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二人は生と死を繰り返す

第二王子は生を繰り返す

作者: ぽわぽわ


「くるなっ」


幼い僕は暗い森の中に置き去りにされた。


「グルルル……」


目の前には巨大な肉食獣がよだれを垂らし、笑う。

背を向けて走り出す。


「嫌だ! 誰か!」


助けを呼んだって誰も来ないことぐらい、頭では分かっていた。

小さな体、短い手足。

幼い体で必死に逃げ惑う。

背中を強く押され、倒れ込む。


「グォッ!」


最後に聞いたのは獣の嬉しそうな声だった。




*****




目を開けた。

自室の鏡の前だ。


「はあっ、はあっ、はあっ」


汗が背中を流れて行く。

カラカラの喉を水で無理矢理潤して、息を整える。


「ふーっ、ふーっ……」


戻ってこれた。

死ぬ前に。

これで一体、何度目だろう。

ゆっくりと天井を仰いだ。


ユリウス・セアルータ。

これが僕の名前だ。

僕は立場の弱い側室、しかも元下級メイドの母。

僕には兄が居る。

僕より少し早くに生まれた。

第一王子ルーダリオ・セアルータ。

彼は正室の子、正式な跡継ぎだ。


僕は彼の母親に殺され続けている。

理由は簡単だ。

僕の方が優秀だから。

ルーダリオは国の上に立つべき人間だは無い。

彼を知る人間は皆そう思うのだ。

傲慢で人を見下し、貴族でない人間を蔑ろにする態度……あまりにも酷過ぎた。

だが、このまま何事もなければ彼が父上の跡を継ぐだろう。

なのに彼の母は僕を殺しに来る。

不安要素を少しでも排除するために。


カチャ……


扉が開く。


「ユリウス坊ちゃま、お勉強の時間です。お部屋へ」


胡散臭い笑みを浮かべたメイド。

僕は大声で叫んだ。


「うわあああああ!!!! 誰か!! 誰かああ!!!!」

「ちょ、坊ちゃまいがかされたのです」


近付いてきたので逃げる。


「殺される!!! 誰かあああ!!!!」


喚いて暴れて逃げ回る。

このメイドは王妃の手の者だ。

ポケットに薬が入っていて僕を眠らせ猛獣のいる森に捨てた。

誰が近付くものか。

殺されてたまるか!

僕は生きるんだ!

