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193:記憶喪失



「カザン君の剣はお父さんに習ったものなんだよね?やっぱり子供の頃から手ほどきを受けていた感じなのかな?」


俺は蹴り飛ばしたカザン君を助け起こしながらカザン君に話しかける。


「あ、ありがとうございます。」


腹を蹴られたカザン君は少し苦しそうにしながらも差し出した手を掴んでくる。

悶絶しない程度に抑えたつもりだったけど......胃の中身をリバースしてないし、大丈夫だよね?

立ち上がり息を整えたカザン君がお腹を押さえながら先ほどの俺の問いに答えてくれる。


「あー、いえ、子供の頃から習っていたかはちょっと分からないですが......ここ数年は毎日、朝一番に稽古をつけてくれていましたね。」


朝一番で剣の稽古か......カザン君のお父さんは結構ストイックな人だったのかな?

......ん?

今カザン君、不思議な言い回しをしていなかったかな?


「子供の頃から習っていたか分からないっていうのはどういう意味?」


「あ、気になる言い回しをしてすみません。実は私とノーラはここ数年の記憶しかもっていないのです。」


「......記憶がない?」


「はい。子供の頃に家族で領都からセンザの街に移動する際に、馬車で事故に遭いまして......幸い父は軽傷で済んだのですが、母は足に大きな怪我を負い、私とノーラは強く頭を打ち、暫く意識が戻ることがなく......寝たきりとなっていたのです。」


「そんなことが......。」


中々凄い話のような気がするけど......それを話すカザン君の表情は、どこか晴れやかな感じだ。


「私が目を覚ました時に最初に目に飛び込んだのは、本当に嬉しそうに笑う両親の顔でした。その時の両親の笑顔があったからこそ、私は記憶を失ったことに対して悲観的にならずにいられたのだと思います。」


目が覚めた時のことがカザン君にとっては最初の両親との思いでと言うことか。


「忘れてしまいはしましたが、両親のお陰できっとそれまでの......忘れてしまった思い出も幸せなものだったと確信出来ました。それが気にならないと言えば嘘になりますが......私もノーラもあまり悩んだことはないと思います。」


「本当に、素敵な両親、家族だね。」


「はい。自慢の家族です。」


晴れやかな笑みを浮かべるカザン君は先ほどのダメージからすっかりと立ち直ったようだ。

それにしても思いもかけず凄い話を聞いてしまったな......カザン君達のご両親との忘れてしまった思い出、いつか思い出せる日がくるといいな。

息を整えたカザン君が徐に斬りかかってくるのを受け流し、すれ違いざまに脇腹に肘をねじ込みつつ後ろに回り込みカザン君の後頭部にナイフの柄を叩き込みながら失われたカザン君達の記憶に思いを馳せる。


「......ケイ君。容赦なさ過ぎて練習にならないよ。」


俺達の訓練を横で監督していたリィリさんの呟きに、ふと我に返った俺は足元に視線を向ける。

何やら色々な所を抑えながら悶絶しているカザン君が地面に倒れているのが見えた。

そういえば結構えぐい攻撃を叩き込んだ記憶があったりなかったり......。


「......あー、大丈夫?カザン君。」


俺がしゃがみ込みカザン君の顔を覗き込むと、油汗を額に浮かべたカザン君が辛うじて声を上げる。


「だ、大丈夫です。」


「ケイ君に迂闊な攻撃はダメだよー。攻撃の隙を狙うのが好きだからね。まぁケイ君相手じゃなくてもさっきみたいな攻撃はダメだけどね。中途半端な攻撃は自分自身を斬りつけているのと同じだよ。」


「は、はい!」


リィリさんがカザン君の動きの悪い部分を指摘する。

カザン君は基本が出来ている上に飲み込みも早いので、指導する方はやり易いかもしれないな。


「カザン君の武器は小盾と小剣。その武器なら自分から仕掛けるよりもケイ君みたいに後の先を取るほうが戦いやすいかもね。」


「はい!」


カザン君は半身に構え、身体を盾の後ろに隠す。

勿論小さな盾なので全ては隠れていない。

だが俺から見て攻撃できる部分が少ないのは確かだ。

そして盾の陰に隠して剣を構えているのだろう。

迂闊に近づけばその刃が俺に襲い掛かってくるのは想像に難くない。

とは言え、これはカザン君の訓練だし、ここで根競べをしても仕方ないだろう。

でもとりあえず......誘ってみるか。

俺は構えを解いて無防備にカザン君に近づく......カザン君が唾を飲み込む音が聞こえてきた気がするな。

もはや、俺とカザン君の距離は手を伸ばせば触れるほどに近い。

この距離にあってもカザン君は攻撃を仕掛けてこない。

......流石に動いた方がいいと思うよ?

