三話 『 意味を探す為に 』
暗殺者をぶっ飛ばしたアグニは小さな溜息を吐くと、何事もなかった様に薪を拾い集めて、もう一度火を熾していた。魔力の解放時に気絶して落ちてきた鳥を拾い、手際よくばらして火にあてると、腰に下げた皮袋から黒パンと胡椒を取り出し、また昼食を開始する。
大きな欠伸を漏らすアグニに、先ほどまでの恐ろしさは微塵も感じられない。
どころか、火の中で生木が爆ぜて「あちちっ」と言う姿からは、幼さまで垣間見える。
ミーナは、そんなアグニを量り兼ねているのか、オドオドと言葉をかけられずにいた。
結果的ではあるにせよ、助けてくれたアグニに、お礼を言いたかったのかもしれない。
しかしミーナは、胸にあるとても大きなものに言葉が引っかかって、口は開けても声を出すことができずにいた。
それは、他から見れば奇妙な光景だったろう。
火加減を黙々と見つめるアグニと、その後ろで困ったように立ち尽くすミーナ。
けれど、剣呑な雰囲気は欠片もないのだから。
互いに話しかけず、ゆっくりと流れていく時間。
山を抜ける風が梢を揺らす音を聞きながら五分が経ち。
鳥たちの囀りがコーラスの様に聞こえ始めて十分が経って。
火にかけた鳥肉が良い具合に焼け、胡椒の食欲を誘う香りが匂い始めた頃にようやく、
「……っ、ひう……えっぐ、うぅ――ぐぅう……」
ミーナは泣いた。
「あ、あああああああアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!」
声を張り上げ、ローブをぎゅっと掴み、立っていられずに尻を落として。
一粒がほろりと落ちれば、堰きを切ったように次から次へと溢れてくる涙。
聞いているアグニの方が辛くなるような泣き声を上げて、ミーナは顔を汚した。
けれどアグニは、泣き声を聞いて驚かず、そこを離れようとしなかった。
少女であるミーナにどんな経緯があって、何故暗殺者に追われていたのかなどは分からないが、涙の理由にならアグニにも覚えがあったから。
親が、殺された。
そしてどんな理由にしろ彼女が今ここに一人でいるという事は、世界で頼れる人間がいなくなってしまったという事だ。もし頼れる人間が別にいるなら、彼女はこうして一人で悲しみを抱えることはない。
「……ァ、父様、っ……母様ぁ――ァあ、ああああ、ッッ――ああああああああッ」
だからアグニは、もう一度ここで昼飯を作っていた。自分でも、らしくない事をしているなんて分かっていた。ただ、アグニにも彼女の悲しみとよく似た悲しさを知っていて、こんな時、誰かが傍にいるだけで悲しみをほんの少しでも逃がすことが出来ることを知っていた。
だからアグニは、焼き上がった鳥肉を半分、名前も知らない少女の鼻先へと持って行くのだ。
「食え。俺と半分コだ」
しゃがみ込み、視線を合わせて、涙と鼻水とヨダレで小汚くなっている少女の顔をぐいと拭い、パンと肉を握らせた。それから焚火の前に戻り、残った半分に齧りつく。泣き顔のまま呆然とするミーナは持たされた肉とパンを見つめ、戸惑い半分、それらを小さく口に運んだ。
「……、おいしい」
その言葉が最後、ミーナはアグニに渡されたパンと肉を懸命に齧りながら、それを飲み込んでは父と母を呼んで、咽び泣いた。
それは、痛みさえ感じてしまいそうな泣き声だった。
それでもアグニは、その声を聞いていた。
声もかけず、手も握らず、見てやることもしなかったが、静かに聞いていた。
半分コにした肉とパンを食べながら、ただ、そこに居た。
昼食をとり終わり、火の始末をしたころには随分と日も傾いていて、このままおやつでも食べるには時間的にちょうどいいくらいの時間がたった夕方前。泣き疲れて眠る、口元にパンの欠片をくっつけた少女を一瞥したアグニが、ため息に似た長い息を吐き出すのはきっと、少なからず後悔をしているからだ。
(手ぇ、出しちまった。旅暮らしの俺が、何やってンだ)
