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257:ノーラが飛んだ



「わっ!わっ!と、飛んだのです!」


魔道具を起動させたノーラちゃんがゆっくりと上昇していく。

あわわと慌てるノーラちゃんの手を取って少し支えてあげる。


「大丈夫?魔力を止めない限り落ちたりはしないから落ち着いて。飛べる高さもこのくらいまでだからね。」


「は、はいです。」


少し離れた位置で見守る皆の視線を受けながら、中々体制が安定しないノーラちゃんは俺の手にしがみつくようにしながらバランスを一生懸命取っている。

カザン君の執務室での会話の後、お茶を入れて戻ってきたノーラちゃんにナレアさんにチェックしてもらった魔道具をプレゼントしたのだ。

全身で喜びを表現して魔道具なんて必要ないくらいに跳んだナレアちゃんは、俺の顔にしがみついてお礼を言ってくれた。

後ろにいたレーアさんが目を丸くして驚いていたけど。

今レーアさんは俺達と一緒に領主館の庭に出てノーラちゃんが飛んでいるのを......やっぱり目を丸くして驚いた顔で見ている。


「ちょ、ちょっと、な、慣れてきたのです!」


体勢が安定してきたノーラちゃんがしがみついていた俺の手から力を少し抜く。

まだ少しふらついているみたいだけど......そろそろ手を放しても大丈夫かな?


「け、ケイ兄様。もう大丈夫なのです。ありがとうなのです!」


そう言ったノーラちゃんが俺から手を離す。

何にも支えられずにノーラちゃんが地表から五十センチ程の位置をふよふよと浮いている。

飛んでいるというよりも浮いているという表現の方が正しいよね。


「で、出来たのです!飛べているのです!」


「うん、ばっちりだね。難しかった?」


「支えが無くなった状態で体勢を保つのが難しかったのです。でもなんとなく感覚がつかめたような気がするのです。」


「そっかそっか。次は移動の魔道具があるけど......使えそう?」


「使えると思うのです!」


元気よく手を上げて答えるノーラちゃん。

うん、ふらついた感じも無くなったし大丈夫そうだね。

俺がもう一つの魔道具を渡すと真剣な表情でノーラちゃんは受け取った。


「じゃぁこっちの魔道具も起動してみるのです。」


そう言って左手の腕に装備した魔道具を起動しようとするノーラちゃん。


「うん、あまり早い速度で移動はしないけど......一応気を付けてね。」


「了解なのです!」


緊張した面持ちで魔道具を起動するノーラちゃん。

同時にゆっくりと前方に向かってノーラちゃんが移動を始めた。


「ほ、ほわあああああ!と、飛んでます!ケイ兄様、飛んでいます!」


歓声を上げたノーラちゃんが満面の笑みで俺を中心にくるくると回り始める。

一瞬で使いこなせるようになった感じだね。


「ちゃんと止まれるかな?」


「......止まれました!」


「うん、上手に出来たね。大丈夫そうかな?」


「はい!動くと少し体勢が崩れたりする感じがあるのですが、動いているとあまり気にならないのです。」


「なるほど......動いている方が安定するのかもね。」


自転車の原理と同じだろうか?

いや、違うか?