しばらく叫びまわっていると、兵が数人何事かと様子を見に来た。

その兵士の裏に隠れる。


「ユリウス様、どうなさったのです?」

「この女、ポケットに妙な薬を忍ばせている!」

「なっ!」

「妙だな……王子の側仕えにこんなメイド居たか?」


メイドは驚いた表情で兵に取り押さえられ、薬を取り上げられた。


「何が目的だ? 言え女」

「……」

「誰からの依頼だ?」


女は舌を噛んだ。


「っ! こいつ!」

「連れて行け! 手当てしろ!」

「何としてでも吐かせろ!」


女は連れて行かれた。


「殿下、ご無事で」

「警備をしっかりしろ」

「申し訳ございません」


兵士も、信用しているかと言われれば全ては信用していない。

此処で信じられるのは自分と、母親だけ。

兵士はもう一度頭を下げて部屋を出て行った。

僕はようやく一息ついた。


僕には不思議な力がある。

自分、又は母親が殺されると、殺される前に時間が戻る。

何故そんな力を持っているのか。

原因は王家の血のせいだろう。

そもそも王家は不思議な力を持つ一族だった。

何も無い所から火や水を生み出す力。風を操る者。植物を急激に成長させたり、動物と会話出来たり……

能力は多種多様だ。

またすべての王族が力を持っている訳ではない。

実際、王は力を持っていない。

力を持っている王族は、現在では王の弟だけだ。

王家の血が薄まったのが原因だ。

そしてそんな中僕は幸運な事に時間逆行の力を授かった。


最初にそれに気が付いたのは僕が三つの時だ。

僕は、首を絞められて殺された。

メイドに首を絞められ、訳も分からず殺された。

そして時間が戻る。

殺される前に。

自分の行動次第で生き残れる時間まで。

僕は幼かった。けれどこの力は誰かに言ってはいけない力だとすぐに理解した。


僕は何度も死を繰り返し、それを回避した。

何度も何度もかわし続けた。

そして……

母が殺された。

僕は幼かった。母を助けられなかった。

何度も悔やみ、全てを呪った。

僕は心の底から戻りたいと願った。

母は唯一の味方だった。

殺した王妃を憎んだ。何もしない父を恨んだ。

怒りの感情を叩きつけた。


そして、戻ってきた。

母が死ぬ、数か月前に。

何とかすればどうにかなる時間に。

僕は母を助けるために何でもした。

そして、助ける事に成功したのだ。


僕は何度も繰り返して自分の力を学んだ。

いつでも戻れる訳では無い。

誰かの死がきっかけとなって気が付くと戻る。

最長で三か月まで戻れる。

自分の力を使いこなせていないのかもしれない。

薄まった血ではこの位が限度なのだろう。




*****




十歳になった。

殺される前に抵抗できるような体になって来た。

僕は勉強をさぼり王宮の温室に来ていた。

温室は季節にかかわらず様々な花が咲いていた。

僕は植物が好きだ。

彼らは僕を殺そうとはしてこないから。


王宮での僕の評判は悪い。

よく色々な事をさぼるし、教師にたてついたり、兵士に上から目線で話す。

でもこれは仕方の無い事だった。

いい子で居ればいるほど僕に限らず母に被害が及ぶ。

兄であるルーダリオより悪い子を演じなければならない。

だが、それが難しい。

いくら僕の評判が悪いと言ってもルーダリオには負けるからだ。

どうしようもない悪童。

それがルーダリオだった。


何時もの様に花を見て回る。

金木犀の心地よい香りが僕を和ませる。

ずっとここに居たい、現実を直視したくない。

後、何度僕は殺されなければならないのだろうか。

ふと、人影が目の前をよぎった。


「……!」


警戒する。

また僕をここで殺しに来たのだろうか。

その人影に気が付かれないように足音を立てずに近付く。


白金の髪。

美しいその髪が少女の動きに合わせて揺れる。

小動物の様にせわしなく動く少女。

日焼けを知らない白い肌に、宝石をはめ込んだような優しい紫の瞳。

着ているピンクのドレスはまさに少女の為にあるような……それほど似合っていた。


「だれ?」


少女と目が合った。

一瞬で心を鷲掴みにされた。

そうか、これが……恋をすると言う事か。

僕は少女の前に立つ。


「人の名前を聞く時はまず自分から名乗れ」


いや、待て、そうではなくて……僕はただ彼女の名前が知りたかっただけだ。

高慢な王子のふりが抜けなかった。

彼女は少し驚いたようだったが、


「それもそうですわね……失礼いたしました」


ぺこりと頭を下げられた。

僕と同じ年ぐらいな割には言動がしっかりしていた。恐らく十分な教育を受けているのだろう。


「私の名はアネモネ・ライラックと申します」


ライラック家……現王派の公爵家か……この家が現王派でなかったら……いや、考えるのは止そう。


「あなたのお名前は?」

「僕は………ユリウス」


王族である事を名乗ろうかと思ったが、止めた。

いつ死んでもおかしくない様な儚い王子の事なんて、覚えなくたっていい。


「ユリウス様……私、花を探しているのです……」


僕を窺うようにアネモネが問いかけてくる。


「何の花だ?」

「私と同じ名前の花……」


アネモネか。

綺麗な恋の花

アネモネの紫の瞳を見遣る。

……紫のアネモネは、何と言う花言葉だっただろうか。


「それなら、こっち」

「あっ、ユリウス様っ」


アネモネの手を取って、強引に連れて行く。

度々温室に来る僕にとって、温室は庭の様な物だった。

どこに何が咲いているかも全て把握している。


「わあっ」


アネモネが声を上げる。

開けた場所に、花畑があった。ここに咲いているのは全てアネモネだ。

赤、ピンク、青、紫、白、オレンジ……多様な色のアネモネが咲き乱れる。


「すごい! 綺麗だわ……」


アネモネはそっと花に触れる。


「摘まない方がいいよ、すぐしおれちゃうから」


そう忠告すると、アネモネは何度も頷いた。


「私、初めてアネモネの花を見ました」


この辺りでアネモネの花は確かに珍しいかもしれない。

アネモネは語った。

両親はこの花が好きで、私をこの名にしたのだと。


「ここで咲いていると聞いて、居てもたってもいられなくて……」

「それで探してたの?」

「はいっ」


アネモネの貴族令嬢らしい控えめな微笑み。

僕は目が離せなかった。

花よりも彼女の方がずっとずっと綺麗で美しかった。


僕とアネモネはそれからいろいろ話して仲良くなった。

高慢な振りをしていた僕をアネモネは元に戻してくれた。


「よかった」

「……何が?」

「本当は、ユリウス様は少し怖い人なのかと思っていましたの」

「……」

「でもそんな事ありませんでしたね」

「怖い思いをさせたのは謝るよ」

「謝らなくても大丈夫です。私達、もうお友達でしょう?」


そう言ってアネモネは軽やかに笑った。


「友達……」

「はい、違いましたか?」

「いや、そうだね……僕とアネモネは友達だ」


僕には友人は居ない。

王妃が常に手を回しているから、母も僕も気の置ける友人など一人もいない。

王宮では生きるか死ぬか、ただそれだけ。貴族の陰謀が渦巻く場所。


「アネモネは僕の友人で居てくれる?」

「はい」

「約束だよ」

「約束です」


その後もアネモネとお喋りした。

同年代の子とじっくり話すのは初めての事で、言わなくても良い事を言ってしまったかもしれないが、アネモネはずっと微笑みながら聞いていてくれた。

僕はすっかり、アネモネに夢中になっていた。


「ユリウス様はどうして怖い話し方をしていらっしゃったの?」

「……その方が都合が良かったんだ」

「本当はとても優しいお人ですのに」


アネモネから視線を外す。

彼女には僕の状況を説明したくなかった。

今の僕はあまりにも不安定で、儚くて……アネモネに同情されたくなかった。


「気が付いてるかもしれないけど、僕は貴族だ」

「……はい」

「高慢な貴族をどう思う?」

「私は好きではないです」


真っ直ぐに言われ、少し傷つく。

アネモネに嫌われたくない。


「貴族は民の手本となるべき存在です」

「……うん」

「私はそう教えられてきました。なので」


アネモネに真っ直ぐに見据えられ、少したじろぐ。

優しくて、意志の強い紫が僕を見る。


「ユリウス様も、そうなって下さると私はとても嬉しいです」


最後にアネモネは微笑んだ。

彼女は良くも悪くも公爵家の令嬢。

箱入り娘。

アネモネは僕の今の状況を知らない。

今を考えれば、出来の悪い子供を演じていた方が都合がいい。

でも……


「分かった、僕は民に優しい貴族になるよ」

「まあ、本当ですか?」

「うん」

「約束ですっ」

「うん、約束」


僕は何度も頷いて、アネモネと約束した。

明日から……いや、今日から真剣に取り組もう。

殺される頻度が増えても、やりなせばいい。

力が付けば母を守るだけの余裕も出てくるだろう。

思えば僕は後ろ向きだった。

いかに殺されないようにするか、その事ばかり。

アネモネのお陰で前向きになれた。未来が明るいような、そんな気分にもなった。

僕にとっての彼女はまさに太陽の様な存在と言っても良かったかもしれない。


その後に広い温室を案内した。


「沢山の花が咲いているのですね」


アネモネが興味を持った花を一つ一つ説明すると、アネモネは感嘆の声を上げる。


「ユリウス様は何でも知っているのですね!」

「何でもは知らないよ……」


アネモネは勉強の覚えが悪い事をぼやいた。まだあれもこれも覚えられないのだ、と。

話を聞けば聞くほど、アネモネは短期間に詰め込み過ぎな気がした。


「ユリウス様みたいに頭が良くなりたいです……」

「僕は頭が良い訳では……」


僕達は友人として楽しい時間を過ごした。

しかし、楽しい時間は長くは続かない。


「ユリウス殿下!」


声の方へ振り向く。

僕に付いているメイドの一人だ。


「殿下? ユリウス様、王子殿下でしたの?」

「………」

「言って下さらないから……」

「言ったら、友達になってくれなかっただろう」

「……殿下」


アネモネの寂しそうな表情を見て、心が痛んだ。


「まあ、お嬢様、どちらの家の方でしょう?」

「初めまして、アネモネ・ライラックと申します」

「ライラック家の……確かお母様と一緒にいらしたのですね」

「はい、王妃様とのお茶会を抜け出して来たのです、申し訳ありません」


アネモネは真っ直ぐにメイドを見据える。

メイドは取り敢えずアネモネを会場に帰したあと、僕を部屋に連れ戻す事に決めたようだ。


「さよなら、殿下」

「うん、さよなら」


僕は会場には入れないし、入りたくない。

アネモネにはもう会う事は無いのかもしれない。

そう思うと悲しい気持ちになる。


「殿下……」


アネモネは最後に僕の手を握り、目を合わせる。


「私達は友人です、そうですよね?」

「……うん」

「友達はこう挨拶するのですよ」



また会いましょう。



僕はその言葉に強く頷いた。




*****




あれから僕は勉学に励んだ。

今までさぼっていた分を取り戻すために。

今度アネモネに会った時に胸を張れるように。

それから僕は剣技を学ぶ事にした。

全ては死なないようにと母を守るため。

教えてくれている兵士長からは筋がいいと褒められた。

僕がいい子になって行くに連れ、僕を味方する人間が少しづつだが増えて行った。

気の許せる仲間が出来たのだ。

これにより僕が死ぬことも、母が死ぬことも減り、僕が時間を巻き戻すことが無くなっていった。


全てはアネモネのお陰。


しかし、そんなアネモネは……兄の婚約者になった。

いや、だったと言うのが正しい。

僕とアネモネが初めて会った日、彼女はすでに兄の婚約者だった。

だから彼女は覚える事が多かったのだ。

僕の淡い初恋は脆くも崩れ去った。

彼女とは友人……そう、いつまでも友人だ。

そう心に決めた。


そんな彼女の婚約者である兄は……どうしようもない屑野郎だった。


あれは僕が14歳の時だったか。

僕はすでにこの歳で父の仕事を手伝っていた。

神童である、と兄と比べられ、そう言われる事もあるが、自分ではそうは思っていない。

いつも通り城内に向かうと、何やら慌ただしい。


「どうかしたのか」


通りすがりのメイドに聞くと、


「それが……ルーダリオ殿下が……」


話を聞いて、父の元へ、謁見の間に向かう。兄もそこに居るようだ。


「陛下!」


部屋に入る。

兄が居た。ふてぶてしい態度は昔から変わらない。

僕はすでに王政を手伝っているのに、こいつは母親の庇護のもと、何もしないどころか問題を起こす。


「兄上、この度の噂は本当なのですか」

「あ? おめーに関係ねーだろ」

「あるから聞いているのです」

「あっちが適当に騒いでるだけだ」


この感じだと、どうやら本当の様だ。

深く深く溜息を吐いて、頭を抱える。


「どうして……民との間に子供を作ったりしたのですか!」


ルーダリオはたまに王宮を抜け出し、町に出かけているのは有名な話だった。

兄は甘やかされている。僕とは違って。

今回の件は抜け出した時関係を持った女性が妊娠したと言う話で……


「確かに俺はあいつとヤったけど? 俺の子かどうかわかんねえし」

「そう言う事を言っているのではありません」


この話がライラック家に行ったらどうなる?

