昇格試験
さて、今日はいよいよ待ちに待った私の昇格試験の日だ。
筆記試験等はなく、試験内容はシンプルに戦闘試験のみだ。この試験相手は受験者より上の階級の冒険者から組合が選出して依頼という形で選ばれるそうだ。
この依頼を受けると貢献度が通常の依頼より多めに加算されて昇格が早くなり、時間も早ければ三十分程度で終わる上にそこそこ報酬も出るので断る人は少ないそうなのだ。
私はその相手を探してもらう為に十日待って、ようやく今日となった訳だ。
訳なのだが……。
「ごめんなさいナナシさん……。昨日依頼を受けた方が、先程また辞退されてしまいまして……」
「……そう、ですか……」
と言う訳である。
どういう事なのか説明すると、冒険者登録初日にCランクの冒険者三人を倒した小娘がいるという噂が広まりました。私の事ですね。
当初それを聞いた人達はただの噂話だと気にも留めていなかったけど、登録してから毎日の様にファングボアを担いで帰って来る私を見て噂の信憑性が高まり、いつの間にか『私=やべー奴』という図式が出来ていたそうだ。だからこの街を拠点にしている冒険者は依頼を受けてくれないそうだ。
おまけに私には不名誉なあだ名が広まりましたとさ……ちくせう!
それでも最近街に来た冒険者は何も知らないので、この依頼を受けてくれたそうだ。
だけど……依頼を受ける→私が訓練場にいると聞いて見に行く→マジ無理→辞退するという流れが続いている。
冒険者として正しい判断かも知れないけど……流石にこのままじゃいつまで経っても昇格試験出来ないじゃん!
「あら、またダメだったのクレアちゃん?」
「副組合長……」
「ゴメスティーヌさん!?」
残念なお知らせに項垂れていると背後からゴメスティーヌさんが現れた。
「ナナシちゃんも元気になったみたいねぇ。それと、貴方はいつもみたいにお姉さんでいいわよ?」
「あっはいお姉さん」
あの時はゴメ……お姉さんの言葉に励ましてもらった。純粋に人として尊敬出来る人物なのでお姉さんの言葉に従うのも吝かではない。
「それで、今日はどうしたんですかお姉さん?」
「どうしたもこうしたも私が貴方の試験に立合う予定だったのよ? だからそろそろ時間だと思って様子を見に来たのよ」
「申し訳ありません、副組合長」
「いいのよ。忙しいのは分かってるわ、貴方が謝る必要はないわ」
「すいませんお姉さん、私のせいで……」
「貴方も謝らなくてもいいのよ。悪いのはギリギリで逃げた腰抜け野郎の方なんだから、ね?」
!?
今一瞬お姉さんの目付きが変わったような……とりあえずご愁傷様です。
「そうねぇ私も時間空けちゃったし、あんまり待たせるのも悪いから私が変わりにナナシちゃんの相手をするわ」
「ゴメス……お姉さんがですが!?」
「そうよぉ前にも言ったでしょ? 冒険者をしてたって」
「それは覚えていますけど……でもいいんですか?」
「いいのよ。これも仕事の内なのよ」
「副組合長は元々はAランクの冒険者として活躍されていたので、ナナシさんも遠慮なく試験に臨んで頂けるかと思います」
と言う事で訓練場へとやって参りました。
ゴメスティーヌさんはいつもの受付嬢の格好から着替えて、レザーパンツにレザージャケットというなんともロックなスタイルだ。その上から皮の胸当てを装備している。
試験と言う事で二人とも木剣で戦う。
周りをを見れば相も変わらず暇な冒険者達がこぞって見学に集まっていた。
こうして相対すると分かるが、はっきり言ってそこらの冒険者じゃ束になっても敵わないだろうと思う。
それほどの圧力を彼からは感じる。
引退してどれぐらいなのか知らないが、今尚はち切れんばかりに鍛え上げられた筋肉は日頃から研鑽を怠っていない証拠だろう。
これは私も油断していい相手じゃなさそうだ。
♢ ♢ ♢
「なぁ、どっちが勝つと思うよ?」
「相手はあのサブマスだぞ? いくらなんでも勝負になんねえよ」
「迎撃のゴメスティーヌか。そうだな、今回ばかりはあの猪姫様も相手が悪かったな」
「何だよ、お前ら見た事ねぇのか?」
「あ?」
「んだ?」
「最近よ、猪姫様が駆け出しのガキ共に訓練してるみてえなんだがよ」
「あー、そういや最近そうらしいな。で、それがどうしたってんだ?」
「オレはその訓練を見たけどよ……ありゃあバケモンだぜ。一日中二人を同時に相手してんのに汗一つ掻かねぇし、まるで相手にすらならねぇんだぜ?」
「そりゃお前ぇ、ガキ相手ならそうだろうよ」
「そうじゃねぇんだよ。そのガキ共も弱かねぇんだよ。オレが見たところそのガキ共は身体強化も使いこなしてやがんだ。ただのガキにできる動きじゃねえから間違いねぇ」
「「なっ!?」」
「信じらんねぇだろうがマジだ」
「嘘だろ……」
「それだけじゃねぇ。あの姫さん、ガキ共には真剣持たせて自分は木剣でやってやがるからな。死ぬのが怖くねぇのか知らんが、ありゃあ相当頭イカれてやがるぜ」
「そりゃあ確かに狂ってやがんな……」
「だけどよ、そんなガキ共を簡単にポンポン転がすんだぜ?」
「マジかよ……」
「おまけにあの猪姫様は虫も殺さねぇツラしてるが、ガキ共がへばってても容赦無くしばくからな。……ありゃあモノホンの悪魔だぜ」
「そんなにヤベー奴だったのか……」
「えげつねぇな……」
「ああ、オレも見ていてガキ共に同情したぐらいだ……」
「で、でもよ! 相手はあのサブマスだぞ!」
「そうだな。だからオレもどっちが勝つか分からん。だからよ、案外いい勝負になるんじゃねぇかと思うぜ?」
♢ ♢ ♢
「準備はいいかしら?」
「はい、いつでも大丈夫です」
こういう時は先手必勝、やられる前に――
「じゃあ行くわ……よっ!」
「――わわっ!?」
って、速っ!
