水曜日、友人の懺悔は水に流される。
12月21日 水曜日
明日で、学校が終わりだと考えると月曜日に、あんなにも落ちていた気分もすぐに復活する。そこまで自分のことを気分屋だと考えたことはないので年末にして新発見をしてしまったと、馬鹿げたことを考えながら学校の階段を上っていた。
僕の所属する三年一組の教室は二階の、しかも昇降口すぐの階段を上った目の前にある教室だった。こんなにも通いやすい教室は類をみない。学校にぎりぎりについても遅刻することも少なく、学校が火事になろうと、地震がこようと真っ先に逃げられる立地は最高だ。と、教室の前に着くと、幾人の人だかりが出来ていた。
いつもに比べて余裕がある時間に学校に着いていたことから察するに、教室の鍵を誰も取りに行かず、誰か職員室に鍵を取りに行ってくれる人を、この凍える廊下で話しながら待っているのだろう。
ならば僕もそれに乗じて取りには行かない。朝から反対側の校舎にある職員室に行き、ドアをノック、先生に声をかけ、名乗る。ああ、もう考えただけで面倒だ。
朝は低血圧で人と話すのも億劫だったので一人、廊下の皆からすこし離れた場所に腰掛ける。しかし、すぐに声をかけてくる男がいた。
「おはよう、ヨシハルぅ」
「はぁ……サトル、朝から気色悪い挨拶をするな」
いつ何時も面白ければ良いと考えるサトルは元気なことが多い。だが、今朝はいつもにまして元気な気がする。おもわずため息混じりの返答になるのも致し方ない。
「挨拶は普通だよ。今朝は少し動いてからきたから調子が良いんだ」
それは良かったな。ん、動いてきた?
「それにしても寒いのに誰も鍵取りに行かないんだね~」
「ああ、そりゃみんな鍵を取りに行くのが面倒なんじゃないか?」
「それじゃ、俺がヨシハルに面白いことを見せてあげよう」
サトルは、言い終わるや否や、自らの鞄から財布を取り出した。そこから何かを抜き取る。
「これで、良いか」
と、紙の厚さを確認しながらサトルはつぶやいていた。どうやら交通系ICカードのようだ。
ドアの前に行くと後方のスライドドアの前に立った。するとカードをスライド式のドアのあいだに差し込み、その手を下に勢いよく下ろした。カチッとドアの鍵が開く音が聞こえてきた。
ドアの近くでそれを見ていたクラスメイトの何某がサトルに話しかけた。確か森とかだったかな。
「おい、どうなってんだ?」
サトルは人見知りとか何事にも物怖じしない。高圧的だろうがなんだろうが普通に人と接することが出来るのは誰もが出来るわけではない長所だと僕は思っているが、口にはしない。
「このドアは下からフックが持ち上がることで鍵が閉まるんだ。それをカードとかある程度の硬さがあるもので下に押してやると、こうやってロックが解除出来るんだ。」
「はぁん、なるほどなー」
森は納得すると鞄を取りに行ったのか離れていった。それを見届ける前にサトルが教室に入っていった。他のクラスメイト達も寒い廊下から逃げ出すのに我先にと教室に続いていく。
自席に着くと、鞄を置きながら隣の席に既に座っているサトルに話しかけた。
「お前、後で怒られるんじゃないか?」
「みんな、続いて入ってきた所で共犯だよ」
心配してみたが、どうやら僕も共犯らしい。なにを聞かれても黙秘しようと心に決めた。それを合図にしたかのように予鈴がなった。
鐘をBGMに担任の河原先生がやってきた。が、ドアが開かない。サトルが開けたのは後ろの扉で前側の扉は鍵が閉まったままだったからだ。
「あれ?」
と、先生は呟くと一歩下がって後ろ側を見た。扉が開いたままなのを見るとそちら側から教室に入ってきた。
「おーい座れー」
話していたり、飲み物を自販機で買ってきたまま立っていたクラスメイト達が自席に着き始める。先生は教卓に向かう前に、前側の扉を見に行くが、この扉は外側からも内側からも鍵がないと開閉できない仕組みの扉だった。そのため、見に行った先生も何もできず、教卓へ向かった。
