一目見て、この人だと思った。リアムの瞳の色は青だったし、彼は全属性の魔法を扱うことができないけれど、ライラはリアムこそが探していた自分の半身だと確信した。


 それから、猛烈アタックの日々だった。朝起きてリアムの元に行き、ウザがられても嫌がられても一日中張り付いて「勇者になって」と催促をし、「好き」と告白をして、そのすべてを「いやだ」「無理」と断れる。断られて落ち込んでもすぐに復活して、またアタックをする──そんな一週間を過ごした。


 一週間でリアムについて知ることができたのは、リアムは父親の後を継ぐために頑張っていること、時々剣を習っていること、そして、すごく口が悪くて性格も良くないこと、だった。


 だが、性格が鬼のようであろうと、口が悪魔もびっくりするくらい悪かろうと、ライラの気持ちはまったく揺るがなかった。


 ライラは諦めが悪く、図太い神経の持ち主だ。だから毎日せっせとリアムの元に通い、口説き落とそうと一生懸命に頑張っている。


「どうしたらいいかなぁ……」


 うーん、と考え込みながら歩いていると、ライラの目の前に誰が立ち塞がった。


「あら、まだ諦めていないの?」


 その人物はふっと意地悪く口元をあげる。

 豊かな赤い髪を払い、豊満な胸の下で腕を組んで、勝ち誇ったように深い緑色の瞳を輝かしたツリ目の少女に、ライラはぱっと顔を明るくする。


「ケイトさん、おはよう!」

「おはよう、ライラさん。またリアムに追い出されたんでしょ? いい気味だわ」


 はんっと鼻で笑うケイトに、ライラはニコニコとする。


「そうなの! リアムのお仕事手伝ってあげたのに、邪魔だから外出ろって追い出されちゃった。ね、ケイトさんとこで朝ごはん食べてもいい?」


 ケイトはリアムの幼馴染みだ。リアムの家の近くにある宿屋と酒場を兼ねている店がケイトの家で、ケイトの両親が作ったごはんを食べるのがライラの毎日の楽しみだった。


 日替わりで変わるメニューに、いつもわくわくする。今日はどんなメニューだろう。


「勝手にしなさいよ! なんで、あんたはそう……!」


 イライラとした様子のケイトにライラは首を傾げる。


「どうしたの、ケイトさん? なんか怒っているみたいだけど……」

「あんたのせいよ!」

「わたし? なにかしちゃった……?」

「だから……! もうっ!」


 怒っているのがバカらしくなってきたわ……と呟くケイトにライラはきょとんとする。


 今は怒っているのがバカらしくなる状況なのだろうか。知人と会って挨拶をしただけなのに。ケイトの怒るポイントがライラにはよくわからない。


「とにかく! リアムのことはいい加減諦めなさい!」

「いやだ。絶対、諦めない!」

「リアムは嫌がっているのよ。それなのに、無理に勇者にならせるなんて……そもそも、リアムの目は紫色じゃないでしょ!」

「そうだけど……リアムが勇者なのは間違いないもの」


 俯いたライラに、ケイトはふんっと鼻を鳴らす。


「あんたが勝手にそう言っているだけでしょ。大方、リアムに一目惚れしてずっと一緒にいたいからそんな嘘ついてるんでしょうけど」


 ケイトにライラは反論する言葉をライラは探す。しかし、それは言葉という形にならず、砂のようにさらさらとライラの手をすり抜ける。


「……でも、リアムが勇者なの」


 結局、きちんとした理由を口にできないまま、ライラはそう言うことしかできない。

 それにケイトは鼻白むような顔をする。


 リアムは勇者だ。それは絶対で、間違いないことだ。だけど、その根拠はと聞かれると、直感としか言えない。

 リアムを初めて見た時、とても懐かしい感じがした。そして、雷を打たれたかのように、この人だ、と思った。それに、リアムの傍にいると心が落ち着く。


 ずっと傍にいたいのに、リアムと目が合うと逸らして、逃げたくなる。誰にも抱いたことのない思い。こんな気持ちになるのは、きっとリアムが勇者で、ライラの対となる存在だからだ。


「リアムはあたしの許嫁なの。あんたみたいなのがリアムの周りをうろついているの、すごく迷惑だわ」


 吐き捨てるように言ったケイトに、ライラは目を見開く。


「……ケイトさんとリアムが許嫁……?」

「そうよ。だからもう、リアムには関わらないで!」


 フンッと顔を逸らしてケイトはライラに背を向けて歩き出す。ケイトが向かった先にはリアムの家があり、ケイトはバスケットを持っていた。恐らく朝食をリアムに差し入れするのだろう。


 そんなケイトをぼうっと見ていると「ライラ」と、どこかぼんやりとした声が聞こえた。


「あ……ヴァージル」

「ふわぁ……勝手に、いなくならないでよ。君になにかあったら怒られるのは、僕なんだから……」


 そう言って、ヴァージルは再び大きな欠伸をする。ヴァージルは肩くらいまでに伸ばしたまっすぐな黒髪に、猫のような翡翠色の瞳をした、見るからにやる気のなさそうな青年だった。


 こんなにやる気がなさそうなのに、ヴァージルはとても優秀な王宮仕えの魔法使いだ。三属性を操り、若くしてその名を轟かす天才。


 それなのに、本人にその自覚は薄く、見た目通りに覇気がなく、いつも眠たそうにしている。


 確かヴァージルはライラよりも二つ年上のはずだが、覇気がないからか、それとも童顔だからなのか、とてもライラより年上には見えない。下手をしたらライラの方が年上に見えるだろう。青年というよりも少年のような人だった。


 そんなヴァージルは、ライラのお目付け役だ。王都から出てきた時からずっと一緒にいる。


 もっとも、ヴァージルは魔法でライラの位置を大概把握できるので、常に見張られているわけではなく、また本人もこのようにやる気がないので、町の中にいればあまりうるさくは言わないが、朝出かける時だけは声をかけるようにと言われていた。


「ごめんなさい」

「明日こそちゃんと声かけてね。それで……ケイトと揉めていたみたいだけど、どうしたの?」


 素直に謝ったライラに少し呆れた顔をしながらも、ヴァージルはそれ以上うるさくは言わず、別の質問をした。

 それにライラは曖昧な笑みを浮かべる。


 ヴァージルもこの町の出身で、リアムとケイトと幼馴染みだと聞いている。この町に行こうと思ったのも、ヴァージルの故郷だと聞いたからだった。

 そんなヴァージルにケイトと揉めたことを話すのは、なんとなく気が咎められた。


「ううん、別に大したことじゃないの」

「……ふうん?」


 ヴァージルは猫のような目をすっと細め、ライラを見つめる。その目に嘘を見破られそうで、ライラはヒヤヒヤする。


「まあ、どうせリアムのことなんだろうけど……興味ないからいいや。朝ごはん食べに行こ?」

「うん」


 鋭いヴァージルにドキッとしながらも、それ以上聞かれなくてほっとする。ヴァージルのやる気のなさがこんな時はありがたい。ライラはほっとした顔をして、歩き出したヴァージルのあとに続いた。


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