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第一章 面倒見男子と少女魔法士

 この世界には伝説がある。

 数多くの物語に使われるが故に誰もが知り、生きた自然災害と呼ばれるドラゴン族の一つ〝豪放の魔蛟竜フューリーエンドドラゴン〟の話や、現存する地図の大半を占めるトルティーニ大陸を拳一つで割り、ヘルズネクトという巨大な谷をつくったとされる名も無い巨人の話。

 あるいは。

 世界に数個しかないとされ、その力は日光により己の分身を数百人単位で作り出せると言われる天然プリズム鉱石〝魔連隊の召喚石サメントプリズムレジメント〟の話や、永久の生命を齎すと囁かれ、しかしそれが元で禁忌とされる魔具〝尾を飲み込む(リング・オブ・)円環の大蛇(ウロボロス)〟という指輪の話。

 それはどれも眉唾物の話であり、唯一その存在が実しやかに人々の口に上がる〝豪放の魔蛟竜〟でさえ、物語のラストを飾る為に劇作家が作り上げたものだと言われている。

 だが。

 話が伝説と成るには、どこかに信憑性のある史実が絡んでいる場合が殆どだ。

 それは、信じられない程に強大な竜を、記憶に残そうとした話が元かもしれない。

 それは、坑道に充満するガスによって、目を回した鉱山夫の幻覚が元かもしれない。

 それは、隕石が落ちた光景を巨人の拳に見間違えた、子供の落書きが元かもしれない。

 ただ、それらがすべて『かもしれない』ということも、忘れてはいけない事だろう。

 伝説は本当なのか、それとも人の噂から生まれたお伽噺なのか。

 実際には、どちらが真実なのか定かではない。

 いや、わからないからこそ、伝説は伝説足り得るのか。

 どこかの誰かの妄言であったり、願望であったり、教えであったり。

 それらが伝説となるのだろう。

 中にはわざと伝説のように装って実態を隠す事実もあるだろうが、人々の口に上がる文言の中に伝説という一言が混ざっていれば、それはもはや伝説の一つだ。

 だからこそ。

 この世界には伝説がある。

 伝説の中の伝説から、母親が寝物語に聞かせる小さな伝説まで、数々の伝説が。


 これは、そんな伝説溢れる広い世界で起きた、一つの小さな物語(ストーリー)である。


 朝露が煌めく早朝の森は、獣たちの眼ざめが早い事を知らせる囀りに満ちていた。

 赤や黄の羽を広げる鳥が鳴き声を響かせ、額に褐色の石を飾るイノシシが子供と地中の餌を探し、それを見下ろす木々たちは優しく枝葉を風に揺らしている。

 さらさらと流れる風には獣や草花の匂いだけではなく、それらを支える土の匂いや、温かく降り注ぐ日の香りが混じっていて、ここが命に満ちた森だという事を謳っていた。

 そんな、命溢れる森の中。

 立派な大木の洞に、今日は二人の人間が居た。

〝喧嘩士〟アグニと〝魔法士〟ミーナ。

 十ヶ月程前から一緒に旅をするようになった、男女二人組の旅人である。

 赤茶けた短髪のアグニと、ライトブラウン色をした長髪のミーナの二人は、古くなって毛羽立つ、防寒の役に立っているのかも怪しい一枚のうすっぺらな毛布を奪い合う様に丸くなりながら、早朝の森に流れる清涼な空気に鼻をすすり上げていた。

「おい、ミーナ。こういう時は年長者を敬って毛布を譲るもんだ」

「うっさい。敬えるような人間でもないくせに。ていうか、レディーファーストって言葉があるのはあたしみたいな女の子にこそ優先順位と敬うべき価値があるって意味なんだから、アグニこそ譲るべきだと思うけど」

