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狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~  作者: 一片
6章 黒土の森
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299:信頼と油断



避けに徹していたシャルがギアを一つ上げた気がする。

俺には本体か幻か分からないけれど、霧狐さんの攻撃を躱したシャルが壁を蹴って幻の一体に急襲を掛ける。

アレが本体ってことだろうけど......。

シャルの連撃を躱している霧狐さんを助けようと、他の霧狐さんが攻撃を仕掛けるもシャルは一顧だにせず攻撃を続ける。

幻による攻撃が激しさを増していく中、それに取り合うことのないシャルの攻撃は霧狐さんをどんどん追い詰めていく。


「このまま押し切れるか?」


「いや......シャルはまだそう思っていないみたいですよ?まだ牽制している感じがします。」


シャルが自分よりも体の小さい霧狐さんを踏み潰す様に前足を叩きつけるが、それよりも早く後ろに逃げた霧狐さんはシャルに襲い掛からせていた幻を消した。


『なるほど......仙狐様から伺っていた幻惑魔法を見破る方法......天狼様の加護による魔法ですか......まさか私の幻惑魔法を見破る程とは思っていませんでした。』


攻撃態勢を解いた霧狐さんがシャルの事を称賛......しているようなそうでもないような......いや、どちらかというと自慢のような気も......。

しかし......霧狐さんと戦いながら五感を殺せるシャルが凄いのであって......俺には不可能だろう。

この後俺が霧狐さんと戦わせてもらった時......シャルとのレベルの違いに愕然とされたりしないだろうか?

シャルであれば仙狐様の選ぶ相手も一瞬で倒してくれるだろうけど......戦うのはシャルじゃないからなぁ......。

なんとかシャルの動きを模倣したい所だけど......いつ五感の切り替えをしているのかが全く分からない......動きは淀みないし、生み出された幻に惑わされる様子も全くない。

......これはもしかしなくても、俺が抱っこしてなくてもシャルは幻を判断出来たのでは?

いや、結構長い時間使っていたからこそ慣れたって可能性もあるか。


『戦闘中に幻を見破るのは多少骨ですが、やってやれないことはありません。』


シャルが俺の方を見ながら言ってくる。

俺の不安が伝わったのだろうか?

俺は軽く微笑んでシャルに頷く。

俺を見ていたシャルが少しだけ雰囲気を柔らかくしたが、視線を霧狐さんの方に戻す。


『では......こういうのはどうですか?』


シャルが視線を戻したのを受けて霧狐さんが一言声を掛けてくる。

その台詞と同時に霧狐さんの周りに靄のような物が出てきた。

いや......あれは霧狐さんの名前の通り霧か?

霧は一気に広がり霧狐さんだけではなくシャルの事も包み込んでいく。


「......見にくいが......完全に見えないって程ではないな。」


「恐らくですが、僕らに見せるために少し加減してくれているのではないでしょうか?」


「じゃろうな。自然に発生した霧であっても、自分の伸ばした手すら見えなくなることもあるからのう。幻であればそのくらい簡単にできるじゃろう。」


シャルも霧狐さんも俺達に見せる為に動きや魔法を手加減してくれているのだろう。

......シャルは最初見えないくらいの速度で飛び込んだけど......。

広がる霧は俺達の所までは届かず、一定の距離を置いて広がりを止めた。

俺は五感を殺して魔力視に切り替えてみるが......霧の覆っていた範囲の全てが青い魔力に包まれている......当然だろうね。

俺は視界を戻すがまだ霧の中に動きは無い。

シャルは霧の外に出ずにそのまま戦うようだけど......恐らく霧の中では幻に包まれているせいで幻の中にいる事しか分からないだろう。

勿論肉眼では霧狐さんの姿は見えているだろうけど......今霧の中に見えている霧狐さんが実体とは限らない......いや、どちらかと言えば幻である可能性の方が高いと思う。

