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四話 『 露店のせんべいとおっかない場所 』

 弱音というものは、身近な者には吐きにくいという側面がある。

 かといって、そればかりが取りざたされるという訳でもないが、得てして異性間、特には家族の様にいつも傍にいる相手に弱っているところは見せにくいものだ。それは見栄だったり、心配を掛けまいとする強がりだったりする訳だが……ミーナとアグニの関係もそれに似ている。

 一緒に旅をするようになってから十ヶ月。多少なりとも互いの心の内を察せる程度は近くにいたと思っているが、当人の覚悟を他人が勝手に推し量ることは出来ないし、する事ではないとアグニは思っていた。言葉で「大丈夫か」と尋ねたところで、「大丈夫だよ」と笑って見せるだろうと予測できる程度は、一緒に居たのだし。

 だからアグニは、偶然昨日の店に居た国営商会の受付でで働くピーター・キューピッグに、一芝居うってもらったのである。金を稼ぐ為になら変幻自在に自分を偽れる商人。それも国営という看板を担ぎながらも、相手を躍らせることの出来るプロ中のプロに。

 もちろん、相手は商人なのだからそれ相応の対価は用意した。たった一言を引き出すために掛けた金額にしては高くついたが、昨夜のばか騒ぎはそれだけが目的ではなかったのだから、やはり相応だろうとアグニは考える。

(つか、俺の頭がもっとよけりゃ、言葉一つでミーナの気持ちを確かめることも出来たんだろうがなあ)

 アグニはそんな事を考えながら、グロウス国営商会からまっすぐ伸びる表通りを、ライトブラウンの長髪を追いかける様に歩いていた。前を行くミーナの、ひょこひょことひな鳥の様に歩く姿からは、昨日マグティーノに気圧されていた時のイメージばかりが浮かんできて、先ほどピーター・キューピッグに向けた強い意思こそが、何かの見間違いだったのではないかと思わされながら。

「でも、さっきのこいつの眼は真っ直ぐだったしなあ」

 呟き、アグニは露店で芳ばしく焼けたサークルフィッシュという円盤状の魚に目を止めた。食べたい訳ではない。ミーナが円盤状の魚に驚いているから、つい目が流れただけだ。

「如何だい、一枚? 天日干しのサークルフィッシュ、焼き立てだよ」

 優しく笑う露店のおばちゃんから声を掛けられて、せんべいのような魚からアグニへと視線を動かすミーナの瞳の中には、買って! という文字が浮かんでいた。肩を竦め、ポケットに突っ込んであったコインをじゃらりと手に広げるアグニは、綺麗な銅貨を二枚選んで投げてやる。

 途端にぱぁああああっ! と表情を緩めるミーナは、さながら子供の様に露店へと駆けていき、満開とでも表現できそうな笑顔でおばちゃんに銅貨を見せ付ける。

「毎度!」

 おばちゃんは焼き立てのサークルフィッシュにタレを塗りたくり、紙に包んでミーナに渡した。ミーナは受け取るなり食らいつき、幸せそうな顔を作る。

「陰干しから天日干し。要するに、お天とさんには目に見える光と目に見えない光があってね。その両方を当てるから、うちの魚は美味いのさ」

 露店のおばちゃんの売り文句を聞きながらサークルフィッシュを食べて、口の周りをベタベタにするミーナに微苦笑するアグニは、ここから少し先に見えるグロウス城の尖塔に視線を向け、昨日から幾度となく考える事に思いを馳せた。

(……ゲールーゲにヘルズネクト、か。何の因果だかしらねぇが、ミーナと出会った山まで逆戻りだ。儘ならねぇなあ、まったくよう)


 †††


 一般人の姿がないグロウス城下町の城門前広場には、総勢二十名の王国騎士と、ヘルズネクト探索作戦に参加する為に集まった、二百余名の人間がいた。黒金(くろがね)に金細工が施されたいかつい甲冑を着る王国騎士が周囲を警戒しているおかげで広場は整然としているが、二百を超える猛者から発散される物々しい雰囲気で、いつもなら見える露天商が今は見えない。魔の谷などと呼ばれるヘルズネクトへわざわざ向かおうという連中が二百を越えて集まっているのだからそれもしょうがないが、それが屈強な者達であれば余計、殺気に似た何かが空気を淀ませてしまう。

 さて、そんなピリピリとした雰囲気が漂う只中で、ミーナはと言えば。

「ねぇ、アグニ。おっかない人ばっかりだね……」

 屈強な猛者が集まる城門前広場で迷子にならないようにという言い訳を理由に、アグニの右腕に引っ付きながらそんなことを言っていた。

「まあ、皆揃って強ぇだろうからなあ。こんなイベントでもなければ、ここに居る奴らと一回は喧嘩してみてぇよ」

「でた、喧嘩馬鹿」

「うるせー。いいじゃねぇか、喧嘩くらい」

「喧嘩の何が楽しんだか。痛いだけでしょ?」

「まあ殴られりゃ痛ぇわなあ。けど、それだけじゃねぇもんだよ、喧嘩ってのは」

 ふーん、と。ミーナは適当に相槌を打ちながら辺りを見回した。

 ふと目に留まるのは、見るからに挙動不審な人物。土のような顔色の灰色の男だった。

「アグニ、アグニ。変な人がいる」

「人の腕に抱きついて先の尖った何某を欲求不満げに押し付けてくるお前も――痛い、足を踏むな」

「尖ってないし、押し付けてない。第一、欲求不満でもないから。ただ、おっきいから当たっちゃうだけだし」

「……」

「な、なんでそこで黙るかな? そしてアグニはどこを見ているのかな?」

 アグニは、ミーナ曰く『大きいから当たっちゃうそれ』から目を外した。

「あー、おっきいおっきい。大き過ぎて目に入らなかったんだ、すまなかったなあ」

「むきーっ! 大きさなんて気にしてないんだからねっ! ほんとなんだからねっ!」

 ミーナのほっぺたが膨らんだ。

 アグニは笑いながらミーナの頭に手を置いて、よしよしと叩くように撫でる。

「で、その変な奴ってのは?」

「……、あっち」

 ふてくされたような声で教えてくれるミーナの視線を追っていくと、アグニもそいつを見つけた。位置的には左手。距離は五レートルほど先。

 それはどこにでも居そうな、けれど今にも倒れそうな顔色をした、奇妙な灰色の男だった。

次回 「 既知の外に追いやられた怪物 」

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