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六話 『 王国近衛師団長 』

 ジョイズ・モントレ―の雰囲気がズンッ、と重くなった。

 足を前後に開き、腰を落として、巨大な岩石とも見間違えそうな体躯を硬い螺子でも締めるように捻り、吸気を大きく、呼気を長くとると、静かに鯉口を切る。

「へぇ、あのおっさん」

 アグニはジョイズ・モントレーの構えを見て感嘆を漏らした。

 本来、ジョイズ・モントレーが腰にするような無骨長大で鉄板に柄を無理やり付けただけのように見える大剣に鞘など必要ない。鞘が必要なほど刃に鋭さがないからだ。

 振るう際の表現としては『斬る』ではなく、『叩く』と言った方が合っている。

 なのに、その大剣は鞘に収まっていた。

「陛下は御言葉を下さった。民の平穏と勝利を持ち帰れと。ならば――我は、その邪魔になる障害を何の躊躇いもなく切り倒し進んで見せよう」

 鞘に収まった大剣を腰に構えるジョイズ・モントレーは、静かに呟く。

 視線の先、灰色の男が奇声も大きく飛び上がった。気味が悪いほど肥大した筋肉は皮膚を裂いて赤く染まり、両目は焦点が合わずに互いが明後日の方を向いている。

 驚異的な速度で繰り出される灰色の男の圧倒的な暴力。

 それはただ腕を横に振るうという形で行われ――その瞬間。

 疾――――ッ! と。灰色の男とジョイズ・モントレーの間で、何かが煌めいた。

「――ッ!」

 中空を奔ったのは、一本の大剣。

 行われたのは、超速の居合。

 その軌跡をなぞる様に夕焼け色のアウラが火花と散り、空白が一拍、場を包む。

 飛び上がったまま重力に引かれる事のない灰色の男が滑稽に映るほどのあいだ静止した世界に、呟きが一つ、重く響いた。


煌煌抜剣(こうこうばっけん)、一の型――〝瞬氣(またたき)〟』


 そして、鯉口が甲高くも鈍い音を立てた直後――世界が斬れた。

 轟ッ! と。

 突風といって間違いのない抜剣時の圧力が広場に居る参加者を叩き、灰色の男の顔半分を消し飛ばす。灰色の男の落下を忘れていた肉体が風車のように縦に回って吹き飛ばされ、後方、広場の入口に設置された大型のごみ箱へと綺麗に収まった。

 その間、僅か一分足らず。

 参加者の誰かが鳴らした喉の音が驚くほど大きく聞こえ、誰一人として声もあげられずに、その場から動けない。

 いつの間にか姿勢を屹立のものに戻しているジョイズ・モントレーが一連の最中にも微動もしなかった騎士らに『行け』と一言処理を命じれば、ガシャガシャと鎧を鳴らして騎士達は命令を実行し始める。

 ゴミ箱の中で死に際の虫の様に体を揺らす灰色の男はもちろん、灰色の男に殺された参加者を手早く片付け、すべてを無かったことにしていく王国騎士達。数分で死体を片付け、最後に一面を染める血を流す為の水を、巨大なバケツから数度ぶちまけて命令を実行し終えた。

 淡々と。自分と同じ人間だったものを片付ける割には。淡々と。

 感情のないブリキ人形の様に命令をこなし終え、再び整列の形で動かなくなる。

 優先する命令があればこそ規律というものは保たれるのだろうとアグニは思うが、けれどぞっとしない光景にくだらない息を吐きだした。

 立ち尽くす参加希望者の顔に浮かぶものは呆然か、困惑か。

 それとも、諦めか。

 そこへ声が響く。ジョイズ・モントレーの重たい、惨劇と言って不思議のない現実から参加者たちを引き戻す、透徹した声が。

「今の襲撃者はおそらく、大陸は南方の国、バナコーラが差し向けた刺客だろう。理由は明白。我らがこれから向かうゲールーゲのヘルズネクトに隠された秘密。これを奴らも狙っているからだ。故に、この作戦は時間との勝負にもなる。敵はヘルズネクトのモンスターだけでなく、今の様な対人戦も考慮に入れておくべきだ。魔法は言わずとも、奇襲に強襲、多種多様な罠にも気を配らねば成功には程遠い。必ず死ぬことになる」