ライラック家はこういった不義理な話は嫌いだったはず。

王弟派になられては困るのだ。


「陛下、この度の事、どうなさるおつもりですか」

「……ユリウス」

「ライラック家にはどう説明するのです」


状況が把握できていない兄は、何でライラック家が出て来るんだ? と呟いていた。

本当に愚かで頭が足りてない。


「此度の事……」


父を睨みつける。どうせ最善の答えなど帰っては来ない。分かっている。


「あちら側に十分な金銭を与える」

「陛下、僕が聞きたいのはそうではないのです」

「ではなんだと言うのだ」

「兄上の処罰です」

「……ルーダリオは悪くないだろう」


父は、王妃と兄に対して甘い。


「勝手に町へ抜け出して、女性と関係を持ったのですよ?」

「そのぐらい、遊びだろう」

「陛下!」

「とにかく、この話は終わりだ。ユリウス、仕事に戻れ」


父は、大きな決断が出来ない人間だった。

肉親を処罰するなど出来ないのだろう。

甘い、甘すぎた。その性格のせいで王弟派に流れる貴族が増えていると言うのに。

その間を取り持つ僕の身を考えてはくれない。

いつも自分勝手だ。

踵を返し、部屋を出て行く。

ルーダリオがほくそ笑む。

いつもいつも、癇に障る奴だ。


結局、この件はうやむやになって、消えて行った。

ライラック家にはただの噂です、と伝えたらしい。

兄の子を妊娠したと言う女性は、国外に引っ越したらしい。

兄への恨みを、国への恨みを言い残して……




*****




初夏。

僕は今年で18歳になる。

兄は今は学園に入って父にさすがに少し怒られて今は多少はおとなしくなった。

……ハーレムを築きあげていると言うのは本当だろうか?

僕は学園には行かない。兄と同じ空気を吸いたくないと言うのが強い。

それに……それどころでは無かった。

王弟派の動きが怪しい。本当に内乱を仕掛けてくるとでも言うのだろうか。


「ユリウス」

「……母上」


部屋に母がやってきた。

線の細い、儚げな美人。歳を召しても変わらない美貌。


「また小難しい事を考えていたのでしょう」

「……はい」

「ユリウス……聞いて」


母が僕の顔を見上げる。

いつの間にか僕の方が背が高くなっていた。


「きっともうすぐ内乱が起きるわ。分かるわよね」

「……」

「そうなったら一人で逃げなさい」

「母上!」

「あなたはとても聡い子だから……どこでもやっていけるわ」

「嫌です、内乱を止めて見せます」

「今のあなたでは力が足りないわ。何が出来ると言うの?」


第二王子、下級メイドの子、貴族社会で重要視されるのは血筋、他貴族との繋がりだ。

僕にはそれがない。


「内乱が起きたら逃げて」

「母上も一緒に」

「私は駄目、足手まといになるから……」

「そんな事っ」

「ユリウス……愛しているわ」


母は、陛下の事をこれっぽっちも愛していない。

それどころか嫌ってすらいる。

嫌がる母を無理矢理側室としたのは父だ。

母は故郷に恋人がいて、将来を誓い合っていた仲だった。


「あなたは父親に似ているけれど、愛しているから」

「……母上」

「性格までは似ないでよ?」

「はい」


嫌がる女性を伴侶としない。母との約束だ。

その時、遠くから慌てて走って来る騒がしい足音が聞こえた。


「ユリウス様!」

「どうした」


息を切らして顔を出したのは腹心の一人だ。


「そ、それがっ、アネモネ様が!」


続けられた言葉に、目眩がした。

状況が理解できないまま、走った。

陛下の所へ、謁見の間へ。


「陛下!」


部屋に入ると、まず腕を縛られ膝をついている兄が居た。


「父上! 何かの間違いです! 俺がアネモネを殺すはず有りません!」

「証言は揃っている、まだ言うのか」

「そうです! 誰かの陰謀です!」


アネモネが殺された……?

ルーダリオに?

どうして?


「そ、そうだ! そこのメイドの子の陰謀です!」

「メイドの子とは?」

「ユリウスです! 俺を陥れて自分が王になろうと企んでいたのです! 俺は聞いたんだ!」


俺は何も答えられなかった。

ただ地面を眺め、何故を繰り返す。

父と兄の会話が何処か遠くのもののように聞こえて、上手く聞き取れない。

僕の太陽、光。

アネモネが居たからここまでこれた。友人も出来て部下も出来た。沢山の人に認められた。

アネモネが死んだ?

聞いた言葉を信用できなかった。


「連れて行け」


気が付くと、父と兄の話は終わった様だ。

兄はわめき散らしていた。

公爵家の令嬢を殺害したのだ。重い刑になったに違いない。


「陛下!」


次に部屋に入って来たのは公爵、アネモネの父だった。

隣にアネモネによく似たご婦人もいる。アネモネの母親だ。

公爵と夫人は陛下に問いかける。


「此度の事、どう責任を取るおつもりですか」

「何故、娘は殺されなければならなかったのです? どうして」


アネモネは両親に愛されていた。

公爵は怒り狂っていた。最愛の娘を無くした怒りは計り知れない。


「公爵……申し訳ない事をした」

「陛下、どうか犯人に重い処罰を」

「先程、処分を下した」


そして父は、やってはいけない事をした事に、気が付いた。


「禁固10年だ、まだ若い王子には重い処罰だ」


僕も、公爵も、公爵夫人も、耳を疑う。


「陛下……公爵家を愚弄するのですか」

「公爵、そのようなつもりは」

「もう良いです、もう……いいのです」


陛下がそこまでとは思いませんでした。

公爵は拳を握りしめ、やり場のない怒りを吐き出す事もせず、妻を連れてその場を去って行く。

僕はしばらく動けなかった。

父はどれだけ兄に甘いのだ。

極刑にでもしなければ公爵の怒りは収まらない。何故それが分からないのだ!


