8話 ゴキブリとコウモリとゾンビと
吉田悠也は思考する。
吉田悠也は何故カードゲームに興じているのか。そして、何故負けているのか。
このゲームの名前は「ゴキブリポーカー」簡単に言えば、ダウトとポーカーを合わせたゲームだ。相手の出したカードが本物か偽物か当てる、簡単なゲームだ。場の状況、相手の手札、相手の表情、声色、すべてを分析、判断をすれば必然的に勝てる。
なのに何故_________。
「俺のターン。やっさんを指名するぜ」
山田は声高々に指名した。
「これは、ゴキブリ__________もとい中屋敷だ」
伏せたカードをこちらに向け、ゴキブリと宣言した。
自分の場には既にゴキブリが4枚揃っている。
つまり、あと一枚ゴキブリが揃えば負けが確定する。
もう一つの負け筋、コウモリがあと一枚揃うこと。山田の場にはコウモリが4枚ゴキブリは2枚。
害虫を5枚揃えた者の負け______。
ならば既に害虫である山田はゲームが始まる前から負けているのではないのだろうか。
周りの木々から聞こえる虫のさざめきが集中をかき乱す。あたりは闇に包まれ、カードを認識するのも難しくなってきている。このゲームをやり始めてどれほど時間が経ったのだろう。一向に救助が来る様子は無かった。
「おいおい、やっさん早くしてくれよ。怖気づいたかのか?」
山田は煽ってきた。こんな煽りに誰が乗るのだろうか、こんな煽りは小学生でしか乗らないと思う。
「やれやれ、やれやれやれやれ」
吉田は手詰まりだった。
吉田の頭の中には山田だけには負けたくない、その気持ちしか無かった。
吉田悠也はひらめいた。
「アッ、オッアッ!ミッ未来が見えたッ!」
悪魔の翼、敗北、裏切り、救いの手
吉田悠也は勝利を確信した。
「そのカードは、ゴキブリではない」
自信を持って、答える。自信ではない、確証を持って答えた。
吉田悠也は未来を視た。あるはずだった未来、ありえたはずの未来、本来通るはずだった未来を。
伏せられたカードを手に取り、裏返す。
描かれていたのはコウモリだった。
「はー、きれそ」
山田は敗北を喫した。
敗北のショックか、遭難によるストレスからくるものか、どちらかはわからない。
わからないが、山田は次の瞬間________________服を脱ぎ始めた。
叫びだす。怨霊の怨嗟の声のような、声にもならない声を出し続ける。
周りにいた者は全員耳を閉じて避難していた。誰も山田の心配をしている者はいなかった。自分の身の心配、もとい身体の心配をしていた。あんなモノと一晩をこんな無法の地で共にできるわけがなかった。
何故急に山田は叫びだしたのか、誰も理解できていなかった。だが、誰も理解しようとしていなかった。なぜなら、山田だからだ。なんの脈絡もなく唐突に服を脱ぎだしても、叫びだしても、誰も気に留めない。
山田だから。
山田という男の評価はそういうものだった。
一体どういう育て方をしたらこんな生物になるのだろうか。危険な薬にでも手を染めているのだろうか。普段から常備薬としてキメている可能性はゼロとは言えなかった。
ゾンビのようになってしまう薬物を、ふと思い出した。肌がボロボロになり、理性を失い、人を襲い、喰らいつく。高校に大人の紳士向けゲームのリュックを背負ってくる強靭な精神を持った山田のことだ。肌も強靭なのだろう。きっとその薬物を使用しているに違いない。
熟考している内に、背後を何者かに取られていた。
振り返る間もなく、声を出す間もなく、抵抗する間もなく______吉田の唇は奪われていた。