9話 痺れて憧れて
感情というものは難しい。完全には理解できない。自分の感情すら理解出来ないのだから。他人の感情など到底理解することは出来ないのだろう。しかし、今この瞬間に抱く、自分の感情だけは理解出来た。嫌悪、厭悪、唾棄、忌諱。
聞き慣れない難しい言葉を並べてみたが、意味は無い。只々、不快だった。
嗚咽を繰り返し。近くにあった水たまりで口元を漱ぐ。
「こ、こいつ!泥水で口を洗って嫌がる!!!」
誰かが興奮気味に叫んだ。
無我夢中で口を漱いでると、いつの間にか怨嗟の声が止んでいた。辺りを見回す。
山田の姿が見えなくなっていた。
鈴の音が微かに聞こえ、数秒後
引き裂く様な機械の音と共に悲鳴が、断末魔が、命が掻き消える音がした。
周囲がどよめく。
一人の人間の突発な猟奇的行動を目の当たりにしても眉一つ動かさずに冷静に避難できていた鈴木達も、流石に動揺を隠さずにはいられなかったようだ。
勿論、吉田も例外ではない。
「熊が猟師にでも撃たれたのかな」
撃たれたのが本当に熊なのか、撃ったのは猟師なのか、それとも銃声ではない別の音なのか、断定は出来なかった。
辺りは静寂に包まれ、沈黙が訪れる。
吉田達の中に、山田の様子を見に行こうとする者は一人もいなかった。