「陛下、この国は終わりです」

「ユリウス」

「公爵と人殺しの息子、どちらが大切ですか?」

「それは……」

「………」

「ユリウス、すまない……私にルーダリオは見捨てられん」

「……分かりました……さようなら」


僕は城を出た。

馬に乗って、城下町を駆ける。

もう城には居られない。母を連れて逃げよう。

そう決意し、僕が向かったのは……


「お願いです、一目で良いのです」

「お帰り下さい、殿下」

「アネモネに! アネモネに会わせて下さい!」


僕は未だに信じられなかった。

あの優しい微笑みがもう見られないだなんて、嘘だ。

悪い冗談だ。

当然門前払い。

無理もない。殺した本人の弟が来ているのだから。

僕は地面に這いつくばって何度も頭を下げた。


「お願いします」

「殿下、おやめください」

「アネモネに会いたいだけなんです! どうか、どうか!」


どうせもうこの国は無くなる。もう殿下では無くなるのだ。

どうだっていい。アネモネに会えるなら何でもする。


「殿下……」


必死に頭を下げていると、上から優しい声が届いた。


「公爵夫人……」

「ユリウス殿下、お久しぶりでございます」


夫人と会うのは初めてではない。

アネモネは月に一度のペースで王城に来ていた。

婚約者であるルーダリオに会うためだ。

夫人はその付き添いで一緒に来ていた。

僕はアネモネが王城に来ている事を知ると、それとなく廊下ですれ違ったりと忘れられないようにしていた。


「殿下……」


夫人から涙が落ちた。


「どうして、ユリウス殿下では無かったのでしょう」

「……公爵夫人?」

「殿下が一番、アネモネを好いていたのは分かっておりましたのに」

「僕は……」

「殿下の声は屋敷に居ても聞こえてきました……よく通る声ですわ」


涙を拭って、再び話し始める。


「夫は快く思わないですが、私が許可いたします」

「ほんとう、ですか」

「ええ……アネモネも、きっと殿下に会いたいでしょうから」


公爵夫人が涙ながらに語る。

公爵家に入るのはこれが初めてだった。

有力貴族だけあって屋敷が広く、調度品も質の良いものがそろっていた。


「こちらです」


アネモネは広間に居た。

棺の中で、眠っていた。


「アネモネ」


よろよろと棺に近寄る。

本当に? 棺の中を覗き込む。眠っている様にしか見えなかった。

恐る恐る手を伸ばした。

本来、遺体に触れる事はあってはならない事なのだろうが、公爵夫人はそれを咎めなかった。


ひやり


アネモネから体温が帰って来る事は無かった。

そして、僕は理解した。


「あ、あ……ああぁ」


アネモネが死んだ事を。


「あああ、ぁ」


守ってあげられなかった事を。


「うあ、あっ」


怒りで目の前が真っ白になる。

胸の奥から感情がとめどなく溢れてくる。


「ああっ、わあああぁああああ!!!!!」


アネモネの冷たい頬に触れながら、怒りの感情に身を任せた。




*****




ふと前を見る。

鏡だ。僕が映っている。と言う事は、ここは自室。

怒りの感情が、未だに胸の奥にくすぶっていた。


「……まさか」


窓を開ける。

冷たい空気が入って来た。

少なくとも、初夏では無い。

僕は部屋を出て、情報を集めた。


「帰って来れた……」


三か月前に。アネモネが死ぬ前に。


「……アネモネ」


僕は早速、アネモネを救うために行動に移した。


まず最初にやった事、アネモネを殺した暗殺者をそもそも学園に入れないように警備を強化した。

結果、上手くはいかなかった。アネモネの殺され方が多様化するだけで何の解決にもならなかった。

アネモネの殺され方が毎回違うのは心が痛んだ。どれだけ彼女を苦しめればいいのかと。それを十何回か繰り返し、無駄と言う事になった。


僕は何とか学園に入れないか陛下に頼み込んだ。

しかし、すでに陛下の仕事を手伝っている身で必要なのかと問われ、返答できなかった。父は僕には貴族の繋がりは必要ないと考えているようだった。


次、ルーダリオを何とかする。

学園での彼を調べれば調べるほど悪い情報ばかりが入って来た。

その中には婚約者であるアネモネを良く思っていないと思われる証言も得た。

何度か兄の後を着け、行動を監視した。

やはりアネモネを殺したのはルーダリオで間違いはないようだ。

何度か繰り返し、証言を集め、それを父に報告した。

が、分かる様に父は兄に甘い。


ハーレム? 楽しいのは学生のうちだけだ。この件に関しては一度叱っている。

婚約者を蔑ろに? 今だけだ、結婚したらそうもいかないだろう。


言った所で父は何も変わらないし、危機感もない。

もう少し攻める方向を変えたいが、ルーダリオが父の子供である限り回答は変わらないだろう。

数か月後にはこの国は終わってしまうと言うのに。


何度も繰り返した。

アネモネを助けられないまま、アネモネの死を聞いて、時間は再び巻き戻る。

何か手は無いのか、状況を打開できるような、そんな情報……

僕は毎回の繰り返しで少しずつ行動を変えてみた。

朝方の生活、夜型の生活、行った事のない場所に赴いて、話した事のない人々と話をし、沢山の情報を集めた。

使えない情報ばかりかも知れないが、アネモネを救う手がかりが欲しかった。


「そう言えば陛下って王妃の所に行ってるのかしら?」

「行ってないわよ、どうして?」

「うーん、夜にさ、何か話し声が聞こえたのよね」

「気のせいじゃない?」

「気のせいだったかなあ」


通りすがりのメイドの話を聞いて、王妃か……少し調べるか。

取り敢えず王妃の家を調べる事にした。


王妃は伯爵家の家の出だ。

その地の領民からの評判は悪い。搾り取るだけ搾り取り、民には何も還元しない。

贅沢の限りをしているようで、領地の人口は年々減って行く一方の様だ。

しかし、その事を一切気にしない。

長い目で見たらマイナスなのに……一体どういう事だ?

