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休日だからこそ会いたくない人もいる。

12月17日 土曜日


 休日は最高だ。

 平日は学校に行くのに1時間くらいかかるせいで朝が早いのだが、休日になると風邪をひく時のように突然、起きられなくなってしまう。それを周りにつつかれると決まって僕は「低血圧だから」という、言い返せないであろう言い訳を使って逃げている。

 暖かい布団の中でエンジンのかかり始めていない脳でそんなことを考えていた。冬は布団の中がこたつと並ぶ快適空間になる。


 しかし、今日は目的があるので、すんなり布団から出ることができた。この偉業は勲章にも値する行為だ。昼を前に起きてリビングに行くが誰もいなかった。家族全員、僕を置いて出かける……という某クリスマスの日の映画みたいなことではなく、みんな働いているのだろう。

 

 旅館に土曜も何も関係ないのだ。しかも冬の温泉は格別だ。必然的に宿泊客も増える。繁忙期(はんぼうき)には親から「手伝いとしてアルバイトしてくれないか?」と言われるかと思いきやこれが必要なほどには忙しくはないのだ。というより外部から雇っていて手は足りているのだろう。

 そのせいか姉がいるが、これも手伝いはしないで大学を休みながらいろんなとこへ行ってしまうので何を考えているのか、何がしたいのか、いまいちわからない姉だ。


 家にだれもいないのなら仕方がない。自分で朝飯兼昼食を作るとしよう。しかしながら男子高校生がご飯など作れるはずもない、というのは周知の事実。

 そして今はなんでもデジタル時代、文明開化なぞなんのその。電子レンジ一つでなんでも食べられるのは料理ができない我々、料理弱者の救世主だと皆、口を揃えるだろう。というわけで、冷凍庫にあったいつ買ったか分からない、市販のチャーハンを温めて食べることにした。



 腹を満たしたあと今日は先日、(うしな)った手袋を新調するべく学校の最寄り駅に行くことにした。わざわざ電車に乗って地元をあとにするのは、全くもって店がないからである。さすがに本屋が潰れた時は、住民としてもうやっていけないのではないかと本気で思った。コンビニすら潰れる街なのである。


 高校の最寄り駅である「本厚井(ほんあつい)駅」は駅前にいくつかの商業施設や古着屋、ゲームセンターといったレジャー施設、それだけでなく大人が楽しむそういった店もある。

 夜でも明るい、少し危ない街でもある。事実、県内でも犯罪発生率は高いそうだ。昼間は周りの街に比べれば栄えた繁華街である。


 その中で、目的を果たせそうな駅からすぐのおおきな商業施設に入る。だがしかし、アルバイトもせず、収入は毎月の現金支給……お小遣いしかない僕がブランド品を手に入れようとするはずもなく全国展開している、安い量販店に向かったのである。



 手に入れたばかりの手袋をつけて帰るのは恥ずかしかったから、袋に入れてもらった。黒の合皮で出来た手袋を買った。指先がスマホに対応したハイテクなやつだ。それが入った袋を手に持ちながら歩いているが、目的を果たしてしまい帰るか、街を歩くか迷っていた。


 気付けば、人の流れに流され一番街という、この街の中で一番栄えている通りに来ていたようだ。ゲームセンターやカラオケ、飲食店のネオンや看板の電飾によって商店街のまっすぐな道が彩られていた。

 そして、至る所から良い匂いがただよっていた。

 

肉を焼く匂い

おでん屋の出汁

ラーメン屋の豚骨を煮込む匂い

中華屋の餃子を焼いた匂い

それらのにおいがまざりあい、もはや不快な臭いとなっている面もある。


 暖かそうな赤の光が目についた。それはカラオケ店の看板だった。そのとき、ふいに思い出した。


(そういや昨日、誘われたカラオケはどこでやることになったんだろうか?)


