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十話 『 想いと思い出と、寂しい気持ち 3 』

 でも――だから、気づける。

(そういう、事か……)

 要は、不安だったのだ。

 笑顔が沢山あった食事処から帰ってきて、アグニに風呂を先に譲って、夜の宿で一人になって、一人で居る空間に噛み付かれそうで――寂しくなった。

 それはアグニが暗殺者の言葉を聞いて考えた様に、ミーナもまたアグニと同じ様に考えて、ぼんやりとした答えに行きついた証拠だろう。娘の前では優しい両親。だが同時に暗殺者ないしその黒幕との関係を持ってもいた。

 そして今日聞いてしまった『アルマディウスが隠した秘密』という不気味な何かを知って、そんな物がまともであるはずがない事を考えて、確定したことではないが、その不安が一気に膨れ上がった――。

 しかも国営商会で手に入れた情報では、『アルマディウスが隠した秘密』を、大陸と呼ばれるほどに広大な陸地の西方、その殆どを領地にする国の王が狙ってもいるという。それも、防衛の主力である国軍を動かしてまで。そんなもの、どう考えたって普通じゃあない。

 両親が死んで十か月。それを『も』と考えるか『まだ』と考えるかは当人次第だが、その死が天災や寿命といったどうにもならない出来事によるものではなく、命を狙われる様な何らかの関係にあった暗殺者達を裏切った事での死であれば、『も』であれ『まだ』であれ、娘であるミーナの胸に仕舞われていた想いは息を吹き返すのは当然だろう。

(それも俺の傷から地続きで話し始めたってことは……)

 生きろと言って自分を逃がした親の死と、自分を守って出来たアグニの傷とを重ねたのかもしれない。もう二度と身近な人間がいなくなるのは嫌だ、と。

 アグニは湯が半分近く無くなった風呂の中でミーナを見下ろした。

(まあ、嫌な事を思い出したのに加えて、死の真相に繋がるかもしれない『秘密』なんて話が出てきたんじゃ、不安になるのもしょうがねぇか)

 ここでミーナに「どうするんだ?」と問う事は簡単だ。そしてそう問いを投げかければ、悩む事はあっても「このまま旅を続けよう」とは言わないだろう事を、アグニはこの一年足らずで見てきてもいる。

 だが、いまなら「このまま旅を続けよう」と説得する事も難しくないことも、アグニの目には映っていた。素っ裸で風呂などに突撃してきたり、落ちの無い話をしおらしく語ったりなど、普段なら考えられないからだ。

 アグニは天井を見上げ、子犬の様に甘えてくるミーナの髪を梳く様に撫でる。

(けど……まあ。今は無い頭で考えても仕方ねぇよな。明日になりゃ、分かることもある。胸の内側ってーのは誰であろうが外から見えねぇもんだし、それに……)

 進む道を強引に決めることは今なら簡単だが、そもそもアグニはミーナの生きる意味や目的といったものを見つけるまでの付き添いだ。ならば、提示できる選択肢は提示しなければ、アグニは奴隷を連れているのと何ら変わらなくなってしまう。

 ミーナは、アグニの奴隷でなければ所有物でもない。

 親の死で生きる理由や意味を見失った一人の女の子だ。

 であれば、アグニはミーナを助けた責任を果たさなければならないのは、当然だろう。

(これは俺が口を出していい問題じゃねぇ。だったら、見ててやるのが正解だよなあ)

 天井を仰ぐように上向けた顔に、湯に沈んでいたタオルを載せて、一息つくアグニ。

 なんだかんだと考えるのにも決着がつき、ふうと湯の熱にほだされた息を吐いて意識を切り替えるアグニは、顔に乗せたタオルを取っ払ってミーナの右巻きの旋毛を見下ろした。

 正直、湯が半分に減ったと言っても人間一人を抱えている状態はすごく暑い。そろそろ風呂から出ないと色々とまずい事が起きそうだ。

 そう考えたアグニは、さっきから全然動かないミーナに声をかけた。

「なあ、ミーナ。話が終ったなら、俺はもう出たいんだが?」

「……んー」

「いや『んー』でなくて。俺の上から退いてくれねぇかい」

「……んー。だっこ」

「だっこ? 抱えて風呂から出せってか」

 アグニは、まあ今日くらいは仕方ないかと考えながら、

「構わねぇけど、それでもお前が退かなけりゃ抱える事もでねぇンダが?」

「……んー。やー、動けないもん」

「やー、って子供か。お前はレディーじゃなかったのか?」

「……んー。レディーでも、地震が揺れてると立てないの」

「地震が揺れてるって……物凄い揺れだってことは分かるが使い方を間違って……」

 そこで気付く。地震なんて起きてない。なのに揺れてる? 立てない程に?

 アグニの頭上に吃驚マークが飛び出て、(まさかっ!)という思いが背筋を気持ち悪く這い上がる。

「ちょ、お前もしかして!」

 アグニは自分につむじを向けているミーナの顔を覗き込んだ。そして自分の考えが見事に的中している事を思い知って顔を青くさせた。

「……んー。あぎゅに……あたじ、ぎもぢわるいがも…………グプっ」

「待て待て待ってお願いだから! ここ一様風呂だから! 風呂は体を綺麗にする所だから! 一日の疲れを取ってああ今日も頑張ったなーなんて考えながらゆっくりするところだからこんな所でモザイク掛かるような物体を生み出すんじゃねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 閑話休題。

 

 ここから先は、想像の大海に身を委ねるべきだ。


次回 第二章 ―― 動き出す歯車

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