シャルは一体どうやって......。

俺がこの幻の攻略法を考えていると、俺の視線の先でシャルが不自然な動きで横っ飛び......。


「シャルが吹っ飛ばされたぞ......。」


レギさんが目を丸くしながら呟く。

ナレアさんやリィリさんも驚いている......俺も今見たことが信じられない。

......俺は完全に油断していたと思う。

模擬戦だから、シャルが俺達に幻惑魔法との戦いを見せる為に色々と手加減をしているのも分かっている。

その上で、シャルが相手にやられるというようなことが起こるとは思っていなかった。

霧狐さんは仙狐様の眷属......しかもその取りまとめをしている存在だ。

立場で言えばシャルよりも格上......シャルよりも強くて何らおかしくない相手。

それでも俺は、例え模擬戦であってもシャルが攻撃を受けるという可能性を完全に排除していた。

シャルだって完璧、無敵ではない。

俺はその事を絶対に忘れてはいけないのだ......。

俺の視線の先では吹き飛ばされたシャルが地面に着地して、辺りを油断なく見ている。

シャルでも霧狐さんの姿を見つけることが出来ないのか......。

そう思っていると、シャルの視線が少し鋭くなり相手の攻撃を避けるような動きを始める。

勘......?

それとも攻撃を受けないためにとりあえず回避行動をとっているだけ?

いや......あれは当てずっぽうで動いているのではなく、もう霧狐さんの幻惑魔法を破った?

適当に動き回って的を散らしているというよりも、確実に見えない相手と対峙してその攻撃を躱すような動作をしているシャルの動きに迷いや焦りは感じられない。

さっきはシャルが一撃貰ったことで滅茶苦茶動揺したけど......やっぱりシャルは凄い......凄すぎるな。


「シャルが戦う姿は全然見たことは無かったが......対応力が凄まじいな。」


「戦闘とはこうあるべきと言った感じじゃな。まぁ本来であればあの霧の外まで退避するのじゃろうが......ケイの為じゃろうなぁ。」


シャルが霧狐さんの引き出しをどんどん開けていってくれる、だから俺達は戦わずに幻惑魔法を使った戦い方を目の当たりに出来ている。

そして霧狐さんも段階を踏むように幻惑魔法見せて行ってくれていて......。

シャルは俺達の為に全力で相手の戦い方を引き出そうとしてくれるけど、霧狐さんは......恐らく仙狐様の願いの為。

そうでもなければ、こうやって手の内をどんどんさらけ出して言ったりはしないだろう。

幻惑魔法は......いや、戦闘に置いては手の内を隠して一気にケリをつけるのが定石。

仙狐様の為とは思うけど、霧狐さんには本当に感謝だ。

......絶対に仙狐様の眷属との戦いは負けられないな。


「む?シャルが攻撃に転じたかの?」


ナレアさんの言葉に俺はシャル達の戦いに意識を戻す。

確かにナレアさんの言う様に、先ほどまで回避の動きを見せていたシャルが見えない何かに飛び掛かるように攻撃を仕掛けているように見える。

俺はもう一度五感を殺してシャルの動きを見てみようとするが、青い魔力に包まれていてシャルの位置すら把握できない。

青い魔力の中に魔力の見えない空白地帯......シャルのいる場所が見つけられるかと思ったのだがそんなものは発見出来なかった。

参ったな......本当にどうやってシャルは霧狐さんを見つけたのだろうか?

ここからでは全く見破ることが出来ない......いや対峙していたらもっと分からないかもしれないけど......。

五感を戻して霧の中を飛び回るシャルを見るが......参考になりそうな動きではないな。

地面や壁を蹴って立体起動で仙狐さんに襲い掛かる姿は、見えない相手を敵に回しているような戸惑いや躊躇いのようなものは感じられない。

確実に相手の姿を捉えて攻撃を仕掛けているのだろう。

体当たりを交えた前足による連続攻撃から一転弾丸のように体当たりを仕掛けたシャルが見えない何かに当たる。

そして弾き飛ばされた様に姿を現した霧狐さんが、壁に叩きつけられる直前で身を捻って壁へと着地する。

それと同時にシャル達を包み込んでいた霧が消えていった。


『......このくらいにしておきましょう。』


そう言った霧狐さんが地面に降りて戦闘体勢を解いた。

それを見たシャルも自然体へと移行する。

どうやら模擬戦はここまでのようだ。

幻惑魔法にはまだまだ先がありそうだけど、恐らく俺達が戦う相手はこのくらいまでという判断なのだろう。

初見で対応出来る気が全くしないな......。

ところで、どうでもいいけど......霧狐さん、今普通に壁に立って喋っていたよね......?





シャルの強さは圧倒的ですんが、無敵ではありません。

心のどこかで、怪我なんかするはずがない......ましてや負けるなんてことはあり得ないとケイは思っていました。

勿論、心の上層部分では心配はしていましたが、深層部分では絶対の信頼があります。

でもだからと言って油断は禁物ですね。


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