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一話 『 朝はしっかり食べましょう 』

 次の日。出かける用意が整ったのは、もう後一刻で昼の鐘がなる頃だった。

 どうしてこれ程まで男と女の準備時間というものには差があるのかと、アグニは宿の外でミーナを待ちながら首を捻る。その両手には、一緒に喰おうと露店で買ってきた狡賢い鴨(ルフール)という鳥の、鶏肉なのに脂がのった大きな肉と、みずみずしい野菜が挟まった麦のパンがあった。照り焼きでもないのに肉汁でテカテカしている肉は見ているだけで美味そうだ。

(まあ、昨日のアレから見て今日は動けないかと思ってたくらいだから良いっちゃ良いが、起きたらあの後の事を何も覚えてねぇとか何様だ……って、よそう。思い出すだけで疲れる)

 溜息を吐いて、もうこうなったらミーナを待たず、さらにはミーナの分として買ったパンも一気に食ってやろうかと考えた時にようやく。慌てた様に、けれど少し恥ずかしそうに、ミーナは顔を出した。

「お、おまたせっ!」

「遅ぇ」

「ごめん。ちと手間取っちゃって」

 ミーナは昨日の嗜好品店でこっそりとヘソクリしていたお金で買ったチークをつけ、いつものシミひとつない純白の外套(ローブ)にホットパンツを合わせて、いくつものベルトで止めるタイプのロングブーツを履いていた。

 アグニはパンを持った手をミーナに突き出して、顎をしゃくって受け取れと促す。

 程よい香辛料の香りと肉汁が溢れて滲みているパンに、ミーナの眼が輝いた。

「わあっ、おいしそう! どうしたの、これ?」

「どうしたって、買ったんだよ。お前を待ってるうちに冷めたけどな」

「うっ、あたしにはアグニの視線の方が冷たく感じるよ……」

 ミーナは自分の肩を抱いて、ブルブルと震えて見せる。

「そーかい。なら、凍えない内にとっとと受け取ってくれ」

「わーい、ありがはむっ」

 と受け取るなり齧り付くミーナ。

 頬を一杯に膨らませて、おいしそうに目じりを蕩けさせる。

 その様子にアグニはやるせない息を吐きつつも少しだけ口角を笑みの方向に歪めて、ミーナの頭に手を置くと、くしゃりと撫でた。

「うまいか?」

「もふ、ふもっふー♪」

「そうか、うまいか」

 どことなく小動物を見ているような、あるいは幼子を見ているような保護欲を掻き立てられながら、アグニはミーナの頭から手を放し、自分もパンに齧り付く。完全に冷めたわけでもない肉はほんのり暖かく、十分においしかった。

「んじゃ、いくぞー」と口の周りにどうしてもつく肉汁を指先で拭ってアグニが言うと、ミーナは口の周りをテカテカにさせながら『むぐっ』と返事をした。

 向かう先は国営商会。昨日マグティーノから聞いた情報をどう処理するにしても、まずは売った哭竜(ハウリングドラゴン)の事をどうにかしなければならないし、アグニにはそれ以外の用事もあった。

(まあその結果次第で今後の方針が決まるわけだが)

 アグニは昨夜のミーナの様子を思い返して、しかし表情には出さずパンを頬張る。横目に見える、もしゃもしゃとパンに噛り付く幸せそうな横顔からは、いつもの雰囲気しか感じられない。夜のことが嘘のようだが、さてその心の内は……?

 そんなことを考えながら見ていたら、ふと目が合った。

「ん、どったの?」

 警戒心なく近寄ってくる小動物のような目で見上げられ、

「あたし、なにか変かな」

 自分の格好を見下ろしてあちこちを確認し始めるミーナ。

 その様子にアグニは力を抜いて、自然に言葉を漏らしていた。

「いいや。その頬紅(チーク)、似合ってるなって思ってよ」

「ふぇ?」

 アグニの珍しい讃辞にミーナの時間が少し止まり、次の瞬間にはパアッと満面の笑顔が浮かんで「にへへーっ」と照れた。

 いくら女心に疎いアグニでも、目に見える変化に言葉をかけることは出来る。それが、待たされた理由なのだろうと思うことも、ミーナが手間取った事だろうと思うことも出来るのだ。

 ただその言葉が、喧嘩士として相手の変化には敏感でなければならない、という身も蓋もない理由からであるのは、ミーナの知る所ではなかったけれど。

次回 「 商人の矜持とアグニの一計 」

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