「今日は鍵、どうした?」
開口一番に痛いところをついてきた。しかし、誰かに真実を言われまいとサトルが真っ先に返答した。
「後ろ側の鍵がかかってなかったのでそのまま入っちゃいました」
サトルはへらへらとしていたが、先生はあまり気にしていないようだった。
「そうか、最後に帰るやつは気をつけろよー」
朝のHRは、いつも通りの流れで、出席確認、連絡事項を伝え終わると河原先生が鍵をとりにいって終わった。
戻ってきた先生は、黒板横にあるフックに鍵をかけると授業が一限目にあるのかどこかの教室へと向かっていった。
一時間目は、選択科目の「地理」だったので、クラスメイト達は各々、選択した授業の教室へと移動する。しかし、俺の選択した地理は一つ上の階である三階、階段上ってすぐの社会科教室のため、あまり焦って移動しない。そのせいか大体、最後まで残ってしまう。だが、地理を選択しているクラスメイトは他にもう一人いた。
「あら、鶴間くん。最後に鍵締めといてね。」
「了解ですよ、岡本さん。」
普段からこういう態度で話してくるから気にしない。
同じ部に所属する岡本愛生。部活で話す機会は多々あるが、普段はクラスで意外と人気があるらしく、他のクラスメイトと談笑していて話す機会はない。話そうとすることも少ないが。
教室の前方にある鍵を取って一度、後方のドアに行く。後方のドアは前のドアと違い、中から手で締められるつくりになっている。
それをしめてから前側のドアから出て、鍵を閉めれば教室を完全に締められる。
そういえばと今朝、先生に注意されたばかりだから念のために換気用のためか廊下側の下にあるドアも戸締りを確認した。冬はエアコンの暖かい空気を逃すまいと、ここを開けることは滅多にない。
思った通りどれも閉まっていたので、前側のドアから廊下に出て、鍵を閉めた。腕時計を見ると始まりの鐘がなるまで幾ばくも無い。急いで教室に行くことにする。
廊下には岡本の姿がないので、待つことなく、先に行ってしまったのだろう。薄情な奴だとは思わない。僕でもそうする。
(はあ・・・)
思わずため息がでる。鍵を持っているということは、早く教室に戻ってこないと、またしても級友たちを凍える廊下に待たせることになるのだから。
そんな考えも無用に、授業が5分早く終わったから、何事もなく、誰一人として待たせることなく、教室の鍵を開けることができた。これは誇るべきことだが、誰も待っていないのでは褒めてくれる人もいないのである。この話を聞いてくれるサトル以外には。
「それは、いいことだよヨシハル。だけどね、常に正しいことは褒められるとは限らないのが世の常だ。それを、理解して話すのと、無視して話すことは別なんだよ」
「別に、お前に褒められたくて話しているわけじゃない」
なぜに、こんな必要のない話をしているかは、男子高校生特有の放課後の暇つぶしだ。職員室に呼ばれて、帰るタイミングを逃したせいでもある。
しかし、昼ご飯を食べてない中、そうそう長く話し続けるのはしんどい。教室についているアナログ時計は午後1時を示したばかりだったが、僕が職員室から帰ってきたころには、もうサトル以外誰も残っていなかった。そのせいか、話はこんな話から蔭口まで多岐にわたっていた。
「そろそろ帰るか・・・」
ぼそっと言うとサトルもどうやら同じ考えだったらしく、うなずくと帰る身支度を始めた。僕は職員室に行くときに荷物をまとめていたのですでに帰れる状態だった。
今朝の河原先生の言葉を思い出し、部屋の戸締まりをするのに動き出した。
窓をすべて締め終え、廊下側の通気窓も1限の時にも確認したが、再び確認した。すると、さっきは確かにすべて閉まっていた通気窓の一つの鍵が開いていた。今日は、寒くて暖房を付けていたが、それほど長時間締めきっていたわけではなかったが、誰かが換気のために窓を開けたのだろうか?