取り敢えずもう少し調べよう。


夜、廊下を歩く。

このやり直しでは夜型の生活を送っている。

メイドの噂を確かめるために王妃の寝室に向かっている。

遠くで蝋燭を持ち、ぼそぼそ話しながらこちらに来る男女が居た。

近くの部屋に身を潜ませる。


「王妃様、今日もですか?」


声から察すると、年若い男の様だ。


「そうよ。私を満足させなさい」


この声は間違いなく王妃。

会話から察するに、何度も密会を重ねているようだ。

二人は王妃の寝室へ入って行った。

……陛下はもう子供を作る気が無いようで、夜に此処に来る事は無い。

ドアに近付いて、耳をそばだてる。

完全に黒だった。



一夜明けて、考える。

攻めるべきは此処だろうか。

王妃の過去はどうなのだろう。今と変わらず若い男と遊んで居たのだろうか。

そう言えば、王妃の側使えのメイドはやたらと変わるのが早い。これは昔からだ。

昔……そうだ、ルーダリオを王妃が妊娠した前後……そのあたりで側使えだったメイドに話を聞けないだろうか。

思い立ったらすぐに行動。

やめたメイドの行方を捜した。


メイドを探しているが、なかなか見つからない。

恐らく秘密を知ったメイドは王妃から十分な金銭を渡され国の外れ、もしくは国外に引っ越しをさせたと思われる。

捜索は難航した。

繰り返すことを利用して、何度も探す。

ある時は西を、東を、国の端の村を探す。

全ては、アネモネの為に。

そして何十回も繰り返し、ようやく見つける。


「……殿下の様な方がどうしてこちらに……?」


女は錆びれた村に居た。

年齢は40……後半だろうか。

ボサボサの髪に覇気のない顔。幽霊の様だった。

発見の知らせを聞き、忙しい合間を縫い、僕は真っ先に向かった。話をきちんと聞いて置きたかったからだ。


「静かな村ですね」

「……もう老人しかいない村です」

「子供はいないのですか?」

「居ても住みやすい町に行ってしまうので」

「……そうですか」


話が一端途切れる。

女性がまたぼそぼそと話し始める。


「殿下………王妃様の事なら何も言えません」

「……何故です」

「簡単ですよ……お金を貰ったからです」

「それにしてはあなたはあまり幸せそうには見えません」

「ええ……持っていたお金を男に持っていかれました」

「……」

「大金でしたから、きっと目が眩んだのよ」

「王妃を憎んではいないのですか」


女の目が全開になる。

憎しみ、恨み、怒り、良くない感情がまぜこぜになって僕へ向かってくる。


「恨んでいるならば、手を貸してください」

「……手を貸してメリットはあるの?」

「あなたは王妃に仕返しがしたい……違いますか?」

「………」

「身の安全は僕が保証します。あなたは知っている事を話せば良いのです」


女性は、黙った。何か迷っているようだった。


「話したら、あなたが王になるの?」

「分かりません」

「王になりたくないの?」

「……僕はただ守りたい人が居るだけです。王位には興味がありません」

「王にはならないと?」

「なる必要があるならば、なります」


女性はもう一度黙った。

そして、決意を秘めた目で僕を見た。


「なら約束して、あなたが王になりなさい」

「……何故」

「それがこの国の為になると思ったからよ……私はこの国が大好きだったから……今の王家の……第一王子の話を聞くと吐き気がしてくるの」

「……」

「あなたは賢い、王として十分だわ……今の陛下よりも……約束してくれるかしら」

「善処しましょう」


どのみち、兄を排除したら僕がなるしかないだろう。

こんな不安定な国、捨ててしまいたいが、アネモネの事もある。

なんとか存続させる方向で今の所動いている。

女性はゆっくりと語りだした。


「第一王子は……ルーダリオ殿下は陛下のお子ではありません」

「何故、そう言い切れるのです」

「ルーダリオ殿下のお顔は誰に似ています? 母君にも父君にも似ていらっしゃいません……ユリウス殿下、あなたの方がよほど陛下に似ていらっしゃいます」


僕の顔が父に似ているのは昔から言われている事だ。

対するルーダリオは母親似、とされているがその母親にも似ていないような気がする。


「そもそもあの時期に王妃が陛下のお子を宿すのには無理があるのです」

「……何故」

「陛下はあの時……あなたの母君にご執心でしたから。王妃の所に顔を出すことも滅多にありませんでした」

「まさか」


女の話を聞きながら、仮説を立てる。

王妃はさぞかし焦っただろう。

このままでは自分の子供が王位に付けなくなると。

この国の王位継承順位は産まれた順番だ。正室側室関係ないのだ。


「王妃は自分と同じ金の髪、金の目を持った青年を連れ込み、事にいたりました」

「ルーダリオはその青年との子だと言う事か」

「はい……私は赤子が産まれるまで働いていましたが、赤子には耳の裏にほくろがあったのです」

「ほくろ?」

「はい、王妃の連れ込んだ青年にも耳の裏にほくろがありました」

「その青年とは?」

「まだ若い書簡だったと思います名前は分かりません……王妃が妊娠してやめたと聞き及んでいます」


一度空気を吐き出す。

王妃が何故、僕を執拗に殺そうとしてきたのか……僕が陛下の唯一の子供だったからだ。嘘がばれる前に僕を亡き者にしておきたかったのだ。


「ありがとう、話してくれて」


最後にお礼を述べ、女性に幾ばくかの金銭を渡し、護衛を一人付ける事にしてその場を立ち去る。

ルーダリオが陛下の子でない可能性が出てきた。

状況から察すると、その可能性の方が強い。

僕は部下に指示を出し、その王妃と関係を持った青年を探すことにした。




*****




青年を探す様に指示をして数日。

恐らく間に合わない。また僕は三か月前に戻る事になるだろう。

もう何度繰り返しただろう。

最適な答えが見つからない。

どうしたらアネモネを救う事が出来るのだろうか。


「……殿下」


夜、部屋の陰から姿を現した。


「……ああ」


僕の部下の一人。主に諜報を担当している者だ。

今は確か……伯爵家を調べているはずだ。


「何か分かったのか」

「……それが」


気が付くともう一人、気配もなく窓の前に立っていた。

今度は知らない男だ。警戒する。

男が口を開く。


「殿下、私は怪しいものではございません」

「……」

「殿下と話がしたかったのです」

「僕と何が話したいんだ?」

「何故伯爵家を調べるのです」


少し迷う。話して良いものか、否か。


「お前の主人は誰だ」

「……王弟、貴方様の叔父上です」

「っ、叔父上?」


叔父上は随分前から表舞台には姿を現していない。

裏で何か企んでいるものだとばかり思っていたが……伯爵家を調べているのか。


「何故調べるのですか?」

「……」

「私には言えない事でしょうか」

「………」

「分かりました」


男は手紙を置いた。

そのまま窓を開けて飛び降りようとしていた。


「殿下、明日王弟殿下に会って下さい。それは招待状です」

「待て!」

「明日会えることを楽しみにしておりますゆえ」


男は飛び降りた。

後を追い、窓から下を覗いたが見つける事は出来なかった。


次の日、僕は早々に与えられた仕事をこなし、馬車で叔父上の屋敷に向かっていた。

仕事は慣れたもので、同じことを何度もこなしているためか手早く終わる。

屋敷には門番が居り、手紙を見せるとすぐに開けてくれた。


「よおユリウス、陛下に似て男前になったな」


屋敷に入り、部屋に通されると気の良い叔父が軽く声をかけてきた。

叔父上の事は嫌いではない。叔父上は良くも悪くも平等だ。

兄であるルーダリオも、メイドの子である僕も、叔父から見たらイコールなのだ。


「まあ茶でも飲みな。安心しろ? 変なものは入ってないからよ」


コップが勝手に浮いて、僕の前に置かれる。


「相変わらずですね」


勝手に紅茶が注がれているのを眺める。

叔父の力は物を浮かせ、動かす能力だ。もっともあまり重たいものはどうにもならないようだが。


「折角の力だ、使わないと損だろ?」

「それに関しては同意します」


僕も散々この力を使っている。

今まさに八方ふさがりで、また新しくやり直すことになるだろう。

叔父が紅茶を飲み始めたのを見て、少しだけ飲んだ。


「それでよ、なんで伯爵家を調べてるんだ?」

「いきなりですね」

「回りくどいのは嫌いなんだ、知ってるだろ?」

「存じ上げております」


まず、どこから話すか、どこまで話すかを考える。


「伯爵家の動向が怪しいと思いまして」

「どこまで知ってる」

「……他の国との繋がりがある様に思います」


他国の商隊を度々家へ招き入れている。

破滅的な領地経営と何か関連性があるとみている。


「伯爵家はこの国に見切りをつけている」

「搾り取るだけ搾り取ろうと言う魂胆でしょうか?」

「ああ、言ってしまえばそうだ」

「しかし、その場合……娘である王妃を見捨てる事になるのではないでしょうか」


叔父は、僕を見てにたりと笑う。

この表情をする時は、僕の知らない事を教えてくれる時だ。


「王妃は伯爵の娘じゃないからさ」

「……なっ、本当ですか?」

「本当さ、今から教えてやるよ」


叔父は語った。伯爵の娘は幼い頃に亡くなった。しかし伯爵は特に悲しまなかった。伯爵には沢山の愛人がいて、沢山の子供も居た。そのうちの一人が亡くなろうとどうでもよかったのだ。

