金曜日の足取りは重かった。
12月16日(金曜日)
帰りのHRが始まる前の業間休みだった。みんな、いつもに比べそわそわしたような浮ついた空気がただよっている。それは週末前のあの空気感だけではない。
しかし、毎週末こんなに浮ついたクラスではない。たぶん、今し方終わった期末テストから解放されたことと授業が冬休み前の全校集会までの1週間、午前終わりなのが原因だろう。
そして、これは僕も例外でない。毎日毎日、電車と自転車を使い通学するのは結構億劫なのだ。
僕は「冬か夏のどちらが好きか?」と問われればコンマ何秒かで「冬だ」と答える。服さえ着込んでしまえば寒さをしのげるからだ。
そんな僕でも耐えられないことが起きた。つい先日、愛用していた手袋に穴が空いてしまったのだ。自転車に乗る僕の手に寒さが痛みとして今朝も襲っていた。これからもこれが続いていたら手が凍傷してしまう所だった。そのため、もうすぐ長期休みが来ることにいつも以上に喜ばしく思っていたのだ。
冬休みの始まりは来週末だが、とりあえず今週末は何をしようかと考えていた。
「ヨシハル、今日はどこか行くかい?」
唐突に横から声をかけられた。いや、声をかけられる時はだいたいそれは唐突だ。考えことをしていて現実世界に焦点があっていなかった、という意味で唐突だった。
「なんだ、おまえはどこか行きたいのか?」
唐突に声をかけてきたのは中学から知るサトルだった。
こいつはなかなかにアグレッシブで突然、予想だにしないところへ行ったりする。反射的に聞き返してしまったが、なんと言いだすかと少し身構えていた。しかし、それは違う方向からの声で遮られてしまう。
「じゃー今日は終わりにするぞー日直!」
担任である河原先生の一言で日直が号令をかける。
「きりーつ、礼!」
サトルに気をとられていたせいで反応できなかったが、特に何も言われなかった。いつのまにか、HRが終わっていたらしい。
サトルの方をみるとまだ何か考えているようだったが、こいつの考えを聞く義理もない。先に帰ろうと思い、鞄を持ち上げ、席を立とうとしたところでまたしても唐突に声をかけられた。
「鶴間!」
声をかけてきたそいつは去年から同じクラスだったが、今年からよく話すようになった青木和也だった。何かと揚げ足を取ってくるのであまりいいイメージはないが直接的な害はないので普通のクラスメイトとして接している。
「どうした、なんか用か?」
今日は唐突に声をかけられる日だなと、思いながら浮かしかけた腰をもう一度いすに下ろす。青木は横の席にまだサトルが座って考え込んでいたので、すでに空いていた僕の前の席に腰掛けた。
「今日、森たちとオケオールするけどくるか?」
「おけおーる?」
質問に答える以前の疑問を抱いてしまった。週末に何かの誘いという時点であまり良い予想はつかなかったのでそんな物はしらない、いやだなというニュアンスを少しばかり含んでいたかもしれない。
青木は、それに気づいていたかもしれないが気にせずに教えてくれた。
「カラオケオールだよ。よく知らずに生きてこられたな」
そんなもん知らなくても一ミリも困らないなとは言わない。
「むしろそんなことしていた方が死にそうだな」
と軽妙に冗談を飛ばしてやった。
青木はその冗談を鼻で一蹴して訪ねてきた。
「つまり?」
「断る!」
即答してやった。
すると青木は少しばかり考えたような顔をして口を開いて何かを言おうとしたがやめた。軽く別れの挨拶をすると、席から立ち上がり廊下に出て行ってしまった。
(ほかの誰かを誘いにいったのだろうか?)
さて僕は寄り道せず帰ろうかと思い、今度こそ席から立ち上がるとサトルも帰るのだろうか一緒に立ち上がった。結局どこかいきたいのだろうか、と思い話しかけた。
「帰るか?」
するとサトルは突然思考していた顔をニヤつかせて言った。
「どうだい俺と一緒にデュエットしにいかないかい?」
「勘弁してくれ」
やれやれと手を腰につきながら歩き出す。
「写真部には行くかい?」
サトルが鞄を肩にかけながら聞いてくる。部長をしている幼なじみの桜ヶ丘が教室にいないところをみると部室に行っているのかもしれない。
我が校は、公立高校にしては珍しく全生徒の部活動参加が義務づけられている。
『心身の発達は人間関係を尊ぶことで築かれる』という初代校長のありがたいお言葉から50年以上経ったいまでも綿々と受け継がれてきた負の歴史だ。
僕が所属している写真部は現在4人在籍しているのだが、その全員がこの3-1で、さらに顧問も担任の河原先生ときたもんだから、活動も目的もおざなりで何でもOKな風潮になっていた。だからサトルの質問にも即答できた。
「愚問だ。帰るぞ」
活動も目的も自由なら、出席するも欠席するも自由だった。
二人で肩を並べて廊下に出ると青木の姿はもうなかった。
(先週末の時点でおかしな点はあっただろうか?)
考えていた僕はサトルが働くコンビニから歩き始めていたが、まだ帰るには早いと思い、散歩を続けていた。市域の大部分が盆地の中にあるこの波多野市では、やはり生活する人も盆地の中に集中しているので市の設備も盆地内に多かった。しかし、この街は市で唯一盆地外ある。そのため、必然的に市の設備が少ないのだ。
だが、一つもない訳でなく、やたらと大きい公園が市によって整備されていた。自然が多く夜は人がいるわけもなく考え事をするにはうってつけだ。目的地を決め、再び歩きだした。
(そういえば前の土曜日もよく歩いた気がする。)
つづく