「レディー? どこにそんな気品ある女がいるんだ。笑わせるなオコチャマン」

「あたしはレディーだし! オコチャマンじゃないし!」

「ぐほ! 蹴るなアホ、痛い!」

「魔法を叩きこまれないだけ有り難く思え、ばか!」

 ドカドガッと、毛布から思い切り相方を蹴り出すミーナは、奪い取った毛布を体に巻き付けて、ふんっ、とそっぽを向いた。

 洞の中で器用にひっくり返った状態でアグニは溜息を吐く。

「なんだ、まだ夜の事怒ってんのか?」

 途端。少し赤くなったほっぺたをぷくーと膨らませて唇を尖らせるミーナ。

「ち、違うし! そんなんじゃないし! ただいまはちょっと眠いからだしっ」

 言われたアグニは(本当に違うならンな反応はしねぇ……)と内心思いつつ、

「はあ……悪かったよ。でも、昨日は疲れてたんだ。お前が持ってきたハネヘビ討伐の依頼書の所為で、一日中跳ね回る蛇を相手にしたからな。おかげで、成功報酬より解毒剤の費用の方が高く付くおまけ付きなんだぞ? 疲れてたんだ」

 姿勢を戻して洞から這い出た。

 そんなアグニを、拗ねるといじけるを中途半端に混ぜた横目で見るミーナは、さらに唇を突き出す。

「ふんっ。だからって、森の中なんだよ? 怖いじゃん、暗いの」

「暗いのが怖いって……お前なら大抵のモンスターに襲われても生き残れるよ」

「うっさい! これでもあたし女の子だしっ! 男が守ってくれるのが普通だもん!」

「普通、ねぇ。普通、オコチャマンが覚えられる魔法じゃないんだがな、銃火器精製魔法(イグニティア)は。自分の力量に応じて変化する魔法――――進化式高等魔法だぞ、あれ」

「だからっ! オコチャマンじゃないって証拠じゃん!」

「でもあの魔法って、あれだよな?」

「な、なによ……?」

「本物の銃器は、ある程度魔力を持っている奴ならその魔力を障壁にして球の威力を殺すから、ダメージをほとんど与えられない。だから、銃器愛好家だった何処かの魔導士が銃の凄さを世の中に認めさせるために銃火器生成魔法(イグニティア)を作り出したんだよな?」

「そぉだよ。かっこいいじゃん、鉄砲っ!」

「でもそれなら、打ち出すのも鉛玉じゃなきゃ意味なくねぇか? あれ、打ち出してんの魔力だよな。結局、鉛球打ち出す鉄砲は使えねぇってことじゃねぇか」

「でで、でも! 魔法としては凄い魔法なの! あたし、いっぱい勉強したもんっ!」

 ミギャーッと喚くミーナをアグニは「はいはい、わるかったよ」と適当にあしらいながらグッと背伸びをした。上体を回す様に軽いストレッチもついでにする。

「ま、そんな事は置いといて。ミーナも出てこいよ。飯にしようぜ」

 ストレッチし終わると、昨晩焚きっぱなしでもう炭しか残っていない焚き火跡に枯れ木と枯れ葉をくべ、くべた枯れ葉に油と火打石で火をつけた。火が小枝に燃え移るのを確認してから左腰に提げた皮袋に手を突っ込み、葉で包んだ半生の燻製肉と胡椒、硬い黒パンを二つ取り出して、半生の燻製肉を大木から失敬した生木に付き刺して火に当てる。

「早くしねぇと、食っちまうぞー?」

 枯れ葉から枯れ木に移った火がその大きさを増し、適当に振りかけられる胡椒が火に爆ぜる。段々と美味そうな匂いが鼻孔をくすぐり始めると、朝からぎゅるりと腹を鳴かせた。

「さすがは燻製肉。干し肉とは比べ物にならない良い匂いだー」

 わざとらしくアグニが口にするのは、そうすればミーナも出てくるだろうと思っての行動だった。けれど、ミーナからの反応はない。いつもなら朝ごはんを作り始めれば飛び起きてくるというのに、今日は毛布にくるまったまま、膨らんだ頬にも変化がなかった。