そして当時、伯爵家は困窮していた。贅沢のし過ぎであった。

そんな中、他国の人間に話を持ちかけられた。十分な金を出すから死んだ娘の代わりにうちの娘を育てないかと。

娘は幼いながらも十分な教育を施された立派なスパイだった。

恐ろしい事に、その娘と言うのが、今の王妃。


「そんな……本当なのですか」

「おう」

「国の中枢にスパイが入り込んでいる事になるのですね……」

「そうだな」

「………何故、言って下さらなかったのですか」


叔父を睨みつける。

知って置きながらどうして。


「言った所でどうなるって言うんだ? どーせ陛下の事だ、聞く耳を持っちゃくれねーよ」

「……叔父上は自分が王になるおつもりですか」


ずっと聞きたかった。

叔父はあまり優しい心は持ち合わせてないお人だったが、ここまで愚かだとは思わなかったのだ。

そして、意外な答えが帰って来た。


「俺が王? 馬鹿言うな、ガラじゃねえわ」

「では何故」

「ルーダリオ……王妃の子が国のトップになるのが問題だからだ」


叔父は一呼吸おいて話し始める。


「あいつがとんでもない王子になったのは王妃の教育によるところが大きい。あれが王になったら内乱どころの騒ぎじゃなくなる」

「……はい」

「そこで俺は内乱をちらつかせ、兄上に散々どうにかするように申し立てていたんだぜ?」

「……初めて聞きました」

「ユリウスにも言ってなかったのか、チッ……どこまで甘ちゃん何だか」


叔父は呆れたように深く深く溜息を吐いた。


「陛下は何と?」

「変わんねえよ、ルーダリオは自分の子である。次の王はルーダリオだ。ってさ。どんだけ自分の子供が可愛いんだか……そう思うだろ?」

「ええ、本当にそうですね」

「何とか出来ねえかもんか……」

「……叔父上」


腕を組み、考える叔父の目を見据える。


「もしかしたら何とかできるかもしれません」




*****




数日後、叔父上が城にやって来た。

今から陛下の元へ、謁見の間に向かうようだ。


「叔父上」

「おう、ユリウス」


お互い顔を近付け小声で話す。


「手筈通りにな」

「分かっています」


部屋に入ると、陛下がすでに待っていた。

叔父が芝居がかった声で陛下に挨拶をする。


「陛下、ご機嫌いかがですか?」

「何用だ」

「今日は素敵な天気ですね」

「……お前はそんな事を話しに来たのではなかろう」

「ええ、陛下。耳寄りな情報です」


叔父は連れてきた一人を前に出させた。

男は前かがみで帽子を被っていたが、ゆっくりとそれを取った。


「初めまして、陛下……」

「な……!」

「この顔に見覚えがございますか……?」


陛下は男の顔を喰いいる様に見つめ、震える。


「な、何故っ……!」


男の顔はルーダリオとよく似ていた。

金の髪に金の瞳。幸が薄そうな点を除けばとても良く似ていた。


「陛下、私を処罰なさる前に聞いていただきたいのです……王妃様の事です」


男は語った。

自分は此処に勤めて間もない15歳の時、王妃に関係を迫られた事。当時女を知らなかった男は何が何だかわからない内に事が終わり、恐ろしくなった。自分は何かしてはいけない事をしたと。王妃とは一度では無く何度も関係を迫られた事、仕事を盾にされ断れなかった事。

