それは時に薬であり、拳である。
サトルに乗せられたとしても推理をするには、まず状況確認からやっていくとしよう。
「まず殴った男子高校生は自ら皇海大附属高校だと言っていたが、本当にそうなのか?」
「たぶん本当だと思うよ。前に甲子園であの制服見たことあるよ」
サトルはスマートフォンの検索エンジンで高校名を画像検索した結果を見せながら言った。
皇海大附属高校は野球部がめっぽう強く県内最強、甲子園出場常連校だというのは県民誰しもが知っていて、疑う余地がないほどに常識と化していた。
「ふむ、じゃああの殴られていた男子高校生はどこのやつなんだ?」
「ヨシハルはいつから一目でその人の歳がわかるようになったんだい?」
スマホをさらにいじるサトルの口元に笑みが浮かんでいる。そういう時は大抵嫌みを言うときだ。軽く流す。
「何が言いたい?」
「殴った男が名乗った上に全国区で有名な高校だから男子高校生と決めつけるのはよしとしよう。だが殴られていたのは本当に高校生だったかい?」
ふむ確かに一理ある。現に被害者の制服は見たことがない。
「じゃ、サトルは何か知っているのか?」
「ヨシハルは俺の妹がどこの学校かしらないのかい?」
そういえばサトルには三個下の妹がいたなと思い出した。
「そういやいたな。受験生だろ、高校はどこの学校にいくんだ?」
「妹の学校は中高一貫校だよ。そして今回の事件の被害者と同じ学校」
「なぜそれを早く言わない」
おっと、思ったことがそのまま口を出てしまった。しかし、サトルは気にした風もなくそのまま続けてくれた。
「いや~反対側のホームだったし、確信が持てなかったから今、画像検索してから言おうと思ってさぁー」
先程までサトルがスマホをいじっていたのはそういう訳だったのか、と一人でに納得した。
確かにサトルの持つスマホには今朝、殴られていた学生と同じ制服を着た男子と女子がカメラに向かって笑みを浮かべた立ち写真が映し出されていた。学校説明用のパンフレットか何かの画像だろう。
「つまり朝殴られていたのは中学生だったんだな?」
あの中学生も朝から災難だったんだな、と名前も知らない中学生に思いをはせる。中学生はあの後、どうなったのだろう?学校には、いけたのだろうか。警察沙汰になったのなら調べれば出てきそうだが。
「もし、知らない他校の上級生に学校の外で殴られたら警察に通報するなー」
サトルが僕の心を読んだかのように同じようなことを言い出した。しかし、その声は完全に他人事で暢気なモノだった。
「僕も同じようなことを考えていた。サトル、SNSか何かで調べてみてくれないか?」
もちろん、僕もスマホは持っているが、SNS等の人の繋がりが面倒そうなモノは一切やっていない。それに、サトルの情報収集能力は高く、僕なんて相手にならない。
「確かに、警察沙汰くらいになっているなら何かしら載ってそうだね。全く考えてなかった」
快諾して調べ始めたサトルは僕なんかが到底及ばぬスピードでスマホを操作していた。様々なワードを入れて検索をかけているのだろう。
5分くらいして大方、調べ尽くしたらしく、スマホから顔を上げた。
「調べたけど、事件を見た人のツイートはいくつか見つけたけど、警察とかは来てないみたいだよ」
「それじゃ、そこまで大事にはならなかったのか」
突然、知らない人に殴られて通報しなかったのか。面倒を嫌った事も考えられる。しかし、もう一つ引っかかっていることがあった。
「普通、殴られた側がいきなりごめんなさいって言うか?それはどんな時だ?」
「それは僕も少し不思議だなって思った。殴られたら殴り返すか怒るか逃げるよね、普通。謝るのは普通ではないよね。」
サトルの判断を聞いて自分の常識が一応通じる事を確認出来た。殴られたら謝るのは稀だ。というか、おかしい。そこにこそ、この謎を解く何かがあるのではないだろうか?