「ふんだ。アグニなんて知らないもん。ばか、あほ、えろ、すけこましのすっとこどっこいのとうへんぼくのでくのぼう」

 散々な言われ様に溜息が出る。

「そのスケをコマせてないからお前は怒ってるんだろうに……」

 毛布で芋虫の様になった相方にチラと視線を動かして、小さくため息を吐くアグニ。それからちょうど良いくらいに焼けた肉を火から離した所に移して、後ろ頭を掻くと立ち上がった。のそのそと洞に戻る自分の滑稽さに半ば嫌気がさすが、この状況で旅を続けることを考えれば、滑稽さも不和を取り除くために必要な薬だと納得するしかない。

(良い薬は苦い物……良く言ったもんだ」

 洞の中へと戻ったアグニが陣取るのはミーナの上。覆いかぶさるように両腕の間にミーナの頭を持ってきて素直に謝る。

「俺が悪かった。機嫌直せよ、ミーナ」

「やっ! いつもそう。アグニは謝ればいいと思ってるもん!」

「なら謝らなくてもいいと?」

「あほう。アグニには誠意が足りないって言ってるんだよぅ」

「だからこうして謝ってるじゃねぇか」

「なにその投げやりな態度はって言うかあたし怒ってるし!」

 ミーナのほっぺたがますます膨らんでいくのを見て、アグニは溜息を吐きたい気持ちをぐっと堪えた。どうしたもんかと考えてから(これしかないか……?)と半分諦める。

「分かった。なら誠意を見せてやろうじゃねぇーか」

「へー……どうやって?」

 アグニは、ライトブラウンの長髪が隠す小ぶりな耳に唇を寄せると、こう囁いた。

「今度 ―― してやるってのはどうだ? もちろんミーナが満足するまで、な?」

 すると、ミーナはそのまま発火するのではと思うほど瞬間的に顔を真っ赤にした。

「あ、ああ、アグニのあほぅ! べつにあたしはそういうことをもとめてるんじゃないんだからね! ちがうんだからねっ!」

「なんだ、今からがいいのか?」

「ち、違うし! 話しがずれてるって言ってるんだし! てか、こんな朝っぱらから何言ってるのって話しだなんだよっ!」

「でも、残念だったな。ちょうど肉に火が通った所なんだ」

「だから、違うって言ってるじゃん! アグニのおたんち――」

 ミーナが怒りながらアグニに顔を向けた、その時。

「だから、いまはこれで勘弁しろ」

 不意を突いて、アグニはミーナの額に唇を付けた。

 ひぅっ! と息を詰まらせたような声がミーナの喉から零れ、螺子の切れたブリキ人形の様に体が固まった。

 ミーナを置いて再び樹の洞から抜け出すアグニは、溜息を誤魔化す為の深呼吸をする。

「さて、飯だ、飯っ。ミーナもさっさと出てこい。次の町まではもう――」

 そして、用意した肉やパンを食べようと焚火の所へと戻ろうとした、そのときだ。

「――おあッ!」

 突然、アグニは後ろから押し倒された。

 いてて、と後ろを振り返って見れば、目の前にはミーナの顔があった。

「……アグニが、悪いんだからね? あたしは、我慢してたのに」

 さらによく見れば、その眼は狂気に近い煩悩で染められていて、うまそうな料理を目の前にした時の様に涎まで垂れている。ある種の危機感にアグニの頬が引きつった。

「おま、いつの間に抜け出てきやがった……おい、こら、まて。自分のショートパンツに手を掛けるな。今は朝だ。早まるんじゃねぇ、オコチャマン」

「うっさい。あたしはオコチャマンじゃない。今から朝ごはん食べるんだもん」

「意味が分からねぇよ。朝飯はパンと肉だ。俺じゃねぇ」

「そうだね、肉だね、ミート〇ティックだねっ」

「破廉恥極まりないな、このバカヤロウ」

 アグニは自分の上で猟犬の様にぐるぐるハアハアと息を荒げるミーナを見やって、

(やべぇ、なんか変なスイッチ押しちまったらし ―― ッ!)

『シャルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!』

 瞬間的に、強烈な死の臭いが辺りを飲み込んだ。

 直後、長さ五センチ程の吹き矢の矢じりが、殺意を振りまき迫ってくる。

 アグニは倒れたまま思いきり地面を殴りつけた。巻き上がる土塊で矢じりを弾き、咄嗟に覆いかぶさっているミーナを押し上げる様に背の高い草むらへと蹴り飛ばす。ぐえっ、と潰れたヒキガエルの様な声が聞こえたが、まあ怪我はしていないだろうと楽観的に考え、周囲を警戒しつつ起き上がった。

 ポケットから取り出し装備するのは、拳部分がオリハルコン仕立てになっている黒い鞣し皮でできたフィンガーグローブ。両手の甲に刻まれた純銀製の魔法陣である〝討伐の紋〟に魔力が通い、深紅色の〝アウラ〟という、魔力の個人特性を視覚化した光に包まれて攻撃力が増強された(ちなみに赤系統の深紅色は攻撃力強化に特化している)。

「ミーナ、平気かー?」

「あぅ~、痛いよ、アグニのばかぁ~」

「悪いな、急だったからよ。なに、ちょっとそこで待ってろ。すぐ片付け……」

 どうやら返事が出来る程度は無事らしいことを確認したアグニは、ほっと息を抜きながら敵を見やって――言葉が止まった。

「おいおい、こんな所でアンデッド族か? こんな気持ちのいい朝っぱらから」

 視線の先、下草を割って這い出てきたのは、哭竜(ハウリングドラゴン)と呼ばれる竜族の死骸だった。

 だからアグニは考える。

 本来、哭竜(ハウリングドラゴン)は森に生息する生き物ではない。火山地帯の荒涼とした土地に住みつく全長三レートルほどの小型のドラゴンで、草木が萌えるこのような場所で生活することはないモンスターだ。もしドラゴンの死骸に死霊が取りついてアンデッド化したとのだとしても、命が溢れるこの森で出会うには条件がおかしいはずなのだが。

 そこで気づく。ドラゴンの空洞になった眼窩のなか、多数の小さな眼がぎょろぎょろと蠢めいていることに。

「なんだ、そうか。竜の骸を被る者ボーンドラゴンライアードか。こんな場所でエライもんに出会ったな……」

 途端にニヤリ、とアグニの口角が持ち上がった。

 それなら喧嘩になる――――と、そう言いたそうな顔で。

 けれど普通、竜族に喧嘩を売る人間はいない。

 理由は単純で〝強いから〟。

 あまりに強大な力と魔力、強靭な生命力と強固な外皮を持つ竜族は、大抵の生物より食物連鎖の上に位置する生き物だ。時に人々の口から伝説として語られ物語の中で勇者や英雄に討伐されるのも、『強者』として世界が認知いしている証拠だろう。だからこそ逆に、ドラゴンキラーという竜族専門の討伐士が職業として世に広く認可されているのだ(それでも数十人以上の戦力と、個々の竜族に対しての膨大な知識や、その竜族に対応する武器や防具やアイテムなどを用意する必要がある訳だが)。

 けれど、アグニにそういった学はない。武器も防具もアイテムも、何一つ竜族を相手に出来る様な用意はしていない。ただの気概と根性だけで突っ込んで竜族に勝てるのは、物語の中の英雄だけだ。

 なら、どうする?

 問うまでもない。

 アグニは固く拳を握って、凶悪な表情を顔面に張り付けた。

 だって、いまアグニの目の前に居るドラゴンはもう既に生命力を使い果たし、他のモンスターにその死骸を弄ばれているだけの存在だ。魔力が無ければ腕力も残ってない。

 だったら、喧嘩士であるアグニが喧嘩を売らないはずがない。

 しかも、ドラゴンはどんな種類の物であれ、売れば結構な金になる。

 「まぁ相手に不足はあるが、朝の運動にはちょうどいい。覚悟しろよ、愚かな悪戯者(インプ)ども。朝飯を邪魔された鬱憤、晴らさせてもらうぞッ!」

 そして他人から見ればあまりにも残念な理由を糧に、アグニは竜の骸を被る者ボーンドラゴンライアードに突っ込んでいった。

 凶悪な面で笑いながら、暴力の塊である拳を振り上げて、殴り倒す事を楽しむ為に――――。 



次回 「 ふつう 」



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