まぁ、安定して動けると言うのだからどうでもいいか。


「よし、じゃぁカザン君達の所まで行ってみようか。ぶつからない様に気を付けてね。」


「はい!では行きます!」


気合の入った声を響かせて、ノーラちゃんがカザン君達の方へと飛んでいく。

速度は歩く程度なので俺も少し後ろをついて歩く。

先を往くノーラちゃんの背中からも物凄く楽し気な雰囲気が伝わってくる。


「母様!兄様!どうですか!?」


「うん、凄いねノーラ。上手だよ。」


「えぇ、驚きましたよ、ノーラ。」


満面の笑みで問いかけるノーラちゃんに応えるカザン君とレーアさん。

カザン君はノーラちゃんと同じくらい嬉しそうに、レーアさんはちょっとまだ驚きから回復しきっていないけど優しい笑顔でノーラちゃんを撫でている。

いや、ちゃんと約束を守れてよかったよ......。

というかちゃんと約束は覚えていないと駄目だな......俺はノーラちゃんの晴れやかな笑顔を見ながら非常に大事なことを心に刻み込んだ。




「これは凄い蔵書量だね。」


ノーラちゃんの魔道具お試し会が終わった後、俺達はカザン君の案内で領主館の書庫に訪れていた。

扉を開くと紙と皮、インク、そして埃のにおいが部屋からあふれる。

嫌いな臭いじゃないけどね。

部屋の中には壁際に背の高い本棚、そしてそれ以外にも大小さまざま本棚に本や羊皮紙の束が所せましと並べられている。

窓が無い部屋で、室内は暗いが天井にはいくつか魔道具の明かりが設置されているようだね。

暗視が出来るので不便ではないけど、本を読むなら普通に明かりがついているほうがいいよね。


「うむ、見事な物じゃ。暫くここで過ごさせてもらいたいのう。」


ナレアさんの目がキラキラ輝いているな。

カザン君が魔道具を起動すると室内が明るくなった。

ぱっと見では分からないけど、色々なジャンルの本がありそうだな。

ナレアさんは早速手近にあった本を手に取り内容を確かめて......いや、あれは普通に読み始めているな。

リィリさんは背表紙を目でなぞりながら部屋の奥へと進んでいく。

背表紙にタイトルが書いてあるものもあるが、殆どの物には書かれていないので本当に目でなぞっているだけだ。

そしてレギさんは丸めてある羊皮紙を丁寧に広げて中身を確認してからまた丁寧に戻していく。

各々の性格がよく分かる様な動きだな。

ちなみにカザン君は恐らく記憶をなぞりながらアタリを付けているんじゃないかな?

しきりに首を傾げながら考え込むように本棚の間をゆっくりと移動している。

っと俺も皆を眺めていないで探さないとな。

地図って言っていたから......やっぱり羊皮紙を調べるのがいいかな?

俺はレギさんから離れた位置の棚に陣取り、羊皮紙を広げる。

......結構古いものみたいだな......レギさんみたいに慎重に扱わないと大変なことになりそうだ。

俺は丸められている羊皮紙を一つ一つ丁寧に広げ中を確認していく。

昔の書類関係が多いな。

グラニダの何代か前の領主が取ってきた政策や指示書なんかが多い。

この辺はカザン君の勉強になりそうなものが多いかもしれないね。

司書さんなんかがいたら、分類分けしてくれるのだろうけど......あまり決まった分け方はされていないようだ。

ジャンルで分かれているというより、使ったり集めたりした年代で別れている感じかな?

今の所書かれているサインが全部同じ人みたいだしね。

こうなってくるとこの部屋を全部調べる必要があるかも知れないな。

地図系で集まってくれていれば楽だったのだけどね。

最初カザン君に話を聞いた時、なんとなく額に入っている地図をイメージしたのだけど......この部屋にそういった類のものは無いようだ。

部屋を見渡した時にカザン君の様子が目に入ったのだが、先ほどよりも難しい顔をしているな......どうしたのだろうか?


「どうしたの?カザン君。随分と難しい顔をしているけど。」


「いえ、以前見た地図ですけど......書庫で見たわけでは無かったかもしれません。なんとなくですけど......あれは何処の部屋だったのだろう?」


カザン君がまた深く考え込んでしまった。

邪魔はしない方が良さそうだね。

カザン君が地図を見たのはここではない可能性があるみたいだけど......ここに保管されていないとも限らないし、引き続き調べて行こう。

先入観で調べるのはやめた方がいいかもしれないな......羊皮紙だけじゃなくて本の方も調べた方がいいかもね。

俺は先ほどまで調べていた羊皮紙を棚に戻し、本を手に取って開いてみた。


「これは......料理の本か。」


「その本は私が調べるよ!」


俺の呟きが聞こえていたらしいリィリさんが本棚の向こうから顔を出してくる。

いや......この本は調べる必要があるのかな......?

......もしかしたら原材料の地図が書いてあってそこに黒土の森の場所が書いてある可能性も......零とは言い切れないけど......絶対リィリさんの目的は変わっている気がする。

俺から本を受け取ったリィリさんがむふふと言わんばかりの笑みを浮かべながら、レシピ本をじっくりと調べて......いや、じっくり読んでいく。

ナレアさんに続きリィリさんも戦力外通告だな......。





遂に黒土の森について調べ始めました。

東の地に来てから随分かかった気がしますね。

まぁ手がかりが見つかったからと即出発とはまだ行かないでしょうが。


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