後悔の正体は明らか。『無闇矢鱈と命に係わるな。手を出すなら、最後まで責任を持て』。育ての親ゴトー・マッフェの教えが、アグニをアグニ足らしめているからだ。
猫や犬でも面倒を見切るのは大変だというのに、相手が人間で、暗殺者に追われていて、自分が旅暮らしで、そのうえ相手が女の子なら、頭だって抱えたくなる。
はっきり言ってしまえば、ゴトーが言っていた『最後まで責任を持つ』というのがどこまでなのかが分からない。どこかの町の自警団にでも預ければ面倒を見たことになるのか、それとも安全がきっちりと確保できるまでなのか。
まさか、自分を育てたゴトーの様に、本当の意味での『最期まで』なのか。
「けったいな事を教えてくれたよな。ゴトーの親父はよう」
ぶはあー、と口から後悔という固形物でも吐き出すように息を吐き、けれどこのまま悩んでいても仕方がない事を知っているアグニは、痒くもない頭をバリバリと掻いて立ち上がった。
名前も知らない少女に近づき、こつんと綺麗な髪が覆う頭を軽く蹴る。
「おい、いつまで寝てる。置いてくぞ」
すると少女は、ほどなく答えた。
「……、おいてけばいいじゃん」
「なんだ、起きてたのか」
「違う。いま起きたの」
のっそりと体を起こすミーナは髪に絡んだ落ち葉を払い、胸元に銀色のネックレスを仕舞って、赤くなった目をごしごし擦ると鼻をすすった。
落ち葉の隙間から顔を出すアリを見つめて、口を開く。
「あたしがここに居るってことは、夢じゃ、ないんだよね……」
「ああ、夢じゃない」
答えるアグニは、淡々としている。
「夢なら、良かったのに」
「そうだな」
「つめたいんだ」
「そうか?」
「そうだよ」
ミーナは少しの間を開け、生気の無い声を絞り出す様に再び口を開く。
「ねえ」
「なんだ」
「どうすれば、いいと思う?」
「……。どうすればって?」
「父様も母様も、皆いなくなっちゃったのに、あたし――」
「死にたいか?」
その言葉に、ミーナの肩がびくりと揺れた。ネックレスが隠れている胸元をギュッと握る。
「分かんない……。でも、父様も母様もあたしを逃がしてくれた。その時の言葉は『生きるんだ』って、『生きていて』って……」
「なら生きればいいだろ」
「何の為に?」
「おい……生きる理由を他人に求めるな。自分で見つけろ。そうじゃなきゃ、お前はお前を逃がしてくれた父ちゃんや母ちゃんに顔向けできねぇぞ?」
「でもあたしにはもう生きてる意味が――ッ!」
「それに、生きる事に大層な意味なんかねぇよ。飯食って、寝て、また飯を食う。生き甲斐ってことじゃねぇンだ、生きるってことは。お前の親はお前に死んでほしくないから『生きて』って言ったんだよ。それ以上でも以下でもねぇだろ」
そこまで言って立ち上がるアグニは、木々の隙間から漏れる陽光を見上げた。
「ただまあ、言いたいことはある」
ミーナはその言葉に反応して、アグニを見上げた。
「……なによ、偉そうに」
「生きるか死ぬかも判断つかねぇ奴より、ましだと思うが?」
「ふんだ……」
少しふてくされた声だった。アグニは再びのため息もついでに言葉を続ける。
「いいか? 死ぬなんて事、するんじゃねぇ。意味や理由が見つからないなら探せばいい。探して見つからなかったら、もっと探せ。俺はまだ一人になって二か月くらいしかたってねぇけど、世界っつーもんは案外に広いぜ? こんなに広かったら、意味や理由、生き甲斐なんてごろごろ転がってるはずだ。もし俺の言うことが嘘だと思うなら、一度やってみろ。お前の生きる理由が見つかるまでなら、俺が手を貸してやる。それに……なんだかんだ言いながら拾っちまった命だ。むざむざ投げ出すのは教えに反するんだ」
だから、とアグニは上げていた視線を下へと戻し、ミーナを見た。
「俺についてこい。今は、俺がお前の生きる理由になってやる」
次回 「 良い値で売れるって言ったってw 」