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アウターレコード  作者: 真鍋仰
可視化できない傷
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第1章07話 「劇的な事故」

 見知らぬ地。見知らぬ人。見知らぬ空。

 そうだとしても、幸路あざねが止まる理由にはなり得ない。


「先輩」


 その発音がおかしくないか、そんなことを思う。

 けれども、そんなことよりもこれから口に出すことは、それ以上に恥ずかしい。


「あの、こんなことをいうのはおかしいって、わかっているんです。でも」


 いいたくてたまらないと五臓六腑が叫びだす。

 感情が暴走する。

 せきとどめていた奔流が決壊する。


 仕方がない。幸路あざねはそういう性分だったのだ。

 ひとつのことにしか目が向かず、それ以外は視界の端にすら入らない。そうやっていつも大事なものを見落としてきたのが、彼女の人生なのだ。

 そのことをだれよりも、向かい合う少年は理解している。


「……あの、あたし」


 顔だけでなく、髪の隙間からのぞく耳も真っ赤にして、手はあわただしく組み直される。目の焦点はすぐに変わり、小さな口元が閉口を繰り返す。


「あの、ですね。先輩。あたしは、あの」


 とぎれとぎれの言葉に意味なんてない。

 これから口に出されるその言葉にこそ、劇的な意味がある。


「あたし!」


 覚悟が決まった。そんな音がした。

 どんな葛藤があったのか、幸路あざねだけが知っている。

 この後に出される言葉をこの場のだれもが知っている。


「あなたのことが好きです!」


 乙女の告白をだれが止められるだろう。


「付き合ってくださいっ」


 緊張のし過ぎで赤くなった顔を隠すために、少女は手を出して頭を下げた。

 あとは手を取るだけ。

 それだけで青春の一ページが刻まれるのだ。


 固唾をのみ込む。それは当事者以外の観客も同じこと。

 緊張が伝播し、想いが質量を持ったように錯覚する。

 それを人は集団心理と呼んだ。

 ヒトがヒトを理解するための足掛かりだ、と。






 そのときの彼をだれが責められるだろう。

 状況を理解しきれず、依存するものすら壊れてしまいかねず。

 どうしようもない、八方ふさがりの状況で。

 思いのたけをぶちまけてくれた美少女が手を差し伸べているのだ。

 ほかならぬ彼に。


 殺されかけ、砕かれかけ、壊されかけ。

 助けが必要だった戦場に舞い降りた天使を、どうしてあがめずにいられようか。


「僕も」


 手を握る。

 やわらかく、温かい。やや暑いくらいの、少女の手のひら。


「僕も好きかもしれない」


 名前は知っている。

 人生もまた知っている。

 すでに理解した。自分とは違う、けれども自分の一部。

 依存してしまうのは仕方がないのだ。


「だから、幸路あざねさん。僕と付き合おう!」


 さらさらと流れる茶色の髪から、真っ赤な顔とこげ茶の瞳が現れる。

 うるうると涙ぐむ瞳はとてもきれいで、彼女の容姿も相まって一種の絵にすら思えた。


「いいん、ですか?」


「もちろん。よろしく頼む」


 これぞ青春!

 これぞアオハル!

 ちょっと感動成分が旅行しているような気がしないでもないが、こうしてひとつの恋物語が成ったのだ。めでたく、尊い。


 ただ、世の中でも重視されるべきことを指摘されれば、これはいともたやすく滑稽なものに成り下がるだろう。

 すなわち、TPOというやつのことだ。






 タイム。夕食前の、一番来客してほしくない時間帯。

 プレイス。六堂院家の客室。

 オケイション。殺し屋と用心棒の意見が佳境に入ったとき。

 この状況下にて、ドキドキの告白イベントは突発的に発生したのだ。


 だれもが心を震わせ、疑問を覚えるのは仕方なしというもの。


「そういえば、先輩」


「何?」


 混沌とカオスと、その他諸々が混ざり合ったかつての火薬庫的なヤバさを秘めた場面は、飛んできた清順によってなんとか一定の落ち着きを取り戻した。

 まあ、全員の混乱は継続中だったが。


 今は広い食卓にて夕食をご馳走してもらっていた。

 面々は雇われている執事、家政婦によって作られたお高そうな料理に舌鼓を打っていた。


「あたしのこと知っていたんですね」


「まあね。これでも生徒会に入っているからね」


 彩が通う高校の一年、それが幸路あざねの立ち位置だった。つまり、後輩だ。


「うれしいです! えへへー」


 かわいい、と思った。少なくとも彩は。

 まあ、周りからの視線はもっと現実味のあるものだったが。


「いちゃついているところ悪いけれど、説明してほしいわ」


 すわ、勇者か、と周りから見つめられながら立ち上がったのは、用心棒とは仮の姿、今は幸路あざねの先輩で、生徒会書記の関原ひびきだ。


「そういえばですけれど、なんで関原先輩と一緒にいるんですか、先輩?」


「いや、私はあなたに聞きたいわ。どうやら六堂院家の人間でもないようですし、私はあなたがどこの誰かすらも知らないのよ」


「俺は知っている」


「あんたは黙っていなさい」


 なぜが夕食をご馳走になっている殺し屋さんは上げていた手をゆっくりとおろした。


「あ、そうでしたね。夕食までご馳走になっていたのに自己紹介がまだでした。あたしは八尋彩先輩の後輩で、今は、その、先輩の……彼女、の。……幸路あざねと申します」


 いちゃこらすんなよ、と思ったひびきだったが、なんとか口に出すことはせず、青筋を浮かべるだけにとどまった。


「幸路さんね。それでここには何の御用なの?」


 それ私のセリフ、と言いたげにしていたこの家の主、清順だったが、小さな咳払いだけにとどまった。まあ、スルーされたが。


「先輩に会いに、です」


「それだけ?」


「はい」


 どうしよう、頭が痛い。

 さすがのひびきさんでも頭を抱えた。最近の子は知り合いでもない人の家にずかずか踏み込んでしまうらしい。RPGのやり過ぎが原因かもしれない。


「……あ、今やっと冷めました」


 そんなことを呟いて、あざねは席を立ちあがり、ガクガクに緊張しながら、具体的にいうと手足の動きを連動させながら、上座の席に座る清順のもとへと向かい。


「すみませんでした!」


 めっちゃ勢いよく頭を下げた。土下座とはいかないが、やれといわれればやりそうなほどの勢いの謝罪だった。


「あたし、昔から一個のことに集中すると他のことをおろそかにしちゃって! 礼儀の欠片もなくてすみませんでした! 煮るなり焼くなり好きにしてください! あ、でも、家には帰していただけると幸いです!」


 ええ、と思った。全員が全員、困惑に陥った。

 いろいろとツッコミどころはあった。おろそかにするとかいうレベルじゃないとか、今の今まで気が付かなかったのかとか。

 けれど、女子高生に厳しい罰を与えるほど、清順という人間は鬼ではなかった。


「頭を上げてください。大きな家を持っておきながら心が小さいと思われるのは心外につきます。私は気にしていませんよ。どうぞ、ゆるりとして行ってください。もう遅い時刻ですし、ぜひ泊って行ってください」


「あ、ありがとうございます!」


 お言葉に甘えます、と流れに任せた彼女は、明日自分を恨むことになるだろう。


「いえいえ。その代わりといっては何ですが、明日は雑用をしてもらいましょう」


「お安い御用です。家事は出来る方なので、お手伝いさせていただきます」


 ほんわかとした笑みの裏側をあざねが知る由はなく、その日の夕食は美味しかった。

イベントを周回せねば……

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