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狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~  作者: 一片
6章 黒土の森
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298:シャル vs 霧狐



広場でシャルと霧狐さんが相対しているのを俺達は少し離れた位置から見守っている。

シャルと霧狐さんがこれから模擬戦をするのだが......二人の間に流れる緊張感が半端ない......模擬戦だよね?

......いや、シャルは俺が学ぶために模擬戦の相手を買って出てくれたのだ。

ちょっと険悪な雰囲気はあったけど......大丈夫だろう。


「それじゃぁ、俺の合図で初めて貰うけど......怪我をするなとは言えませんが......あまり大きな怪我はしないようにね。」


俺の言葉に二人が軽く頷く。

うん......大丈夫そうだね。


「では......はじめ!」


俺の掛け声と同時に......霧狐さんの姿が霞のように消え去った。


「やはり消えるのか......。」


霧狐さんの魔法の発動を見てレギさんが言う。

見ている前で姿が消えても全く分からないな......保護色的な感じなのか......光が透過しているのか......いや......考えるだけ無駄か。

霧狐さんがそうイメージしたから消えているわけで、物理法則にのっとっているわけじゃないだろう。

透明になったのか隠れているだけなのかって違いはあるかも知れないけど、そんなことを考えている暇はない。

少なくとも見えなくなったのは間違いないのだから。

俺は霧狐さんを探すのを諦め、意識をシャル戻した。

霧狐さんが消えた事によりシャルの警戒度が増す。

ピりっとした緊張感が俺達の所まで伝わってくる気がする。

俺がそれに当てられて息を吞んだ次の瞬間、シャルの姿が視界から消える。

一瞬幻惑魔法でシャルの姿も消えたのかと思ったけど、次の瞬間轟音が鳴り響きシャルが先ほどまで霧狐さんがいた辺りに姿を現す。

......さっきの轟音はシャルの踏み込んだ音か、それとも着地した音か......どちらにしろ物凄い勢いだ。

視覚の強化をしていても見えなかった......アレがシャルの本気だろうか?

一瞬にして移動したシャルだったが、霧狐さんを捕らえることは出来なかったらしく辺りを見渡している。

霧狐さんは姿を消した後場所を移動したのか、それとも突っ込んできたシャルの事を回避したのかは分からない。

霧狐さんが消えた時に五感を殺して幻惑魔法の痕跡を見ればよかったな。

戦闘中にシャルが五感を消すのは難しいだろうから、幻惑魔法の魔力を追いかけるのは無理だろう。

そんな俺の思いを他所にシャルが横に跳ぶと同時に地面が抉れる。


「今、シャルが攻撃を避けましたよね?」


「うむ、恐らくそうじゃろう。」


「戦闘中に五感を殺したってことか?」


「......多分そうだと思いますけど。」


模擬戦とは言え物凄い胆力だ......。

一対一の状態で一瞬であったとしても幻惑魔法以外の全てを感知できない様にする......とてもじゃないけど真似できそうにない。


「ケイ、妾達の戦闘中に出来るかの?」


「......そうですね。弱体魔法を発動した状態で動くのはかなり無理があります......でも、マナスに指示を出すくらいであれば何とか......。」


それもナレアさんとマナスが守ってくれるという状態だからだけど......。

俺が試しに一瞬五感を殺して幻惑魔法を感知してみるが......シャル程ではないけどかなりの速度で動き回る青い魔力が見える。

霧狐さんには強化魔法による強化が無い分、俺が目で追えない程の速度では動けない......といいなぁ。

俺が視界を元に戻すとシャルが霧狐さんの攻撃を躱し続けていた。

一体どうやってシャルは霧狐さんの攻撃を見ているのだろうか?

今の所シャルは霧狐さんの攻撃を一度も受けていないと思う。

でもなんとなくシャルも霧狐さんもかなり抑えめに戦っている感じがする。

まぁ、模擬戦なのだからと言ってしまえばそれまでだけど......お互いまだ様子見って感じだろうか?

そんなことを考えながら模擬戦を見ていたらシャルの動きが変わった。

霧狐さんの攻撃を躱す様に横っ飛びをしたと思ったら、一度飛びのいた位置へと一気に飛び込む。

そのまま追撃を仕掛けるようにシャルがその爪牙を振るいながら、見えない何かを追いかけていく。

暫くシャルが攻撃を続けていたのだがその攻撃が霧狐さんを捉えることはなかったようだ、攻撃を止めたシャルが大きく飛び退ると霧狐さんが姿を現す。


『想像していた以上ですね。まさか姿を消しても問題なくこちらの攻撃に対応して、あまつさえ攻撃を仕掛けてくるとは......幻惑魔法を見破れるのですか?それとも勘でしょうか?』


霧狐さんが俺達にも聞こえるように念話をシャルに飛ばす。

シャルは取り合う気が無いのか暫く警戒を続けたままだったが、ちらりとこちらを見た後俺にも聞こえる様に念話を始めた。


『もう少し色々やってくれませんか?姿を消すだけでは面白くありません。』


『......いいでしょう。』


言葉少なく霧狐さんがシャルの挑発に乗る。

先程までと同じように霧狐さんの姿が消えたのだが、今度はそれだけではない。

霧狐さんが増えた......いや、本体は消えているのか?