結果男は、女性恐怖症になった事。

結局仕事は王妃妊娠と同時に金を握らされ、辞めるしかなかった事……

一つ一つ、歯を食いしばりながら男は話した。


「申し訳ござません……陛下……」

「陛下、許してくれねえか。こいつは相当無理してここに来たんだ。真実を話すためによ」


陛下は何も答えなかった。

ただ体を震わせて、目を見開き、男を凝視していた。


「陛下、僕からもお話がございます」


さらに畳み掛ける。

王妃がこの国の人間では無く、他国の……しかもスパイである事。

さらに王妃には愛人が数えきれない程いる事。

恐らくそれは、情報を集める為である事。


「伯爵家はすでに他国へ逃亡する準備が出来ているようです」

「……ユリウス、もうよい」

「王妃は自分の子ではないから見捨てて……」

「もうよい! もう聞きたくない」


陛下は椅子に深く腰掛けた。


「ユリウス、お前には父がどう見える?」

「……どう、とは?」

「哀れに見えるか? 今まで自分の血が流れていない子を愛していた……大切に思っていた……王妃の事も、愛していたんだ」

「……」

「だが王妃は私を裏切った。それもずっと前からだ! この思い、どうしてくれようか!」


陛下は立ち上がり、兵士に王妃を連れてくるように指示を出した。

父は、今までの父と違った。優しい父はどこかに行ってしまった。

僕の知っている父では無くなっていた。

愛が憎しみに変わるとは、まさにこの事か。ぼんやりと思った。


「陛下っ! 一体どういう事ですの!?」


王妃が兵士に引きずられて部屋に入って来た。

それを全員が冷たく見下ろす。


「……なっ! 何故あなたがここに!」


王妃がルーダリオの本来の父親を見つけて、声を上げる。

男は怯えた表情をし、叔父の背に隠れた。

僕が声をかける。


「あなたの悪巧みがすべて明るみに出たのですよ」

「ユリウスっ!」


射殺さんばかりの鋭さで僕を睨む。


「陛下! 陛下! 何かの間違いです! 私が何をしたと言うのですの!?」

「言う必要があるのか? 私に言わせる気なのか!」

「ヒッ、へ、陛下……?」


陛下が王妃を睨みつける。

王妃が叔父が連れてきた男に反応を返した。それだけで十分だったようだ。


「この女を牢へ繋いでおけ!」

「陛下っ! 待って! 待ってください! 何かの間違いです! 誰かが私を陥れようとしてるの!」

「王妃が陛下を、の間違いじゃねえか?」


叔父がぼそりと呟く。


「嫌! 離せ! こんなの! こんなの計画にない!!」


王妃は喚いて、連れて行かれる。

そこに、一人兵士が到着する。


「陛下! 大変でございます!」

「何だ」

「公爵令嬢アネモネ・ライラックがルーダリオ様に殺されました!」

「な、何だと……!」


来たか。

でも次で、ようやく助けられそうだ……アネモネ。


「あははははは!!! よくやったわルーダリオ!! この国は終わりよ!! あははははははは!!!」


王妃の高笑いを聞きながら、僕の意識は深く沈み込んで行った。




*****




僕は鏡の前に居た。

もう、何度目になるか……数えきれない。

ようやく、君を助けられるよ。

僕は早速、行動に出た。


まず伯爵家への密偵を増やし、叔父に見つかりやすくした。

効果はすぐにあり、叔父との対談に成功。

その際に、


「叔父上、僕は学園に行きたいのです」

「……またどうして今更」

「ここだけの話ですが……ルーダリオが婚約者である公爵令嬢を殺害しようとしているとの噂が」

「今それをやられると都合がかなり悪いな……」

「ルーダリオが王族で無くなると、婚約者である彼女はどうなると思いますか?」

「……婚約者のいないお前に話が行くんじゃねえか」

「ええ、ですから混乱を最小限にしたいのです。公爵家には機を見て僕の方から伝えておきます」


そう言うと叔父は少し心配そうに僕を見た。


「ユリウスはそれでいいのか? 好きな子はいないのか?」

「僕はアネモネが好きなので問題ないですよ」

「……恋愛でか?」

「恋心ですね」

「純愛か?」

「僕は10歳の時からアネモネが好きです」

「お前……ずっと兄の婚約者が好きだったのか」

「変ですか?」

「ああ、変だ、すごく」

「誰にも言わないで下さいね」

「だれに言うんだよ、こんな話……まあいい。学園への編入だな、手配してやる」


数日後、僕に学園の制服が届いた。

早速着てみると、自分が年相応に見えた。

僕はまだ十代なんだよな……


「まあユリウス」

「……母上」


部屋に母が来た。

毎回この日のこの時間に僕の部屋を訪れるのだ。


「とても良く似合ってるわ!」

「ありがとうございます」

「学園に行くのね……寂しくなるわ」

「ええ、すぐに帰ってきますよ」


長居するつもりは無い。

アネモネが今どうしているのか確認に行くのと、説明をしに行くだけ。

ルーダリオの事も確認しておくか。

明日からは学園だ。

その前に仕事を終わらせておかないと。


城内を歩いていると、何か怒声が聞こえてきた。

近くまで行ってみると、公爵だった。


「娘を孤立させた挙句にハーレムを作るだなんて、ふしだらではないのかね!」


どうやら僕が流した第一王子が婚約者を孤立させ、ハーレムを作って授業にまったく出ないと言う、事実である噂を聞きつけたようだった。

今日は陛下が居ない日だ。

宰相に当たり散らしていた。


「公爵!」

「ああ、ユリウス殿下」


公爵とは何度か話をしたことがある。

話しの馬は合う方だ。


「お話があります、後でお時間いただけないでしょうか」


公爵は眉を寄せたが、頷いた。


公爵はその日のうちに時間を作ってくれた。

公爵邸に入るのはこれが二回目……一度目はアネモネの死を確認した時だ。


「まず、謝罪をいたします……兄がご迷惑をおかけしております」

「ユリウス殿下、あなたが原因ではありませんよ」

「それでも、です……申し訳ございません」


ひとしきり謝罪した所で、話を切り出す。


「実は……兄は廃嫡される可能性が高いのです」

「何……?」


兄が陛下の子でない事が分かった事、王妃の件、簡単に公爵に伝えた。


「王家としては歴史ある公爵家との婚姻を手放したくないのです」

「ではどうするつもりだ」

「……僕では駄目でしょうか。兄が廃嫡になれば僕が次の王になります。アネモネに……お嬢様に不自由はさせません」


公爵がじっと僕を見る。

険しい顔で見ていたと思ったら、ふっと表情が緩んだ。


「妻の言っていた通りだな」

「……ご婦人はなんと?」

「ユリウス殿下はアネモネが城に行くたび会う、と。きっと殿下はアネモネを愛しているのだろう、とな」

「お恥ずかしい限りです。兄の婚約者ですのに」

「いや、いい。殿下の言う事が確かなのなら、約束しよう……アネモネとの婚約を」

「ありがとうございます」


僕は公爵に感謝し、屋敷を後にした。

準備はほとんど整ったと言って良い。

後は叔父がルーダリオの本来の父親を見つけ、行動に出るだけだ。


僕は学園に向かった。

編入された先は、幸運にもアネモネと同じクラスだった。

他の令嬢の会話を躱して、アネモネの所に向かう。


「アネモネ!」

「まぁ殿下……お久しぶりでございます」


アネモネにはいつもの元気が無いように感じた。

会話しても違和感が付きまとう。

何だ? 彼女は本当にアネモネなのか?

アネモネに学園を案内してもらった。


「ここが科学室ですわ、それで外のあそこが……」


彼女には覇気がなかった。

まるで、全てを諦めている様な……

殺され続けていた過去の自分を見ている様だ。


「最後に、ここが食堂です」

「アネモネ、一緒に食事はどうかな」

「殿下とですか? 断れませんわね」


アネモネは少し寂しそうに笑った。


食事を取った後、アネモネと別れ、廊下を一人歩く。

行先はルーダリオの所だ。

久しぶりに会ったアネモネは可愛らしさが抜け、美しくなっていった。

何度見惚れた事か分からない。

ルーダリオには勿体ない令嬢だ。

アネモネへの想いを馳せている時、影が目の前をよぎった。


「きゃっ」

「っ、と……大丈夫かい?」


何かがぶつかって来た。

何かとは女子生徒だった。

女子生徒は不躾にも僕の腕にしがみ付いて来て、なかなか離れようとしない。

目が合った。

ああ、こいつは……

華美な見た目、ふてぶてしい態度。


「初めまして……マリーナ・オセロットです」

「そう、君の事僕は知ってるよ」


男爵令嬢マリーナ・オセロット。

知っている、と言うとマリーナは


「本当ですか!」

「うん」

「嬉しいです」

「ふーん……君は随分と股が緩い事で有名だよ?」

「え……」

「いろんな男とセックスして来たんだってね」

「そんな、え……殿下?」

「兄上のセックスはどうだい? 淫乱の君を満足させられてる?」

「でん、か……?」

「満足できなかったら何時でも言ってね。そう言う仕事を紹介するから」

「っ!」


マリーナは青い顔をして早足に立ち去って行った。

どうして良い噂が自分にあると思うのだろう。

まあいい。目的はルーダリオだ。

教室には居ないので寮に向かう。

ルーダリオはやはりそこに居た。


「兄上……」


眉を寄せる。

男女の濃い匂いがした。


「なんで今更こんな所に来てんの?」


半裸のルーダリオが同じく半裸の女子生徒を数人はべらせて問いかけてくる。


「あなたには関係ありません。此処に来たのはただの挨拶です」

「あっそ、好きにしたら?」


ルーダリオがまた女子生徒といたし始めたので、退出する。

気分が悪くなった。

そして、アネモネが不憫に思えた。

慣れない学園の中、アネモネを探す。

……教室にはいない。他の教室にも。室内には居ないのか?

中庭、にも居ない……

裏庭……?


「アネモネ!」


アネモネは裏庭に居た。ベンチに座り、リラックスしていたようだ。


「良かった、探したよ」


アネモネと目が合った。

その目に光は無く、ぞくりと鳥肌が立った。


「何かご用でしょうか?」

「アネモネ、大丈夫かい?」

「……何がでしょう?」

「その……」


元気が無いように感じて、と。

視線を逸らしながら問いかける。

少し話題を逸らす。

僕が流したルーダリオの噂。

アネモネはすでに知っているようでたいした反応は帰っては来ない。

どうでも良い事のように明後日の方向を眺める。

次に公爵……アネモネの父が怒っていた事を伝えると、


「お父様……そうなのですね」


ようやく少し反応が帰って来た。

その事に少し安心して、続ける。


「君に元気がない原因が兄上ならば、僕が代わりに謝罪する。すまなかった」

「殿下! おやめください! 私などに頭を軽々しく下げないで下さい!」

「ここまで兄上を野放しにしておいた王家に問題がある。申し訳ない」

「……殿下」

「すまない、アネモネ」

「………分かりました、ですから頭を上げてください」


アネモネは変わらず、何処かを見ていた。

僕を見ていなかった。

不安になった僕は話を続けた。黙っている事がつらかった。

アネモネに兄との婚約の解消の話をする。

すでに兄への想いは無いようだった。

これで安心してルーダリオを廃嫡できる。

アネモネが立ち上がった。


「もう行きます。殿下、お心遣い痛み入ります」

「っ、アネモネ! 待って、まだ話が」


伸ばした手は振り払われた。

驚いている僕にアネモネが言葉を荒げる。

優しくしないで、と。

婚約者に蔑ろにされてアネモネは変わってしまったのだろうか。

僕の太陽だったのに……

それが思い違いである事に、すぐに気が付いた。


「私はどうせ死ぬの」

「………」

「何回繰り返したって無駄、どうせ死ぬ」


どうして、アネモネは自分が死ぬことを知っているのだ。

何回も繰り返した……?

確かに何度も繰り返した。でも、それは……僕だけではないのか?

