物語の始まりは主人公の悪態から始まる。
事件当日・学年集会
朝は嫌いだ。ピピピピッ—どこか遠くから近づいてくるサイレンの音のように現実に引き戻される。枕元に置いてある携帯に手を伸ばす。デジタル表記でAM07:00......ああまたいつもの朝が来たのだと認識する。
この時間に起きるようになってもう3年経つ。大学受験を指定校推薦でパスした12月。僕は高校に行く目的を見失いつつあったが、朝は残酷で誰にも平等に訪れる。朝にも眠ることを教えてあげたら多分彼も幸せになると思う。
無理だろうな。
布団から出られずに変なことを考えてしまう。冬は寒い。細かいことを言えばシベリア気団だ、西高東低だと原因はあるが理解は体を温めてはくれない。
寝巻きだけでは12月の寒さに少し心もとなく思い、昨夜脱いで布団近くに置いていたパーカーを引っ掛けて洗面台に行く。
鏡に写る自分の寝起きのヘアスタイルをみると、見事にほぼすべての髪先が天井を向いている。ヘアスプレーを使い、寝癖を直す。高校生活と言えば薔薇色。薔薇色の高校生である僕だがおしゃれにも流行りの音楽にも興味をもたない、そんなどこにでもいそうな高校生男児としては髪型も髪先が上を向いていなければ満足だ。
リビングには誰もいなかった。それはそうだ、旅館の朝は早いのだ。朝食を食べようと思い、お湯を鍋で沸かし紅茶を淹れる。やかんや電気ポッドがあれば便利なのだろうが、昔から鍋でお湯を沸かしていた流れで、今でも鍋で沸かしている。
ティーカップを用意して茶葉を入れる。朝は紅茶だと決めている、といえば格好がいいが特にそんな決まりは一向にない。茶葉と言うが所詮は、ティーパックだ。
30分ほどかけて菓子パンと紅茶をゆっくり頂きながら朝のニュースを聞き流す。
個人情報流出。
3千万円横領。
サイバー攻撃。
空き巣。
社長の失踪。
――平和だな。質素な朝食を片付け自室に戻る。
こうすればやる気が出るのだと言わんばかりに勢いよく制服のズボン裾に足を突っ込み着替える。
紆余曲折あって入ってしまった写真部のせいで買わされたカメラを本棚の上から取り、鞄に丁寧に入れる。カメラは高いのだ。それが登校中に壊れてはとてつもなく残念だ。
冬休み前、最終日とはいえ、今日は木曜日で部活動の活動日である。そのせいで、わざわざ重いカメラを持って行く羽目になっているのである。フルサイズとはいかないが、一眼カメラはたいがいにして、ほどほどに重量がある。そのカメラのせいで、教科書が入っていないにもかかわらず、通学鞄が重くなってしまった。
鞄に教科書が入っていないのは怠惰が理由ではない。今日が、休み前最終日で、授業がないからだ。学生の本分は勉学であるが、それに対してあまり積極的ではないから、授業がない今日は少しだけ、心穏やかに家を出ることが出来そうだ。
いつもの、だが、過酷な通学によって色あせてしまったスニーカーを履く。ポケットに入れていた鍵を取り出す。鍵をかけながら、心の中で我が愛しの家に「いってきます」と言い、家を出る。
前にどこかで聞いたのだが行ってきますに対して「気をつけて」と言われるだけでも事故に会う確率は下がるらしい。人間の思い込みとはなんと神秘的なことか。と、つまらないことを考えていたら家を出るのがいつもの時間より遅くれていることに気付いた。
これで高校が近いなら特段問題はないのだが、高校は三つ隣の駅だ。電車に乗り遅れては洒落にもならない。いつもの電車に乗るには少し小走りしなければならなくなってしまった。
駅に向かう薄く黄色に塗装された温泉街とは名ばかりの路地を白い息を吐きながら急ぐ。高校生にもなって走っているとこを見られるのは小っ恥ずかしく思ってしまう。駅に近づくにつれ人が少なからずいるので走るのは路地だけにした。
この小さな街の駅は昭和レトロな外観で、全70駅くらいあるこの路線で50番目くらいの利用客数らしい。地方都市特有の住宅街、この街唯一の観光資源である標高300mにも満たない山々と温泉施設がある特段変わった物があるわけでもない普通の町である。
駅に着くと、ちょうど電車が来たところだった。三年間も同じ時間帯の電車に乗ってれば嫌でもスーツのおじさんや謎の登山者風のお兄さん、厚化粧のおばさん、セーラー服の女子高生の顔くらい覚えるだろう。
電車に乗り込みながらポケットから携帯を取り出す。朝にもニュース番組を見たがネットでもニュースをみることにする。電車の中は満員とはいかないが席は空いてないので片手に携帯、空いている手でつり輪を掴む。
高校の最寄り駅である本厚井駅へは10分で着く。この10分は短いようで長く感じるのは退屈を感じるからだろうか。相対性なんたらってやつだ。車窓では田舎駅である最寄り駅から高校のある駅へ街並みが徐々に栄えていくのが高速で流れで行く。
本厚井駅からはバスで20分くらいかかる交通の便が悪いところに高校はある。だがバスの料金が高く感じてしまうのと人が多すぎて座れないのでバス通学は避けたくて自転車を駅の近くに借りた駐輪場に置いている。
これでも運動は嫌いではない。冬は寒くて手がかじかんで大変なことになるのでやはり手袋は大切なのだ。昨日買った合皮製の手袋をしっかりとはめた。ついでに時計を見るとあと30分ほどで始業時間だ。自転車を必死に漕ぐことにする。
横断歩道を渡り、上り坂を登り切ると高校が見えてくる。坂の傾斜がきつく立って漕いだおかげで、着く頃には手袋をした手が暑く感じるくらいに身体が温まる。
教室に入るとクラス内でいくつかのグループができていて、各々別々の話をしているようだ。
「昨日の試合観た?」
「三次元に興味がない!」
「今週バイクツーリングどこ行く?」
「零さんかっこいい。」
そして、会話もしないでスマホゲーで遊ぶグループ、どこにでもある高校の朝だろうか。席に着くとチャイムが鳴った。
朝のHRが始まる頃には低血圧の僕でもさすがに意識はしっかりとしてくる。だが、担任が連絡事項を話しているが、毎朝のことで関係ないから聞き流していた。担任の河原は最後に日誌を閉めながら言った。
「鶴間、このあと職員室来てなー」
朝から呼び出されてしまった。隣の席に座る中学校からの旧友で部活仲間である大和悟がいつもの薄笑いを顔に貼り付け囁いてくる。
「ヨシハルなにかしでかしたのかい?」
ああだから朝は嫌いなんだ。