 その赤い光を発した看板があるカラオケ店に目を向けた。

 店は通りに面してはいるが、あるのは入り口だけで店自体は階段を登った先にあるようだ。階段の先は表と違い、電気がしぼられているのか暗くなっていて中を伺うことは出来ない。ドアは手動なのか空いているようでフロントで流れている、最近CMでよく聴くポップ調の音楽が聴こえていた。


 店の前においてあるやたらとカラフルな看板には一時間150円+ワンドリンクとかフリータイム900円と値段が時間ごとに羅列されていた。どうやらオケオールとやらをやるには2000円弱くらいする上に、18歳未満には少し難しいものがあるのではないだろうか。

 

トントン

 突然、後ろから肩を叩かれた。あまり治安の良い街ではないこの地での出来事で体が一気にこわばる。

 恐る恐る後ろを振り返ると一瞬誰もいないかと思った。が、そこには見知った、しかし決して会いたくはない女が立っていた。

「へーヨシハルくん、ヒトカラするんだねぇ」


 上は白色のセーターに黒の革ジャンを羽織ったパンツスタイルの女子、同じクラスに所属する佐藤花華(はなか)だった。久々にみる私服姿だった。

 一瞬、目に入らなかったのは彼女の背が低くて視線に入らなかったからだ。しかし、これを言うと彼女はすねる。


「違うな。値段をみていただけだ」


少し強気の口調になってしまうのは、こいつには弱いところを見せたくない、という意識の表れだ。


「そうだよね、カラオケなんて行かないよね。付き合っている時行かなかったもんね」

「それはまぁ、機会がなかっただけだで……」


 歯切れが悪くなって仕方ない。というか冬なのに変な汗をかいてきた。あのとき、街をふらつかずに帰っていればよかったと後悔し始めていた。


「花華は何してたんだよ?」


 攻められてばかりでは癪なのでこちらから質問をする。


「ふーん、呼び捨てしてまだ彼氏面しちゃうんだ……ううん、ただ欲しい限定品があったからそれを買いに行って、ついでにカラオケでも行こうかなって来たところだよ」


 彼女……女性をさす三人称としての彼女は、実はクラスでは普通な女子高生だが、ある個性的な趣味をもっている。それは、最近ではありきたりだと思うが本人は周囲になぜか隠している。その趣味を知るものは数少ないが、付き合っていく過程で僕はそれを知っていた。

 

つきあい始めたきっかけとかは今回どうでも良いだろう。


「ヒトカラとかオケオールとかみんな大忙しだな」

言われたことを無視しつつ、のほほんとした返答をしてごまかした。

花華はそれに乗っかってくれたようだ。

「オケオール?」

「知らないのか?」

「知らないわけないじゃん。そうじゃなくて誰かしてるの?」

 

オケオールを知らない同志を見つけたと思って、ぬか喜びした僕の純情な心をものの3秒で打ち砕いてくれた。


「同じクラスの青木たちだよ」

「へーそうなんだ。なんでそれ知ってて店の前にいるの?もしかしてストーカー?」

「そんなわけあるかい!」


 笑顔で言うから冗談だと分かっているが、ここはハッキリと否定させてもらった。

「ただ、買い物してふらついていたらここにいただけだよ。おまえもカラオケいくなら、どうぞ」


 嫌な汗をかいていた。それが風に吹かれて寒かった僕は、一刻も早く帰りたかったので花華にカラオケ店へ急かそうと左手で階段を示し、一歩引いてカラオケ店に誘導する。が、花華は動かなかった。

「いい。会員登録してる安くなる店があるからそっち行く」

「そうか、じゃあ僕は帰るよ」

 

 このとき僕は、何か期待していたかもしれない。しかし、それは気の迷いだったのかもしれないし、それが何かを知るには僕には経験も知識もなかった。僕にも彼女にも用がない店の前にいても迷惑なだけだ。僕は帰るために駅へ向う、彼女は別のカラオケ店へと、別々の方向に脚を動かし始めた。




 市立公園には『みどりの丘』という、芝生が生えた地面が、少しばかり隆起していて、それが幾つか連なっている広場だ。遊具が別の場所に設置されているのを考えると、キャッチボールとかその手の為の広場だろう。

 

 休憩用に設置されているベンチに腰かけた。ベンチは夜風でキンキンに冷やされていて、お尻から僕の体温を奪っていく。そこまで遠くに行く予定ではなかったので服装も心許ない。

 それなのになぜか額には汗が浮かんでいるのは冷や汗だろうか。今、あのときのことを思い出しても心臓に悪い。さっき買ったコーラはまだまだ余っている。

 ベンチで一息つくことにした。


 公園の街灯は22時に消灯されるるが、ベンチの近くには自販機が設置されているので、電気、飲み物ともに安心だ。虫は明かりに集まるが、人間も暗闇では明かりに集まってしまうのだなと自分のことなのに他人事のように考えていた。


つづく

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