「つまりだ、あの中学生二人は男子高校生に対して殴られてしかるべき事をした。だから謝らなければならなかったと言うことか。」
それはいったい何だろうか。何かヒントになるようなことはなかったか。
「後ろめたいやつは名前を隠す。が、あいつはわざわざ名乗って行った」
「突然、どうしたんだいヨシハル」
僕が何の脈絡なく話し出したせいで驚いたようだ。しかし、問題はそこではない。
「男子高校生は殴る直前になぜか自ら名乗っただろ。人を殴り倒すときにわざわざ名乗ったのには何か意味があるんじゃないか?」
「そう言われると何かありそうだ。殴ったら、捕まりたくないから何も証拠を残さずに逃げ出したいはずだしね。ここに何かありそうだ。」
この事件、一番の謎である男子高校生、大谷君が名乗った部分であるが、これを解くには中学生の行動を推理する必要がある。
「中学生は高校生に殴られてもおかしくないことをした。それに対して、高校生は名乗りながら殴らなければならなかった。」
話ながら考えを整理していく。何か抜けているとこがあれば、サトルが追加してくれるだろう。
「サトルはなぜ、殴ったんだと思うか?」
「そりゃ、頭に来たから殴ったんだろうね。たとえばゴミを捨てたとか、つばを吐いたとかかな」
思いの外、サトルからまともな意見が聞けたので逆に驚いた。どちらも軽犯罪ほどの罪だ。だが、その程度で激高して手まであげるだろうか。仮に挙げても名乗る必要性があるだろうか。
「それはないな。というかその場面は見たか?」
「すぐ目の前で見られたけど、そんな素振りも物自体も見えなかったよ。」
だったら、していないことぐらい分かっているじゃないか。何だったんだ、こいつは。そしてそこまで見ていたのならその前後のことも見ておいて欲しかった。何を考えているのか分からないやつだ。
中学生の行いのせいで男子高校生は名乗る必要が生じた。しかし、高校生は名前を名乗っただけではなかった。もう一つ言ったことがある。
「男子高校生が名乗ったのは、名前が重要なのではなく、高校名が重要だったんじゃないか?」
突然の話の転換に追いつけていないのか、サトルは判断をためらっているようだった。それに乗じて続ける。
「普通殴った相手に自ら率先して名乗らない。それも、わざわざ所属まで言う意味が分からない。だから所属が重要だったんだ。中高一貫校に通う中学生は受験の話でもしていたんだろう。エスカレーターで上がるはずの高等部より偏差値が下で、スポーツ重視であまり学力を見ない皇海大附属高校を馬鹿にしていたのかもしれない。」
「それはいくらなんでも話が逸脱しすぎだろ。ヨシハルには中学生達がわざわざその高校生の前でそんな話をする必要があるように思えるのかい。」
「それは、たぶんたまたまだったんじゃないか。彼らは待機列の一番前に並んでいた。後ろにその高校の生徒がいたことに気付かずに、著しく高校自体を馬鹿にしたよう事を言ったんだろう。それも腑抜けとか腰抜けとか煽るような事をだ。それに切れた皇海大附属高校の生徒である高校生は見返してやろうとしてわざわざ名乗った上に殴りつけたんだろうよ。」
「後ろに皇海大附属高校の生徒が居るのを知らずに受験の話でたまたまその高校を馬鹿にしたのなら相当、不運というか調子に乗りすぎたというか。人は何を考えているか分からないね。」
サトルの暢気な感想の中には、多少の怒りが混ざっているようにも感じた。だが、その中学生が通う中学とサトルの妹が同じ中学だと考えると兄として何か考えがあったのだろう。
僕はというと皇海大附属高校の生徒の男気に尊敬の念は送るが、少し短絡的な行動を取ってしまったのではないだろうかと心配している。中学生の方が先にいけないことをしてしまったのは当人達も分かっているだろう。なぜなら、警察沙汰になっていなからだ。
「サトル、暴行罪は親告罪だったか?」
「いや、親告罪ではないよ。ただ、被害届がなければ基本的には警察も手を出さないらしいね」
それなら高校生の身を案じることはなくて良いだろう。中学生も届けを出さなかったのは自らの罪を、言葉による暴力を認識しているからだろう。言葉は時に拳よりも人を傷つけることがある。けれど、それは癒やす力も秘めている、とても尊いものだと思う。だが、言葉は心を満たしても腹は満たしてくれない。そろそろ、弁当に手をつけようと思った。
キーンコーンカーンコーン
鐘がなり、昼休みの終了を知らせる。弁当を食べる時間は、彼らの行く末を考えているうちに失われていたのである。
「結局、食べる時間なくなってしまったな」
「何言っているんだい?」
見ると、サトルはサンドイッチの包装フィルムを買ってきたコンビニの袋に入れ、片付けている所だった。こっちが考え込んでいる間に食べていたのだろう。抜け目ないやつめ。
しかし、この後は確か古典の授業だった気がする。寝ないで済む。たまにはまじめに先人が残した言葉を学ぶとしよう。
一口も飲まずに水滴がボトルいっぱいについたコーラを持って教室に戻ることになった。
一週空いてしまい申し訳ございません。
今回で写真部シリーズの一応2話目(12~14部分)である
『体は名を表す』が完結になります。
そして次の話を書けていないので一応完結になります。
またいつかこのシリーズの続きが書けたら嬉しいです。
来週はスピンオフである『眠れない夜に本を読む』を投稿予定です。
こちらも月曜12時に投稿します。(毎週かは分かりませんが笑)