「とりあえず締めるか」
後ろ側にあるロッカーに荷物を取りに行っていたサトルに声をかける
「サトル、ついでに後ろ側のドアに鍵をかけてくれ」
「わかったよ。ヨシハルがそんなに防犯を心がけてるとは知らなかったよ」
面倒だったのか、先ほどまで話していた蔭口の影響か、不満が口から洩れている。
「普段から心かけている訳じゃない。軽口叩いてないで早く帰るぞ。」
サトルが鍵を閉めてくれている間に鍵を取りに行った。鍵には目立つようにか、誰かがキーホルダーをつけられている。これは、国民的アニメの青い狸だった。
二人そろって廊下に出て、教室内に誰もいないことを確認して扉を閉じる。鍵を職員室に置きにいかなければならないのが億劫だ。そのせいで、みんなわざわざ教室に残らずに部室に行ってしまうのだろう。
サトルが職員室に向け、歩き始めたついでに廊下側からドアが閉まっているか確認しだした。二人によるチェックでこの教室の防犯は完璧だ。
「これで、事件が起きたら僕らの責任になるかな?」
「どうだろうか。これだけしっかり締めて、事が起きたらもう手に負えないぞ。」
サトルは決して不安で聞いたでのはないだろう。ただの興味本位ではないだろうか。
「それなら、良かったよ。どうして学校の鍵はここまで面倒なんだろうね」
「それは、簡単だ。お前みたいな好奇心旺盛で何をしでかすか分からん奴が興味本位で入られて何かやられたら学校側も手が負えない状態になっちまうだろうよ」
教室を出ても続く、軽口を飛ばしていればすぐに職員室だ。我々の教室と同じ階ではあるが、ロの字型をしているこの校舎では反対側に位置する職員室に行くと、下駄箱へは元の校舎に戻らなくてはいけないのがとてつもなく面倒だ。
少し近道させてくれるのが職員室下にある事務室や応接室へ入るのに使う職員玄関を使い、ピロティを通って下駄箱に行くルートだ。これでどれだけ楽が出来たかは分からないが、少しでも楽がしたかったのである。
僕を面倒なことに巻き込んできた一番下のいつもの下駄箱に上履きをしまい、スニーカーを出す。こだわりはないが布製のコンバースの一番シンプルなやつが好きで、それに近い物が家のシューズケースに並んでいる。
そのとき、靴の事を考えていたからそれに気付く事が出来た。
「そういやサトル、いつからローファーなんて履くようになったんだ?」
「よく気付いたね。そうだな、先週の終わりくらいからかな」
サトルは、それほど重要なことでもないかのように話していたが、これは意外と重要だ。なぜなら、校則で決まってはいないもののなぜかスニーカーで登校する生徒が少ないのだ。高校生のスニーカー離れがここまで深刻だとは思っていなかった。
(これでまた仲間を失ったな・・・)
今、散歩をする足下はいつもの布製のシンプルなスニーカーだった。だが、いつもと一つ違うところがあった。それは、さっさと家を出たから、靴下をはいていない。しかも、靴が布製ときたもんだから寒さが直にくるのと、さほど変わらない防御力だ。
こうも同じ場所にとどまるのは足に悪いのと、このご時世、不審者扱いされてもたまらない。そろそろ夜の街も堪能出来たことだし、家に帰ろうと、神社の木製ベンチから立ち上がる。
そこでようやく、神社の外灯が消えていることに気付いた。ここも公園と同じで22時で電気が自動で消えるようになっているのであろうか?
もうさすがに家の中も静かになっているはずだから安心して寝られるだろう。僕は、静かな環境、無駄な光のない空間、適度な温度で質の良い睡眠がとれるが、睡眠前にPCやスマホから発せられる光には睡眠を阻害する効果があるらしい。携帯が便利になった分、やはりそれに付随する悪の部分は少なからず存在するのだ。
それは人によってはなくてはならない存在へとなっている事もあれば、存在すら忘れてしまっているような人間も存在する。人それぞれ価値観は違うのだからありふれた話ではあるが、それはそれで面白い事だと思う。
ちなみに僕にとって携帯は携帯であってそれ以上に機能を持つようになった今日でも変わらない。サトルや部活の仲間と連絡しあう、ニュースを見るのに検索アプリを用いる程度だ。それでも、なくなったらやはり不便に感じるだろう。
あいつにとってはどれぐらい大切なものか僕には推し量ることは出来まい――――
※この小説で用いた解錠方法はあくまでフィクションです。