今姿の見えている霧狐さんは三体......見分けは付かない。

三体の霧狐さんが一斉にシャルに襲い掛かってくるが、シャルは避ける様子を見せずつまらなさそうにその場に立ち尽くしている。

霧狐さんの攻撃が当たったように見える瞬間だけ若干煩わしそうにしているけど、何もない空間をじっと見据えたまま動こうとしない。

俺は五感を殺して魔力視に切り替えてみる。

動き回っている青い魔力、それとは別にシャルの視線の先に幻惑魔法の痕跡があるのが分かる。

俺は五感を元に戻すが、その間も霧狐さんの幻はシャルに飛び掛かり何度も攻撃していた。

暫く続いた幻による攻撃はやがて終わり、全ての幻がシャルの視線の先へと下がっていった。


『......はぁ。』


シャルが深くため息をつきながらゆっくりと霧狐さんの幻の集まっている場所に近づいていく。


「シャルはあんな反応だが、あれは相当厄介だぞ......。」


レギさんが戦況を見ながら話しかけてくる。


「そうですね......シャルがどうやって幻を見分けているかが分からないからこそ、霧狐さんも慎重に動いているのでしょうが......見分け方がバレれば攻め方を変えてくるでしょうね。」


俺達はどうやって幻惑魔法を見破っているか分かっているからその弱点も分かっている。

しかし霧狐さんはそれを今戦いながら調べようとしているのだろうけど......強化魔法や弱体魔法のことを知らないのであれば厳しそうだ。

仙狐様なら母さんから聞いているかもしれないけど......いや、仲が悪いって言っていたから微妙かな?

俺だったら幻惑魔法をどう使うだろうか?

霧狐さんの魔法の使い方を見て他にも色々とやってみたいアイディアが思いついたけど......俺はどのくらい幻惑魔法を使えるか......。

さっき霧狐さんに話を聞いた限りじゃかなり繊細な魔法っぽいし......思考速度の強化や並列思考とは相性が良さそうだけど......なんとなく俺よりもナレアさんの方が上手く使えそうな気がする。

そんなことに思考を向けているとシャル達の方の動きが激しくなった。

霧狐さんの数がいつの間にか五体に増え、それぞれが連携するようにシャルに襲いかかっている。

先程まではつまらなそうな様子を見せていたシャルも、今は目を輝かせて霧狐さんの連携攻撃を躱している。


「全ての攻撃を躱しておるという事は......本体の場所が分からなくなったという事かの?」


ナレアさんの言葉に俺は視界を切り替える。

五体全ての幻惑魔法の反応がある......俺は五感を戻して辺りを見回すが霧狐さんの姿はその五体以外には見当たらない。


「今攻撃を仕掛けている五体全てに幻惑魔法の反応がありますが......それ以外に幻惑魔法の反応がありません。」


「......全てが幻にも拘らず、本体が隠れている場所が分からないってことか?」


「いえ、本体は恐らくあの五体の内にいます。幻を纏っているのだと思います。」


レギさんの問いに俺は推察を返すが......恐らく間違えていないはずだ。


「なるほどの......幻を纏っているので本体からも幻惑魔法の反応がある。どのような感じで見えるのか分からぬが......反応があり以上見分けが付けにくい......だからシャルは全ての幻の攻撃を避けているわけじゃな。」


「さらに、幻の攻撃であっても地面を削る......幻を作っています。シャル自身が攻撃を受ければ本体は分かるのでしょうが......。」


「芸が細かいな......。」


地面や壁を傷つけている幻......本当の傷もあるのだろうが、その上にさらに幻を被せているようだ。

物凄い手の込んだことをしているようだけど、恐らくシャルが行っている幻惑魔法を見破る方法に気付いた......もしくは仙狐様から聞いていたのだろう。

多分、仙狐様から聞いていたのだと思う......いくら霧狐さんが凄くてもこの一瞬の攻防で強化と弱体魔法を駆使して......みたいな方法に気付けたとしたら凄すぎるよね?





シャル達の模擬戦が始まりました。

まだシャルは準備運動的な雰囲気はありますが、状況は既に人外魔境です。

加護持ち同士の戦いは、お互いその気であったら対峙する前に終わらせることが出来そうです。

ケイは四千年前に呼び出されなくて本当に良かったと思います。


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