ゴメスティーヌさんは真っ直ぐ接近して、横薙ぎに払っただけだ。
単純で読みやすい動きにも関わらず、その重そうな身体からは想像出来ない程に俊敏な動きに意表を突かれ、先手を取られてしまった。
「へぇ、今のを避けるなんてね」
「ええまぁ」
「じゃあこれならどうかしら!」
言葉を言い終えると同時に次々と斬撃を放ってくる。ビュンと唸る剣の一撃一撃が重く鋭い。私に攻撃の隙を与えないかの如く計算された剣捌きは、常に最短で人体の急所を攻めている。
その攻撃に対し私は防戦一方となり、開始僅かで流れは完全に彼に傾いてしまった。
「守って! ばっかりじゃ! ハッ! つまんないわ、よっ!」
「それも、そう、です、ね、っとと」
悔しいなぁ。悔しいけど、私の剣の腕じゃゴメスティーヌさんには勝てそうにないや。
最近は毎日……って言っても一週間そこそこだけど剣を振ってるから、もう少しいい勝負が出来ると思ったんだけど、流石に甘かったか……。
「ほらほら! もう終わりかしらっ!」
熾烈な攻撃は全く衰えを見せる事がない。
私に攻撃の隙を与えるどころか、更にキレが増してきている。
「諦めちゃったのかしらっ! ハッ!」
Aランク冒険者として戦ってきたゴメスティーヌさんの実力は本物だ。心の何処かで私は彼の実力を侮っていたのかも知れない。
一週間そこいら剣を振っただけで勝てる程Aランクの壁は薄くないって事だ。これが付け焼き刃の自己流と長年に渡って積み重ねた技術の差なのだろう。
だけど、ここまで一方的だと清々しさすらあるんだから少し不思議だ。
残念だけど……私の完敗だ――
「それそれそぉれっ! なかなか、粘る、わねっ!」
剣の腕では、ね。
「行きます」
「この状況でどうす――」
ヒュッ
私には剣の技術がない。
だから私は打ち込まれる斬撃に合わせて正面から木剣を叩きつけた。
耳朶を打つような激しい音が響いた。そして、その衝撃に耐えきれなかった彼の手から弾き飛ばされた木剣が宙を舞った。
「――え……!?」
小刻みに震えている両手を見た彼に、そっと剣を突き付けた。
「はぁ……参ったわ。降参よ降参」
ゴメスティーヌさんの宣言で訓練場に一瞬の静寂が訪れ、直後に大きな歓声が響き渡った。
♢ ♢ ♢
「おいおい! マジかよ!?」
「うおおおおおお! 猪姫様やべえええ!」
「迎撃のゴメスティーヌに迎撃させずに勝っちまったぞ!?」
「猪姫様押されてたんじゃなかったのか!?」
「何だ最後の!? どうなったんだ!」
「サブマスに勝った……だと!?」
「誰かどうなったのか分かる奴いねぇのか!?」
「バカヤロー! オレらで分かんならサブマスが負ける訳ねぇだろがよ!」
「「「「そりゃそうだな……」」」」
♢ ♢ ♢
「……まさか私が剣を飛ばされるなんてね。見てよ、まだこんなに手が痺れてるわ」
「すすすすみません」
「褒めてるのよ?」
「ど、どうも……?」
少し強すぎたかな、でも褒められてるし……。
「流石にローランドが推すだけの事はあるわねぇ。私に本気を出させる前に勝っちゃうんだから」
「ええ!? あれ本気じゃなかったんですか?」
「少し違うわ。私は本来相手の攻撃に合わせての反撃が主体の戦い方なの。でもそれすら出来なかった、いいえ、させてもらえなかったと言った方が正しいかしら。それにあれはあれで本気よ? だから私の攻撃を受け続けるだけでも十分に合格よ」
カウンターが得意という事は実は最後の攻撃は結構危なかったんじゃ……。
何れにせよゴメスティーヌさんは見た目に反して攻めるよりも受ける方が得意だったのだ(意味深)
「……一つ聞いていい?」
「何でしょう?」
「私と戦ってみてどうだったかしら?」
「どうって……そうですね、凄く強かったです。えーっと、次の攻撃に移る動作も無駄がなくて速かったですし、少なくとも剣の腕じゃ絶対に勝てないと思いました」
「……なるほどね……」
質問に答えるとゴメスティーヌさんは自分の両手を見ながら何か呟いている。
「私も勉強になったわ。それじゃ中に戻って手続きしするわよ」
「え? あ、はい」
未だ興奮冷めやらない訓練場を後にして私達は組合内へと戻った。
手続きと言っても書類にサインをして、カードの刻印を打ち変える間に簡単な説明を受けるだけだった。
そして返ってきたカードにはCランクの文字が刻まれていた。
こうして私は晴れてCランクに昇格した。
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