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二話 『 ご飯はきちんと食べましょう 』

 今から大体十ヶ月ほど前。アグニの育ての親だったゴトー・マッフェが大往生し、アグニが旅に出て大よそ二ヶ月がたった頃の話。

 ゲールーゲという山で太陽が中天を過ぎようとしている時間帯に、アグニはバナコーラ国から逃げてきたと言う貴族の娘――――ミーナ・レコイフス・ゲッペシュドール・アルマディウスと出会った。

 なれ初めは、どこかの古書店に銅貨一枚でセット販売されているような三文小説にありがちなもので、「助けて!」。突然、そう言われたのだ。これならまだ空から降りてきた天使の方が、ドラマを展開させやすい。

「……ああん?」と、アグニが本当にだるそうに顔を向ければ、純白の外套(ローブ)を纏った少女が一人。その後方一〇〇レートルほどに、薄茶色の面を付け、全身を漆黒色に固めた、どう見ても暗殺者といった風貌の連中が三人、こちらに向かって走ってきていた。連中は山という足場の悪い場所を駆ける身のこなし方から相当の力量がうかがえる相手で、あんな連中に追いかけられていて何故少女が今も無事なのか、アグニには分からない程だった。

 だから、焚火の前に陣取って小動物を丸焼きにしていたアグニは、簡潔に言ったのだ。

「嫌だ。面倒臭い。つーか、見たらわかるだろ。俺は今から飯なんだ」

「なっ、ご飯に負けた! 普通こういうときって助けるもんじゃないかなっ!」

「英雄譚の読み過ぎだ。それか、恋愛劇を観すぎ。世の中そんなに甘くない」

 アグニは棒切れで焚火を突き、そろそろかと呟きながら、さっき獲った居眠り狸(プーヤン)という動物の丸焼き加減を確かめる。丸焼きと言っても血抜きから始まり、頭を切り落として皮を剥ぎ、内臓を抉るという下準備が必要なので、アグニの服には所々返り血が跳ねていた。

「甘くないのなんて知ってる。だからあたしはここまで逃げてきたのっ!」

「そうか。ならもっと逃げろ。走ってきた方向から思うにバナコーラの国境を越えて来たんだろう? そんなお前に朗報だ。この山を東に下った所の谷――ヘルズネクトの断崖際に、小さい村だったが自警団の詰め所があった。そこまで逃げれば何とかなるかもしれないぞ」

 ミーナの頬がぷぅと膨らんだ。

「そ、それが出来れば、あんたみたいなゴロツキに頼んでなんかないんだからっ!」

「ゴロツキって……まあ紳士でもねぇけどよ」

「でも、もう無理なの。魔力が無くなっちゃったの! 魔力があればあんな奴らッ」

 瞬間、風が裂けた。(くう)を切る音が殺意を持って唸りをあげ、アグニの目の前で芳ばしく匂うプーヤンの丸焼きが四枚に下ろされ地面に落ちた。

「な――ッッッ!」

 アグニはあまりの事に固まっていた。少し離れた地面にはダグという投擲用の短剣が三本突き刺さっているから事態は飲み込めるが、この状況に思考が働かない。

 ミーナが咄嗟に振り返れば、三レートルほど先に黒ずくめの暗殺者たちが立っている。

「仲間か?」

 三人の内で誰が喋っているのか全く分からない声。まるで山の木々が代わりに喋っているのではないかという不気味な声の響き方だった。

 ミーナは、くッ! と喉を鳴らし、純白のローブの中から天使の姿が刻まれた白銀の銃を取り出して構えた。その拍子に、胸元から銀板が付いたネックレスが零れる。

「ふんっ、知らないわよ。女の子を助けるより、自分のご飯が大事だなんて平然と言えるこんなヘタレ!」

「そうか」

 暗殺者はそれだけを言うと、スー……と身に纏う空気の質を変えた。

途端に、目の前に居るはずの暗殺者を認識しづらくなる。

「もう、なんなのよ、それ。ずるっ子だっ!」

 ミーナはライトブラウンの長髪を左右に振りながら、見えているはずの暗殺者を探す。

 だが分からない。見えているはずの敵を認識できない。

 だから手が震え、銃口がぶれる。

「震える必要はない。痛みに気付く前に殺してやる」

 そんな言葉が最後、完全に暗殺者の気配が消え、木々の葉を揺らす風が吹きぬけた。

 ザザア……と、一帯に殺意が充満していく。

 ゴクリと意識せず鳴る喉に、額から頬を通って顎先で落ちる汗。陽炎が揺らめくように周囲に微か残る暗殺者の影が瞳に映り込み、それを無意識下でとらえるミーナは、居たような気がする場所へと銃を向けるしかない。

「いない……ッ」

 喘ぐように喉が震え、はあはあと呼吸が荒くなる。そこに殺意という粘着質の感情が流れ込んできて、干上がる口内をねっとりと張り付かせていく。ガタガタと揺れて崩れそうになる膝は、恐怖に支配されていることを表していた。