俺はゆっくりとカザン君の盾を持つ手の方に回り込むように移動を始める。

カザン君の表情が焦ったものに変わる......。

動かなければ当然アウトだし、剣で攻撃するには俺の位置が悪い。

当然盾でだって攻撃は出来るのだが......先に攻撃を仕掛けては俺の思う壺だと考えているのだろう。

カザン君がお父さんから習っていた剣は型の稽古や正面からの打ち合いのようなものばかりだったんだろうな。

俺やリィリさんのように変則的な戦い方の実戦形式と言うのはあまり経験が無いように感じる。

......まぁ今回の件については変則的以前の問題だとは思うけどね。


「くっ!」


迷ったカザン君は結局後ろに下がることを選んだ。

この状況に陥っている時点で既に詰んでいるのだけど......後ろに下がるのは悪手だね。

下がろうとするカザン君に合わせて小外刈りの要領で前に残っている足を払いながら肩を押す。

盾が死角になっていてカザン君からは足技も手の動きも見えなかっただろう。

仰向けに転んだカザン君の顔に向かって踵を振り下ろし、顔のすぐ横の地面に打ち付ける。


「う!?」


地面に転がったまま硬直するカザン君。


「ほーら、倒されたからって硬直したらダメだよ!すぐに動き出さなきゃ追撃で死ぬだけだよ!」


リィリさんの声を聞いたカザン君は慌てて横に転がり俺から距離を取る。

まぁ顔に踵を落とされた時点で決着だとは思うけど......このまま続けるとしよう。


「足を完全に止めて構えていてもしょうがないよー。腰が引けてるのもばればれだしね。体も頭も柔軟に!どちらか一方でも停止させたら死ぬよ!」


「はい!」


再び立ち上がったカザン君が先ほどと同じように盾を構える。

先程と似たような構えだが、身体の各所で力が抜けており先ほどの物よりも自然な感じだ。

言われてすぐに実践できるのは凄いよね......基礎がしっかり出来ているってことなんだろうな。

先程と同じように俺が構えを解いて近づいていくと、今度はカザン君もすり足で近づいてくる。

そして距離がある程度詰まったところでカザン君が盾を構えたまま俺に向かって突っ込んできた。

シールドチャージってやつかな?

俺は再び盾を持つ手の方に回り込むように動き、カザン君の側面を取ろうとする。

しかし俺に側面を取られる直前でカザン君の突進が止まり、盾で殴りつけてくる。

側面へと回り込もうとしていた足を止めその場で盾での攻撃を躱す。

それと同時に盾を横殴りして開いてしまったカザン君の体にナイフを突き刺そうとして......盾を追うように突き出されたカザン君の剣を躱すことに切り替える。

後の先の話をされて......敢えて先の先できたのか。

俺相手に後の先を取るのは難しいと考えたのだろうか?

盾の陰から剣で攻撃してくることは予想出来ていたので、躱したこちらの体勢に問題はない。

そのまま再度カザン君の体にナイフを突き立てようと滑り込み......次の瞬間カザン君が突きを放った勢いのまま跳び上がり、俺を飛び越えながら宙返りをする。

強化魔法が掛かっているからこそ出来る強引な動きだけど、完全に意表を突かれた。

宙返りをしながら手にした剣で斬りつけてくるカザン君だが、流石に勢いはなく簡単に躱すことが出来た。

先の先で行くと見せかけてしっかりカウンターも狙っていたみたいだね......。

これは一本取られたな。

振り返ると、地面に着地したカザン君が急いでこちらから距離を取るのが見えた。

動きは止めないってことか......ほんと言われたことをすぐに実践できる子だな。


「いいよーカザン君!今完全にケイ君の裏をかけたよー!」


「はい!ありがとうございます!」


真剣な表情ながらもどことなく嬉しそうなカザン君を見据えて、次はどうしようか思案しているとナレアさんとノーラちゃんが手を繋いでこちらに向かってくるのが見えた。


「リィリ姉様―、兄様―、ケイ兄様―。ファラさんの部下の方が来ましたよー。」


どうやらファラの部下のネズミ君が情報を持ってきてくれたみたいだね。

訓練は一時中断して情報を聞かないといけないかな。

ファラが自分で戻ってきたわけじゃなくって部下の子をよこしたってことは取り急ぎ知らせた方がいい情報を得たって所だろうしね。





今この瞬間を生きるだけなら記憶は必要ないかもしれませんが

ふと立ち止まった時にこそ必要な物だと思います。

多ければいいと言う物でもないですが、経験と言う意味では多い方がいいかもしれませんね。


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