 人はどれ程強くなったところで、目の前で人の死を見せ付けられれば動揺が浮かぶ。

 動揺の大きさは『慣れ』にもかかわってくるが、何か大きな決断を迫られているときには、背中を押す最後の決め手など小さなきっかけで事足りる。

〝 自分も死ぬのではないか? 〟

 一度考えてしまえばとりとめなど無くなってしまうのが死への恐怖だ。他人の死に慣れる事は出来ても、自分が死ぬことに慣れることは出来ない。

 けれど、それを承知しているだろう王国の近衛師団長は、だからこその言葉を続ける。

「故に我は、今一度言葉を重ねる。――話を聞き、この我をその眼で見た己の胸に問い、決めるがいい。死に臆するは惨めではない。生に乱暴な者こそ惨めなのだ。それでも参加してくれる者を我は拒まぬ。歓迎しよう」

 では、四半刻後に。そう言って、ジョイズ・モントレーは背を向けた。

 直前で、アグニはその視線が自分に向いた事に気づいて、にやりと笑った。

「あのおっさん、何のつもりだ?」

 睥睨。と言っても艶のある流し目ではない。力強く、勢いの籠った視線はアグニを責めている様で、ともすれば挑みかかるようにも感じられた。

(別に好きで動かなかったわけじゃねぇよ)

 アグニはため息をつくように鼻から息を抜き、自分の胸のあたりで抱え込むように目を塞いでいるミーナを解放した。

「もう、いいぞ。オコチャマン」

 しばらくの間目を塞がれていたミーナは日の光にくらんだのか「ふあっ!」と声を上げ、何度か瞬きを繰り返しながら「うー、オコチャマンじゃないもん」とぐしぐし目を擦って頬を膨らませる。

「なら、少しくらい緊張感ってもんを持ってくれ。ピンチの時に悲鳴も上げられねぇんじゃ、助けてやることも出来ねんだから……なっ」

 アグニはミーナの尻を叩いた。

「ひゃあ!」

 叩かれた拍子に漏れる悲鳴に笑いながら、アグニは南門へと足を出す。ミーナは唇を尖らせてブーたれながら、しばらく尻を押さえて後に続いた。

「で、さっき何があったの?」

「言っちまったら目を塞いだ意味がねぇだろうに。これだからオコチャマンは」

「むきーっ! オコチャマンじゃないもん! アグニの方がオコチャマンだもん!」

「あっはっはーっ、そうだぞー、オコチャマンだぞー。ミーナはそんなことも分からなかったのかー。だからオコチャマンって言われるんだぞーぅ」

「むむむむむむむむーっ! 何だかもっと馬鹿にされているような気がするっ!」

「お、頭いいな。馬鹿にされていることに気が付くなんて。偉いぞー、オコチャマン。いや、オコチャマン『改』にランクアップだー。『真』や『ネオ』でもいいぞー」

 あははははー、と。アグニは頭の後ろで手を組んで、ぎゃいぎゃいと反論するミーナを笑う為の笑顔を作る。隣に追い付いてきたミーナに考えを悟らせないよう、精いっぱい馬鹿にしながら頭を回した。

(ゴトーの親父が生きてた頃に一度だけ見たことがあった〝空転の歯車(ミステイクアビリティ)〟。本来なら肉体を循環している魔力を空回りさせて、一ヵ所に留めることで肉体を強化させる強化魔法のはずなんだが……まあ一様、魔力循環の阻害自体がいい方法じゃねぇから使う奴も今じゃいないってーのに、それを狂戦士製造魔法に変えちまうとは。ヒデェことしやがる。気が狂っちまうほど魔力の循環を阻害するなんてなぁ……そんだけ敵さんの頭は逝っちまってんのか?)

 アグニは笑い声に面倒なため息を混ぜて、足を進めた。

 こりゃあ一筋縄ではいかなそうだ、と思いながら。

次回 第三章 ―― 暗躍と冒険

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