分からない事だらけだ。

ただ、一つ言えるのはアネモネが死を持って何度も三か月を繰り返していた、事実だ。

体が震えた。

何と言う事だ、僕は、彼女に死の恐怖を与え続けていたなんて……!

それでこんな……変わり果てて……


「アネモネ……ごめん」


僕はアネモネを優しく抱きしめた。


「殿下?」

「ごめん、アネモネ……ごめん」

「どうなさったの……?」

「孤独だったよな……助けてあげられなくて本当にごめん」


繰り返しの中では孤独との戦いだ。僕はよく知っている。

アネモネは非力だ。自分では死を回避する事が出来なかったのだろう。

その恐怖は計り知れない。それですべてを受け入れるしかなかったのだろう。


「今までよく頑張ったな」


アネモネの瞳から大きな涙が落ちてくる。


「アネモネ、君は僕が守るよ」

「殿下……?」

「何も心配しないで……君を殺させたりしないから」


アネモネは今までに無いくらいの大声で泣いた。

味方が居なくて余程不安だったようだ。無理もない。

僕はアネモネが落ち着くまでなだめながら、決意する。

この繰り返しを終わらせる。

もうアネモネを殺させたりしない。

そのためにはルーダリオの廃嫡、王妃の排除。すでに筋書きは出来ている。

後は実行に移すだけだ。

落ち着いたアネモネの背を撫でる。


「アネモネ、聞いてくれる?」

「……はい」

「兄上と君の婚約を白紙に戻す」

「うん……」

「もしかすると僕と婚約なんて話になるかも知れない」


はっとしたアネモネが僕の顔を見た。

先程よりは、僕の知っているアネモネに近付いた気がする。

僕は続ける。


「僕は嫌がる女性と結婚したくないんだ」


真剣にアネモネに伝える。母との約束だ。

アネモネが僕は嫌だと言うなら考えなくてはいけない。


「君が良ければ、僕との事考えてほしい」

「殿下はそれでよいのですか?」


それを聞いて少し安心する。嫌ではないようだ。


「僕はずっと君の事が好きだったから」

「えっ!?」

「だからそうなってくれると嬉しい」


驚いているアネモネの手の甲にキスをする。


「愛してるよ、アネモネ……君だけを愛するよ」


赤くなっているアネモネを優しく見つめる。


「それと、これからは名前で呼んで欲しいな」

「えっ?」

「君にはユリウスって呼んで欲しい」


アネモネはさらに赤くなっていく。

本当に可愛らしい、僕の愛しい人。


「ユリウス殿下……」

「呼び捨てで良いよ」

「そんなっ……できません」


じっとアネモネを見つめる。


「ユリウス、様……」


僕はアネモネに微笑みかけた。




*****




僕はまた王妃を牢に入れる事に成功した。

また叔父上がルーダリオの父親を探して来てくれたのだ。

怒りに震える陛下は僕に書状を渡された。


「陛下、ルーダリオはどうするおつもりですか」

「……ルーダリオは」


陛下は悩んでいた。

無理もない、判断が少し難しい。

王妃はすでに斬首刑が決まっている。

しかし、ルーダリオが斬首刑では重すぎる。

彼はまだ何もしていない。

アネモネを殺した訳では無いのだ。


「おまえはどう思う……ユリウス」

「……そうですね」


悩んだ。国外追放、とも思ったが王妃は国外の者だ。ルーダリオを何かで使おうと行動してくるかもしれない。


「無期懲役、禁固刑、どちらかでしょうか」

「……そうか、分かった」


陛下にはまだ優しい心が残っていたようで、死ぬまで禁固刑となった。




学園からルーダリオを連れて帰って来た。

一騒動あったが何とか無事に事が終えられそうだ。


「何故、何故……」


ルーダリオはずっと何故を繰り返していた。


「陛下、ただいま戻りました」

「父上っ!」


兵士数人に押さえつけられ、ルーダリオは縛られたまま這いつくばって陛下を見上げる。


「父上! 何かの間違いですよね」

「……」

「俺が父上の子で無いだなんて……嘘ですよね!」

「事実だ、ルーダリオ」

「父上っ」

「私には子は一人しかいない……そこのユリウスだ」

「母上っ、母上はどうしたのです! 母から話をっ」

「お前の母は斬首刑となった」

「なっ」

「すでに首は落とされ、民衆にさらされておる」

「そんなっ、なんて惨い……」

「お前の母は罪人だった、それだけの事よ」


ふとルーダリオを見遣る。

青い顔をして震えている。

目が合った。


「ユリウス……お前えぇえ!」


動こうとしたルーダリオは兵士に押さえつけられる。


「離せ! はなせええ!!」

「ルーダリオ、哀れですね」

「恨む、お前の事を!」

「どうぞ、ご勝手に」

「呪ってやる!! ああぁああぁあ!!」

「連れて行け」


ルーダリオは牢に繋がれる事になる。

慈悲は無かった。当然の報いを受けるがいい。

……アネモネを殺し続けた罰だ。

これで、ようやくすべてが終わった。

何度繰り返しただろう……それも今回で終わる。

すがすがしい気分だった。




*****




数年後……


今日はとても華々しい日だ。

雲一つない晴れやかな天気、咲き乱れる花々。

温かい春がやって来たのだ。


「ユリウス様……」


アネモネが僕の様子を窺う。

彼女は学園を卒業してますます綺麗になった。

死を繰り返したせいですり減ってしまった心を少しずつ元に戻している。

全快とは行かないまでも元気になった。


「アネモネ……すごく綺麗だ、よく似合ってるよ」

「ふふっ、そうですか……?」

「うん……誰にも見せたくなくなるよ」


今日は僕たちの結婚式だ。

真っ白なウェディングドレスを纏ったアネモネは、とても美しかった。

手の甲にキスを落とすとアネモネは恥じらうように少し身を捩った。


何故、アネモネがループしたのか……僕なりに仮説を立てた。

一番初め、僕はアネモネの遺体に触れた状態で時間を飛んだ。

それが原因だったのではと踏んでいる。今まで誰かに触れた状態で時間を跳躍したことはないし、これからも無いだろうから確かめようがないが……


「アネモネ」


僕はアネモネの頬に触れた。


ふわり


温かかった。


「ユリウス様は私の頬が好きなんですか?」

「うーん……違うよ、僕はアネモネが好きなだけ」


アネモネの頬が赤く染まる。


「私も……」

「ん?」

「私も好きです……ユリウス様」


僕はアネモネを抱きしめた。


「アネモネ、大切にする」

「……はい」

「君は僕の隣に居て」

「はい、ずっと傍にいます……」

「愛してるよ」

「私も、愛しています……」


少し早いけど誓いのキスをすることにした。

アネモネの優しい紫の瞳が閉じる。

少し残念な気がした。

そう言えば紫のアネモネの花言葉は……


そっと唇を重ねた。





あなたを信じて待つ





アネモネ視点の「公爵令嬢は死を繰り返す」読んでいない方は是非どうぞ……

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― 新着の感想 ―
[一言] 滅茶苦茶生温い ぶっ殺せよ
2021/07/14 16:26 退会済み
管理
[一言] ちょっと深読みしすぎかもしれないですが、これ、王子の転生コストをアネモネ嬢の命で支払ってるみたいに見えますね。 この情景を観測してる上位存在的な何かが、推しキャラのユリウスが死ぬたびにアネモ…
[良い点] 面白かったです。読みごたえもあるし、長編でもよかったくらい。短編でおわらすのがもったいないくらい秀逸でした。
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