「なんであんた達に殺されなきゃいけないのよ! 父様と母様を殺したくせにっ! 父様と母様はあたしを逃がしてくれたのに! なんで追ってくるのよ!」

 ミーナは、大声を出していなければ自分がどうにかなってしまいそうで、血でも吐きそうな悲痛な声で必死に叫んだ。

けれど、人が死ぬ瞬間に慈悲などない。

アルマディウス家は(、、、、、、、、、)裏切った(、、、、)。制裁を加えるのはその為だ」

 突如として目の前に現れる暗殺者。

 不気味な面の奥で暗く光る瞳と、ミーナの視線が絡む。

 躊躇いはなかった。手に持ったのは短剣だった。ミーナの白い喉に添えられていた。

 ひやりとしたその刃に少しでも力が入れば、噴水の様に血は吹き上がってしまう。

「死ね。アルマディウスの娘よ」

 暗殺者の最後の宣告が静かに響き、短剣を握るその手に力が入ろうとした。

 そのとき。

 ズッ――ッッドゥウウウウンッッ!!!

 大音響を伴う強烈な衝撃が空間を薙いだ。

 周囲の草木が振動するほどの衝撃はアグニが焚いた火を吹き飛ばし、細い木々を次々とへし折り、頭上を飛んでいた鳥を気絶させて、今まさにミーナを殺そうとしていた暗殺者を含め、その場にいる全員の動きをピタリと止めた。

 山それ自体が息を止めた様な、射竦められてしまった様な。

 超絶するそれは――魔力。

 しかし、その中で動ける者が一人だけいた。

 アグニ・セイティフス。少女暗殺という現場で、唯一無関係の男だ。

 その無関係者は、幽鬼の如くゆらりと立ち上がると、静かに問うた。

「――誰だ?」、と。

地を這い出た悪魔のような、底冷えする声で。

「――誰だ?」、と。

 膨大な魔力によって体から立ち上る深紅のアウラを揺らめかせて。

「――誰だ?」、と。

 そして歯を剥き出し、口から溢れる闇を幻視させながら、強烈に叫び問うた。


「俺の昼飯を台無しにしたのは、誰だ――――――ッッ!」


 ズゴウボワアアアアアアアアアアッ! と。

 魔力を視覚化したものであるアウラが、まるで地上から深紅の稲妻を立ち上らせたような馬鹿げたエフェクトを作り出した。

「「「そんなバカなっ!」」」

 実際に起こった現象にそろって突っ込みを入れる暗殺者たち。

 それは、闇に生き、数々の人間を殺してきた暗殺者だからこその想いだった。

 暗殺者すら唖然とさせる魔力の解放にしかし、アグニに背を向けていたミーナは、いったい何が起きたのか分からない。だからこそ、動けない。

(な、なに……? 一体なにが――ヒイッ!)

 そのとき、一つの手がミーナの頭を掴んだ。

「おい、そこの……」

 気付けば、ミーナの肩口からにゅう……と出てくる悪魔のようなアグニの顔。

それだけでミーナはガクブルだった。

「は、はひ?」

「教えろ。俺の昼飯を台無しにしたのは、お前か?」

「(ぶるぶるぶる!)」

 全力で否定する。口がMみたいな形になっている。

「なら、だあれぇだあぁ?」

「ひぃいいぃいぃぃ!」

 意識せず、ミーナは悲鳴を上げた。食べられちゃう! 本気でそう思った。

「あああ、ああああああっ!」

 あまりの恐怖に言葉が紡げず、震える人差し指を突き出して、目の前の暗殺者を指す。

「コレ……か?」

「(こくこくこくこく!)」

「そうか、俺の昼飯を駄目にしたのは……お前かぁ!」

 ゴアアアアアアアアアアアァァァァァァアアアア……ッ!

 魔力の質が粘着質へと変わり、アグニの深紅のアウラが暗殺者をべろりと舐め上げた。

 途端に指をさされた暗殺者は短剣を取り落として数歩下がり、自分じゃないと否定し始める。

「ちっ、違う! 私ではない。そ、そうだ、あいつだ!」

 ミーナに指を差された暗殺者は、違う場所で短剣を構えていた暗殺者を指さした。

「なぁあ! 俺ではない! そもそも威嚇しようと言い出したのはお前じゃないかっ」

 仲間から指さされて焦った暗殺者は、また違う暗殺者を指さした。

「ば、ばかっ! 何も焚火を狙わなくてもよかったんだ。というより、火を狙えと言ったのは貴殿ではなかったかッ?」

 仕舞いには、AがBを、BがCを、CがAをという具合に指さし合い、それを見た怒れるアグニは、ふしゅるる……と奇怪な呼吸音を響かせたのち、「そうか、良く分かった。要は、お前『ら』が悪いんだな?」という結論に達したらしく、「「「ヒィッ!」」」と仲良く悲鳴を上げる暗殺者を、「あの世に行って、俺が食べ損ねた居眠り狸(プーヤン)に謝ってごいやゴラアアアアアアアッ!」と全員纏めて空の彼方までぶっ飛ばしたのだった。

 もちろん効果音は『キラーン☆』である。

次回 「 意味を探す為に 」

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