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無人の理科室はだだっ広く、薬品臭さが緊張感を駆り立てた。学ランの襟の辺りが蒸し暑い。窓際でぬるい風に当たりながら、祐希は息を詰めて待っていた。
ほどなくして黒板上の時計が四時を指すと、からりと扉がスライドして、セーラー服姿のシルエットが現れた。逆光で目元は見えないが、肩に届く長さの髪は目覚ましく輝くオレンジ色だ。呼び出しに応じた彼女は、唇を笑みの形にきゅっと吊った。
「林くん、話って何?」
友好的な響きの声には、スポイト一滴分の戸惑いが溶けていた。人気のない理科室へ、クラスの男子に呼び出されて戸惑っている。いかにもなポーズを取る同級生へ、祐希は深く息を吸うと、薬液入りのビーカーを床へ叩き落とすように、茶番を終わらせる言葉を突き付けた。
「君は、誰だ?」
室内が静まり返り、少女の口元から笑みが消えた。
「千比呂は、僕を苗字で呼ばない」
「……そう。この世界の三倉千比呂も、君をユウキって呼ぶんだ」
千比呂は再び笑った。やや影があるものの、快活な笑みは祐希の知る千比呂そのもので、疑惑は確信に変わった。千比呂に違和感がないことこそ、最大の違和感だ。祐希は我ながら馬鹿みたいだと恥ずかしくなる推測を、言葉尻が震えないよう気を付けながら口にした。
「君は、過去を改竄した?」