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二話 『 商人の矜持とアグニの一計 』

 グロウス国営商会の扉をくぐり、受付へと顔を出す二人。

 受付のずんぐりとした男はアグニの顔を見るなり満面の笑みを浮かべ、顔の大きさの割に随分と小さな目に掛かる眼鏡を顎の下の肉と一緒に揺らしながら、立ち上がった。

「これはアグニ様、ようこそおいで下さいました。まずは昨夜の大盤振る舞いに厚い御礼を申し上げます。どうも有り難う御座いました」

 言われたアグニは半秒ほどの視線のやり取りの後、ああ、と声を上げる。

「礼なんていらねぇよ。こっちはこっちで楽しんだんだ。礼なら、あそこに俺たちを連れて行ったのに途中で姿をくらましたルターナと、酒場でもねぇのに遅くまで騒がせてくれた店主にしてやりゃあいい」

「いえいえ、そういう訳には。遅くなって迎えに来た妻すら含めて楽しませていただけたのですから。いくら商人の端くれとは言っても、礼を滑らす口は持っていないと」

「そうかい。じゃあ、遠慮なく。で、用意してもらった物の事なんだが……」

「ええ、はい。ご用意できていますよ」

 ずんぐりした受付の男はアグニの言葉が終わる前にポンと手を打って、取っ手が付いた小型の宝箱と、画板ほどの大きさで木造りのカバンを受付の奥から持ってきた。紙幣が入っているのだろうカバンの方はそうでもなかったが、小型の宝箱の方は小姓の坊主と二人がかりで重そうに運んできた。おそらくあれに金貨が入っているのだろう。

 いち、にっ。という掛け声に合わせて随分重い音を立ててカウンターの上に置かれる宝箱。受付は顎の肉を揺らしながら息をついた。商会内に居る商人の視線が痛い。

「ふー、さすがにこれだけの金貨は重いですね」

 ずんぐりとした男はポコンと飛び出た腹を撫でて、けれど笑顔だけは崩さずに料金内訳が書かれた書面を手に取り読み上げる。

「えー、紙幣で二千万ガル。金貨が千四百七十枚。馬が一頭に幌馬車が一台。リーベンスまでの地図と、各種肉や魚の壺漬けや燻製、葡萄酒など食料が十日分。暖かい毛布や防寒具――」

 と、ここで。

 アグニが少しだけ言葉に詰まり、頬を掻きながら目じりを下げた。

「あー、悪りぃんだが、よぅ」

「はい……?」

「その金、預かっててくれねぇか?」

 すると男は意表を突かれたように目を丸くした。

「預かる、とは。どういう意味でございましょう?」

「ほら、勅命が出たって話で、腕の立つ奴を王様が集めてるって聞いてな。俺達もそれに参加しようと思ってンだ。だからその金を――」

 アグニが言い切る前だった。

「そ、それは……!」

 血相を変えた男が、急に身を乗り出してきたのは。

「滅相もない。おやめなさい、アグニ様! 当商会に来た勅命書ならわたしも見ましたが、あれは勅命と言っても、国軍の装備増強として竜族に関する物品の買い取りを国営商会が強化優先するというだけの物。ヘルズネクト攻略に参加する事は何も強制ではないのですよっ! ヘルズネクトに行くだなんて、自ら進んで命を捨てに行くようなものではありませんか! 正気の沙汰とは思えない!」

 突然、というタイミングだった。顔を赤くして息を荒げるほどに食って掛かる男の額には既に興奮による汗が浮いている。商会内の商人たちも驚いたようにアグニ達を窺っていて、受付の男の大声に訝しげだ。ミーナも初対面の人間が何故こんなに必死になるのか分からないから、つい眉を寄せてしまう。

「わたしが初対面にも近いアグニ様とミーナ様の行動に口出しをするのもおかしな話ではありますが、どうか考えをお変え下さい。彼の地は魔の地、禁忌の地。今は亡き祖母がわたしの幼少の時分に、それはもう語っていた事でございます。わたしの父もあの地で命を落としたと、母から伝え聞いているほど。せっかくの二人旅なのでございましょう。このまま代金を受け取って、リーベンスへとお向かい下さい。さもなければ、これだけの大金です。この王都に居を構えることも出来ましょう。わたしは貴女方に死んでほしくない。私の息子夫婦の様に魔物に襲われ、その若い命を散らさせたくないのでございます。生きていれば楽しい事もありましょう。けれど死んでしまっては笑うことも、美味しいものを食べることも出来なくなってしまうのです。アグニ様、ミーナ様、命を捨てるにはまだ早いと、私は勝手ながら思うのでございます。ああ、どうか……私の勝手な言い分ではございますが、ミーナ様には昨夜の笑顔を忘れず、お隣のアグニ様と末永くもお幸せに暮らして頂きたい。まこと心から、そう思うのでございます。どうか、どうか、お聞き入れください。どうか……」

 その声は後悔だろうか。それとも恐怖だろうか。あるいは混じり合った物だったのか。

 驚いたことに、それはアグニにすらそう感じ取れるほど、ずんぐりとした男のそれはもの悲しい響きがあった。だから、ミーナがつい困った顔を作ってしまっても、何と言葉を掛ければいいのか戸惑ってしまっても、仕方のない事だった。男が言ったように、初対面のような間柄にもかかわらず、その言葉に籠った『想い』を確かに感じられる程ぶつけて来られれば、無下に対応するわけにもいかないのが人というものだ。

「えっと……」

 ミーナはアグニの服の裾を掴んで困った顔で見上げる。「どうしよう」。そんな言葉が透けて見える様だった。普段ならアグニも一緒に奇妙な顔を作っていたかもしれない。

 けれど、今回ばかりはそうはならなかった。

 初対面からの突然の願いであったにしろ、この願いを受け入れるか受け入れないかはミーナにとってとても意味のある、人生の岐路というべき重要な選択だからだ。

 両親の死の真相に近づきたければヘルズネクトに行くのがベストであり、そうでないなら、このまま次の町リーベンスへと向かうのがベターな選択。そしてこの選択は、ミーナ自身が自分で判断するべきことだと、アグニは考えるのだ。

 だからアグニは、ミーナを見下ろして真っ直ぐに言った。

「ミーナ、自分で決めるんだ」

 困った表情のミーナに、アグニはそれ以上何も言わず、じっと見つめるのだった。

次回 「 覚悟と決意と、少しの甘え 」

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